茶碗籠に魅かれている

片口ざる、竹虎四代目


様々な形や大きさ素材の違う竹籠には、それぞれ用途があり長く長く日本人の暮らしと共にあった。身近な存在であり意識するこもなレベルだったものが妙に魅力的に大切に思えてきたのはここ10年くらいの事ではないか。


米研ぎざる


今でも日常的に台所には竹職人が手編みした製品が多々あって普段使いされている。そんな籠たちの中で一番魅かれるのが茶碗籠なのだ。実はこれには幼い頃からの原風景が関係している。


メゴ笹籠


高知には「お客」という文化があり主に冠婚葬祭や神事などに親類や隣近所、友人たちが集まり大宴会が催されてきた。酒豪の国と言われているので単に宴会好きなのだと思うが、とにかく誰もがやって来てお酒を酌み交わしワイワイ騒いでいる。そこで活躍するのが茶碗籠、入れ代わり立ち代わりやってくるお客さんの食器を洗っては干し、洗っては干しの繰り返しに庭先まで使って茶碗や小皿やコップが干されていた。


茶碗籠はもちろんてだが、大きな竹ざるが使われたり竹だけでなくメゴ笹籠もシダ編み籠でもとにかく通気性のよい籠は総動員されていた。


シダ編み籠


山のように積まれた食器の入った竹籠から、日頃は難しい顔をして畑仕事している大人たちが皆が笑顔で楽しそうなのをずっと眺めていた。茶碗籠にはあの当時の温もりや懐かしさをどうしても感じてしまうのである。


洗いぞうけ


一番多く活躍していたのは、この竹籠だろうか。反対に伏せたら亀の甲羅のように見えることから、亀ざる等とも呼ばる孟宗竹と淡竹を使って編まれてきた洗いぞうけだ。これは5尺3寸で編まれていた一升ぞうけより一回り小さい4尺3寸というサイズだが、どこの家庭にも数種類のサイズが揃っていて用途により使われていたように思う。


竹籠が大量生産されていた当時には男女でそれぞれ仕事の役割分担があってネギ(細い竹ヒゴ)やタツ(幅広の竹ヒゴ)を取るのは男衆、編みは女衆が担当する。ちょうど先日ご紹介した廻栖野竹細工でも全く同じだったが一本の竹を割って、ネギやタツにするのは力仕事だから全国どこにいってもそうなのである。




さて、真竹を使った茶椀籠のYouTube動画ができた。どのように編まれているかをご覧いただくと、その手業の素晴らしさに驚き、お使いになられている方なら愛おしさが増すことは間違いない。


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