これは幻!12年前の新春レア動画を発見

12年前の年賀


竹虎では昨日から新春を迎えて心新たに仕事始めとさせていただきまして通常営業をいたしております。しかし、まだまだお取引様でも冬期休暇のところもりますしお正月気分は続いています、今朝もポストをのぞきますと年賀状が届いておりました。遠く離れてしまっている知人友人の中には年に一度の便りでしか元気な姿を拝見できない方もいるので届く一枚、一枚は本当に嬉しく楽しみにしています。


おそらく皆様もそうではないかと思って大学四回生の時から続く竹虎四代目の年賀状は、このような時代だからこそと思って今までにないB5の特大サイズでお送りさせていだたきました。大きすぎてご迷惑をお掛けしてしまった方々もいらっしゃるのではないかと心配もしています、この場を借りてお詫びもうしあげます(笑)。


スマホを皆さんが手にされてSNSでいくらでも挨拶できる時代ですから年賀状を出されるという方は年々少なくなっているようですが、そんな中この元旦に強烈に印象に残る一枚がありました!それはちょうど12年前の丑年、自分の年賀状をイラストにしてくれています。


2009年の年賀状ご存知ない方はこちら→ 12年前の竹虎四代目年賀状


丑年なので当時テレビでやっていたウッチャンナンチャンの内村光良さん演じるミル姉さんを真似ています。12年経っても何の成長も進化もしていない自分に情けなさを感じつつ思い起こしみますと...!何とこの時に撮った幻の動画を思い出したのです!そうそう「あしたのジョー」主人公の矢吹丈そして丹下段平、マンモス西らが登場するさまにレアな動画です(汗)。





青竹細工と時間職人と

茶碗籠


お正月といば三本束ねた大きな青竹をハス切りにして飾り付けられた門松、最近では少なくなったとは言えやはり見る度にの気持ちがピシッと改まり、清々しい面持ちになってきます。新春には、このような青々とした竹が多用され良く似合いますので今日は新竹で編まれたばかりの茶碗籠を持ち出してきました。


この大きな方の茶碗籠は直径35センチで普通のご家庭用ですが、隣の小振りな籠は直径25.5センチでお一人暮らしの方に喜ばれるコンパクトサイズとなっています。人の暮らしに寄り添う竹籠は人の生活にあわせて姿を変えていきます、大家族が当たり前だった頃の方が見たら、こんな小さな籠を台所で使うと聞けば驚くかも知れません。


真竹


青竹細工には、主に粘りがあり節間の長いこのような真竹が使われています。ガスや熱湯で油抜き加工せずに編み上げていくので虎竹や白竹などの竹細工とは又違って出来あがったばかりの瑞々しさといったら何と表現したら良いか分からない神々しいほどの美しさを感じる事があります。なるほど、竹取物語で竹の中からかぐや姫が誕生するという空想した古人の気持ちも良く理解できます。


竹深ざる


なので青竹細工の職人さんはこの「青さ」をとても気にされている方がいます。中には青い時が見栄えが良いので急いでお客様に届けようとされる事すらあります、確かに生鮮野菜のような側面が少しあって最高の状態を多くの方に知って頂く事も必要かも知れません。


苺籠


しかし、青竹細工がその色合いを保つ時間は皆様が思っているよりずっと短くほんの一時に過ぎません。青竹を伐採した切り口などを見れば分かりますけれど、あれよあれよという間に乾燥して白くなって色褪せます。このような青竹籠がこのままの色合いでいれば何と素晴らしいことか...多くの竹人が同じような事を思い、青さをそのままに留める工夫を考えてきたものの自然の色合いに勝るものは今もってありません。


真竹竹ざる四枚組


丁寧に編まれた四枚組の真竹ざる、編まれてから暫くして青さは少しづつ抜けていきます。


真竹竹ざる四枚組


一年以上経過するとこのような白っぽい色合いに変わってきました。そして、青竹細工は時間職人によって更に進化していきます、これからが始まりなのです。





2021年、明けましておめでとうございます!

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皆様、2021年明けましておめでとうございます!今年もが天を目指して真っ直ぐに伸びていくように、竹に節があるように節目を持って、竹の地下茎のように沢山の方々と手と手を繋ぎあって、丑年らしくゆっくりとゆっくりと前に向かって進んでいく一年にします。


今年も「NO BAMBOO NO LIFE」よろしくお願いいたします!






虎竹の里より今年最後のご挨拶、この一年ありがとうございました!


須崎市安和は四国の高知県高知市から更に西に向かって高速道路で40分ほど走った所にある静かな谷間の村です。地方と言われる地域の中でも時代に取り残されたような小さな集落ですが、この虎竹の里でしか成育しない不思議な虎斑竹があります。日本の竹が忘れられ、竹文化が次々と消えていく中で虎竹の里の果たす役割はますます大きくなっていると感じています。今年は誰も体験した事ないような一年であり、大きく変る節目の時でありました。変わって良い事も、そうでない事もあるものの竹虎は皆様のお陰で2020年の最後の日をこうして無事に迎えられています。本当にありがとうございました。来年は丑年、ゆっくりとでも立ち止まらず前進続ける年にします。



今年は楽しみにしていた世界竹会議台湾が開催できなかったので、せめて9月18日の「World Bamboo Day(世界竹の日)」には世界の竹人の皆さんに何か発信出来る事をしたいと思い青竹踏み体操を作って当日にYouTubeライブ配信しました。青竹踏みは竹虎が2000年から毎年地元大学生を中心として開催しているインターンシップで、当たり前の健康具としてどこのご家庭にもあると思っていたら、何と今の若い方々が青竹踏みを知らない事にショックを受けて普及に力を入れている製品です。


特に今年は新型コロナウィルスでステイホームが続いて運動不足の方も多いと思います。いつもの青竹踏みの使い方にプラスしてストレッチの要素を入れたリズミカルで楽しい体操を考案したのです。世界竹の日に世界中の竹を愛する皆様に、ご自宅で過ごされる皆様に竹で健康に、竹で元気になってもらいたいと願いをこめて竹虎社員一同で届けした事が今年の大きな思い出です。来年もこんな社員と共に、前を向いて竹のように真っ直ぐに、パワフルに進むだけです。





竹虎四代目、カレンダーについて語る

竹虎カレンダー2021


今年も残すところ今日と明日だけとなりました。コロナウィルスによって社会は大きく変化したと思いますが、それに従い自分たちの暮らしや仕事も予定されていたスケジュール全てが変わりました。変わって困った事、変わったからこそできるようになった事いろいろあってプラスなのかマイナスなのか恐らく「人間万事塞翁が馬」なのかも知れません。


さて、自分が大学四回生の時から続けている新年の写真付き年賀状ですけれど、2021年の年賀は少し事情があっていつもより郵便局さんに預けるのが遅く本日30日となっています。例年よりゆっくりなのでギリギリまで粘って出来るだけ年賀に手書きの言葉を入れようと思いお一人様づつの宛名を見ていました。そうすると、あれは今年の事だったか?去年の事だったのか?少しイレギュラーな一年だったせいか分からない事があります。確認のためスケジュール表を改めて見直してみてコロナ前とコロナ後とで明らかに意識や行動が変わっています。


相変わらず変わらないのは虎竹の里の竹と自分達の仕事です。来年のカレンダーは今年新しく登場して仲間入りした竹達を選んで掲載しています。大きく変わった世界で、やはり変わらない虎竹に少しホッとします。


青竹踏み体操


虎竹ショルダーバッグ


虎竹万年筆


虎竹網代弁当箱


虎竹ランドリーバスケット


虎竹スクエアバスケット


渡辺竹清作文庫





日本の竹文化の不思議

日置の箕、土佐箕


日本は南北に長く伸びていて北には流氷がやってくる大地、南にはサンゴ礁が広がる温かい島々のある世界でも稀な自然環境を持つ国です。それだけに世界トップクラスの森林国でもある樹木の種類も豊富な事で知られますが、竹の種類も多くて世界約1300種ある内の何と600種もあると言われるほど豊かな多様性に満ちています。そして、数千年に渡って人々の生活の中に常に寄り添い育まれた竹文化も地域ごとに異なる素材によって変化しながら現在に至っていますから知れば知る程不思議で面白く興味は尽きません。


農業に必要なは日本各地で様々なものが作られて来たので、それぞれの土地で身近にあった竹材や木材などを活用して作られています。西日本では竹材を使った網代編みの箕が多く編まれてきました。箕を研究して西日本33か所の産地を調べられた資料を見ても全てが網代編みなのです、ところが、そんな中で鹿児島日置の箕はゴザ目編みであり、普通あまり使われない蓬莱竹と桜皮が使われています。


箕職人


「薩長土肥」などと言う江戸末期の事を言わずとも鹿児島と高知は強い結びつきがあり竹職人の交流もありました。名残のひとつが高知全域でサツマと呼ばれる竹ざるで、網代編みの技術は元々鹿児島からの伝来です。そんな竹編みの技の大元ともいえる薩摩の地でゴザ目編み、それも南方系の蓬莱竹、桜皮、琵琶の木など、同じ目的に使う道具であるのに、この違いは何なのか不思議で仕方なかったのです。


肥かご、箕


だから、そっくりな竹細工が遠く離れた東北宮城県にあるのを知った時には驚きました。非常に特徴的な箕で美しい工芸品としても通用しそうな竹細工、しかし、何故?これほど遠く離れた地域で?同じような素材を使い作りも酷似ているのか?竹と日本人の遥か古より続く歴史とロマンを感じずにいられません。





感謝の気持ちしかありません、高知新聞夕刊が休刊しました

竹虎四代目(山岸義浩)


先日の25日(金)をもちまして地元で愛され続けてきた高知新聞夕刊が休刊となりました。夕刊は朝刊と違って紙面も少ない分だけ、その一日の事がギュッと凝縮されて掲載されていたようにも思いますし、朝刊にはないカジュアル感のようなものがあって好きでした。また夕日の中、各ご家庭をまわって配達する姿も良いものでした、何ともほのぼのした気持ちにさせてもらえた事があります。


地元新聞の一番の利点は全国紙では取り上げられる事のない地域密着の記事です。最終日にも高知市にあるスーパーが閉店するニュースがありました、街のランドマークとして40年近く親しまれたとありますけれど、昔はこのスーパーの前の道路を通らないと中心地に行けずとても馴染みのある場所のひとつです。あの懐かしい建物がなくなるのか...などと知ることができるのは高知新聞だけなのです。


日本オンラインショッピング大賞


高知新聞さんには、こうした地域に根差した情報として竹虎を何度も取り上げて頂いています。本当に感謝しかありませんが、特に夕刊には田舎者の自分がインターネットに取り組みはじめ苦労の連続だった頃にたまたま受賞させていただいた「日本オンラインショッピング大賞」の記事を裏一面カラーで載せてもらった思い出があり思い入れは人一倍なのです。


日本唯一の虎竹


平成15年といいますと2003年、今から17年も前の事ですが記事を見た内職のおばちゃんから、まるで自分の事のように嬉しそうな声で電話がかかって来た事は忘れられません。こうして高知新聞さんにも助けていただき、盛り立ててもらってきたお陰で今日まで何とか仕事を続けさせてもらえていると思います。夕刊は休刊となってしまいましたがご恩は虎竹の里のたちと共に忘れる事はないのです。





復刻した籐手提げ籠バッグ

復刻した籐手提げ籠


さて、本日は復刻した手提げ籠をご覧いただこうと思っています。手提げ籠バッグというのは買い物したものが入れやすいように口は大きくしたいので底編みから立ち上がりは垂直か、あるいは口部分になるに従い広がっている籠がほとんどです。ところが、この籠は珍しく口部分がしぼめられているためボディに独特の柔らかい丸みがあって何ともステキです。


復刻した籐手提げ籠バッグ


実は竹材ではなくて籐を使って編まれていますので微妙なカーブなども竹とは違う魅力があり思わず目が留まります。さて、これだけの秀逸な手提籠バッグなので一つ復刻してみたいと思うようになり籐編み職人さんにお願いしていました。復刻の場合、いつもの仕事と違うので当然に同じような形は編むことが出来ずに何個かの試作をせねばなりません。時間も何倍もかかりますが、ようやく編みあがって来たのが自分が左手に持っている白っぽい籠です。


あれ?違う色合いの籐編みにしたのか?と思われる方もいらっしゃるかも知れません。ところが、右手に持つ茶色がかったオリジナルの方も、元々はこのように白い籐だったのです、時間の経過と共に段々と色合いが濃くなり今の姿になっています。つまり、茶色の籐籠は随分と昔に編まれたもので、デザインもそうですが籐ヒゴを見てもかなりの年期を感じます。


根曲竹手提籠バッグ


この手提げ籠バッグは最近出番の多くなっている根曲竹で編まれた籠。左右の色の違いは別の竹素材かと思うほどですが、やはり経年変色によってこれだけの色合いの違いとなした。左手に持つ茶色の根曲竹は義理のお母さんが若い頃から愛用していた一つ...、この竹の経年変化の面白さ、時間職人の仕事については又ゆっくりと新春にお話しさせていただきます。



煤竹には数奇な運命の物語があります

煤竹菓子楊枝


新しく作られた煤竹菓子楊枝は、なかなかの出来栄えで人気です。和菓子にスッと刃が入りそうなナイフのようなデザインもいいですし、やはり何と言っても煤竹の自然な色合いと物語に魅了されてしまいます。


煤竹茶杓入れ


煤竹とは古民家の囲炉裏の煙で100年、200年と燻される事によって生まれます。茶褐色の色目は煙によって自然に出来たもので、縄目には色が着かずに薄く当時の竹の色合いを残した物もあります。このような茶杓入れ等にも使われますが、現在では囲炉裏のある家屋がありませんので、ますます貴重な素材となっていくのではないでしょうか。


渡辺竹清作煤竹パーティーバッグ


自分の30年ブログには良く登場いただく渡辺竹清先生が、かってニューヨークの有名宝石店T社に納められていた細かい網代編みのパーティーバッグも煤竹でした。竹細工は通常3年から4年経った素材で編まれますので100年以上経過した竹の扱いは難しく、自ずと厳選されます。


煤竹菓子楊枝


煤竹には物語があります。それぞれの竹が長い間、そのお家の人々を見守って来たのです。どこかで煤竹に出会う事があれば、そんな遠い昔から続いてきて今、自分の手元にある煤竹の数奇な運命に思いをはせるのも良いかも知れません。





孟宗竹の竹素材ひとつ

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「竹を割った性格」などという言葉もあるくらい竹は縦に割りやすいので、ご存じ無い方がこのような割竹を見ると何という事もないかも知れません。ところが、この孟宗竹の割竹ひとつとっても割る職人によって技の熟練度は手に取るように分かるものです。


孟宗竹


孟宗竹は日本最大級の大きな竹なので長くて身も厚く、重量もあり伐竹するのも加工するのも実はかなり大変です。東北の一部をのぞけば日本国中どこにでもあって、もっと活用されても良さそうなものなのに高知では竹籠など一部に使われているものの多くが硬さゆえに敬遠され編組細工などにも使われません。


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しかし、この割竹の厚み魅力です。虎竹は淡竹の仲間なので厚みが少なく製品化に苦慮する事が多いので正直この断面だけでも惚れ惚れして暫く手放せなかったほどです。


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それにしても綺麗な仕事です、扱いの難しい孟宗竹を安定して大量にこのように加工できる工場がいつまでも残っていける日本であるように自分の出来る事は無限にあります。