変わりつつある日本の暮らしと竹

孟宗竹


古民家に竹材が沢山使われているお話しをブログでしてきましたが、これだけ多用されてきたのは、どうしてか?理由を考えて探っていくと昔の人の知恵や暮らしが浮き彫りになってきて、本当に面白く興味ぶかく感心することばかりです。もちろん、素材である竹が身近にあった事、成長の早い竹ですから木材のように所有権がそこまで厳しくなかった事もひとつ。護岸工事用に移植された竹などは最たるもので、河川付近はいわば公共の土地のようなものなので少しくらいであれば誰が伐っても問題なかった事でしょう。


そして、持ち運び、加工性の高さ。軽く、刃物ひとつで伐って割って場合によっては最終製品にまでそこで仕上げられる竹ほど手軽で魅力的な素材はなかったと思います。今では製材所に行けば木材の板など機械でいくらでも加工されていますが、その昔には貴重な材であり庶民に手が届かない高価な部材のひとつでした。そう言えば古いビデオ映画で山中を移動しながらお椀の生地作りをする職人集団の様子を観た事があります。宿泊をかねた製造小屋を建てる際にすべて現地調達していましたが、床に敷く板だけはずっと持ち運んで使われていた事を思いだします。あれだけの木工技術を持つ方々でもそうなので、一般の人々は言わずもがなです。


椀かご


竹ヒシギの壁、竹簀子床、それぞれの理由があり変わり続けてきた日本人の暮らしであり、その中の竹。椀かごもわずか30年、40年前にはできるだけ大きく、沢山の食器が入れられるものしかありませんでした。昨年はじめて意識的に一人用の大きさの物を作ったのは自分達の生活が変化しているからに他なりません。


変化に合わせて新しい竹を作る。試作の籠やザルをはじめ色々な竹製品が自分の周りには沢山あって幸せ感に包まれています。少しですがお裾分けできればと思い、何個かある試作の竹籠をご愛用いただける方がいたらとプレゼント企画を開催したしていますが兎に角、まず手に取ってお使いいただきたいのです。手から伝わるものが必ずあるはずです。


飯かご


それにしても、いつか周りにあるこの籠たちを皆様に紹介できる機会が持てれば楽しいなあと思っています。


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