「雨の峠は越したぜよ」

虎竹の里


子供の頃の台風は、まっこと怖かったぜよ。雨戸を閉めきった部屋は停電で真っ暗やったきに、ロウソクの火だけが頼りながです。台所の心細い灯りの周りに皆で集まっちょりました。ほんの一瞬やったけんど玄関のドアが開いたと思うたら、急に湿気を含んだ強い風が吹き込んでくる。家の外が別世界のように荒れ狂うちゅうのが分かるがです。そんな中を頭にヘルメットをかぶった合羽姿の父が工場へ走っていく。


椅子に腰をおろそうとすると「ヨシヒロ!こっち来い!」祖父の大きな声。何やろうか?と向こうた板の間に取り付けらけた。窓のアルミサッシが風に吹かれて歪んじょった。増築したばかりで雨戸がなかったがです。家に残った祖父も祖母も母も、そして頼りない自分も一緒に、繰り返し叩きつけてくる激しい雨を支えちょった。もの凄い勢いで右に左に揺れる庭の木々、そして、そのずっと遠くに見えた山積みされた虎竹と父の姿。40年以上前の事やのに、ついこの間の事のように覚えちょります。


一昨日からの雨も凄かったちや、記録的な豪雨やそうぜよ。けんど、


「だから、どうした」ぜよ。


「負けてたまるか」やき。


自分が小さかった日のあの嵐の時、大人達はきっと今の自分みたいに思いよったのではないろうか?こんな台風が何ぞね、こんな雨がどうしたぜよ、こんな風が...。そう思うて歯を食いしばっちょたがやろう。ボロボロやった工場は何回も飛ばされたけんど、心が飛ばされた事は一回もないがやき。


竹は、しなりがあって強いきにゃあ。そう思うて虎竹の古里、焼坂の山をながめたら、「雨の峠は越したぜよ」教えてくれゆうようながです。

 

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