
香港高層住宅群での大火災
香港北部・新界地区大埔(タイポ)の高層住宅群で発生した火災のニュースでは、あまりの大規模な被害が出ていることに言葉を失っています。犠牲になられた方々とご遺族に対し、心より哀悼の意を表します。また、負傷された方々、そして連絡が取れず不安な時を過ごされているすべての方々へ心からのお見舞いを申し上げます。この悲劇が一日も早く終息して香港の街に平穏が戻ることを切に願っています。

香港高層ビルの竹足場
恐ろしく、痛ましい事故の報道の中で、火災拡大の原因の一つとして竹製の足場がクローズアップされていることに、ボクは非常に複雑な思いを抱いています。確かに竹は燃えやすい素材であり、今回の火災でその脆弱性が浮き彫りになった事は重く受け止めるべきだと思っています。しかし、香港の建築文化を長きにわたり支えてきた竹の功績と、それを組み上げて働いてきた職人技の素晴らしさも、あらためて皆さんに知っていただきたいのです。

誇り高き伝統技術としての竹足場
香港の街を歩けば、超高層ビルの外壁を覆い尽くす、まるで芸術品のように張り巡らされた竹の足場を目にしてきました。あの高い高層建築に...!足場が竹...!?そのダイナミズムと職人の技が融合した、香港独自とも言える光景であり、ボクもその迫力ある姿に惚れ惚れさせられた事を思い出します。

高層ビルに使われ続けた竹足場の理由
けれど、どうして現代の摩天楼建設に竹が使われ続けてきたのでしょうか。その理由は、機能性、経済性、そして資源としての持続可能性という、現代にも通じる複数の利点があると考えています。まず、竹は軽く、非常にしなりがあり丈夫で、強風にも折れにくい弾力性を持っています。あの高い場所で作業をする職人さんたちも、その事を十二分に知っているからこそ安心して仕事ができてきたと思うのです。そして、狭い場所や不規則な形状の建物にも、現場で柔軟に対応できる加工性の高さなどの利便性も高密度な香港の建設現場に不可欠だったのだろうと思っています。

天然資源としての優位性
重要なのが竹が持つ資源的優位性です。竹は、中国大陸に豊富にあることは多くの方がご存じの通りですが、木材のように伐採しても植林などすることなくとも、地下茎が伸び次々と生えてくる驚異的な生命力を持っています。わすが3カ月で20数メートルの高さに成長するスピードから、資源としては無尽蔵に近い供給力のある、継続利用可能な唯一の天然資源として多用されてきました。安価で入手しやすい上に、金属と比べて圧倒的に軽いため、運搬や組み立ての労力が少なくて済むという利点に加え、この持続可能性が、長年にわたって香港の建設業界を支え続けることを可能にしてきたのです。

香港の竹への親近感
観光で来られたりした一般の方には、あまり気づかれる人はいないかも知れませんが、大都会の喧騒の中で、資材となる竹材を山のように積み上げた竹屋さんを街角に見かけると、昔からの伝統的な建築技術が今も続いているのだなあと、親近感と好感を持って眺めていました。近づいてみると、どの竹も力強い仕事場の表情をしていたのを思い出します。これらの竹たちを使い、命綱一本であの高さに挑む竹足場職人へのリスペクトは本当に尽きることはありませんでした。

高層ビル火災拡大の背景
今回の火災は、竹の足場もあるかも知れませんが、報道でも指摘されている通り、修繕工事中に足場にかけられていた燃えやすい網などの引火物と、海沿いの強風という複合的な要因が重なった結果だと考えられます。竹が延焼を助長させてしまった要因のひとつに違いはないものの、建設現場全体の防火管理体制と、耐火基準を満たさない資材の使用に、根本的な問題があったように感じています。

竹虎の大火災
実は、竹材を扱う者として以上にボクはこの事故に特別な重みを感じています。どうしてかと言いますと、ボクが家業である竹虎に入社するきっかけとなったのは、1984年(昭和59年)夏に本社工場が全焼するという大火災だったからです。当時、大学四回生で帰省中だったボクが、その火事の第一発見者となりました。竹材が燃える時の火力のすさまじさ、その辛さ、大変さを身をもって経験しているため、竹が燃え上がる時の猛烈な強さを持っていることは誰よりも知っているつもりです。だからこそ、香港の高層ビルを覆っていた竹の足場に、ひとたび火がついた時の炎の恐ろしさは痛いほど理解できます。

竹への感謝と安全な未来への願い
当たり前ですが、人命を守るという使命は最優先されるべきです。報道によると、香港当局は竹の燃えやすい特性を認識しており、今回の火災以前から竹製足場を段階的に廃止し、金属製の足場の導入を打ち出していたようです。この悲劇をきっかけに、足場が難燃性の高い金属製へと変わっていく流れは、避けられない現実だとボクも考えています。

ただ、ボクの思いは今回の事故で竹が悪者ではないということ、竹の利便性や、今まで香港の建築を支えてきた竹の有用性、継続利用可能な天然資源としての価値が損なわれたわけではないということを、多くの人に知っていただきたいということです。

大規模火災を乗り越えて
いつでしたか、ビクトリアピークから香港の100万ドルの夜景を堪能させてもらった事があります。さすがに世界三大夜景のひとつに数えられる、香港のシンボルとも言える超高層ビルのきらめきは美しく圧巻でしたが、その建設に地道に貢献してくれた竹の功績を忘れずにいて欲しいのです。今回の大規模火災を教訓とし、いかに安全性を担保するかという新しい技術や取り組みが生まれることを期待しています。そして、規模は全く異なりますが竹虎が全てを失くす火災を乗り越えたように、香港の皆様もこの大きな悲劇を乗り越えて未来へつなぐ建築文化の発展をされるよう心から願っています。

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