5月30日、日本ネット経済新聞に掲載ぜよ!

日本唯一の虎竹


日本唯一の虎竹の事を何とか沢山の方に知ってもらいたいにゃあ。竹の仕事の事を話したいにゃあ。十数年前までは、そう思うても、自分のような田舎で広告費も何ちゃあない小さな竹屋にはどうしたら告知の方法があるのかもさっぱり分からず、また、同じような志を持った仲間さえおらず、いやいや、仲間がいる事すら知らず、まっこと途方に暮れるような毎日を過ごしよったがです。


こんな竹みたいな仕事やめたいぜよ。言うて、いっつも思いよりましたけんど、そのたびに100有余年の竹虎の歴史、曾じいさんが大阪は天王寺で創業した竹屋からはるばる遠く離れた土佐の虎竹の里の竹との運命的な出会い、その背中を追うてきた祖父や父の思い、そして、何より海外メディアも取材に来るようなここにしか無いという虎竹の存在。どうしても、いくら売れなくても、やめたくて、やめたくておれなかったのに、どうしても、虎竹から離れる事はできんかったがぜよ。


高知合宿


強運やにゃあと、いつも思うのはインターネットの出現と、素晴らしい人との出会いです。机に座って誰かの話を聞くとか、勉強するとか、正直いうて、ずっと馬鹿にちょりましたぞね。


そんな事で何か変わるがやろうか?


けんど、違うた。特に一晩泊まりがけで開催される合宿形式の学びの場は、濃密な時間が更に深まってずっと記憶に残る。時には人の運命を変えるような事もあるがではないろうか?自分がそうやったように。だから、合宿には重きをおいちょりすぞね。5月30日の日本ネット経済新聞に掲載いただいた高知e商人養成塾の合宿は、今年で7年目となるがです。


そして、この高知の田舎ではじまったネット商人の合宿が、昨年あたりから宮崎や滋賀でもはじまって、こじゃんと嬉しゅうに思うちょりますが、明日からの滋賀合宿は竹虎の運命を変えたとも言えるあのラフォーレ琵琶湖で開催されますぞね。12年ぶりにお伺いさせていただく、あの湖畔のホテルいったい、どんな出会いが待ちゅうろうか?


思い起こしたら2001年の10月27日は、あのホテルの玄関に到着するなり作務衣姿やったもので近くのお寺のお坊さんと間違えられたがです。思わず笑い出しそうになるようなハプニングからのスタートやったけんど、本当は、暗い、どん底のような気分での勉強会のはじまりやったちや。インターネットの大海に迷い、今日は又知らない人ばっかりの人波に迷うちゅう。そんな感じやったぜよ。まっこと、あの日の事は、まるで昨日の事みたいに覚えちゅう。けんど、あれから12年今はただ、沢山の出会いに、感謝するだけちや。


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