「安和村文書」のその後

2016年11月12日

「安和村文書」竹銀藪野取帳


もう45年も前にまとめられた「安和村文書」ですが、運良く文化財保護委員として郷土文化を研究されている方のお話しを伺う機会があり編集した当時の事、文書の中に記載された竹銀藪野取帳の事について教わる事ができました。


虎竹の里には高知県指定天然記念物となっている樹齢500年のナギの巨樹がありますが、その傍らに鎮座する大師堂に安和村文書は残されていたものだそうです。仏像調査のためにやって来られた大師堂で、このような資料を見つけてこのままではもったないと本にして下さったのです。


江戸時代から明治初期まで此処には藩の役場がありましたので、どうやらその関係で資料が大師堂に置かれたようなのですが、小さな集落であった安和村でこれだけ書類が残されているのは地域の人々が大事にしてこられたお陰との事でした。


「安和村文書」竹銀藪野取帳


ナギの葉は竹の葉に似て縦には裂けやすいのですが横には裂けにくい等と言われる樹木です。虎竹の里にふさわしい巨木でもありますが、その下の大師堂で発見された「安和村文書」、そして竹銀藪野取帳。100年前からこの地の虎竹と関わり続けきた自分達にとっては大ナギか守り神のようにも思えてきますが、他の地域では竹銀藪野取帳のような竹を年貢として納めていた所はやはり見た事がないそうです。


当時は曲がりくねった山道しかありませんので運搬はもっぱら海上輸送が中心でした。安和の海岸には船場と呼ばれる場所があったそうですが、そこから船に積み込まれ遠く高知城下に運ばれていった虎竹達はどうなったのでしょうか?


高知城は当時の建造物が残るお城として全国的にも知られますので一度どこかにその痕跡がないか調べた事があります。その時には虎竹の「と」の字も見つける事ができませんでしたが、いつか山内家か、いやいや何処でもいい、そんな竹の行く末を偲ばせるものを拝見する事ができたなら、どれだけ感激するかと思うのです。













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「安和村文書」の記録の残る竹銀藪野取帳

2016年11月 9日

「安和村文書」竹銀藪野取帳


郷土の歴史を調べられている方が「安和村文書」を発行されたのは、もう随分と前の事で昭和46年10月26日の事となっています。安和は交通の要所である港町須崎と、カツオ漁でも有名な久礼の間に位置していますが、須崎のように人口も多くなく、久礼のように漁業で栄えてきた町でもなのに、全176ページにもなる貴重な資料がよく残されていたと本当に驚いたのです。


江戸時代から安和の虎斑竹は土佐藩の中では知られていて山内家へ船を使って運ばれて行った記録は別の資料で見た事がありました。ところが、更に詳しい記載のある「安和村文書」には竹銀藪野取帳という竹材の取り扱いを記載した箇所があり、それを見ると当時の事が今に偲ばれて興味深いのです。文政五年(1822年)4月4日から始まる記述から見ていきますと、何と四十数名もの方のお名前が登場します。


この本をまとめられたのが45年も前の事ですから、まだ関係の方々に話を聞く事ができておらず詳しい内容についてはこれからなのですが、当時の安和で名前が残るだけでも、こんなに多くの人数が竹に関わっていたという事は虎竹が重要な地域の特産品であり、少なくとも200年近く前から地元の人達に守られ継承されてきた竹だという事の証です。


手にした本は、数十年も前のものとは思えないほど綺麗に保管されていました。竹虎が、この地の竹達とであって100年、それ以前の虎竹の里を知る貴重な資料となる一冊です。













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温暖化と虎竹の里

2016年10月21日

虎竹(Tiger Bamboo)


地球が温暖化という事をテレビや新聞でご存じかと思います。衝撃だったのは北極の白クマが氷が少なくなったせいでエサであるアザラシ漁ができず、ガリガリに痩せ細ってしまっている画像です。1℃や2℃くらい等と呑気な事は言うていてはいけないようです、地球規模でのその温度の上昇は本当に大変な気候変化なのです。


虎竹(Tiger Bamboo)


しかし自分も正直、何年も前から温暖化か叫ばれていながらも、そう緊急な問題のようには思っていませんでした。ところが、近年ずっと虎竹の色づきが芳しくありません。原因は分かりませんが、土地の古老の言い伝えに「虎竹は霜が降りると色がつく」と聞いた事があります。実はずっと迷信か何かだと思っていたのですが、虎竹の里にも霜が降らなくなり、自分の小さい頃には庭で雪合戦ができるほど降っていた雪もさっぱり見られなくなるに従い虎竹の色合いが良くなくなってきるように感じています。


虎竹の里、虎竹(Tiger Bamboo)


どうやら虎竹の色づきと寒さというのは何らかの関係があるようですが、とにかく伐り出される虎竹の中から、一等として評価できる色づきの良い竹は年々少なくなってきて、ようやく温暖化の影響を考えるようになっているのです。虎竹は毎年11月、12月頃から伐採がはじまり翌年の1月まで続きます。虎竹の里では、その短い期間に竹を伐り竹を山々から運びだす事が延々と繰り返し行われてきました。今年の虎竹の色づきはどうだろうか?虎竹の製竹を心待ちにしている商品たちが沢山あるのです。













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インターンシップ2016を終えて

2016年9月 7日

インターンシップ2016虎竹花籠作り


今年の竹虎インターンシップは先週には無事終了させてもらいましたぜよ。学生の皆さんには、せっかく虎竹の里で頑張って研修していただいた記念にと日本唯一の特産虎竹を使った花籠作りを体験していただく事にしているのです。こうすれば、それぞれの方が自身で編み上げた花籠を持ち帰ってもらう事ができますので貴重な夏の記念品として永く残してもらえるのではないかと思いよります。


それにしても同じ幅、厚み、長さの竹ヒゴを使って、同じように編む竹籠ですが出来映えが全部違いますので本当に面白いものですちや。


インターンシップ2016


今年の夏で16回目となるインターンシップですが、先日横浜から帰ってきた虎竹自動車の竹トラッカーと同じで若い方に竹に親しみ、竹の事を知っていただきたいという常日頃から感じている思いがベースにあります。なので、少しでも関わりたいと都合をつけるようにしているのですがアレコレと用事がある事と、社員に安心して任せらるようになった事から学生さんと接する機会がめっきり少なくなっちゅうのです。


インターンシップ2016


そこで、ほんの短い時間でも竹の事をお伝えしておきたいと思って集まってもらったり、又まとめの報告を聞かせてもらったりさせて頂くのです。一期一会という言葉があります、県外の大学に出られている高知出身の方がインターンシップに来られる事もありますが、参加されるのは県内の大学の方が中心であり出身は高知以外の方が多いように思います。夏休みの二週間を過ごした後、竹虎に来られる事はもしかしたら一生ないかも知れないと考えれば本当に貴重な機会です。


インターンシップ2016


今回は、たまたま研修期間中にRKC高知放送テレビ「eye+スーパー」という番組に出演させてもらっていました。生放送でしたのでご覧いただいて皆様の感想を頂戴する事にしました。虎竹の里の竹林から、工場、店舗など体験して来られた学生さんだからこそ感じてもらえる事があるのではないかと思ったのです。


竹虎インターンシップ2016「eye+スーパー」感想
















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美しい日本唯一の竹林にて

2016年9月 3日

竹虎四代目(山岸義浩、YOSHIHIRO YAMAGISHI、TAKETORA),作務衣,さむえ,SAMUE


日本の各地をずっと回って様々な名所や美しい景色をご覧になられたという方が虎竹の里にお越しになられていました。まだお若い方なのですが、目の付け所や話の内容からそれとなく伝わってくる経験値のようなものがありますので仕事柄とはいえまっこと偉いものですにゃあ。話がつい長くなり時間がなくなったのですが、どうしても竹林を見たいと言われるので急ぎ車を走らせて来たのです。


その方の表情が変わります。「今まで絶景と言われる所に行くけれど、期待ほどではないところも多いんです。ところがこの竹林は本当にすごい、感動しました。」


山に来てからは、あまり話はしちょりません。けんど、こうして、都会から来られたこの方の言葉は嬉しくもあり同時に重たく受け止めました。土佐藩の時代には年貢として山内家にも運ばれていた虎竹と自分達は100年になります。初代から数えて四代に渡り守ってきた虎竹、これからの100年のために何ができるのか?真っ直ぐに伸びた竹を見上げ、天を仰ぐがぜよ。













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JR四国安和駅と虎竹の里

2016年8月31日

JR四国安和駅


虎竹の里にあるJR四国安和駅は、同じく四国の愛媛県伊予市にある下灘駅と共に海のある絶景の駅として鉄道ファンだけでなく幅広い方に人気になっているようですぞね。週末になると駅前の広場には県外ナンバーの車が停車していることも珍しくなく、先日は遠く千葉から来られた若い方々がおられて少しお話しもさせていただきましたが安和駅は少し小高い位置にあって、そこからの須崎湾から土佐湾の雄大な眺めは素晴らしいのです。


小さい頃から見慣れた自分などでも、思わず写真を撮りたくなってスマホに手が伸びる事があるくらいですから、都会から来られた方達には本当に驚くような美しい海の景色ではないかと思います。小学校の頃には駅員さんが数名いた駅舎は、とうの昔になくなり今は無人駅としてホームには小さなベンチがあるだけですが、ここに座って頬張るオニギリは最高ぜよ。自分は勝手に「安和駅食堂」と呼んで昼食にはよく使っていました。元々、汽車の本数が少ないのですが急行は停車しません、昼の時間帯は1時間に一本くらい通っていましたでしょうか?とにかく、ひとりでベンチに座って静かに海の音を聞けるのも気に入っているところなのです。


JR四国安和駅を望む


国道56号線が出来るまでは、この駅を見下ろす車がすれ違いできないほどの細い曲がりくねった山道が須崎に行く唯一の生活道でした。虎竹の里の竹を満載した10tトラックで大阪に向かって運ぶ大事な道路であったのです。小学校の低学年の頃だったか、今の国道が開通し通行する車の量が一気に増えました。そして、今では高速道路が向こうに見える焼坂の山をトンネルで貫いています。藩政時代には安和駅から見える砂浜から虎竹は船で運ばれていたのですが、そう思えば虎竹の里も随分と交通の便がよくなったものですちや。


安和トンネル


須崎から国道を走ってくると安和トンネルがあります。分かりやすいように、このトンネルから焼坂のトンネルまでの間でしか虎竹が成育しないと皆様には説明させてもらっています。「トンネルを抜けると、そこは雪国...」みたいな有名な小説がありますが、トンネルを抜けた正面の山には虎竹の林があり、そこは虎竹の里なのです。













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インターンシップ2016年、店舗研修

2016年8月26日

竹虎朝礼


竹虎のインターンシップは毎朝朝礼からスタートするがです。学生さんたちと一緒にする一週間は急に仲間が増えた感じがして新鮮な気持ちぜよ。


竹虎インターンシップ朝礼


竹文化の創造と発信で豊かな竹のある暮らしを提案する。自分達の理念を掲げて10年余り、まだまだではありますが、ようやく社員ひとりひとりに覚えてもらえるようになってきた気がします。


竹虎インターンシップ朝礼


参加する学生さん達も朝早くからお越しいただいて神妙な面持ちで進行を見守ってくれちょります。


竹虎インターンシップ


2001年にインターンシップを始める時には何かを教えねばならないのではないかと思っていました。なので、大学生の方々に竹虎などで研修いただいても学んでいただける事はないし自分達では力不足だとずっと勘違いしていたのです。


竹虎インターンシップ


ところが、一回思い切って初めてみますと自分達から何かをお伝えするとか、お教えするような事は別段必要ではないことが分かってきたがです。学生さん達は、それぞれ与えられた中で各々が自らの体験を通して考え、学習されていきます。


むしろ、学生さん達を前にして商品説明や仕事の手順を話す社員の方こそが、自分達が毎日する業務の事を再考する機会を頂いたり、理解を深めたりする良いチャンスにしているように思えるのです。













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竹虎インターンシップ2016、竹林見学

2016年8月23日

  竹虎インターンシップ2016、竹林見学


竹虎では毎年夏休みわ利用して大学生、専門学校生を対象としたインターンシップを開催ざせてもらいよります。2週間の間に土日休みで10日間という短い日程ではありますが、第一週目の5日間で竹虎の会社概要から竹林見学、工場研修、店舗配送研修など現場の実習をしていただきます。


竹虎インターンシップ2016、竹林見学


近年は自分があまり関わることができなくなり、竹虎の事を深くお話しさせてもらう機会が少なくなって残念に思っているのですが、せめて竹林見学だけはさせてもらいたいと思い何とか時間をとって学生さん達と竹林にやってきたがです。


竹虎インターンシップ2016、竹林見学


虎竹の里のある竹は殆どが虎竹(淡竹)なのですが極一部に孟宗竹の竹林もあるのです。大きな筍のできる孟宗竹は食料としても重宝されてきましたし、直径が太く、20数メートルもの高さに伸びる大きさから様々な利用価値がありましたので、この虎竹の里でもほんの少しではありますが植えられています。


竹虎インターンシップ2016、竹林見学


虎竹と孟宗竹が小さな山道を隔てて生えている場所があり、両方を比べて竹の違いをご覧いただきます。学生さんや普通の方にしたら同じ「竹」という一つの大きなジャンル分けされているだけのものが実は自分達にしてみたら全く別モノであるという事を、まず知ってもらいたいのです。


竹虎インターンシップ2016、竹林見学


虎模様の浮き上がる不思議な虎竹ですが、この模様も3年程度の月日が経たないと色が出てきません。根元に竹皮の残っている今年の春に生えた竹は青々としています。竹皮自体あまりご存じなかった学生さんたちですので、この竹皮でオニギリを包む包材ができたり、草履が編まれるなど、もしかしたら考えた事もないかも知れませんが、この若竹のように真っ直ぐに伸びていく方ばかり。2週間の研修が少しでも、その成長のお役に立てればと思うちょります。













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日本唯一の虎竹自動車プロジェクト「チャレンジラン横浜」出発式

2016年8月 2日

竹虎四代目、虎竹の里、竹トラッカー


昨日スタートした「チャレンジラン横浜」には楠瀬須崎市長や地元安和の北澤市議、そして、ゆるキャラ堂々全国人気投票4位のしんじょう君までお越しいただいちょりました。


竹虎四代目、楠瀬須崎市長、北澤市議


竹虎四代目(山岸義浩、YOSHIHIRO YAMAGISHI、TAKETORA)としんじょう君


皆様まっことお忙しい中、朝からお集まりいただいて嬉しいと共に須崎特産である虎竹の情報発信の重責に身が引き締まる思いやったがぜよ。


虎竹の里、チャレンジラン横浜出発式


日本唯一の虎竹は記録に残るだけでも土佐藩の時代から大切な地域資源としての役割を担ってきています。竹トラッカーは長さ2.5メートル幅1メートルの小さな車体なのですが地元の代表として本当に重たく大きな荷物を積んでいるのではないかと思うちゅうがです。


竹虎四代目(山岸義浩、YOSHIHIRO YAMAGISHI、TAKETORA)


今回の竹の自動車のルーツは7~8年前に京都の東洋竹工、大塚社長さんが京都大学さんなどと共同で開発した竹自動車にあります。その時の衝撃は今でも忘れられませんが、たまたま再び拝見する機会があって虎竹で竹の自動車を製作してみたいと夢のような事を思ったのが昨年でした。


それから、ちょうど一年前の8月に開始したクラウドファンデング、半年以上もかけた製作期間を経て走り出した竹トラッカーが今度は横浜まで930キロの旅路に出る。


虎竹の里の歴史でも、山岸竹材店の歴史でも、このような事は前代未聞の出来事とあって昨日は今までにない沢山のメディアの方々にも取材にお越しいただいちょりました。


竹虎四代目、虎竹の里、虎竹自動車出発式


竹虎四代目(山岸義浩、YOSHIHIRO YAMAGISHI、TAKETORA)


竹虎四代目、虎竹の里、竹トラッカー


自分達のような田舎の小さな、そして若い方のみならず多くの方が注目しないうな竹というマイナーな商材でも、その思い次第で人から人へと伝播することが出来る事を感じたがです。


虎竹の里、竹トラッカー出発式


虎竹の里、竹トラッカー出発式


けんど、竹トラッカー出発式には心から感激したサプライズが二つあったがです。


一つは社員全員が手にして振ってくれた虎竹模様の手旗ぜよ。竹虎本店で使っている包装紙を有効利用してスタッフが手作りしてくれたと聞かされました。自分の勝手な思いに職人が振り回されながらも力を合わせてくれて今度の虎竹自動車がありますが、他の社員もこのような形で応援してくれていたと知り本当に嬉しかったがです。


虎竹自動車、竹トラッカー、山岸義浩


もう一つのサプライズは恩師イージーの岸本塾長率いるe商人養成塾有志が贈ってくれた横断幕ぞね。まっこと、いつもの間にあんな立派なものを製作したかと思うてビックリ仰天したがです。


竹虎四代目、虎竹の里、チャレンジラン横浜


自分は一つの事しか出来ない男ながです。虎竹自動車もそう、チャレンジラン横浜もそう、目標ができると周りの事は見えなくなってしまう。出発式では、どれだけ沢山の方に助けられ、支えられて生かされ、行かして頂いちゅうのか改めて教えていただきました。


初日、走って来て今は徳島県三好市のローソン池田箸蔵店さんで充電停車させてもらいよりますが、ここまで夜を徹して133.2キロ走るだけでも何と苦労の多かったことか。まだまだ先は長く、更に険しい、けんど楽しみでもありますぜよ。


高知新聞、竹虎四代目、しんじょう君
















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田舎コンビニ構想

2016年7月20日

虎竹の里、竹虎四代目


竹虎の本社前にあるローソンが今月一杯で閉店してしまうことになったのです。これを、青天の霹靂と言うのですろうか。まっことビックリしたのですが、高知市内方面から須崎、久礼、そして四万十町方面にまで高速道路が開通して、虎竹の里を通る国道56号線の交通量は以前とは比べものにならないくらい少なくなっているのです。決して車の台数が減っているという事ではありません、むしろゴールデンウィークや夏休みに四万十川方面に向かう車の量は以前よりも増えているのかも知れませんが、下道を通る方は本当に稀です。そうなると店の売り上げにも大きく影響が出て経営的には苦しい判断だったかと思いますので当然と言えば当然の事かも知れません。


しかし、その一方で10年前にこのお店ができると時を同じくして、自分が小さい頃からあった地元の駄菓子屋兼食料品店は無くなっちゅうのです。こちらのローソンさんには当社社員の昼ごはんや3時の休憩の缶コーヒーなど毎日のようにお世話になってきただけではなく、当社に来られたお客様なども頻繁に利用されてきましたので他の小売り店がなくなった今、この店舗が無くなると非常に不便となります。いえいえ、自分達はまだ車の運転もできるし近くのスーパーまで買い出しに行くこともできます。


竹虎本社工場


ところが、車を使えないお年寄り世代は本当に困ってしまうのではないかと思います。そして、これは自分達だけの話ではなく人口減の続く田舎が等しくかかえている課題ではなかろうかと考えます。街に出ると、ここにも、あそこにもコンビニがあって少し過剰気味にも見えますにゃあ。ところが、虎竹の里のように必要とされている場所には一軒もないと言うおかしな現状となっているのです。


そこで、自分の持論ではありますが「田舎コンビニ構想」の登場ぜよ。今のコンビニは何処でも24時間営業です、もちろんこれは何時でも開いていて利用する自分達としては助かります、道路も明るくて悪いことではないかも知れません。けんど、人が少なく効率の悪い田舎での営業は年中無休24時間でなくとも良いように思うのです。


全国チェーンのコンビニも田舎や過疎地域では早朝、深夜はお客様も少ないし、アルバイトの確保もままならない所があるとも聞きます。何も人の多い都会と同じように全ての面において一律にするのではなく柔軟に営業時間を対応できるようにするだけで、もしかしたら残すことのできる店舗もあるかも知れません。セブンイレブンも店名の由来は営業時間が朝7時から夜11時までだったからだと思います。もっと便利に、もっと便利にと利便性ばかりを追求してきましたが、これから人口の減っていく日本、そして特に顕著に減少があらわれる地方では、新しい考え方が必要な時期にきてはいないでしょうか。


当社前のローソンの前身はヤマザキデイリーストアで、当時は深夜0時なると店は閉まってしました。効率のよい経営で店舗運営を続けていく事ができるのであれば営業時間が短くなったとしても地域に暮らす人々にとっては、ずっと喜ばしい事なのです。













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