明徳生活6年間で最悪の朝礼

明徳グランド


寮長の仕事は、朝の起床のチャイムと共に始まるがぜよ。朝6時30分、明徳の谷間に鳴り響くと同時に飛び起きて廊下に出ると寮中央部に向けて走りだします。


「起床ーーーーー!起床ーーーーー!」


大声で叫びながら寮生を起床させてから、全員を廊下に一列に並べての点呼です。それぞれの部屋には部屋長がいて全員揃ってる事を報告します。点呼が終わったら掃除の時間ぞね。掃除は明徳生活の中でも、こじゃんと大切な要素のひとつだったと思います。そして、この時の寮長の仕事は「掃除をしない事」と教わりました。自らは雑巾も箒も持たず掃除をする寮生を管理する、今まで考えた事もない視点をここで持たせてもろうたと思うちょります。


掃除か終わってからの朝礼は全校生徒600名と教職員が全員参加してグランドではじまるのです。寮長を先頭に寮旗をなびかせながら列を組んで駆け足とかけ声で共に集まります。ここで寮長には大きな仕事が待っちゅうがです。それが全校生徒の前に立っての号令かけでした。


はじめて600名の前に立った時には頭が真っ白やったぞね。緊張しちゅう上に今までこんな事をした試しがないのです。倶楽部でも教室でも何の目立つこともできない生徒が、どういうワケか、シーンと静まりかえって整列した全校生徒の前に立っているのです。ただ、前に立ってる、それだけでも何とも言えない違和感と言うか、何かの間違いではないのかと言う雰囲気が伝わってきました。


「ヤスメ!」


「キヨツケ!」


「レイ!」


「ナオッテ!」


基本的に号令と言うても、そんなに沢山種類があるワケでもなく、これくらいの事なのですが、案の定それが全く上手くできません。


「あの号令の下手な男は誰...?」


「ダメなヤツは何をしてもダメ」


「あんな不良に寮長は荷が重い」


そんな声なき声がグサグサ聞こえてきます。明徳の朝礼は規律正しく、私語などもっての他なのです。自衛隊の行進や整列方法を参考にしていたりしましたので、まるで軍隊かと思うような整然とした朝礼なのですが、それが、今朝は初めて乱れちょります。


ザワッザワッ......


「山岸!お前には無理だから辞めろ」


ザワッザワッ......


「山岸!お前には無理だから辞めろ」


600人の視線が、そう言うている気がしました。やっぱり自分のような半端な男はイカンか...。何でも途中であきらめて来たけんど仕方がない、ここでも又負けるのか...。けんど、考えたら、そりゃあ、そうよ当たり前の事ちや。スポーツの花形選手でもなければ、クラスの人気者でもない、勉強が出来る優等生でもない、品行方正で先生に気に入られちゅうワケでもない。


「そもそも、ここに立っちゅう事が間違いぜよ」


明徳吉田幸雄校長先生


自分のような男にはこんな大役は無理なのだ。すっかり気弱になって横目でチラリ...。左側の朝礼台に立つ吉田幸雄校長先生を見上げました。


すると、どうやろうか...!?


校長先生は、ザワつく全校生徒を前にして、まったく何事もないように、いつものように微動だにせず真っ直ぐ前を見据えちょります。ずっと遠くを見ているような、その横顔を見てハッとしたがです。


校長先生は待ってくれよりました。こんな退学寸前で何をやっても出来ない生徒が次に出す号令を...!


「こんなダメな自分を信用してくれちゅう...!?」


目を閉じると、あの日の、あの横顔が、あの時の目が浮かんできます。ただただ、平常心でいる、横顔に助けられました。そして教えられたような気がしたがです。何を弱気になっちゅうがやろうか!?こんな事ではイカンぜよ!!!どうしゆうぜよ!


「十一寮の寮長は自分やろう!?」


こうやって、明徳高校三年の一学期は、自分にとって大きな大きな転換期となったがです。


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