秘伝の籠師?

秘伝の竹籠


一見何の変哲もない籠を手にして職人さんが話しだしましたぜよ。


「ワシの編み込みは凄いよ。何せ、水も漏らさない...」


一瞬、耳を疑いましたけんど、確かに水が漏れないと言われちょります。こじゃんと腕の良い熟練の職人さんがしっかり編み込まれたゴザ目編みの籠には間違いないのですが、水が漏れないとは一体どういう事やろうか?


竹籠に水を入れる


ところが、怪訝そうな表情の自分に、職人さんはそれなら論より証拠と言わんばかりそのまま水道の蛇口をひねってホースで水を直接籠に入れだしたではないですかっ!?


「ええっ!ええっ!?大丈夫ながですか...」


慌てる自分には、お構いなしですちや。平気な顔をして水を籠の中に流し込んでいくがです。


竹籠の中


「ほれっ...」


職人さんから受け取った竹籠には確かに水が入っちょります。


「むむむ...」


この竹籠は二重編みになっていました。けんど、それだけで、これだけの防水性があるわけはありません。もしかしたら、これは古より伝わる秘伝の技か...!?そういえば山深い谷間に、その緻密な編み込みから水が一滴も漏れないほどの竹編みをする伝説の籠師と呼ばれる竹芸師の話しがあったような、なかったような...(笑)


竹籠の底


底を確認してみますぜよ。おおっ、やっぱり水は染みこみすらしていません。これは、凄いにゃあ。......と、まあしかし見ただけではちっくと分かりづらい籠のトリックですが、持ってみるとこの籠の硬さや厚みの感触で何となく分かってきます。


竹職人さん大笑い


「そうよ!二重編みしている中に竹筒を入れているのだよ!」


見た目には普通の花籠のようにしか見えませんが、竹筒の内側と外側に編み込みをして筒を見えないようにしちゅうがです。中に入れる竹筒も表皮を削って出来るだけ薄くしてある事ですろう。けんど、それと知らない方だったら水を入れても漏れない事にビックリ仰天されるそうながです。愉快そうに大笑いしながら、こうやって若い人達を驚かせて楽しむのだと話す職人さん。初めての方でしたら、この籠が二重編みになっている事も分からないかも知れませんので、水の入った竹籠を見ながら随分と悩むのかも知れませんにゃあ。遊び心を持って過ごされる職人さんにまっこと(本当に)今日は一本取られましたぞね。


寸胴(寸筒)の油抜き

寸胴(寸筒)


竹は、ご存じのように中が空洞になっていて、一定間隔に節がありますので自然の竹そのままを切って筒にすれば立派な花入れが出来上がりますぞね。日本の華道というのは色々な流派があり、四季のある風土や日本人の感性で磨かれ今に至っちょりますが、想像するに一番最初の生け花の起源というのは、ただ切っただけの竹筒に花を入れたものだったように思います。


生け花は、それから時代を経るごとに進化を続けていますが、一番シンプルで簡素な形の竹筒は、寸胴などと呼ばれて現在でもお花の世界で広く使われているのです。自分の学生の頃などは華道人口も多かった事もあったのか、竹虎の店舗でもこの寸胴(寸筒)や二重切と言う花入れが二段になったものなど、大小様々なものが所狭しと並べられちょったのを覚えちゅうのです。


竹そのままを使う製品だけに大きく変化を付けられるのは竹素材です。そこで、真竹、胡麻竹、図面竹、煤竹と主だった竹は全員集合でしたぞね。中でも孟宗竹で作られたものが一番多かったです。節の間隔が狭く、末広がりになった根っ子に近い部分の意匠を活かし、特徴的で重厚な雰囲気を醸し出しちょりました。


虎竹の加工で、さんざん油抜きはするのですが、同じ火抜きにしても虎竹と孟宗竹は全く違うと感じる事がありましたぜよ。虎竹の場合はガスバーナーの火で一気に油抜きをしていきます。虎竹は身の薄い淡竹(はちく)なので、火が入りやすい事と表皮の虎模様の美しさを全面に出す事がほとんどで、身の部分を見せる竹細工にする事が、ほぼ無いのでそこまで気を使って油抜きをした事がなかったのです。


ところが身の厚い孟宗竹の寸胴の場合には、切り口の身の部分も製品の見せ所のひとつとなりますので、内側までじっくりと火力の弱い炭火で炙って油抜きしていくのです。この工程がかなり大事になってくる職人技の見せ所ぞね。どうしてかと言いますと、内側部分まで火がしっかり通っていないとこの大事な切り口部分に黒いラインとして残ってしまうからなのです。竹の身部分の乳白色のような綺麗な色に、うっすらとは言えども黒いシミのように見えてしまっては花活けは使いにいくのです。


火抜きの竹は、湯抜きの竹に比べて割れにくく、表皮の艶も全くちがい、光沢も素晴らしいものがあるのですが、炙りすぎてもこの竹表皮に焦げ目ができて製品として使えません。目で見ることのできない竹の内側まで火入れの状態を見極め、じっくり仕上げていく製竹の技術は隠れた職人芸ながです。


ハンサム、楕円洗濯かご

楕円洗濯かご


けんど、まっこと自分は、つくづく幸せ者やと思うがです。どうしてち?こんな綺麗な竹籠を世界の誰よりも早く、ゆっくり手にとって眺める事ができるのです。試しに使ってみたりする事もできますにゃあ。そこで思い出すのが「質実剛健」という言葉なのです。この言葉がピッタリくる竹籠、それが頑固職人の楕円洗濯かごぜよ。派手さや、飾り気は無いもののシンプルな機能性の高さはそれだけで美しさがあって、心躍る気持ちながです。


美しい竹編み


頑固な職人さんは、自分の考えを全く変えない融通の利かない所がありますけんど、とにかく仕事が丁寧なのが好きなところながです。竹ヒゴの面取り一つにも人柄でにじみ出ているようやちや。言葉少なな職人さんに変わって、編み上がった竹がいろいろ話しをしてくれているようで、まっこと嬉しくなってきますぜよ。


丈夫な縁巻き


縁部分の厚みをご覧いただきよりますろうか?元々農家さん用の竹籠を作られていましたので、野良仕事で鍛えられた本物の竹の迫力満点ながです。ご自身で山に入り、竹を選んで伐採し、その竹で籠を編まれよります。最近は近くに良い竹が無くなったのか、結構遠くまで足をのばして行かれて竹を運ばれよりますが、それでいながら仕事が早い。まさに昔ながらのプロフェッショナルですぞね。


楕円洗濯かご


人に例えたら、「横顔」とでも言うたらエイろうか?思わず、ハッとさせられるような凛々しさ。あまり籠をみてハンサムなどと言う事は思った事はないけんど、思わず、そんな言葉が口にでてしもうたぜよ。熟練の竹職人は、ずっと少なくなってきて、なかなかこういう竹籠に出会う機会は少なくなってきただけに凄い出会いの季節に、こじゃんと(とても)感激しちょります。


それぞれの竹紙

虎竹和紙名刺


先日、虎竹和紙作りの事のを少しお話させていただきましたぞね。土佐和紙の伝統を守りながら紙漉きをされている工房では、昔ながらの手漉き和紙の職人さんがおられます。竹を細かい繊維質にしてから漉き桁を使うて和紙にしていくのです。今回、運び込んでいる虎竹素材が、まだ繊維になるようにはなっておらず、竹和紙に漉いてもらうには時間が結構かかりそうではありますがそこは手作り、あわてず、急がず、ゆっくりと手間暇かけて竹和紙に漉いていただくつもりなのです。


和紙乾燥機


しかし、この漉きの工程からも後からの作業も実は大変で、たとえば虎竹和紙名刺の紙を漉いた場合にはこうして一枚一枚金属製の乾燥機に貼り付けて乾かす工程も必要ながです。この機械は三角柱の形をしていて実によく出来ちょります。一面に濡れた和紙を貼るとグルリと回転して付きの面が表れます。そして、次の面もグルリと表れて、和紙の貼り付け作業をしている間に最初の一面がちょうど乾燥して取り剥がして良いようになっているのです。


こうして、まさに最初の素材から最終製品の竹和紙までずっと職人さんが紙と向き合い作り出していくのです。だからですろうか?竹和紙の名刺などでも箱の蓋を取ってみると、何ともいえない温もりのようなものがそこはかとなく伝わってくるのですぞね。


竹紙製紙会社


その一方で、うずたかく山のように積み上げられた竹チップを、大型機械にドンドン運び入れて製造していくコンビナート工場のような施設で製造される竹紙もありますぜよ。大量に作ると言いましても木を材料して作る紙に比べると、まだまだ規模も小さく生産量は限られているようですが、事務所で使われるコピー用紙から普通のノート用紙まで、日常的に消費される紙になるという事で竹和紙とは又違う竹の側面を見る事ができると思うちょります。


竹は、わずか3ヶ月で大きく育ち、伐採していても人手を必要とする事なく毎年どんどん生えてくる事から継続利用可能な唯一の天然資源とも言われちゅうがです。竹紙にも課題はあるように思いますが、ひとつひとつ解決していき、竹が継続的に育つと同じように続けて製造していくことができて、これからの竹林保全に役立つのであればこんな素晴らしい事はないがぞね。


懐かしい川の香り

うなぎうけ(鰻筌)


先日、とても綺麗に編み込まれた姿の美しい鰻ウケがあって惚れ惚れして見ていたら、そのウケを作られた職人さんが来られて良かったら持って帰ってエイと言うがぜよ。とんでもないと思うて遠慮しちょりましたけんどどうしてもと、譲ってくれないので有り難くいただいて来る事にしたのです。


自分が子供の頃に鰻捕りに使っていて、今でも竹虎で販売もしているウケは竹ヒゴの幅も広く簡素な作りであるものの、その機能性はバツグンやったぞね。機能性とは、つまり、どれだけ鰻を捕まえる事ができるか?これが凄くて、夕方仕掛けたウケを早朝に上げに行くのですが、多い時などはあの細いウケの中に大小十数何匹も入っていて、水中から取り出してジャーと水を抜いた後もズシリと重たい位の事もあったがやきに。


自分達の馴染みのものはウケと呼ばれる鰻の入り口部分が固定されていて、お尻の部分に布や丸竹を詰めて蓋をするようになっちょりますが、頂いた鰻ウケはお尻部分が丸く編まれて、ウケ部分をはめ込んだ後タコ糸で固定するようになっています。竹ヒゴの幅も細く、一本づつ丁寧に取られていて、編み込みも美しい、こりゃあ部屋の中で花入れにでも使えそうですにゃあ。


ストックホルムで見た漁具


いつも車で通り過ぎるだけの川べりに、車を停めて細い道を下ってみる事にしましたぞね。川面スレスレに飛ぶ小鳥、懐かしい川の香り、心地良いせせらぎの音が聞こえてホッとするちや。


そう言えば、先月に雪のチラつくストックホルムの見本市に行った時、旧市街地であるガムラスタンで現地の漁で使う道具を見つけましたぜよ。長さは1メートルを少し超えるくらいやったろうか?カズラと木の皮で編まれた漁具でしたが思わず鰻ウケを思い出します。日本と北欧という、こじゃんと離れた土地なので大きさやデザイン、素材はもちろん違いますけんど、基本的な編み方は全く同じなのに驚いたのです。


スウェーデンの子供達も、このような道具で魚捕りをするのだろうか?それなら、ガラスケースに飾られたウケを見て懐かしく立ち止まり、川の香りなど思い浮かべるのやろうか?


作務衣の上に羽織る長半纏の襟元を閉め、白い息を吐いて歩きながら、そんな事を考えよったがです。



青竹踏みを、ご存知ですか?

青竹踏み製造


青竹踏みを、ご存じですか?」


こんな風に質問をしたら、一体に何を馬鹿な事を聞いているのやろうか...。そう思われる方も、いらっしゃるかも知れませんぞね。昔から、どこのご家庭にも一つくらいはあって手軽な健康法として愛されてきた青竹踏みですので「あの、青竹踏みとは又違う何かあるのだろうか」改めて聞かれると、自分などついそうやって勘ぐるくらい日常に溶け込んだ普通の家庭用品と信じ込んでいたのです。


ところが、そんな常識を覆す事が起こりましたぜよ!?2001年春から毎年、地元の大学生を招いてインターンシップを開催させてもらいよります。ある年にはインターンシップの学生さんと竹林見学の学生さん合わせて30名を越える皆様にお集まりいただきました。人数が多いものですので、店舗での竹製品の説明にも長い時間を取って色々とお話させていただいていたのです。


そこで、ふと青竹踏みが目に付いたので「足の疲れた学生さんは、これを踏んでもらってエイですよ」気軽にそう言うたのですが、反応が今ひとつなのです。あれれっ?と思うて見ていたら青竹踏みを手にして表を見たり、ウラを見たりしているので、もしかして...いやいや、まさか...そんな気持ちで聞いてました。


「青竹踏みを使った事ないがですか?」


そうすると何と返って来た言葉が、


「アオタケフミとは、何に使う物ですか?」


ショックでした!日本人の竹離れは、どんどん進んでいるのは感じちょりましたけんど、若い皆様とは言え、同じこの自然豊かな高知県に暮らしている学生さんが青竹踏みを持っていないまでも、使い方もしらないとはっ!?急いで集まってもらって全員に同じ質問をしてみると、何と半分の15名以上の方が青竹踏みが何なのか知らなかったがです。当然知っているのが当たり前と思っていた常識が覆えった瞬間でした。「これは、イカン」こんな若い皆様を目の当たりにして危機感を抱き、青竹踏みを少しでも知っていただくようにしていく決意をしたがぜよ。


思えば、青竹踏みは竹を半分にしただけの(本当には、そんなに簡単でもないですが)まっこと、簡単で、誰でも、何処でも、フミフミできる健康グッズ。足のムクミや疲れが取れると、国際線のキャビンアテンダントさんにもヘビーユーザーがおられるスグレモノですが、ワンコインでお求めいただける手軽さもありますし、竹を知っていただくキッカケにはうってつけの製品でもあります。普通のサイズのものの他に、カーブーを急角度にした上級者タイプや炭化加工してカビや防虫対策をしたもの、出張用にハーフサイズにしたもの等も作っちょります。日本全国、一家に一台の復活を目指して頑張りますぜよ(笑)


ストックホルム・ファニーチャーフェアで絶賛

雑誌「ELLE DECOR(エル・デコ)」4月号


早くブログに掲載したいと思いつつ、こんなに遅くなったがですが、2月に行かせて頂いていましたストックホルム・ファニーチャーフェアでのジャパンクリエイティブの活動が絶賛されたと。雑誌「ELLE DECOR(エル・デコ)」4月号に掲載されちょりますぞね。


今回の出展にはドイツ人デザイナー、ステファン・ディーツさんと竹虎の竹家具の他に、福井のシリコーンメーカ-SHINDOさんとフランスのデザイナー、ピエール・シャルパンさんの耐熱性の高いシリコーン素材のお香立て&キャンドルホルダー。そして、波佐見焼の西海陶器さんとイギリス、バーバー&オズガビーさんの陶器を透過する柔らかい光が美しい照明器具など、合計3社がブースに展示されていたのです。


雑誌の記事の内容は、寒い会場の外とは打って変わって熱気満々だった見本市の雰囲気を良くまとめてお伝えいただけているのです。自分も文章を拝読させていただきながら、初めて参加させてもらった海外での展示会が蘇ってくる気分ながぞね。


ドイツ人デザイナー、ステファン・ディーツさん


展示会期中は他の出展されちゅう会社様を全て見て回ってきましたが、竹素材というもの自体少なかったですし、ましてや素材感を全面に出した展示は皆無だったので、来場された皆様が足を止め魅入るのは予想通りでもありました。日本の竹には、それだけの力がありますし、自分達が思う以上に「日本=竹」のイメージは海外では浸透しているのです。


昨年から意識的に海外に出るようにしてきちょります。韓国、台湾、ニューヨーク、ストックホルム、そして5月にはパリ、ロンドン。たまたまご縁が繋がり、何処に行っても竹の世界が広がります。これからも日本の竹にこだわり、日本ならではの発信をしたいと思っています。けんど、だからこそ自分の中に固まっている竹を壊したいがです。時代はどんどん進んでいきよります。そんな流れに合わせる事は無いと思うちょりますが、竹虎も120年の歴史の中で変わり続けてきたように、今、これから、常に変わり続けたいと願うのなら、自分が、これまでの竹を捨てる事も必要かも知れません。


ストックホルムの展示会で嬉しかった事は沢山あるがですが、一番嬉しかった事は、乗り換えのロンドン・ヒースロー空港で竹虎のお客様にお会いできた事ですぞね。


「いつも、ホームページ拝見させてもらっていますよ(笑)」


こんな来た事もない遠くにまで来ても竹虎のお客様にお会いできるのだと感激したのです。こうやって、まっこと沢山の方に愛され、可愛がっていただく竹虎。先代、先々代、初代と虎竹の里を守り続けてきた先人の皆様のお陰と感謝の気持ちで一杯になりますが、責任の大きさにフンドシならぬ腰の前掛けの紐をギュッと締め直す気持ちぜよ。明日も、こうあれるように自分たちの価値ある挑戦は一日たりとも止める事は出来ないがです。


プロの孟宗竹伐り

孟宗竹


竹細工になってしまうと、竹の軽やかさや、しなやかさなど竹の持つ素晴らしい特徴ばかりが出るものなので、素材としての竹にあまり関心を向ける方は少ないかも知れません。一度でも竹を伐った事のある方なら、その大変さは良くお分かりやと思うのですが、乾燥すれば体感だと3分の1くらいにも軽くなる竹材も、山に生えている竹はとにかく重く、伐り倒して山から運び出すのはまっこと重労働ですぞね。


先日にリニューアルしたばかりのワインクーラーは、そんな竹でも特別太いものばかりを選別しちょります。日本最大級の孟宗竹(もうそうだけ)という竹を使いますが、直径が太いだけでなく長さも20メートルを超えて、身も厚いのです。だいたい通常なら1本40キロくらいのものだと言われよります。ええ、そうです、これでも結構な太さと重さです。一人で肩に担いで歩ける方は、まずおりませんろう。しかし、竹ワインクーラーのような極太の竹になると更に重量があって、何と60キロ級のものまであるがです。


力持ちの皆様でも、これは結構手こずるかと思います。なにせ、ただ重いだけではないからですぞね。先端を切り飛ばしたとしても十数メートルもの長さがあるので、バランスを取るのが、こじゃんと(とても)難しいのです。実は竹には、ここを持てば楽々運べるというポイントがありますが、これは身体で覚えるしかないがぜよ。まるで肩の骨が折れたと思うくらい痛く、重たく感じる竹も、毎日やりよりますうちにごく自然に普通に歩くように、むしろ、肩に心地よいくらいに思えてくるきに、まっこと人の熟練度というのは面白いものながです。


近年、里山保全などと言われて、増えすぎた孟宗竹を伐採される団体がいくつかあるのです。このような竹林整備では長い竹のままでは運ぶ事ができず、動かしやすいサイズに短く伐られるのが普通かと思います。ところが、プロの竹伐りは違います。短くすると余計に運ぶ手間がかかると言われて、長いまま肩に軽々と担いで山を下っていくがです。小山のように青々とした孟宗竹が積み込まれちょります。一本、一本見ても、まるまる太っていて立派ぞね。これを、ご夫婦二人して、わずか2~3日で伐られると聞いて、まっこと驚くやら、感激するやら、隠された竹の技はまだまだここにも生きちゅうがです。


仕込み竹杖?

虎竹巾着籠、竹帽子、竹ステッキ


先日は出来上がった虎竹巾着籠のお話をさせていただきましぜよ。底編みの虎竹はもちろんですが、巾着部分の布地自体も虎竹をモチーフにして、まったくゼロから作り出していただいた「竹虎」と名前まで付いたものですので、こりゃあ、まっこと普通ではないがですぞね。


ついつい、嬉しくなって少し持って歩いてみたくなったがです。この巾着籠バックに合わせて行くなら自慢の竹根杖がバッチリやろう。久しぶりに持ってみますけんど、まるで毎日提げているようにスッと手に馴染むのは、さすがに竹根やにゃあ。そして、足元はと言うと、これも自然と決まっちゃある。もう何年前の事かも忘れましたけんど、どうしても自分が履きたくて作った竹皮男下駄ぜよ。たとえ一足も売れなくてもエイ、自分が納得して一生履ける分だけでも作ろう。極端な事を言わせて頂きますと、そんな自分本位の考えだけで何とか困難も乗り越えて出来上がった下駄ながです。


竹根杖


さて、虎竹巾着籠も竹根杖も持った。足元は竹皮男下駄で決めちゅう...。颯爽と外に出たら、その日は太陽の日差しも強く、春の陽気というより初夏を思わせて少し暑いくらいぞね。そこで、頭には、これも自慢の竹帽子で出かける事にしたがです。


いやいや、それにしても身に付けるモノで人の気持ちは随分と変わるものですにゃあ。自分の大好きな竹ばかり提げていると、ただそれだけですけんどウキウキわくわくしてくるき不思議なものです。おっと、耕耘機が目の前を通る間ちっくと杖に身体をあずけて道で立ち止まるがぜよ。竹根の強さと、しなりの感触が心地良いのです。


そういえば、前に京都の竹屋さんから見せていただいたこじゃんと珍しい竹杖を思いだしましたぜよ。何とその竹杖には金属の棒が通されちょった。そうです、映画などで杖の頭を外すと刀が出てくる話がありましたろう?まるで、あんな感じで竹根に、まさかの仕込み杖ながです。竹根は別にそんな補強などせずとも、杖として使用するのには十分な強度を持っているハズぞね。どうしても重たくなる仕込みなどする必要はないように思いますが、どうして?仕込みなどしているのやろうか?確かに自分が持つ竹根杖などと比べたら幾分細身のようではあります。けんど、だからと言うて強さに不安があるようなものでもないし何か他に理由があるのではないか、そう思ってアレコレ考えてみるがです。


飯籠について

飯籠


飯籠なども、かっては全国各地に沢山おられた職人さんが当たり前のように作っていた家庭の必需品のような竹籠の一つですろう。小さい頃には縁側で遊んでいる時にふと上を見上げると、軒下にこのような籠を吊してあったのを覚えちゅうがです。炊飯にしろ、保温にしろ現代は何でも便利なものがありますけんど、前にお伺いしたことのある竹細工の職人さんは、炊きあがったご飯の残りは今でも竹籠に移されていると言われていました。


飯籠には、ただ単に持ち運ぶだけなら、そんなに必要のない長い持ち手が付いちょりますが、これが軒下に吊していた名残ながです。時代と共に持ち手が短くなってきたり無くなったり、細かいデザインなど竹細工には無縁のようですが実は色々とあるがです。


ところで、飯籠の上蓋ですが、どうやって外すのかご存じですろうか?そうです、もちろん蓋の持ち手を持って蓋を外していただいても結構ですが、上蓋は下籠にカチリと、はまっていて少しですが力も必要です。そこで、もっと簡単で、すぐに開けられる方法があるがですぞね。これにも籠につけられた長い持ち手が必要ながですが...。


秘密は、この動画でご説明しちゅうがです。



手が4本!?

竹職人


まっこと(本当に)見ていて惚れ惚れしてしまうような職人芸ぞね。竹籠職人さんは、菊底編みの籠と向き合い黙々と手を動かしよります。伝統の技は父親の背中を見て覚えたと言われる方も多いのですが、竹の工房では足を、こじゃんと(とても)上手に使います。足を使っての細工は、少し乱暴にさえ見える場合もあるのかも知れませんが、全身を使い、一心不乱に竹編みをされる職人さんの仕事ぶりには強く惹きつけられるものがあるのです。


竹ひご抜き


鉄工所で自分用に作ってもらったという竹ひご抜きも、職人さん同様に年期が入って格好がエイが違うちや、不要なものがあったら頂いて帰って部屋に飾りたいくらいぜよ。菊底編みの竹ヒゴは、小さな竹籠からしたら意外な程長いのです。その長い竹ヒゴは、この鉄板の小さな穴を使って同じ太さに整えられちょります。


菊底編み


縁巻きが始まりましたぜよ。足の指を器用に使いながら、竹籠を回しては竹を通しやすいように動かします。ギュッと親指に力が入ると、籠はピクリとも動きません。ガッチリとロックされちゅうようです。籠を動かしては足の指先でロック、動かしてはロック。手はいつものように忙しくなく動きよります。こうやって見ていたら足も手も分からなくなりそうですちや。まこと器用な手が4本あるように見えてしまうがです。



「虎竹」×生地「竹虎」

虎竹巾着籠


先月、竹虎という名の織物のお話をさせて頂いたがです。日本唯一の虎竹の虎模様を生地に表現すると言うまっこと、今まで考えたこともない新しい発想でしたが、編み上がってきた生地は素晴らしくて宮田織物さんのモノ作りの力には、改めて驚かせて頂いたのです。


もともと虎竹の巾着籠を作るつもりで準備をしていました。竹籠部分は表皮と身の部分を交互にあしらい少し染めて風合いを出す籠も候補として作っていたのですが、巾着部分の生地が「竹虎」という名前まで付いた別誂えの渋い生地を届けていただいた時に、今度の籠は全て虎竹模様を出した竹ヒゴを使う事に。そして、色合いも自然の竹そのままのモノにする事に、すぐに決めましたぞね。


虎竹巾着籠


そうやって、ようやく出来上がったのが、この虎竹巾着籠ぜよ。日本唯一の竹である虎竹に生地の竹虎という今回初めての組み合わせですので、どうなるかと思って楽しみにしよりましたが、想像どおり、かなり渋い感じに仕上がりましたぞね。もともと自分が使える巾着籠を作りたいと思いよりましたが、生地にも愛着が湧いてきちょりますしこれほど好みにバッチリなものになるとは...!まさに男の巾着籠になっちょりますぞね。


和木綿


「和木綿」は宮田織物さんのブランド名なのです。この竹虎生地も、簡単に生まれたワケではなく沢山ある織りのパターンの中から選び出し更に絞りこんで特別に作っていただいたものなのです。今はようやく巾着籠が出来上がったばかりなのですが、竹虎にも布地を使う製品は、いくつかあるのです。せっかくの生地ですので今後展開できるものには積極的に使えるならば、統一感もあってエイかにゃあなどと思いゆうがです。


年賀状ジャーナル

年賀状ジャーナル


年賀状専門の雑誌「年賀状ジャーナル」と聞いて、世の中には色々な本がある事を改めて教えていただいた気持ちやったがぜよ。自分の学生時代とか言うたら年賀状は当たり前に出していましたが、近年ではSNSやメールなど手軽に、しかもタイムリーに、やり取りできますのでどうやら、そちらか主流となってしまってハガキを出すという人が年々少なくなってきているようながぞね。


けんど、このような時代だからこそ自分のようなアマノジャクは、ますますハガキに重きを置いてやって行こうと思うちゅうがです。前にある所で講演させて頂いた事があるがです。そしたら、2~3日後には手書きのハガキが届いて、まっことビックリした事がありますぞね。投函の日付を見たら翌日となっちょります。会場で沢山の方々にお会いさせて頂いた後だとしても、やはりハガキをいただいた方は忘れないし印象が全く違います。


講演等と特別な出会いでもなくとも、仕事をしていたら人にお会いさせて頂く機会も多いです。その日に会った方々に、その日の内にお礼のハガキを丁寧な文字で書いて来られる方もおられますちや。そのような方に限って、とても忙しく全国を飛び回られるような方が多く、一体どうやって手紙の時間を作られているのか不思議に思うがぞね。


メールなどでももちろん意志は伝わりますけんど、やはり、このようなハガキの方が出す方にしても手書きというのは自分の気持ちがこもりますし、受け取る方はより人となりを知れて嬉しいと思うがです。たかが、一枚の葉書でお届けできる事があるのだったら...。自分もそう考えちょりますので、出来るだけ真似をさせてもらいよりますが、その元となるのも、やはり年賀状ながです。


私の年賀状


自分の年賀状の元々の始まりは中学、高校時代まで、さかのぼります。明徳義塾という全国から生徒が集まる全寮制の学校でしたので、年に一度くらいは遠くの友人に年賀を出したいと思ったのです。大学卒業時には、更に各地からそれぞれが集まられちょりました。そこで、写真付きの年賀にして、この一年がどんなだったか、次の一年をどうしていくのか、文字より絵で見て分かってもらいないにゃあ。そんな思いで開始した年賀が今年で27回目となっているのです。


形ある一枚の温もりを大切にしたい


何でも飽きやすく中途半端な自分が、こうやって続けられゆうのは、やはり毎年出させていただく皆様のお陰ですぞね。楽しみにされゆう、待っていてくれる、そんなお声を宛名の友人本人だけからではなく、そのご家族からも頂くようになっているのです。年々枚数も増えて、北海道から沖縄まで、今年は3500名様もの沢山の方にお送りさせて頂きました。年賀状ジャーナルというような専門誌に取り上げてもろうちゅうし、これはもう暫く続けんとイカンと決意を新たにしよりますぞね(笑)


いつもの焼坂峠にて

焼坂の竹虎四代目


今日は久しぶりに228メートルの峠まで上がって行こうと思いよりました。日本唯一の虎竹の里は、焼坂の山々を背にして目の前には太平洋の広がる温かく、自然豊かな、まっことのんびりした所ぜよ。けんど、こんな静かな里は高知県なら別に何処にでもあるごくごく普通の田舎の光景が広がるのです。今は高速道路が伸びて国道56号線を通る車も少なくなりましたけんど、東西の行き来がこの道一本しかない当時でも、言われなければここに虎模様の不思議な竹がある事など誰も気づかずに通り過ぎてしまう、そんな何の変哲もない所ながです。


けんど、この山のちょっと風変わりな所に気がつく人もおられますぞね。それが歩き遍路の方ながです。ご存じのように四国には八十八カ所の霊場があり、1200も続く遍路の旅は時代と共に変わってきちょりますが、昔の人々が歩いたと同じような山道を徒歩で回られる方もいるのです。そんな方々が、焼坂の遍路道を登っていく道すがら、必ず目にしていたであろう虎斑竹。長い歴史の中で虎竹達自身も、さぞ多くのお遍路さんを出迎え、そして見送って来た事かと思うがです。


焼坂峠の竹虎四代目


ちょうど今日のように日差しを優しくさえぎり、サラサラと心地よい葉音で出迎えたろうか?その時代の虎竹の里の遍路道は、まさに獣道と言うても良いような急斜面を曲がりくねって上がっていく、頼りないくらい細い道。ゆっくり竹を眺めるような余裕は、きっと、なかったろうか?ただ、一つ気づく事があったかも知れないと思うのです。


それが、この焼坂峠ぜよ。峠までは竹が、あちらこちらに見えているのにここからの下り道には山の麓まで歩いてみても竹は、ただの一本も見つけられないのです。不思議と言えば、こんな不思議な事はないがです。峠から安和の集落を見下ろせば広くはないものの緑の田畑が広がり、その向こうの遠くから南国ならではの海風が吹き上げて来そうに感じるがです。この景色を眺めながら一息ついた旅の人達は、まだまだ続く先に事を思うて足早に歩いていったことですろう。


白い竹炭コロッケ

白い竹炭コロッケ


田舎者の自分は粗食に耐える方で、何でも美味しくいただけるタイプなのですが、真剣に「食」に取り組まれ、実践される方々がおられます。もちろん安心、安全と言うだけではなくて、人を魅了するような美味しさ、楽しさが、そこにはあるのです。なかなか簡単な事ではないし、誰でも出来る事でもありませんがそれを見事に体現されゆう方が近江牛ドットコムの新保吉伸さんぜよ。


肉と言う食材を中心に「出会い」を創造する「肉Meets」は、不定期ながらすでに30数回を重ねられちょって、常に満席、毎回大好評のうちに幕引きとなる素晴らしいイベントぜよ。このようなリアルの取り組みの活性化には、近年のフェィスブックなど便利なSNSの登場があり、上手な活用をされちゅう事もあります。地方から情報発信する自分たち小さな企業にも、見習う点が多々ある事は間違いではないのですが、ただ忘れてはいけない一番大事な点は、たまたま「志に技術進歩が重なって加速しただけ」と言う事、誰でも出来る事であり、誰でも出来ない事ながぜよ。


さて、そんな新保さんの案内で2年半ほど前になりますが、滋賀県で畜産を営まれよります木下牧場さんにお伺いした事があったがです。そして、その時に、ちょうど出会った子牛に「竹虎」と言う名前を付けていただきましたぞね。まっこと時の過ぎるのは早いものでその時の牛が食肉となり、いよいよ食される事になったがぜよ。


「竹虎くんを食べる会」が開催されましたのは、東京は東急田園都市線三軒茶屋から徒歩5分にある「愛と胃袋」さん。一度聞いたら忘れないような強烈な店名ですけんど、前に寄せさせてもらった時の食事もこじゃんと美味しく、忘れられないレストランとなっちょりました。ついでに、最初に来た時には、この駅で降りた事がなかったので、迷ってようやく辿り着いたので道順もバッチリ忘れられません(笑)けんど、道を覚えたら駅の南口からすぐですきに、自分のような地方から来られた方でも、まっこと5分で到着しますぞね。


今回のメニューを拝見しますと「竹虎くん」と言うことで、「愛と胃袋」のシェフ鈴木信作さんには気を使っていただき、竹虎の竹炭を使うた料理を用意して頂いちょりました。実は以前のブログでもお話したように、竹炭コロッケは前にも一度だけ別のお店で食した事があったがです。その時の竹炭コロッケは見た目が、まさに竹炭の真っ黒。ナイフで半分に割って見たら鮮やかな白という工夫がされちょりました。


信作シェフの創作はどんなやろうか?楽しみにしちょましたら運ばれてきた竹炭コロッケは白!ややっ!?これは...意外な色合いやと思い良く見たら、衣の下の方にうっすら黒さが見えよります。「なるほど、こう来たかよ...」この日の料理は竹虎くんだけに自分も携帯した虎竹箸で全部食させてもらいよりました。そこで、お箸で半分に割ってみたら、おおっ!中はやっぱり真っ黒ではないですか!日本料理は目で食べると言われよりますが、見た目で楽しむのは料理のジャンルを超えた万国共通の事ですろう。


実は今回の主役の「竹虎くん」は胃腸が弱っていた時期があり、その時には竹炭を食べさせたら調子がよくなったそうながです。竹炭で育ち、竹炭で食させていただく。考えたら、この一皿にどれだけの人々の手が掛かっちょりますろうか?最後に、その多くの人の思いを凝縮して出すのがシェフの仕事としたならこんな、やりがいのある仕事はないがぜよ。常に挑戦し続けられゆう信作シェフと、集っていただいた皆様、この日の一品は本当に感慨深いものになりましたぞね。


「寅」と「虎」の臥龍山荘

臥龍山荘


あれは、いつの事やったろうか。いつも一人でいる時には何かに導かれる事があるがです。その日も、あまり馴染みのない町でつい足の向いたのが肱川という鵜飼いで有名と聞く川べり。それから駐車場に行くつもりが、ふと気が付いたら急な坂道をのぼった先にある美しい石垣の前におりました。


臥龍山荘庭園


もう詳しい事は忘れてしもうちょりますが、門から一歩足を踏み入れた薄暗い玄関は既に、ただならぬ空気感。下界との境界線のような趣やったがです。そんな中を、まるで別世界に引き込まれるうに進んで行った事だけはハッキリ覚えちゅうがです。


誰一人としていない明るい陽射しの庭に出ました。こじゃんと静かです、聞こえてくるのはツグミの鳴き声だけ。先に歩いて行くと、所々の竹に目がいく、品のよいあしらい。ここを建てた方は、よほどの方やったと想像していましたが、河内寅次郎という大洲出身の方が、明治40年に4年の歳月を費やして完成させたとの事やったがです。


臥龍山荘


緑の向こうから見えちょった、茅葺きの建物も見るからに凝った作りで、自分のような田舎者でなければこの粋人の心づくしをもっと深く感じられたがですろう。寅次郎と竹虎、「寅」と「虎」で名前だけは似ているようでいて、親近感が湧きますけんど本当に一体どのような方やったのか。自分などは足元にも及ばない方やろうと思うのですが、こんな近くにでもまっこと凄い方がおられるものです。


網代天井


しかし、この建物から少し離れた所にある、風流な川の流れに突き出すように建てられた庵は何ですろうか?恐る恐る中に入って、まず目にとまるのが頭上の網代編み。曲線を描く天井にこれだけの細工をされるとは河内寅次郎という人の深い思い入れを感じますぞね。


臥龍山荘から肱川


畳に腰をおろしました。まるで川の上に浮かんでいるような気がして慣れないと最初は不安になるくらいやったがです。山の緑や遠くの景色、キラキラと川面が輝いて「こんな素晴らしい所があったかえ?」まっこと、この歳になっても知らない事ばっかりですぞね。誰もいないし、のんびりした陽射しの中、半日ほどはおったろうか?同じ四国に居ながら、お隣の愛媛県は大洲市にこんな凝った数寄屋造りの庵があるとは思うても見なかったがです。


「ミシュラン」と言えばレストランの評価で有名ですけんど、観光地評価のミシュラン・グリーンガイド・ジャポンというのがあって、ここ臥龍山荘は2011年に一つ星を獲得されたという事を知りました。さすがと言うか、これにはビックリしますけんど、更に驚くのがここの竹の仕事に竹虎が関わっちょった言う事ぞね。自分の知らない先代の頃、こんな凄い場所に...。まっこと、つくづく暖簾の大きさを感じるがです。


竹野武士

渡辺竹清先生


あれは、いつの事やったろうか?網代編みの巨匠、渡辺竹清先生の工房にふらりとお伺いさせて頂いた時に、


「これ、持って帰り...」


そう言うて頂いたのが縄目模様も渋い煤竹筒に入った、先生の手削りの携帯箸やったがです。筒の口部分は丁寧に籐巻きされています。スッーと中のお箸を引き出してみたら何と無骨な印象の煤角箸ながです。これはかなり太い煤竹やったに違いないがぞね。竹材の関係で、これ以上の太さの竹箸は量産できないと言う竹虎の極太箸、横綱うるし箸よりも更に若干幅が広めながぜよ。少しだけ下げた竹節の表情も格好がエイちや。普通を好まない男が使う角箸の雰囲気満点ながです。


渡辺竹清作、煤竹携帯箸


この携帯箸は、丸い竹筒に入れられちゅう分かさばるので、鞄などを持ち歩く時でないとなかなか携帯できないという事があって実は出番は多くは無いのです。けんど、いつも身近に置いて眺めていたいと言う、この携帯箸の最大の特徴のひとつが「鍔(つば)」ぞね。


最初、先生が棚から出された時に、まるで美しい小刀のように見えたのです。煤竹の鞘(さや)に刀のような煤竹箸と鍔が収まっちゅうように思えたきです。もし、これが刀やとしたら渡辺先生に帯刀を許された竹武士という事やろうか。けんど、さすが先生は考えられちゅうぜよ、武士は武士でもこの箸の荒々しやきに野武士じゃおまんは野武士になれ、そう言うてくれゆうがです。



都会のオアシス

椅子セット


まっこと慣れない都会は疲れますぜよ。高知の田舎と違うて歩くのが早い!早い!まっことビックリたまげるがちや。けんど、そのペースに合わせないと駅の構内さえ乗り切れませんぜよ。そこで、ついついスピードアップするので余計に歩き疲れてしまうがです。


さて、これは一休みせんとイカンと思って、辺りをキョロキョロして偶然見つけたのが都会のオアシスのような、黒っぽい椅子とテーブルのセットでした。何やら編み込まれている感じに気づいて小走りに近寄ってみたがです。竹ではないとは思いよりましたが、もしかしたら籐やろうか?そんな事を思って行ってみますと、ゆったりとした大きさで座り心地が良さそうな、しかも都会にピッタリなシャープな感じの格好の良い椅子ちや。それに、色合いも悪くないにゃあ。


更に近寄ってみましたら自然素材ではなさそうです。何かと思うたら樹脂の細長いヒゴを使って作られた椅子でしたぞね。さっそく腰を下ろしてみたら、なかなかの座り心地です。見た目にも、かなり大きなサイズでしたけんど、実際に使うてみたら尚さらゆったりと感じます。都会では何でもパーソナルスペースが狭いので、これはのんびりとリラックスできる贅沢気分を味わえるのです。


樹脂編み


けんど、鉄枠の丈夫なフレームにしっかりと編み込まれちゅう技は、昔から竹細工や籐細工などでも使われる技法でもあり、機械でこうやって編み込む事はできないと思うので、現代的な素材を使っているにせよ、ひとつひとつ手作りではないですろうか?遠目には樹脂と気づく事は、ほとんど無いのであまり知られていないかと思うがですが、実は店舗の陳列用などには竹そっくりに編まれたポリプロピレンという樹脂製の笊や籠があるのです。


もう何年も前の事ですが、メーカーさんが作り始めた頃にはそんなに沢山のバリエーションもなかったですが、今では色々と種類が増えているようで、たまに大手の量販店さん等では見かける事があります。水気の多い商品などでも簡単な手入れで並べられる事など、自然素材に比べて耐久性などは格段に強いし、扱いも容易なので、お店の方としたら楽かも知れませんちや。


樹脂椅子座面


けんど、やはり自然素材とは風合いが全く違います。当然、自分などは一生使う事もないろうし馴染まない素材ではありますが、使う場所によりけりだと思いよりますぜよ。小さなザルのようなモノでも当然使いやすさは大事ですが、不特定多数の方が座られる公の場所の椅子などには、耐久性や利便性が更に一番大切なところだと思います。この樹脂素材なら自然素材の苦手な屋外での使用にも使えそうです。今までの不便さや弱さを改善した新しい素材で、昔ながらの編み込みを活かした製品というのは沢山の方に喜んでいただける事ではないかと思います。望まれちゅうという事なら、これは進化とも言う事ができますろう。


レーザー刻印の竹乃子(たけのこ)ちゃん

竹集成材に刻印


レーザー刻印と言うモノはなかなか面白いものですぞね。パソコンのデータであるものは正確にその通りに表現していけるのです。文字やマークなどは、もちろんですけんど人物や風景などの写真まで、そのまま手軽に刻印できるので、まっこと技術の進歩と言うものは凄いですにゃあ。ひとつ試したくなって竹集成材の板切れに、竹虎ロゴマークを試しに入れてもらった事があるのです。実は、設定によってはレーザーの強さの調節もできますので、かなり強めにして刻印してみると、刻印の中は真っ黒になって、こりゃあ墨入れの必要がないくらいですぞね。


竹乃子


これくらいクッキリ刻印ができるなら、他にも何かマークなどを色々としてみたいにゃあと思いよりましたら、ちょうど楽しい竹虎のメルマガを最近はずっと書いてくれよります。竹乃子(たけのこ)ちゃんのキャラクターが出来てきたところやったがです。そこで、平面なモノばかりでは芸がないので、筒状になった竹ビアグラスに刻印してもらう事にしてみました。


竹ビアグラス刻印


平面に刻印するのであれば何の問題もありませんが、刻印面が曲線になっている場合にはレーザー発射点と刻印面との距離が違ってくるため、形がしっかり刻印できず微妙に歪んでしまうことがあります。だからグラスのような筒状のものへの刻印の場合、文字数が多いと縦方向に刻印せねばなりませんし、ロゴマークなどの場合には出来るだけ小さく入れたほうが形が正確に表現できて美しく刻印できますぞね。


キムチと竹炭

冷蔵庫に消臭用竹炭


高知は鰹のタタキで有名でもありますぜよ。漁師町などでは鰹と一緒にニンニクを丸かじりされると言いますが、それ程では無くともタタキには必ず付いてくるものですので、結構ニンニクを食べる機会が多い方かも知れません。だからと言う訳でもありませんが、こじゃんと(とても)大好きなのですが、ニオイもなかなか強烈な食べ物です。


ただ、冷蔵庫のニオイという点では、どうですろうか?タタキ等は、その日のうちに食べてしまうのが普通ですのであまり困る事はないかも知れません。自宅で冷蔵庫のニオイと言うたら、やはりキムチぜよ。キムチも定番の白菜や大根、キュウリなどの野菜だけでなくて、最近は魅力的な海鮮キムチなども沢山ありますにゃあ。タコやホタテなどのキムチも美味しいのですが、特に気に入っちゅうのは蒸し牡蠣のキムチですぞね。牡蠣の食べ方はフライが一番と思いよりましたが、この牡蠣のキムチを知ってからはどちらか迷うほどです。


消臭用竹炭


まあ、そんな事はどうでもエイがですが、キムチは、その日に食べきるというものではなく、何日かは冷蔵庫に保管されちゅうものです。当然、ニオイが気になる事もあるかと思います。さて、そこで登場するのが竹炭なのです。


竹炭にも色々種類がありますが、竹虎の場合ですと飲料水や炊飯、室内で使う竹炭は基本的に全て昔ながらの土窯で焼いた竹炭ぜよ。けんど、同じ土窯でも高温でやける窯と低温の窯があるかです。高温で焼く竹炭は独自のノウハウもありますし価格的にも高めながですが、消臭用に使う竹炭は比較的お手頃な低温で焼かれた竹炭がエイがです。軽く水洗いしてから乾燥させてから不織布などに適量いれて、冷蔵庫に一晩入れちょったら、まっこと朝には「こりゃあ、たまるか!?」と言うくらいニオイが全く感じられなくなっちょります。もし、冷蔵庫にニオイでお困りの方がおられたら是非この竹炭パワーを体感いただきたいと思うちゅうがです。


竹ワインクーラーの材料選び

竹ワインクーラー製造


孟宗竹という日本最大級に大きくなる竹の特徴を、あます所なく活かして作るのがワインクーラーです。一定のサイズに切り揃えられてズラリと山積みされちょりますが、これだけ見ていたら竹職人さんの苦労は分からないかも知れませんぞね。


実はここに来るまでに、更に何倍もの長く太い孟宗竹の大きな山があったがです。竹は、ただただ天を目指して伸びていくのです。竹林を眺めていたり、実際に竹の中に入って上を見上げて見たりしていると、伸びやかな竹は綺麗に、そして真っ直ぐに見えるものながです。ところが、やはり自然のものぜよ。伐り倒してみたら真っ直ぐな竹など一本たりともありません。曲がっているのが当たり前なのです。


竹のワインクーラー材料


更に竹を丸いと思われちゅう方がほとんどですが、何を隠そう竹は丸くもないのです。楕円形であったりもっと歪になっていたり、おそらく皆様が丸く真っ直ぐだと思われちゅうのは丸型の竹しか製品として目にされる事はなかったり、曲がりは矯め直して真っ直ぐにされて「竹」として流通するからですろう。そして、木でも同じなのですが、竹は元の方にいくほど太く、身が厚いがです。ワインクーラーに使うのはこの元の部分だけ。長い竹を一本根元から伐り倒したとしても、使えるのは極わずかな部分だけという事ながぞね。もちろん、ワインクーラーに取った残りの竹も色々な材料に加工されよります。


竹ワインクーラー


最近は、太い竹材が不足気味となってきており、結構遠くまで探す事もあるがですが、竹は南方系の植物だけあってやはり温かい地方ほど太く長い竹が育つがです。前に雪の舞う山形の孟宗竹を拝見させて頂いた事がありました。竹と雪はなかなか絵になる景色で、その美しさにうっとりした事を覚えちょりますが、竹自体の太さという事になると、やはり寒さのためかと思いますが高知や九州の孟宗竹に比べると、かなり小降りでしたぞね。


いくら小さくてもワインのボトルが、ゆっくりと入れられるサイズは必要ですので極太孟宗竹の材料には、いつもでも気にとめて見ているのです。この竹も結構歪みががりますにゃあ。けんど、この太さがあれば大丈夫ぜよ!竹の形も全部それぞれの自然素材の個性ですきに、それ自体もお楽しみいただきたいと思うがです。


渡邊政俊先生のご講演

渡邊政俊先生


農学博士であられる渡邊政俊先生のご講演は、まっこと面白いのです。時間を忘れるような楽しいお話ばかりで終わるのが惜しいくらいでした。そもそも竹とは、どうして「タケ」と呼ばれているのか?あまり考えた事もない名前の由来から始まりましたが、


竹=高き木=たかきき=タケ


だそうですぞね。そしたら笹はどうして「ササ」かと言うと、


笹=些細な=ささいな=ササ


だそうですぞね。笹が些細とは思いませんけんど名前の由来は興味深いものです。竹と笹の区別は実はハッキリしていない部分もあるのですが、言葉の由来からして背丈の高いものが竹で低いものが笹という大まかな分類ができるのです。そしたら竹は木でしょうか?草でしょうか?答えは簡単、竹は竹ながです。木は毎年成長して太くもなり、伸びもしますが竹は成長期を過ぎると太くもなりませんし伸びる事もありません。また、草は木質部がありませんが竹は木質部があるのです。だから竹は木でも草でもなく、竹は竹ながですぞね。


渡邊政俊先生


世界の竹博士、ドクターバンブーと言われた上田弘一郎先生と出会い、最初は面白くなかったという竹の世界に足を踏み入れられたのが20歳の時と言われちょりました。以来上田先生とは38年のお付き合い。その中で竹のスペシャリストとして様々な国に赴き、竹の研究に邁進されてきた渡邊政俊先生のお話は驚きに満ちちょりますが、ひとつビックリしたのが孟宗竹の寿命なのです。


基本的に大きな竹ほど寿命は長く、小さい竹は短いとされていて国内最大級の孟宗竹は寿命が長いのが普通ですが、2013年の森林総合研究所さんの調べではなんと寿命30年のものがあったそうです。自分などは、せいぜい15年程度だと考えちょりましたので、自然界のものは人知の及ばない事があるなあと思うのと、やはり竹の研究というのは、まだまだ未開な部分が多いと改めて感じます。そして、この竹の寿命という事にも実は考え方が二つあるがぜよ。その一つが竹そのもの個体の寿命であり、もう一つが、竹林全体がひとつの家族として地下茎で繋がる竹の地下茎全体を含めた寿命という事ながぞね。


世界には1300種類くらいの竹があると言われちょりますが、この地下茎含めた寿命というのが分かっているのは、日本の真竹とインド原産のメロカンナのたった2種類だけながです。真竹は120年、メロカンナは47年、それぞれ時期がくれば花が咲き、一斉に枯れてしまうのですが真竹は残った地下茎から芽吹き、メロカンナは種が落ちて発芽するそうですので、まっこと竹の生態というのは不思議な事、分からない事だらけながです。


花が咲き竹が一斉に枯れるなどと聞きますと、どうしても気になるのは日本唯一虎竹の里の竹たちの事。虎竹は淡竹(はちく)の仲間なので実は確かな開花スパンは分かっちょりません。山によっては花が咲いた事があると古老から聞いた事がありますが、それでも同じ在来種の真竹と同等と考えると人の寿命を越えて100年単位で見ていかねばなりません。竹虎が今年で創業121年、一応長い社歴はありますものの、大自然の雄大な流れの中ではほんの一瞬のような気がするのです。


昔ながらの虎竹和紙作り

虎竹和紙原料


雨が多く自然の豊かな高知県には全長196キロにもなる、雄大で日本最後の清流と言われる四万十川がありますが、実は近年「仁淀ブルー」とか言われて注目されている仁淀川という美しい流れの川があるがです。そして、その仁淀川の豊富な水量で、昔から発展してきた土佐和紙は全国的にも有名ぞね。今でも手漉き和紙の職人さんもおられますし、紙関連の会社さん等も多いがです。


竹虎の竹を使った和紙作りも、そんな高知の和紙文化があるからこそ実現しちょります。そもそも日本唯一の虎竹を使った和紙なので、竹を細かくして繊維質にする事が始めるのです。沢山ある和紙メーカーさんの中でもこんな面倒な紙作りに熱心にご協力いただける会社様というのは、そうそうないのではないかと思うて感謝しちょります。


和紙職人さん


とにかく、材料の竹を水に浸けて1ヶ月もかけてふやかし、繊維質にしていくのは機械でも何でもなく、何と手作業ぜよ!何か薬剤で短時間に溶かしてという事でもなく、時間と手間を惜しげもなく使って作られゆう虎竹和紙作り。拝見しよったら、まっこと昔の紙作りはこうやったがやろうか?と、しみじみ思ってしまうがです。


繊維質になるように細かく叩いていく作業でも、普通ならこのような工程は機械化されちゅうかも知れませんが、こちらの会社様では石臼に杵を使われよりますぞね。まるで知らない方が遠くから見ていたら、お正月でもないのにペッタンペッタン餅つきやろうか?と、不思議に思われそうな製造工程なのです。こうやって虎竹和紙は、自分などが想像する以上に昔ながらの本当の手仕事で素材から作っていただくのです。


虎竹和紙繊維


竹虎から運んでいった竹材から思えば、まったく見る影もなくなったペースト状になった竹繊維ですが、こうなるまでには和紙職人さんの手間暇がこじゃんと(とても)掛かっています。けんど、実はここからも職人の腕のみせどころ。ひとつ、ひとつ紙に漉いていく作業に続いていくがです。


土佐手漉き和紙職人


手漉き和紙の職人さんが漉き桁(すきけた)と呼ばれる長方形の木枠を、原料である竹繊維をいれた水の中で、何度も何度も振りながら和紙に漉いていくのです。木枠の中に細かい竹簾のような簀がはめ込まれちょって、和紙漉きにも実は竹が大切な道具として使われています。この簀に使う竹ヒゴで和紙の種類が違ってくるそうですが、漉く和紙も竹、漉く道具も竹。まっこと、竹が大活躍しゆう現場は嬉しいもんですぜよ。こうやって丁寧な手仕事で一枚一枚作られる虎竹和紙は、名刺やハガキ、便箋などはもろちんですが、以前製作した黒竹の丸竹を使った別注団扇に貼る紙などとしても使っているのです。


竹製知恵の輪

竹製知恵の輪


知恵の輪と聞くと子供の頃から遊んだものは、ほとんどが金属製のものではないかと思うがです。最近の子供達はテレビやスマホのゲームばかりで、おもちゃ屋で売っているような金属製の知恵の輪さえももしかしたらあまり遊んだ経験がないのかも知れませんちや。そしたら竹製のものがあるなど全く関心すらないかも知れません。そもそも昔は、今のような遊び道具が無かったので身近にあった竹からは、その加工のしやすさや稈が空洞である事や、弾力性や滑りの良さ軽さなど竹の特性を活かした玩具も多かったのです。


そんな中に知恵の輪というものも当然のように考えられ、多くの人に伝わって楽しんだ時代があったかと思います。今は名残りの品を懐かしく見て、当時を想像する他ない事もありますが、先日、たまたま拝見する事になったのは今まで出会うた知恵の輪とは随分と趣の異なったものやったがぜよ。これほど大きくて竹の特性を上手く使うちゅうものも、あまり無いかと思いますぞね。竹の一番丈夫な表皮部分を残して薄く剥いだ作りは、柔軟でいながらしなやかで強い。知恵の輪ならぬ、竹の輪の中にも伸びていってスムーズに入るあたり竹より他の素材ではできなかったろうと思うのです。


このような全く知らない竹に出会うたび、長い長い、竹と日本人との関わりを思わずにいられません。じっくり見ても、あれこれ触ってみても、どうなっているのか...?頭を抱えてしまいそうな造作ですが、ある時、突然このような形で現れたものではないですろう。誰かが思いついて創作したものを、今度は別の誰かが見て改良して、そして又誰かが改良して、そんな繰り返しをして現在のような完成された、ひとつの作品と言うても良いような素晴らしい知恵の輪が出来上がっちゅうのではないろうか?


実はこの知恵の輪は単純に遊び道具というものではなく、囲炉裏に吊して使う自在鉤(じざいかぎ)だったのです。そんなに身近で毎日使われるモノだからこそ、ただ単に使いやすいようにと言うだけでなく、昔は自分のものは自分で作る事も多かったので、大切なひとつの要素が「作りやすさ」でもあったかと思います。色々な面が磨かれ、鍛われて、研ぎすまされて、この竹製の自在鉤を持っていた竹職人さんですら、


「ええと...どう使うのだったか?」


そう言うて頭をかくほどの竹製知恵の輪が出来上がっちゅうのです。


竹炭コロッケ

竹炭コロッケ


竹炭を微粉末にしたものは実は昔から利用されていて、古くは忍者が解毒のために常に携帯して使ったとか言われていますが、別にそんな特別な生死に関わるかも知れないような事でなくとも、炭職人さんには胃腸の悪い人はいないと言われるように、炭窯で炭をかじる方は今でも普通におられるのです。


ご家庭での竹炭パウダーの使用方法を尋ねてみますと、やはり、竹炭パンや竹炭クッキー、竹炭ケーキなど、竹炭の細かい粉末を混ぜ込みやすいものが多いようですぞね。そう言う自分も、まず最初に焼いたのが竹炭パンやったがです。初めてだったのにツヤツヤと黒光りしたようなパンが焼けて、まっこと見た目にもインパクトはあるし、さっそく美味しくいただいた事を覚えちゅうがです。


体内の毒素や老廃物を排出させるデドックス効果を期待して、竹炭を利用される方が多いようですが、いくら健康に良いとされていましても美味しくないと続きませんにゃあ。その点、竹炭パウダーは無味無臭ですので色合いを気にしなければ、食材の味や香りを邪魔することはありません。混入する割合にもよりますが多少食感がザラつく程度です。


竹炭コロッケ


しかし、「美味」という事を今まであまり追求していなかった竹炭ですが、京都のクレメンティア(Clementia)さんというイタリアンレストランで頂いた竹炭コロッケは違いましたぜよ。


球形に作った真っ黒いコロッケは食べる前から見た目で楽しめます。色合いは、さすが竹炭ですが黒い食材と言うと、もしかしたら美味しさの演出はしづらいので、使うのにも大変かなあと考えちょりましたが、実はお皿に盛り付ける食材を工夫することにより、お互いが引き立てあうような一品ができるように思うたのです。ナイフで竹炭が使われちゅう表面を触ってみると外側は少しだけ硬く、半分に切ってみるとマッシュポテトのような中身はこじゃんとなめらかで柔いのです。その対比を口の中で確かめながら頂きました。


シェフの田淵さんは、まだまだお若い方ですが、そのこだわりは普通ではないがです。地元の食材に特に思いがあられるようで、牛肉はお隣の滋賀県で生産される近江牛を使われる事が多いようです。しかもただ、地元の近江牛を使うというだけではありませんぞね。何と国産飼料で育つ牛となると、どうですろうか?自分も専門外ですので、それほど詳しいわけではありませんが、日本の家畜はほとんどが海外からの飼料によって育つと言われますので、国内の飼料を使う事など、あまり聞く事がないかと思います。そんな取り組みをしている牧場と繋がる事だけでも凄い事かもしれません。しかし、田淵シェフは更に牧草焼きなる料理に、木下牧場さんと言う、その牛の育った牧草まで取り入れちょりました。


何を隠そう高知の名物、鰹のタタキでも本当に美味しいお店の料理人さんは、タタキを焼くワラやそのワラの保管倉庫にまで気を配ると言いますので、少しそんな事も思い出して感心することしきりなのです。田淵シェフ、まっこと、そのアイデアと料理や素材への情熱は素晴らしいです。シェフだとか何だとか料理人の方の呼び方は色々あるかも知れませんが、要するに「職人」ではないですろうか?竹職人と同様に、そのものへの愛情や思いが形となり、新しいものが創り出されるのは同じながです。


明徳34年前のあなたへ

竹虎四代目卒業生スピーチ


あなたは想像しちょったろうか?卒業生の席のすみっこに小さくなって座っていた、自信もなく、自分のしたい事も何ひとつ分からず、ただ、ただ6年間の苦行が終わる喜びばかり感じていた時。34年後に、あの遙か高い輝く壇上に自分が立つ事を。


明徳食堂


あなたは想像しちょったろうか?辛い事ばっかりで、灰色の世界に見えていた明徳の谷間が、本当は美しい緑と、希望のあふれる理想郷と気づく日が来る事を。


明徳卒業式2015


昨日3月1日は、母校明徳義塾高等学校の卒業式やったがです。本当に、あれから何十年も経つのだろうか?会場に入ると、まるで自分の卒業式の日と同じような光景に、少なからず戸惑ってしまいましたぜよ。


伊原先生、笹岡さん


昨日あの卒業式の前にお会いさせて頂く先生方も。自分が卒業したあの日と何ひとつ変わらんように見えたがです。手の温もりは自分の卒業式の日と何ひとつ変わらんように感じたがです。


吉田先生


けんど、実は心配もしてくれよりましたろう。あんなダメな「山岸君」が卒業生を代表してスピーチするなど、明徳でも誰一人思うてもみなかった事なので、退職された先生方ももしかしたら心配で来てくれちょりましたろうか?まっこと、34年も経っても皆様に心配ばっかりかけゆう生徒です。申し訳ございません。


吉田幸雄校長先生、野中義一先生


一番心配してくれよったのは、天国の吉田幸雄校長先生と野中義一先生やろう。昨日は見守って頂きありがとうございました。田舎の竹屋ですので場違いな雰囲気に緊張して、お二人の姿に気づいたのは、ずっと後になってからでした。


明徳卒業生スピーチ2015


明徳のスピーチは、ただの卒業生講演ではありません。ご自身が第一回目のスピーカーを務められ、毎回のご指導いただく上河扶紀枝さんが言われますように、


「明徳生に手渡す魂のバトン」


「最後の教育の日」


「1日だけの人間教育」


参加されていた卒業生の方から、


「今日の卒業式、吉田幸雄校長がおったね」


と言うて頂いたそうですが、吉田幸雄校長は、ひとりひとりの生徒全ての中に居るのです。そして、魂は今も生きています。


「話しは目で聞け!」


という伝統も、そのひとつ。


明徳卒業式


壇上に立って、あの生徒さん達の真剣な目を見せて頂いて、昨日ボクは、こじゃんと楽しみが増えたと思うちゅうがです。彼らが卒業して何年か経ったら、必ず、また会えると確信したきです。「あの時の、あの日の卒業式で...」素晴らしく立派になって輝きゆう、かつての制服姿の彼が現れる。それまで自分も同じように今日からスタートして、負けないように頑張らんとイカンと思うちゅうがです。


明徳卒業生


卒業される生徒の皆さんは泣いて、笑っていました。あの日の自分達と同じですぞね。この方達は34年前の自分であり、同じ明徳の谷間から巣立つ同志でもありますろう。ひとり、ひとり、皆さんエイ顔をされちょりました。後から挨拶にお越し頂いていた生徒さんの中には、志を持ち海外から留学されてこれから東京の大学に進学。そして今にも世界に飛び出す覇気のようなものを感じる方もおった。本当に明徳は凄い学校になっちゅうのだと思います。


吉田圭一校長


このようなご縁をいただけるのも明徳を卒業できたから、何回も諦めかけたし、退学になっても不思議でない事も実はあったがです。けんど、その度、自分のような何の取り柄もない生徒にまで気にかけていただき、やり抜く事の大切さを教えてくれました。


明徳卒業式にて


自分が中学一年で入学した時に、雲の上のような大先輩だった皆様や、社会人として活躍される皆様。沢山の明徳人に支えていただいて明徳からの二回目の卒業を無事すませ、新しいゼロからのスタートをきる事ができました。今日から新しい竹虎が始まっちょりますぞね。


虎竹の里


竹を諦めかけた時、あの明徳精神が心の底から沸いてきた。自分のような生徒にまで染み渡る教えとは何ですろうか?けんど、こうして今があります。明徳など考えた事もないのに知らない間に入学したのですが、ずっと6年間通わせてくれた両親が偉大です。いつもの竹林で思います。自分には真似もできない。やはり、自分は、いつまで経っても、あなた方の子供ながです。ありがとうございます。