織田作之助の大阪


織田作之助の大阪


先日、祖母の実家がやりよりました食堂「かね又」の事をお話させてもろうたがです。沢山の方にご購読いただき、ビックリするくらい「いいね!」も沢山いただいて、まっこと嬉しく思うちゅうがです、ありがとうございます!そんな、こんなしよりましたら、こんな本もご紹介いただきましたぞね。コロナ・ブックス「織田作之助の大阪」という生誕100年記念で発刊された本のようですちや。


織田作之助とは大阪の作家さん、どうして竹虎と関係があるぜよ?前のブログをお読みになられてない方は不思議に思われるかも知れません。けんど竹虎は120年前の創業の地が大阪であり、第二次大戦の空襲を逃れ虎竹の里に引っ越してきたのは父が小学校の時、虎斑竹(とらふだけ)がこの安和の地でしか成育しないので、それからはずっと本社はココ高知にありますけんど、当然祖父も祖母も大阪育ちやったがですぞね。


それにしても、この作家さんはダンディーな方やったがやにゃあ。ズボンの折り目がピシッと入ったスーツをビシッときめて、帽子も格好がエイが違う、こじゃんとお洒落ですちや。こんな有名な作家の方が書かれた小説の中に「かね又」が描いてくれちゅうとは、まっこと嬉しいぜよ。けんど、こんな姿で店に入ってきて名物やった特製シチューを食べよったろうか...おばあちゃんには、この方がどんなに見えよったろうか?


かね又のどて焼き


「織田作之助の大阪」をペラペラとめくりよったら、現在ただ一店残っちゅう天神橋六丁目のお店が掲載されちょります小説「アド・バルーン」には当時営業しよった複数のかね又の店に織田作之助が全部行ったという下りがあるそうぞね。そう言うたら前回お伺いした時に、テリテリとした色合いにつられてどて焼きを2本、お皿に入れて頂いて食べたがぜよ。


ああ、大好きな甘味噌がたまらんにゃあと思うて、まっこと幸せが口いっぱいに広がりましたぜよ。この本には、このどて焼きも「オダサク好み」と書かれちゃあるちや。けんど、この味は「竹虎四代目好み」でもありますぞね。そうか、そりゃあそうぜよ、よくよく考えたら自分達のルーツの味でもあるがやきに好きながは当たり前の事やにゃあ。昔から甘味噌が好きやった理由が分かったようで、今日も寒いけんどなんか心はポカポカとしよりますぞね。













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コメント(2)

炭石鹸の愛用者です。ツッパらず良い使い心地です。竹炭石鹸も同じなのでしょうか…?

阿部孝志 様

虎竹の里炭石鹸は元々自分が使いたいと思うて
全国の石鹸メーカーさんのものを色々と試してみて
作らせていただいた石鹸です

スッキリ洗い流しながら
しっとり感のある洗い心地は
沢山のご愛用の方から嬉しいお声をいただいちょります。
是非、こちらもご参考にされてください
http://www.taketora.co.jp/voice/takesumi/sumiseken.html

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