
竹林でタケノコリレー?
皆様、もう梅雨だという頃に申し訳ありませんが、日本の春の味覚といえば何だと思われますでしょうか?いろいろとあるかと思うのですが、さすがにここは、竹虎四代目のブログだけに筍一択でお願いいたします(笑)!あのサクッとした歯ごたえと、口いっぱいに広がる大地の香りは、春の訪れを五感で教えてくれます。実は、ひと口に筍と言っても、竹の種類によって竹林で、あたかもタケノコリレーでもするかのように順番に生えてくるのです。

筍の代表選手・孟宗竹
まず春の先陣を切って大ぶりで立派な日本最大級の孟宗竹が顔を出します。普通に一番よく見かける筍、皆様が筍と聞いてまず頭に浮かぶ、あのポピュラーな筍です。それが落ち着いた頃、次にやや小ぶりでアクの少ない淡竹(はちく)が生え、最後にシュッとスマートでコリコリとした食感が最高の真竹へと続いていきます。ちなみに、真竹は「苦竹」とも呼ばれるほどアクが強く、特有の苦味やえぐみを持つ品種でもあります。

真竹の筍
最近では、地元の人しか食べなかったような淡竹や真竹の筍も、道の駅や産直市場で見かけるようになってきました。高知では毎週日曜市という300年の歴史をもつ街路市が開催されています。そこで先日見かけた真竹の筍、1本150円、袋入りは200円でした。「あぁ、今年も真竹の筍の季節だあ」と、しみじみ嬉しくなるのです。

え!?あの「虎竹」の筍はどんな味?
さてここで、この30年ブログ「竹虎四代目がゆく!」をご購読されたり、竹虎のウェブサイトをご覧いただく皆様でしたら、恐らくこんな疑問が浮かぶはずです。「ちょっと待って、四代目さん!竹虎といえば虎斑竹ですよね。確か虎竹は淡竹の仲間と話していたばす。それなら?その筍は一体どんな味がするのだろうか?」
そうなんです、創業132年のボクたち竹虎が、一途に愛し続けている虎竹は淡竹の仲間。ということは、絶対に美味しいはずなのです。淡竹の筍は、エグみが少なくてサッと湯がくだけで淡白で上品な甘みが楽しめる絶品と人気があります。ボクも、少し想像しただけでお腹がグーッと鳴ってしまいます(笑)。
ですが...ここで驚きの事実をお話ししなければなりません。

淡竹の筍
これが、別の売り場に並んでいた淡竹の筍です。違いはお分かりいただけますでしょうか?真竹の筍には模様がついていましたけれど、淡竹にはご覧のように模様がついていません。つまり、虎竹の筍の場合にも、生えた時には模様がない真っ白な竹皮なのに、竹になったら虎模様が出でくるという不思議で面白い現象が起こっています(笑)。
まあ、それはさておき。実は、この虎竹の里の長い歴史の中で、少なくともこの100年、虎竹の筍を口にした者は誰一人としていません。「ええっ!?竹虎の職人さんも、四代目のご先祖様も、誰も食べてないの!?」と、耳を疑うでしょう?でも、そうなのです。恐らく、ボクたち竹虎の創業から今日に至るまで、ただの一度も、誰もこの筍を食したことはありません。

3年待たないと、分からない
厳密に言えば曾祖父の竹虎初代・宇三郎には会ったことありませんので、どうか分かりません。でも、虎竹に惚れ込んで大阪天王寺から海を越えてくるような男です。絶対に食していないと断言できます。それは何故かと言いますと、それには、虎竹という竹が持つ、あまりにも神秘的で、ちょっと切ない秘密があるからなのです。
虎竹の最大の特徴は、なんと言ってもその表面に浮かび上がる美しい虎柄模様です。しかし、この模様は、筍から生えてすぐの若い竹には本の少しも現れません。まるで普通の淡竹のように、ただの青々とした若々しい竹として生まれてくるのが1年目です。そして2年目、さらに3年目と月日を重ねてようやく、その竹が美しい虎模様をまとうか、それともただの普通の淡竹のままなのか、色づきの良しあしがハッキリと分かります。

虎竹の筍は食べない
なので、目の前にあるその一本の筍が、将来、素晴らしい虎模様を宿す奇跡の竹になるのか、それとも模様が出ない竹になるのかは、3年以上経ってみないと誰にも分からないのです。もし、山の職人でも「おおっ、ここに美味そうな筍があるぜよ!」とポキッと折って食べてしまったら...その筍は3年後に極上の虎竹工芸品になるはずだった未来の名品かも知れない。そう思うと、誰も手を出せるわけがないのです。

繋がれてきた虎竹の里
虎竹は、この虎竹の里のわずか1.5キロメートルの狭い谷間でしか、この美しい模様が出ない不思議な竹です。高知県出身で、世界的な植物学者であられた牧野富太郎博士も自宅の庭に移植したものの、うまく育つことがなかったと書き残しているほど、この土地ならではの土質、バクテリア、気候、そして目に見えない自然の力が複合的に絡み合って生まれる竹なのです。だからこそ、ボクたちにとって虎竹の筍は食べ物ではなく、まさに次の世代へ繋ぐバトンそのもの。100年以上の間、先人たちは目の前の食欲をぐっと堪え(笑)、「綺麗に色づいとうせよ」と祈るような気持ちで、筍を見守り続けてきたものだと思います。

筍を通して見える、竹虎が守る虎竹の里
この筍は、そのままボクたち竹虎が守り続けてきた虎竹の里の生き方そのものです。今、世の中はものすごいスピードで動いています。ボタン一つで何でも手に入り、効率や即効性が求められる時代です。だけど、この竹林での仕事はその反対かも知れません。春に筍が生えてくるのをじっと見守ることから始まり、山を大切に管理しながら、竹が育つのをひたすら3年間待ちます。そして冬、3年経って美しく色づいた竹だけを、熟練の職人が一本一本、急斜面の山から切り出すのです。
そこからの加工も、油抜き、一本ずつ真っ直ぐに矯正していくという、昔ながらの人の手がかかった地道な作業。効率だけで言えば、お世辞にも良い商売とは言えないかもしれません。だけど、この100年間、誰も筍を食べずに守り抜いてきたからこそ、今日もこの里には、風に揺れるとサワサワと優しい音を立てる、美しい虎竹の林が広がっています。職人たちの技が繋がり、世界中でここでしか成育しない竹を使い、温もりあふれる竹細工をお客様にお届けすることができていると思っています。

幻の味に想いを馳せて
もし、タイムマシンがあって、3年後に模様が出ない竹だと予言してあげるから、筍を食べてごらん、と言われたら、どうだろうか?
うーん、やっぱり食べない気がします。何故って「どんな味がするんだろう?」と、淡竹の筍を食べながら「きっと虎竹の筍はもっと美味がやろうなぁ」と妄想している時間の方が、なんだかロマンがあって楽しい気がするからです。

世界一の幻の味
誰も食べたことがないからこそ、世界一美味しいに違いない。その「幻の味」を守るために、竹虎はこれからも、この小さくて偉大な虎竹の里を一歩一歩、次の100年へと繋いでいきます。皆様も、今度どこかで筍を食べる機会があったら、ちょっとだけ四国高知の片田舎にある虎竹の里と、食べられる事もなく大切に育てられている未来の虎竹たちのことに、想いを馳せてみていただけると嬉しいです。

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