日本唯一の虎竹、竹のサンクチュアリ

2018年10月16日

日本唯一の虎竹林


「うわーっ、これはヤバイ!」


後ろからついて登ってくる方の弾んだ声に思わず振り向きます。目がキラキラ輝いて、ワクワクされているのが伝わってくるので嬉しくなります。しかし、虎竹の竹林はまだ見えてきたばかり、これからなのです。


日本唯一の虎竹


「本当に明るいですね!」


普通の竹林は手入れされず間伐もされていませんので竹の密度が高すぎて薄暗いところばかりです。風通しも悪く湿り気を感じてしまいますが、本来人の暮らしと共存してきた竹の本来の姿はこのようなものだと思います。


「皆さんがいつも見ているのは竹藪、これが竹林です」


虎竹林の中に入ってもらいました。下を流れる川のせせらぎと小鳥のさえずりが聞こえます。


「朝は品川にいて、今は別世界だ」


竹林の撮影


さっそく撮影をはじめたカメラマンが一言。


「一日中撮っていられる...。」


こうしてお越しいただくカメラマンの方は実に様々な場所に行って、色々な所を撮っているので知っている場合が多いのです。それなのに、こうして言っていただけるのはお世辞半分だとしても(とても、そんな風には思えないけれど)虎竹の里がいかに特別な竹のサンクチュアリだと言うことを改めて思うのです。

















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大きな蓬莱竹とアンパンマン列車

2018年10月15日

蓬莱竹(シンニョウチク)


自然豊かな風光明媚な所ほど災害になると被害が大きいそうです。高知の場合は、山が高く、平野部が少ないから川の流れが速い。大雨が降ったら尚さらです、泥に濁った激しいうねりは見ているだけで恐ろしくなってきます。竹は衣食住すべてにおいて人の暮らしに役立ってきたと常日頃から口を酸っぱくして言っています、防災面でも人の命と財産を守ってきました。


この川岸にある蓬莱竹(シンニョウチク)は護岸のために植えられたに違いありません。株立ちで大きくなるので庭や畑に根が広がる事がないので重宝される竹なのです。山の境界線や目印としての役割もありました、川岸にポツリと生えている事があり子供の頃は不思議に思ったこともありますが、あの場所は川の流れが急になる曲がり角だったのです。


さて、いつだった樹齢90年の蓬莱竹を見たことがありますが、これより一回りも二回りも小さかった。ならば、この竹はここで人の暮らしを一体何年見続けているのでしょうか?脇には土讃線の鉄橋が架かっていてアンパンマン列車が子供たちを乗せて楽しそうに走って行きました。こんな平穏な日々を、ずっと見守り続けてくれているようで何やら誇らしげにも見えてきます。


竹林


皆さんの周りを良くご覧になられて見てください。実は竹は、いつでも人の近くにあります。話かけています。忙しい毎日、たまに立ち止まって竹を愛でていただきたい、そう思います。
















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朝日新聞に掲載いただきました。虎竹文様、世界へ駆ける

2018年10月13日

朝日新聞掲載


10月11日の朝日新聞に掲載いただきました。虎竹文様、世界へ駆けるという見出しとは裏腹に「デパートで土下座して買ってもらったこともある」「借金を抱えて廃業しかないと追い詰められた」など田舎の小さな竹屋は経営難にあえいでいました。


しかし、少し間違いがあります。「デパートで土下座して買ってもらったこともある」ではなく「土下座しても買ってもらえなかった」なのです。「借金を抱えて廃業しかないと追い詰められた」も少し違う、一生返せないような多額の借金があったものの廃業など考えた事もなかったです。


日本唯一の虎竹林


借金は人を殺すが、人を生かしもするものだと身に染みてます。


「山には自分の子供が何万本もおる」


普通に考えれば狂っているかも知れません。しかし、本気で思っているし父が祖父が曾祖父が苦労してやってきた虎竹なら失くすわけにはいけません。


脱皮、竹虎四代目


有難いことに自分を変えてくれるキッカケを竹の神様から頂いたと思っています。そういえば大学4回生の時から続けているポストカードで「脱皮」と筆文字書いたことがありました。


竹虎四代目(YOSHIHIRO YAMAGISHI、山岸義浩)、竹虎社員


自分が恵まれているのは助けてくれる人がいつも周りにいる事。「脱皮」は一人では難しい、それが出来る天才のような人もいるのだろうけれど自分のような凡人には大変です。変わるには志を同じくする仲間が必要なのです。
















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炭を、どうして猿が食べるのか?

2018年10月12日

解毒のため炭を食べる猿


「昨年春頃、NHKダーウィンが来たで、どこかの国の野生の猿さんが、畑にまいた炭をとって食べている特集を放映していました。炭を食べる事により主食の木の葉の持っている毒素を体外に出しているとの事、これだと思いました。以来、毎日続けていますし、知人にも分けさせていただいております。白スリゴマ小さじ大盛り3杯に竹炭小さじ半分をよく混ぜ、豆乳で飲んでいます。」


お客様から竹炭パウダーへのこのようなお便りをいただきました。実はこの番組は大好きな日曜日の大河ドラマの前に放送されているので、ちょうど自分もこの回を目を皿のようにして観ていました。確かダマカスカルの猿の話ではなかったかと記憶していますが、暮らしている環境の中で本来なら色々な種類の木の葉を食べなければならないのに、数種類の木しかなくてお客様から申されているように、それぞれの樹木にある毒素が身体にたまってしまうそうなのです。


そこで、どこで毒素を排出する手段を知ったのか猿たちは時々炭を食べにやって来るのです。口の周りを真っ黒にして懸命に食べている姿が印象的でした。


竹炭パウダー


戦国時代の忍者が解毒のために炭を常に持ち歩いていたとか、炭職人に胃腸の悪い人はいないとか日本でも昔から炭の効用は広く知られていて使われてきたものなので竹炭パウダーを活用される方が増えていますが今に始まった事では決してありません。


竹炭ヨーグルト


自分は毎日無糖ヨーグルトを食べていますが、竹炭パウダー入れてマーブル状にすることがあります。パンやクッキーに入れるよりも断然手軽に摂取できるので習慣となりやすい方法です。


竹炭オムライス


しかし、何でもやれば良いと言う物でもなさそうです。先日は竹炭オムライスを作ってもらいましたけれど、どうも食欲がわきません...失敗もあるのです。

















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命を頂いて編む、棕櫚の木は生きている

2018年10月11日

土佐箕


日本各地で作られてきた箕(み)ですが土佐箕の突出した特徴は持ち手部分の棕櫚巻です。それぞれの地域で手に入りやすい素材を使って編まれたきた道具ですので温暖な気候の高知では棕櫚の材料が豊富だったと言う事です。


棕櫚皮


棕櫚は水にも強く強靭な繊維を持っていて、かっては様々な生活用に活かされてきた素晴らしい素材です。





見た目は南方系のヤシの木を思い出させますが、自分たちは小さい頃から馴染の植物でもあるのです。


棕櫚箒


棕櫚が使われる代表選手としは束子があり、棕櫚縄なども竹垣の製造にも多用してきました。近年音が静かで手軽という事でフローリング掃きに見直されてきている棕櫚箒なども棕櫚皮を使った製品です。


シュロ


ところが先日、箕を作るために伐り倒してきた棕櫚の木の葉が開いたのです。これには職人も驚いていましたが、棕櫚の木は伐り倒されてなお、まだ生きているのです。慌てて職人は横に寝かせていた木を壁に立てかけてやります。棕櫚の生命力に驚くと共に、自分達も山の命を頂き製品作りをさせてもらっているのだと改めて気づきました。日本唯一の虎竹にも全てに命が宿っています、頂く以上は無駄にできるものなど何ひとつとして無いのです。













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勝負の赤備え、手提げ竹籠バック

2018年10月10日

181002020.jpg


「シャー専用」と言っても知らない方には何の事か分からないかも知れません。機動戦士ガンダムというアニメに登場する主人公のライバル的な存在の人物が「シャア・アズナブル」、最近の番組はさすがに観てませんが今だに名前が出ているのを見かけますので物語の中では30数年にわたって人気を誇っているのではないかと思います。


この方は服装も、搭乗するモビルスーツも赤色で非常に目立つ事から赤い彗星と呼ばれています、今回はたまたま一点物の赤い手提げ竹籠バックがその赤に似ているのでシャーが持つならピッタリではないかと思い紹介してみました(笑)。


赤い竹手提げ籠バック


物語の中では戦いのシーンも沢山でてきます、そのような場では赤く派手な色合いは厳禁のはずですがどのようなマシーンに乗り換えようともシャーのこだわりはブレがありません。そこが格好が良く、魅力的なところです。


赤色をした戦いの衣装は、戦国時代に最強と言われた甲斐の武田軍から来ているのではないかと思って観ていました。「武田の赤備え」と恐れられ武田四天王のひとり山県昌景の姿を見ただけで敵兵が及び腰になるなどエピソードを何かで読んだ事があります。赤は目立って的になりやすいのは確かですが自己の存在を大きくアピールできますのでここ一番の勝負では役立ちます。赤い手提げ竹籠バックは勝負バックなのです。














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栗金団とジンディール

2018年10月 9日

ジンディール(銭籠)


竹籠は色々ありますが、その中でかなり異彩を放っているのがこのジンディール。前にもお話しさせていただいた事がありますが沖縄で編まれている籠で名前の由来はジン(銭)とディール(籠)でつまり銭籠だと言うことでした。


栗金団(くりきんとん)と言えばお節料理に入ってる料理ですが、上品な和紙に包まれた和菓子の栗金団があります。ジンディールを逆さにすると、まるで栗そのもののお菓子をつい思い出してしまうようなユニークな形です。


ジンディール(銭籠)


いつも身近に置いていますが改めて見ていると壺のように見えてきます。そういえば、先日ものすごく立派な蓬莱竹を見ました。株立ちの竹なので普通の竹のように外に広がる事はありませんが、ひとつの竹の塊自体がこんもりと大きく、これはかなりの年数の経ているものと思います。


ジンディール(銭籠)


蓬莱竹は護岸のために川岸によく見られる竹です、この場所も鉄道の橋が架かるたもとでした。防災にも役立ってきだけあって粘りがあり籠に編み込むとガッチリと締まって堅牢です。


ジンディール(銭籠)


ふっくらとした曲線の面白さが何と言っても特徴ですが、底部分です。最初に逆さにすると栗を連想させると言いましたように底には短く飛び出した四本の足が付いています。通気を高める機能性がジンディールの美しさをも高めています。














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不思議な虎竹と「大創業祭」

2018年10月 8日

日本唯一の虎竹


虎竹は本当に不思議な竹なのです。たったの1.5キロの間口しかない谷間の内側ででしか成育せず、麓から頂上までは竹があるが、峠を越えると竹が全くなくなってしまうので昔ながらの山道を歩くお遍路さんも驚いてしまいます。


日本唯一の虎竹の里


京都大学から二回に渡って研究に来られた先生がおられるのですが、虎模様の原因は土中の特殊な細菌とも言われるし、台風銀座、高知特有の強い潮風など気候風土とも言われるが今でもハッキリした事は解明されていなのです。


竹虎四代目


この虎模様の竹に魅せられて、大阪は天王寺から遠くこの地に曾祖父宇三郎がやって来たのが100年前。それまでも土佐藩に年貢として納められていた地域の特産を全国に売り出したい、美しい竹に惚れ惚れして歩み始めた困難な道でした。しかしそれは、さぞ面白くエキサイティングな人生であり、竹の道だったに違いありません。


竹虎社員1960


いよいよ本日限りとなった竹虎本店での「大創業祭」、お客様はもちろんなのですが若い社員一人一人にも虎竹の里の歴史にも思いを寄せて欲しいと思って開催する事にしたのです。













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竹虎大創業祭、本日より3日間開催します。

2018年10月 6日

50年近く前にご購入いただいた水車小屋オルゴール


「50年前に竹虎さんに購入した商品ですが、修理お願いできますか?」


ええっ!?50年...?そんな前から使い続けて頂いているのかと本当に驚きましたが竹虎本店がオープンしたのが昭和45年(1970年)3月でした。今から48年前の事になりますから、お客様は本店が開店した当初にお求めいただいたものだと思います。木と竹を使った水車小屋のミニチュアです、実はただの飾りではなく中にオルゴールが内臓されているので捨てられずにずっと持たれていたとの事でした。


竹虎本店g


当時の店はこのような感じ、竹細工の販売というよりも虎竹の里の地域の方々や山の職人、内職さん、社員に自分達の日本唯一の虎竹が全国でこのような素晴らしい製品になっていくのだというのを知ってもらいたい、誇りを感じてもらいたいという祖父の思いが一杯詰まった店舗でした。


こんな竹の使い方見た事あるでしょうか?屋根の看板の上には、根から掘り起こした極太の孟宗竹を堂々と掲げています。そしてカラーでないので分かりづらいのですが店舗の全面、両面には虎竹、真竹、黒竹、竹穂、杉皮といった色々な素材で飾られていて、この建物自体が展示品となっていました。


竹虎石碑


今では当時の店は無くなり数年前に更地にしましたので本社前に移動させて残っている石碑だけが当時を偲ばせるものとなっています。


竹虎本店


しかし、二代目義治の作った店舗はお陰様で日本最大級と言われるほど規模を大きくし観光バスなども頻繁に立ち寄っていただける竹製品、竹細工専門店となったのでした。


竹虎本店


竹製品をあまり使わない時代となり、観光も大型バスから個人のマイカーが主流となりました。


竹虎本店


高知県にも様々な観光施設が増えると共に竹虎本店の役割も随分と変化してきています。


竹虎本社、竹虎四代目


店舗面積も小さくなりましたが嬉しい事にインターネットでご覧になられたお客様が実際の商品を見たいと海外からわざわざ来られる事もあります。竹虎は創業が明治27年ですから今から124年前の事です、株式会社に設立したのは大阪天王寺の工場から日本唯一の虎竹の里に本社を移して数年後の昭和26年10月6日。


竹虎本店


大創業祭はこの会社設立の記念日に合わせて、本日10月6日から3日間開催させていただきます。感謝の気持ちで心ばかりではありますが特別なプレゼントや今まであまり出来なかった現品限りの特価販売なども予定しています。このように長く営業を続けてこられましたのは皆様のお陰です、まっこと(本当に)ありがとうございます!

















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太い孟宗竹とゴマ竹

2018年10月 5日

極太孟宗竹


孟宗竹は日本最大級の竹ですが、これくらいのサイズになってくると迫力があります。竹の身部分の厚みを必要とする竹細工や、極太竹を原料にする竹ワインクーラーなどには最適の素材です。しかし、孟宗竹なら何処の竹も同じように太いのかと言うと実は全く違っていて、元々赤道直下の地域に多く観られる植物だけあって国内でも四国、九州など温暖な場所に育つ孟宗竹は驚くような太い竹があったりましますが、反対に東北など寒い地方に行きますとかなり小振りな竹が多くなります。


群生孟宗竹林最北地として知られ、開湯1300年の山形県の湯田川温泉にお伺いさせてもらった事があります。地域の皆様の孟宗竹への思いも素晴らしく孟宗汁など名物料理は最高に美味しい!そう言えば、この庄内地方は高知、熊本と並んで食材が特に美味しい所だと聞いた事を思い出していました。感激して雪の竹林を見学させてもらいましたら、やはり四国の孟宗竹などに比べると小さな竹が多かったのです。


ゴマ竹


さて、高知の孟宗竹に戻ります。すぐ近くに立ち枯れした孟宗竹が一本ありました、随分古い竹で割れも目立ちます、筍を掘ることも少なくなった竹林ではこのような竹は良く見られます。この竹を「ゴマ竹」と呼ぶと長年の技術でゴマ竹を作る京都の職人さんには怒られそうですが、人の手が加えられない竹林で自然に枯れてアピオスポレルラ・バンブサエ菌によりゴマ状のブツブツが出来ています。


もちろん銘竹のゴマ竹とは比べようもありませんが、恐らく最初はこの立ち枯れしてゴマ状になっていた竹をもっと美しく沢山生産したいという思いから試行錯誤を重ねて現在の技が編み出され磨かれてきたと思います。職人さんも、その年の天候や細菌の具合によりどんなゴマ竹になるかは分からないと言われていました。結局、日本唯一の虎竹もそうであるように人は自然界のお手伝いはできるけれど、あとは神のみぞ知る領域です。














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