木年貢「木一本、首ひとつ」


  虎竹の里


かって山は富を産みだす財産であり、無数に生えているように見える樹木一本づつに所有者の名前を書かれていたと聞いたことがあります。なので「木一本、首ひとつ」という言葉があるように勝手に山の木を伐採することは大罪であり、厳しい掟で管理されてきたのです。


その点、と言いますと商品価値や希少性のある一部の竹を除けば比較的に管理が緩かったようです。木と違って、わずか3ヶ月で親竹と同じ大きさに成長し植林などせずとも毎年季節になれば筍が生えてくるという特異性が大きな理由の一つとしてありました。また、昨日の30年ブログでお話しさせていただいた護岸竹のような性質の竹の場合、河川敷という所有権のあいまいな所に生えていますので誰でも自由に使う事ができたのです。


蓬莱竹籠


高知は昔から豪雨地帯であり川の氾濫や洪水にはずっと悩まされつづけた土地柄です。川岸には蓬莱竹(ほうらいちく)、高知の昔ながらの竹職人はシンニョウチクと呼ぶ南方系の株立ちの竹を多く見ることができます。この竹は真竹や孟宗など地下茎を外へ伸ばす事がなく、ずっとその場所で大きくなり続けますので流れの合流地点や、水の勢いが強くなるカーブの辺りにピンポイントで植えられていたりもしています。


これが子供の頃には不思議で仕方なかったのです、どうしてこの竹だけいつもこのような場所に生えているのか?紙鉄砲の素材としてもうってつけの、この竹を伐りながら思っていました。


防災という意味では蓬莱竹も古くから地域をずっと見守り続けてきた守り神のような存在だと思いますが同時に土地を持たない貧しい人々の竹細工の素材としても大切な竹であったのです。


竹虎四代目(山岸義浩、YOSHIHIRO YAMAGISHI)


財産として厳しく管理されていた木材ではなく、容易に手に入れられる加工性の高い蓬莱竹などの細工が発達したのにも日本の歴史が深く根ざしています。「シンニョウチク?」呼び名などどうでもいいじゃないか「蓬莱竹だからどうした?」日本で気にとめる人など、自分くらいしか居ないかも知れません。


しかし、まったく流通もしていなかったのに、この竹細工をわざわざ製作して紹介しているのは、この竹一つ取っても日本の竹文化の奥深さを感じてもらえるからなのです。













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