輝く人

1961年の社員旅行


この写真は竹虎の社員旅行で高知城へ来たときに撮ったもんながです。右下に記念写真の日付が入っちゃある。「1961年10月13日」なんと、もう50年ばあ昔のことちや。今でこそ高速道路もできて、高知市内までは40分そこそこで行けるようになったけんど、この当時は国道もろくになかったがです。なんせ虎竹の里に今のアスファルトの国道が整備されたがは、ワシが小学校の3年か4年ばあの時。よう覚えちゅうけんど、それまでは、須崎に行くにも、反対に久礼の方に行くにも、山越えの細い曲がりくねった道を、ノロリ、ノロリ走って行きよりましたきに。


そう、もちろん舗装しちゅう所もあったろうけんど、ほとんど、未舗装やったにゃあ。車の車窓から後をみたら、ほこりが舞いゆうがが当たり前やったきに。ほやき、当時の高知城はかなり遠くて、めったに行くことのできん観光地やったがです。見とせうや(ご覧ください)。みんなあネクタイやら、着物やら、一張羅を着てお洒落しちょります。まっことワシらあが東京や大阪に行くばあな、そんな気持ちやったがやろうかにゃあ?


けんど、それにしたち、懐かしい顔がおるちや。小さい頃、よう遊んでもろうたおばちゃん。山に連れていってくれた、あのおんちゃん。細工場でお菓子をくれた職人さん。近所のお兄ちゃん...。まだ若かった父。大好きな祖父。岐阜へ嫁いでいったおばちゃん。寄りそうように祖母...。みんなあ、おる。


母がこの大きな家族の一員になるがは、翌年の2月の事やけんど、まっこと、こんなにいっぱいの人がおって、そんな方のおかげで、そんな方の力で、竹虎がずっと続いてこれて、ワシらあが仕事できゆう事、まっこと、まっこと、ありがとうございます。みなさんのお陰ですちや。もう、この世におらんなった人が多いけんど、上から見てくれよりますろうか?ワシはどうやろうか?ちゃんと、やれゆうろうか?


あの時の、わがままな、何ちゃあ苦労も知らん「若さん」のまんまやけんどみなさんの足元にも及ばんけんど、みなさんが残してくれたこと、やるぜよ。ワシの命の限り。見よっとうせや。こうやって写真見よったら、ひとり、ひとりがワシにとったら、「輝く人」じゃ。この写真に誓うちや。ワシも、いつか、みなさんみたいに、「輝く人」になるぜよ。いつか、いつか、絶対ぜよ。


コメント(2)

返信

竹虎さん

輝いちゅう!!

四代目
DNAをつなぐ事。命をつなぐ事なり。

ようがんばっちゅう!!

竹虎四代目 返信

寅さん

コメント、おおきに!ありがとうございます。


有名パティシエの辻口博啓さんは恩師に

「己のルーツに誇りを持て」

と勇気づけられたそうやけんど

まっこと、こんな写真が火をつけてくれるちや


ワシも、まだまだこれからです

やりますぜよ!

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