ニューヨーカー、新しい竹バックへ


虎竹バックニューヨーカー


この一年、ずっと静かに進めてきた企画のひとつに虎竹バックニューヨーカーがあるのです。竹のバックなのにニューヨーク...?初めて聞く方にとっては少し違和感というか不思議に思われるかも知れませんちや。けんど、「ニューヨーカー」という名前を付けたのには理由がありますぜよ。


虎竹バックニューヨーカー


そもそも原型となった竹バックは、ニューヨークの街中でアメリカの方が持って歩いていたものでした。たまたま、それを見かけた人が譲ってもらって日本に持ち帰った事から始まった物語ですぞね。自分が出会ったのは、いつもお邪魔させて頂く竹芸家渡辺竹清先生の工房やったがです、ふと壁に目をやると何ともユニークな竹の壁掛けがありました。白竹で造られたそれは飴色になっちょって随分と古くエイ感じになっていましたが、それがバックになると聞いてビックリ!その造形美と構造の素晴らしさに惹かれ、日本唯一の虎竹で復刻したいと思うたのです。


小菅小竹堂氏作


それから、まるで導かれるようにして辿り着く一人の竹芸士、小菅小竹堂氏にルーツがあると知って、巡りあった不思議さを思います。今からでは想像もできないかと思いますが、戦後日本の竹製品、竹細工は欧米への輸出品として大量生産され海を渡っていた時代があります、大きな港のある神戸に竹製造の拠点があり、そこで若い頃に修行した話は虎竹の里に暮らす古老の竹職人からも聞いた事があるのです。


この竹バックも、そんな輸出品のひとつとして開発、量産されていたものの一つでした、現在では資料が乏しく詳しい事までは分かりませんが、当時の品が日本国内にもいくつか残っている事が分かっちょりますので相当な数が製造されたがですろう。そう思って改めて見ると、従来の竹ヒゴを細く取り、編み上げていく編組(へんそ)とは違い、竹フレームを組み上げるという、ある種工業的な作りからも、当初より量産化を想定されてスタートしたデザインにも思えるのです。


竹虎四代目


実は、この伝統的な竹細工とは一線を画したフォルムがニューヨーク在住のバックデザイナー中野和代先生の目にとまります。あれは、昨年の11月の事でした、ニューヨークのあるイベントで竹についてお話しさせていただける機会があったがぞね。ほんの数点だけ虎竹の製品を一緒に持って行くようにしちょりましたが、せっかくならニューヨークにちなんだ虎竹バックをと考えて展示してあったのです。(つづく)













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