虎竹林のメガネ物語

日本唯一の虎竹林


あれは2日前のお昼前の事やったがです。いつものように山出しされる予定になっちゅう日本唯一の虎竹の竹林に続く細い山道を登って行きよりました。山の職人さんが伐採をする竹林は、もう少し上がった所ですけんど、ふと、横の竹林を見ると陽の光が差し込み、自分に何やら話しかけてくるような気がするがです。


「こりゃあ、こりゃあ四代目、ちっくとココでいざって(座って)いきや」


こんな声が聞こえる時には間違いなくエイ事の前兆ぜよ。喜んでイソイソと竹林に入って行ったら、ああ...やっぱりちや、優しく包み込むような陽射し、おまけに素晴らしく心地のよい風までも吹いてきて、ついつい竹林の奧へ奧へと足を踏み込んで行ったがです。


思わず我を忘れるような心地になることは、虎竹の里では、そんなに珍しい事ではないがぜよ。けんど、ハッと我に返った時に気付いたがです。


「しもうたっ!頭に付けちょったメガネが無いっ!」


差し込む陽射しが眩しいやら、陽の光が綺麗やらで、上を見たり、下を見たりしよりましたので、つい頭に引っ掛けちょったメガネを落としたのでした。大好きな眼鏡店で買うた一番のお気に入りなので焦ります。


「ありゃあ、何処やったろうか?」


無くしたと覚しき辺りを探してみます。最初はすぐに見つかると思いよりましたぜよ。そりゃあ何と言うても下草も綺麗に刈っちゅう虎竹林、見通しが、こじゃんとエイですきに普通の山とはワケが違います。


ところが...。


あちこち探し回りますけんど全く見つからんがです。一度下の道まで下りて行ってスペアのメガネも持ってきて、よくよく見て回りますがメガネの「メ」の字も無いぜよ。必死に探して、疲れ果てて腕時計を見ると午後2時半。


「たまるか、2時間も探しよったか...」


下草の手入れをした竹林ではメガネなど、すぐに見つかるものとばっかり思いよりましたが、意外に大苦戦、今日はタイムリミットとなりましたので、明日、再度捜索活動を続ける事にして、後ろ髪(坊主頭で毛は無いですが)を引かれる思いで帰社したがです。


竹林にクマデ


今日は、昨日の捜索をした所から再度挑戦ぜよ。2つの目よりも、6つの目と言うことで3人体制で徹底的に探すがです。さすがに、今日は自信がありましたぜよ。前日から打ち合わせもし、軍手にクマデと装備も完璧!こうやって竹の葉まで、ほじくりながらやき、絶対に見つかるハズやと思いながら探して行くけんど、やっぱり今日も、なかなか見つける事はできんかったがです。頭の中で、井上陽水の「夢の中へ」が鳴りはじめましたぞね。


「探しモノは何ですか?見つけにくいモノですか?」


けんど、その時やったがです。そんな唄をかき消すかのように山道の上から聞こえてくるのは、山出しの機械の音、ガタガタガタ......。


山出し機械


虎竹の里では現在、竹の伐採シーズン真っ盛り。竹虎の2トントラックの入って来られる大きな山道までは、山出し専用の機械を使うて少しづつ運び出してくるがですぞね。急勾配で、しかも曲がりくねった細い山道に、伐ったばかりの重たく長い虎竹を満載に積み込んでいますので、なかなか、ずるうない(楽ではない)山仕事ながです。


虎竹の里、竹虎四代目


「一体何をしゆうがぞね?」


「実は、メガネを落としてしもうて...」


こうやって話しをしよりましたら、実は落とし物は山の職人さんも、たまにする事があるそうながぜよ。そこで詳しく聞いてみたら自分の最初の対応がまずかったようですちや。見通しのエイ竹林でも、竹葉が一面に落ちちょります。その竹葉を昨日は慌てて、たつくった(混ぜまわした)ので、余計に見つけにくくなったと言う事でした。


なんとメガネの何倍もありそうな大きな鋸でさえ、竹葉を混ぜてしまうと、その中に紛れて無くしてしまう事があるそうちや。これは、自分の初動捜索のミスかっ!?


竹林ではクマデを使った捜索がまだまだ続きよります。ちっくと諦めの気持ちがよぎりだしました。一番のお気に入りで出番も多いメガネやったにゃあ。無くなったとしたら、もう一度全く同じメガネを買いたいくらいぜよ。


けんど、ずっと気持ちの中にあったのは、この紛失が虎竹の林であったことながです。この山で起こる事には、今まで必ず意味がありました。今回も絶対にそうぜよ大切にしていて、ずっと一緒にあったものが、突然ここで姿を消すという事は何かあるはず。メガネを無くしてから何度も何度も思いよった事を考えながら、用事を済ませに一度下道まで下っていったがです。


竹林から見つかった愛用メガネ


下には虎竹を山道から出してきて積み込む土場があるがです。そこで他の職人さんがいましたので少し立ち話しをしよりましたら、あれっ!?どうした事やろうか?メガネ捜索隊の2人が笑みを浮かべながら山道を下りて来るのが見えましたぞね。


「ありゃあ?もしかしたら見つかったが!?」


一時は諦めかけて、しかし、諦めるにも諦めきれずにおりましたので、声が思わず上ずりましたちや。けんど、やっぱり思うた通りやったがです。嬉しい予感の通りメガネは見つかったのでした。それも、まっこと呆気ないほど簡単に見つかったそうながです。


山の職人


見つけてくれたのは、山の上にもう一人おった職人さん、たまたま通りがかって一緒に探してくれたそうぞね。けんど、探すも何も、竹林に入るなり、


「あった、あった...」


と見つけてくれたそうながです。自分達があれほど探して見つからないものをどうして、これほど簡単に見つけてしまうのか?何とも不思議に思うて聞いてみると、


「山に、こんなモノがあったらワシらあにゃあ、すっと分かる」


大いなる自然に囲まれた山は自分の庭、そのような場所に、たとえメガネのような小さなものと言えども、異質なものがあれば簡単に分かるのだと、当たり前のようにサラリと言うてくれるがです。


さすがぜよ...!


今日は、まっこと山の職人さんの力に圧倒されましたぜよ。自分が前日から探し回り、更に今日は助っ人までお願いして探しても全然見つけられずにいたメガネを、こんなに、あっさりと見つけられるのは、やはり長年の山仕事の賜と言えますろう。


愛用のメガネは一晩、虎竹の里の山で過ごして帰ってきました。日本唯一の竹が自分に教えてくれたのは、山の職人芸と、この継承の大切さ。自分にしか出来ない事に全てをかける決意は何ちゃあ変わらんけんど、こうやって大きな課題を聞かせてくれたがぜよ。まっこと、本当の山の恵みというのは、こういう事かも知れんませんにゃあ。



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