竹炭飴に高知県産生姜を入れてリニューアル

2016年5月31日

竹炭生姜飴(Bamboo charcoal candy)


竹炭飴をリニューアルする時に考えたのは、せっかくなので竹炭パウダーの入った飴で、単に美味しく食べるという事だけでなく、のどにも良くて何か南国高知らしい飴にしたいと思いました。


自分はお陰様で健康なのか、どうなのか風邪で寝込むことなどは、あまりないのですが、昔から検診の度に扁桃腺が大きいと言われていて年に一度くらいはノドをやられてしまう事があるのです。そこで結構イソジンのお役になる事が多いがです、ノドの痛みには、やっぱりうがい、そしてそれと共にノド飴が定番です、けんど、そんな高知らしいという様な都合の良いモノがそうそうあるはずもない...。


高知県産生姜パウダー


ところが都合よく、そんなものがあったのです。高知は全国でダントツ一番の生姜産地、今は高速道路も整備されてそんな事はありませんが、少し前までは季節になったら竹虎本社工場の前の国道を生姜ラッシュと言われるくらい生姜を収穫して帰るトラックが走っていました。この高知県産生姜を竹炭飴にプラスして、ノドの為にも良い飴にしたらどうやろうか?思いついたら早速試作をしていただきましたぜよ。


竹炭生姜飴(Bamboo charcoal candy)


実は自分は市販のノド飴は、あまり好きではありません。ノドに良い成分が入っているであろう事は分るのですが、スースーハーハーするメンソールのような感じは悪くなくとも、何か薬のように感じるあの味が、どうも不自然に思えるのです。


そこで、生姜パウダーを思うより多めに使った試作をしてもらうと、生姜好きの自分にはピッタリの辛さ感。これは美味しい竹炭飴ができたと社員全員に試食してもろうたがです。そしたら、なんと生姜ピリ感が強すぎるという意見が予想以上に多いがぞね。


竹炭生姜飴(Bamboo charcoal candy)


ううん、これは迷いました。自分は、まったく感じないのにこれだけ違う試食の感想がでるという事は、もしかしたら特徴のある竹炭飴(Bamboo charcoal candy)になるのかも知れませんが、最初から少しやり過ぎなのかもしれません。リニューアルしたばかりでもありますし、ここは多くの方に受け入れてもらいやすいように本生産は少しだけ生姜感を控えめにする事にしたがです。さて、そのお味はいかに?完成間近ですので出来あがったら皆様ご自身で一度お試しいただければ嬉しいがです。













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竹帽子と竹虎ロゴマーク入りヘルメット

2016年5月30日

竹帽子、竹虎四代目


先週に、竹のヘルメットのお話しをさせてもらいましたけんど、ヘルメットと聞くとどうしても硬くして頭の保護のためのものというイメージあります。実際、竹は皮を残し縦割しただけの素材であれば堅牢な細工が可能ですので兜や鎧などに使われていた事もあるのです。


しかし、防暑対策のための帽子という事でしたら何を隠そう自分も職人さんに編んでもらったものを使いよります。実は自分は小学校の頃からの帽子好き、いちど気にいると毎日被っていくのであまりの汚れに校長室に呼び出されて「そろそろ、その帽子は捨てなさい」と叱られた逸話がある程ぜよ。


この竹帽子は自分の愛用していた帽子を参考にしてもらって同じサイズで製造したのですが、やはり布と竹は違います。布は頭の形に合わせて自由に形が変わりますが、細い竹ヒゴでガッチリとゴザ目編みにした竹はそうはいきません。そうこうしながらジャストフィットする帽子を作ってもらっていたら10個近くも作ってもらう事になったのです。


竹虎ロゴマーク入りヘルメット


それはそうと、最近生まれてはじめてヘルメットを購入したがぜよ。そもそもバイク屋さんなどあまり行くことがないので長い間店員さんに説明いただきましたが、安価なもので良いと思いよりましたが、大事な頭を守るものなので結局「アライ」という有名メーカーのものにしました。


このヘルメットにの内側にスピーカーを取り付けてもらって走行しながら携帯電話で話せるようにもしちょります。これにはBluetooth(ブルーツース)が必要なのてすが自分のガラケー電話には付いていません。そこで、わざわざ少し多く古い機種ですがBluetooth(ブルーツース)搭載の機種に変更しましたぜよ。


まっこと、こんなにして一体何に使う?バイクは乗りませんぜよ、日本唯一の虎竹自動車用なのです。長距離走行ですので出来るだけ安全を考えて用意してみましたぞね。何ですろうか?竹虎ロゴマーク...もちろん、またご覧いただく機会もあるかと思いますけんど前だけではなく両サイドにも大きく入れちょります。













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竹ヘルメットと竹皮まんじゅう笠

2016年5月28日

竹ヘルメット


昔の竹細工、竹製品は何でも大量生産が多かったのです。以前、竹職人さんの工房で拝見させてもらった竹ヘルメットは、大戦中、陸軍の兵隊さんが使ったものなので、それこそ産地総出で協力して製造していたようなのです。今の竹編みとは比べモノにならないようなスピード感のある工房の様子は古老の竹職人さんから、いつもお聞きする事ではありますけんど、そのスケール、勢いは何度聞いても楽しくワクワクしてくるものばかりぜよ。


けんど、一体この竹ヘルメットはどんなにして使われたがやろうか?鉄製の重たいヘルメットは当然皆さんお持ちだったと思うのですが、猛暑の南方戦線での移動などには、防暑帽子として通気性バツグンで軽いこの竹ヘルメットが大活躍したのではないかと想像するがぞね。二度と繰り返してはならない不幸な歴史の中とは言え、かってこのように竹が活用され、人様に役立っていたというのは産地の皆様にとっては誇りでもありますし自分達にとっても嬉しい事ながです。


竹まんじゅう笠、竹虎四代目


頭に竹をかぶると言うと時代は現代に戻って今の高知。細々とではありますものの製作の続く竹皮を使った素晴らしいまんじゅう笠と呼ばれる竹笠がありますぞね。時代劇に出てくる旅人が被りそうな笠ですけんど、かって幕末には坂本龍馬さんがこれで顔をかくしながら脱藩したというような逸話もある笠なのです。


竹まんじゅう笠


竹で骨組みを組んで、その上に竹皮を張りつめ、最後に細く細くとった竹ヒゴを縫いつけて仕上げていく。この細く長い竹ヒゴは竹ヒゴ抜きと呼ばれる、丸い小さな穴を開けた鉄板に一本づつ竹を通して同じ細さの竹ヒゴにしていくがぞね。


こうやって近づいて見てみたら、竹ひごを糸でとめてある無数の多さに気が遠くなりそうですが、これを一つづつ丁寧に職人さんは留めていくがです。出来あがった笠は竹皮の耐水性で守られて少々の雨など気になりません。そして、何より軽い、自分の足だけが頼りだった時代の旅人には重宝されてきた逸品ながです。













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懐かしの富山市民プラザ、ホテルのぼるや

2016年5月27日

富山城、千歳御殿門


光岡自動車のさんのある富山市は高知からは随分と遠い土地ではありますが、実は馴染みのある懐かしい場所とも思っているのです。そもそも自分達の「山岸姓」のルーツが北陸にあるそうで、高知県では山岸の名前は、こじゃんと(とても)少ないのですが北陸地方に行くと結構おられるのです。山岸家も奈良県、大阪天王寺、そして高知へと移って来た歴史がありますので、もしかしたらその前のご先祖様たちは北陸やったのかも知れません。


加賀梅鉢瓦


自分は城好きで訪れた土地に城跡などあれば必ず行くのですが、富山城の唯一の遺構としてある千歳御殿門(東大の赤門と同じ形式の門だそうです)の瓦屋根には家紋の加賀梅鉢が見えます、そういえば山岸家も家紋は同じ加賀梅鉢ですぞね。


富山市民プラザ


まあ、それはさておき馴染みの場所というからには、名字のルーツだからというワケではありません。実は、毎年一回富山市の市民プラザという所で竹細工、竹製品の大売り出しをさせて頂いていたのです。もちろん販売させて頂いていたのは竹虎だけではありません、全国各地から特産品が集まっちょりました。いつから、あのような大きな催事に参加させて頂いていたのかは定かではありませんが開催されるのは、ちょうど8月、真夏の最高に暑い最中ぜよ。催事に行かなくなって、もう20年近くになるかと思いますが今でも夏になれば思い出す事があるのです。


北陸と言うても富山は、もしかしたら高知より暑いのでは?と思えるようなムシムシとしてコンクリートの歩道がまぶしいくらいの照り返しの強烈の陽射しの中、涼と珍しい地方の産品をもとめる沢山の方がご来場いただき、それは大変な売り上げがあったのです。自分が売り出しに行くようになってからでも10tトラックと4tトラックに満載して行く荷物が、帰りには空箱ばかりになる大盛況で竹製品が多くの方の生活の中で役立っていることを肌で感じて嬉しくなっていましたぞね。


富山市民プラザ前電停


それにしても、20年という月日の流れを感じるのは市民プラザ前を走る路面電車ぜよ。竹虎が毎年来ていた時には、電車は通っておらず少し広場のようになっていて、ここに大きなテントを二張りほど借りて館内に置ききれない商品を並べていたのです。エアコンもない外の売り場では汗だくでランニング姿になって販売する職人の姿は今でもハッキリ覚えちょります。


変わりゆく街並


さて、そんな売り出しは確か三日間か四日間の日程だったと思います。宿泊は、いつも決まってすぐ目と鼻の先にあるホテル「のぼるや」さんでした。せっかくなので久しぶりに少し歩いてみますと何と昔のホテルは無くなっていて、確か跡地と思われる場所には大きな新しいホテルが建設されていて、オープン間近のような形やったのです。


懐かしい思い出の地に、あの頃の事をひとつひとつ思い出しながら行きます。自分は一体何ほ探しゆうがやろうか?販売の中心だった元気満々の母の笑顔やろうか?竹を求めて次から次へとやって来られる、あの日のお客様?いやいや、大事な事を忘れちゅう。


竹虎の復興


あれは自分が大学四回生の時の事やった。竹虎の工場と店舗が全焼して何もかも無くなった大火災がありました。ちょうどそれが、この富山の売り出しの2週間前の事やったのです。普通なら、とても遠く富山の催事どころではありません。当時50名ほどいた社員や地域のお手伝いの方など総出で後片付けなどに追われている、ごった返しの状態でした。


けんど、そんな中、こんな時にだからこそ、行かねばと奮い立ち、外の土場に停めてあり運良く焼け残った10tトラックに緊急に借り受けた竹細工や竹製品を満載して富山に走って行った祖父の後ろ姿やろうか?


あの夜の居間、家族が全員揃っていた中で、「どうして今、富山に行かねばならないのか?」二代目義治が、ゆっくり話した台詞、息づかい、表情、一言一句忘れてはいない。


この街には、竹虎のルーツが今でも生きづいちゅうがです。













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二度目の光岡自動車さん

2016年5月26日

光岡自動車で修理される日本唯一の虎竹自動車


電気系統の故障で引き取られていった日本唯一の虎竹自動車。そもそもこの本体となったLike-T3は、まだまだ生産台数が少なく契約している整備工場さんも、ほとんど無いのです。そこで今回の修理も高知から遠く富山県の光岡自動車さんまでトラックで運ばれて行きましたぞね。まっこと、往復の運送費用だけでも目玉が飛び出るような金額...。


自分達が全く手を触れていない部分の不具合やったので何とか、この辺りはできないろうか?と思うちゅうところながですけんど、お金もかかる、時間もかかる、改めて竹虎がしていることが誰でもやっている事ではなく、かなり特別なチャレンジなのだと思いゆうのです。


光岡自動車


まあ、けんど、遠くまで運ばれていった虎竹自動車が一体どんな風になっちゅうろうか?どうしても気になりますので、とうとう今日は二度目の光岡自動車さん訪問となったがです。東京から北陸は新幹線が開通して本当に便利になったと思うのですが、やはり高知からだと飛行機で伊丹空港まで飛んで、それから新大阪までバスで移動、サンダーバードで金沢と北陸はやはり距離がありますぞね。ただ、金沢からは新幹線がありますので20数分で富山に到着、これは驚くほど早いのです。


富山駅からタクシーで辿りついた光岡自動車さんの広い構内では新車の展示もされちょります。前にお伺いさせてもらった時には工場内で創られる様々な車を見学させてもらいましたけんど、やっぱりこちらには魅力的な車が揃うちゅうぜよ。


光岡自動車でLike-T3と並んだ日本唯一の虎竹自動車


敷地内のLike-T3の整備工場に近づいていくと数日見ていないだけなのに、やけに懐かしく新鮮な姿の虎竹自動車が見えましたぞね!見え方が違うのは精神的なものかにゃあと思いよりましたが、いやいや違いました。この日本唯一の虎竹自動車は、竹虎ではいつも工場内に置かれちょります。昨年、竹虎に納車された日は雨でした、そしてそれ以来、外に一歩も出たことがありませんので太陽の光を浴びた屋外での勇姿を見るのは実は初めてやったがです。


Like-T3と並んだ日本唯一の虎竹自動車


前から見ても別段どうという所もなくホッと安心しちょりますぞね。隣に見える白い車体が製造途中Like-T3、こうして見たら同じ車には見えないですにゃあ。けんど、車体の長さ、幅、高さ、それからテールランプの高さ、位置、反射板、前に戻ってきてヘッドライト、サイドミラーなど決められたサイズであり、特殊車両三輪車としての所定の位置を守っちょりますので、ちっくと変わった形ですが公道を走ることが認められているのです。


Like-T3


作りかけのLike-T3の脇には更にその前の形のフレームだけが置かれています。この電気自動車は開発されたばっかりなのですが、本当に少ない人数でコツコツと手作りで仕上げてきた愛情のこもった車であり、大きな自動車メーカーさんで大量に生産される車とは又違う形で、担当の方からしたら思い入れタップリな一台であると聞いちょります。


ですから、このようなフレームからエンジンを載せ、タイヤを付け、ボディを付けて実際に道を走れるような形に真心こめて創り上げた車を、今度は自分達が全く違う竹の車にしてしまった事に実は少し申し訳ないような気持ちも少しあったがです。


一人乗り自動車初号期


この整備場所の近くには、今の電気自動車を製造することになったキッカケを作った車が安置されちょりました。確かイタリアからの輸入か何かと言われていましたが、このような乗り物に夢をもって取り組み追い続けてきた結果が今のLike-T3なのだと思います。


光岡章夫社長、竹虎四代目


しかし担当の方は、すっかり変わってしまった車については何も言わず、虎竹の車を、こじゃんと(とても)褒めてくれるのです。ずっとモノ作りに関わり続けて来られた方やきですうろか、素材は違っても形にしていく大変さを身体にしみて良く分かっておられるように感じたがです。


光岡自動車さんが創りだした新しい時代の乗り物は、これからまだまだ広がっていかねばならないと思いますし自分達が虎竹の車を作ったことが、そんなお役に少しでも立つことができればこんな嬉しい事はありません。


今回は日本唯一の虎竹自動車が心配で思わず足が向いた北陸路でしたけんど、こうやって動いたら何かしらエイ事もあるがですぞね。なんと、日頃は富山の本社におらず国内外を飛びまわる光岡自動車の社長様に初めてお会いできたがぜよ!ずっと昔、社会人になって間もない頃やったろうか?光岡自動車の車を知って個性的で格好エイなあと思うてパンフレットを取り寄せた事もある、その会社の社長様が隣におると思うと、まっこと嬉しくなってきますちや。虎竹自動車が取り持つ縁かと思いますが、これから、こんな縁がもっともっと繋がっていくことを願うちょります。













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「きんこん土佐日記」に日本唯一の虎竹自動車登場ぜよ!

2016年5月25日

村岡マサヒロさん「きんこん土佐日記」


高知県は漫画王国として数多くの漫画家を輩出しちゅうそうながです。自分はあまり漫画と言われてもピンと来ませんでしたが、虎竹の里からも車ならすぐに行ける漁師町、久礼の鰹の一本釣りを題材として描かれた青柳祐介さんの漫画は学生の頃に、何度も何度も読んでは感動した覚えがあるがぜよ。


それに、そう言えば漫画甲子園なる大会が時期になれば新聞やテレビで話題にもなりますけんど既に20数年の歴史があるようですので、まっこと凄いものながです。そうじゃあ、今書きながら思い出しましたけんど、竹虎に取材に来られ事もある、はらたいらさん、それから黒鉄ヒロシさん...そうそう「フクちゃん」で知られる横山隆一さんのまんが館記念などもありましたちや。思えば、やはり昔から高知は漫画王国やったのかも知れませんぞね。


さて、そんな漫画王国高知で活躍を続けられる村岡マサヒロさんが高知新聞に連載している「きんこん土佐日記」という四コマ漫画があるがぜよ。村岡さんの漫画は、特に高知県民の方なら老いも若きも皆が一度は目にしたことのあるものではないろうか。それほど、この連載は長くやっているように思いますが、本にまとめられているものも今では第8巻まで販売されゆうようぞね。それだけに漫画に詳しくない自分などでも一目でそれと分る特徴のある絵に親近感を持っちゅうのです。


そんな県民の漫画とも言える中に題材として突然、日本唯一の虎竹自動車が描かれちゅうので本当に驚いたのです!見慣れた、あの絵の中に虎竹自動車があるのは何だか不思議な感じですけんど、こうして取り上げて頂けるのも、竹自動車への期待が高まっているという事ですろう。こりゃあ、まっこと頑張らんとイカンぜよ。













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竹筬(たけおさ)の復活

2016年5月24日

竹筬(たけおさ)


古来、竹は日本人の生活、文化に深くとけ込んで衣・食・住の全てに竹があると言うのが当たり前やったのです。近年、どんどん新しい素材への移行があり竹が使われなくなっているのはご存じの通りですが、多くの方に使ってもらい認知されていた物で消えて行く竹細工がある一方で、一般の方の目には触れることなく、その存在すら知られる事なく忘れ去られていく「竹」もありますぞね。手元の資料に紛れ込んでいた長さ8センチ、幅5ミリほどの竹製のヒゴなども、そんな製品の一つですろう。


竹筬


この短い竹ヒゴは竹筬(たけおさ)と言う道具に使われる一部ぜよ。そもそも竹筬を「たけおさ」と読む事すらままなりませんが、一体に何に使う物かと言う織物の織機の一部として使われるパーツなのです。竹ヒゴがズラリと並んでいますが、この竹の間を糸が一本一本通り織物になっていきます。なので経糸の密度を一定にする、織物の幅を決める等織物には無くてはならない道具との事でした。


竹筬製造


明治初期の頃、織物の産地として知られちょったのは関東の足利、福井、久留米、愛媛などと聞きます。そのような織物の産地には、当然この大切な道具である竹筬を製造される職人さんもいたようですし、また現在この竹筬を復活させようとされている岐阜県祖父江地区でも大量に製造されていたものが衰退した原因は金筬と言われる金属製の製品ができてからのようです。


しかし、竹筬を使った事もありませんが織物の糸がその細い間を通り抜けて一枚の織物になるのであれば、金属製の物と竹製の物と比べるならば明らかに織りあがりに違いがあるだろうと容易に想像ができるがです。竹筬の良さは、自然素材での扱いやすさ、筬羽に竹の弾力があり歪みに強い、経糸の摩擦に優しさだと言います。


竹筬素材


短い竹ヒゴ状のものの事を筬羽と呼ばれちょりましたが、この筬羽作りには、原料の竹材を簾にして乾燥される竹編み、竹割、荒引き、幅を揃える幅取り、二番引き、皮取り、上引き、羽揃え、羽切り、傍(わき)仕上げ、焼き入れ、縁仕上げ、面取り、筬編み、仕上げと様々な行程があります。一枚の筬羽を触ってみても、手触りもなめらかで本当に丁寧に作られている事が伝わるがです。この竹がズラリと並んで、その間を絹糸が通ると思えば、竹筬ならではの織物もあるのではないかと思うたりましすぜよ。


竹筬作業場


それにしても一度は無くなってしまった伝統の技術を研究会を立ち上げて復活させた皆様の努力には頭が下がります。関係者の方や文献資料が残されたいた事もあるようですが、技を継承していく事は並大抵の事ではなかったはずですぞね。定期的に技術研修などされているようですが、若い方が参加されていたり多くの方が真剣に取り組まれる姿に感動した事を思い出しましたぞね。













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「竹虎ゴールド」虎斑竹バックニューヨーカーのインナーバックは虎竹染め

2016年5月23日

虎竹染め「竹虎ゴールド」


南国土佐の強い陽射しを浴びて美しい色合いの虎竹染め生地が風にたなびいているのです。この山間にある染色作家、西峯久美さんの工房で虎竹葉を使うた染めのハンカチなどを作って頂いているのですが今回は虎竹バックニューヨーカーに使うインナーバックと、バックを仕舞うためのエコバックにもなる手提げ袋を虎竹染めにしたいと思ってお願いしちゅうのです。


虎竹葉


今は竹伐採の季節では無いのです、そこで、虎竹染めのためにわざわざ山に入り竹葉を集めねばなりません。手触りの良い生地を選んで染めてもらっていますが、一度に沢山の生地を染める作業できませんので、その都度の竹葉集めは、まっこと大変ながぜよ。


虎竹染め「竹虎ゴールド」


ところが草木染めの場合、もちろん自然素材ですから色合いはその都度違う事もありますが、葉を集めたばかりの新鮮な時と、少し時間が経過した後では染め上がりは全く違うがぞね。竹葉は抗菌性があるためか普通の素材と比べると鮮度保持が格段に高く、数日は使えるので助かると言われますが、それでも初日に染める生地と最終日に染める生地では色合いがかなり違ってきます。


使用後の虎竹葉


この竹葉染めでは青々とした葉色から何故こんな淡く美しい黄金色が染め上がるのか?まっこと自然というのは神秘的でもあり不思議でもありますぜよ。虎竹バックニューヨーカーでは虎竹のフレームを繋ぐ紐も自然素材のものに変更して色合いもこの虎竹染めに統一しますので想像しているだけでワクワクしてきます。


虎竹染め、染色作家 西峯久美さん


もう何年も前の事になりますが、手ぬぐいなどを試作で染めてもらって出来あがった時には虎竹染めの独特の優しい黄色い上品な風合いにビックリして思わず嬉しくなって多くの方にご覧いただくうちに誰が呼んだか名付けられた名前が「虎竹ゴールド」。


なんと仰々しい呼び名やろうかと思いましたけんど、今日のような五月の気持ちの良い風が吹き抜ける縁側で虎竹染めを見ていたら、ピッタリのネーミングではないかと感じるがです。













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安吉県「中国竹子博覧園」の竹オブジェ

2016年5月21日

安吉県「中国竹子博覧園」の竹オブジェ


少し前に中国は安吉県の「中国竹子博覧園」のお話をさせてもらったのですが、ここで印象的に覚えている竹のオブジェがあります。それは、高さが2.5メートルほどもあったですろうか?大きな鉄枠の中に同じ長さに切断した丸竹を積み上げたものでした。似たような太さの竹ばかり切ってその切断面を見せることによって、竹の太さの違い、形の違い、身の厚さの違いなどを視覚的に体感いただけるもので、これが広い敷地内の向こうまで仕切りの役目をしながら続いていたがです。


別段何と言うことのない簡素なものであると見逃しがちであるかも知れませんが、竹が身近でなくなった現在、もしかしたら目を見張るような経済成長してきた中国もそうかも知れませんが、竹に対する関心や認識が低くなっている時代の中だからこそ必要で面白い造作だと思うたのです。何気なく、これを見たお客様が竹の事をどこまでご理解いただけるか分かりませんが、多種多様な竹、同じような太さであっても一本たりとも同じ物の無い竹の事を伝えるために、この大きな鉄枠があるとしたら素晴らしいちや。


安吉県「中国竹子博覧園」の竹オブジェ


自分の小学校の通学路の近道は、このような竹の切口がこの何倍もの高さと幅で積み込まれた土場にありました。その頃は竹の伐採がナタが主流だったのか、その切口はほとんどがハス切りされて鋭利にとがっていた事をハッキリ思い出されます。積み込まれた虎竹は太さ別に積み上げられちょりました、しかし、この安吉県「中国竹子博覧園」の竹オブジェ同様に同じ頃合いのものなのに一本として同じものがなく、形も様々なのだなあと思いながら毎朝眺めよったものながです。


このオブジェに足をとめ、しばらく動けずにいたのは自分だけでしたが、そんな遠い日を懐かしく思い出していたのです。













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虎竹袖垣に関わる職人たち

2016年5月20日

虎竹袖垣製造職人


竹の袖垣は注意して見ていたら玄関脇などに取り付けられていたり、都会の真ん中でもビルの谷間の飲食店にあったりする昔ながらの庭園用の竹製品の一つなのです。けんど、一般の方でご存じの方はほとんどいないですにゃあ、そしてご存じの方が稀におられたとしても、遠くから眺めるだけですので両脇の竹柱に実は細かい細工が施されちゅうとは思ってもない事のようぜよ。


袖垣の骨組みは実は孟宗竹が使われていて、その柱を細く割った虎竹や白竹で巻き付けて化粧すると共に強度的に強くもするのです。細く割っていますので竹節を微妙にズラして模様にも出来るし、外で雨ざらしで使う竹製品は傷みも早く丸竹の場合など割れる事が多いですが、一度細く割った竹を孟宗竹の芯に巻き付けてあるので割れる心配もなく耐久性は一本の竹と比べて格段に高くなっちょります。


あまり注目される事もない袖垣ですが、骨組みに使う孟宗竹、芯部分を巻く細く割った巻き竹、ヒゲのように見える飾りの黒穂、竹を平らに割のばしたヒシギ、すかしの格子部分を縛っている四万十カズラまで、それぞれの職人さんや内職さんの仕事が一つにまとまって、ようやく一枚の虎竹袖垣が仕上がります。


四万十カズラ


巻き竹は両方の柱が真っ直ぐな角垣(つのがき)だと割幅も比較的広く簡単ですが、玉袖垣のように曲がりがある袖垣は割幅も細く、長い竹を割っていくので熟練した技術が必要となるがぞね。これが幅の広い、大きな光悦寺垣などになると更に大変です。


四万十川流域から集めて来てもらうカズラは、乾燥させ沢山こうやってストックしちょります。出番の多い、少ないはありますものの、どれひとつ欠けても昔ながらの製品作りができなくなる、袖垣は思う以上に多くの人の手を借りながら作り出される竹製品なのです。














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