古民家の天井に使われた、もうひとつの竹

2017年1月23日

古民家の天井に使われた竹


昔ながらの古い民家に竹の壁であったり、竹簀の子の床など身近だった竹が使われてきたお話をさせていただきました。長く暮らす家の外壁や、毎日生活する床にまで竹がずっと使われて来たという事は、本当に竹の強さの証であると嬉しく思うのです。いくら手軽に手に入り、加工性の高い素材であっても何か不具合かあれば消え去って今の時代にまで到底残っていません。


しかし、更に凄い竹を発見しました。天井を見上げてアッと声がでたほどなのです。天井に通されていた長く太い真っ黒な丸太を、支えるように何カ所も設えているのは割竹です。


古民家の天井に使われた竹


虎竹の伐採は今月末までですが、虎竹の里でも昔の職人さんはナタ一本だけ持って竹林に入りました。竹を束ねるのは、同じく生えている色合いの悪い虎竹を細く割ってロープ替りにしていたのです。伐ったばかりの竹は重く、それを数本束ねると大変な重量になりますが竹のロープは堅く、堅牢だった事を覚えています。


「竹を割った性格」という言葉通り、縦に割るのは容易でも強い繊維は切れることがありません。もちろん、補助的に使われているのだと思いますが、それにしても、このような大きな柱の支えに竹を使っているとは圧巻とい言う他ないのです。













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竹簀子(すのこ)床の古民家

2017年1月16日

竹簀子(すのこ)床


先週お話しさせて頂きました古民家、家の壁に平たく割った竹がそのまま竹ヒシギが使われている事に驚かれた方も多いのではないかと思います。竹の調達が容易であり、加工性の高さなど木材に比べて優位な点は挙げられますが住宅に利用するにはその強さ、耐久性が求められてきたはずなので、竹壁の古民家はその証となるものだと思うのです。


古い民家には、まだまだ竹が使われる事が多かったようです。この床は何と竹簀子で出来ています、室内に使われていたりする事はあまり知られていないかもと思います。これだけの広い床面に丸竹が敷き詰められているのを見るのは竹の月見台くらいのものです。室内にできた月見台の上にムシロを敷いた感じですが実際に竹簀子床として当時から使われてきたものだそうです。


そもそも木材の板というのは高価なものであり庶民には縁遠いものだった時代がありましたので身近で加工の簡単な竹素材が使われたとも言われています。また、昭和40年代にタバコ栽培が盛んな地域では雨天時には葉っぱの乾燥を室内でしたそうで通気性が良く換気に優れた竹簀子床が活躍したのだとも聞きます。


日本の家は木と紙で出来ていると言われます。竹の床なら歩いても気持ちが良かったのではないかと思いますがいずれにせよ、木材や紙同様に竹が昔の住宅には想像以上に使われていた事を思うのです。













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竹ヒシギの古民家

2017年1月14日

竹ヒシギ壁の古民家


竹の凄さを感じてもらうのに今日ご覧いただきたいのはこちらの古民家なのです。古い家の壁は土壁で設えられている事が多いと思います、土壁はご存じのように柱の間に格子状に組んだ木舞竹に土を塗って仕上げるものです。


竹ヒシギ壁の古民家


以前は竹虎でも壁竹の製造を沢山していた時代もありました。土壁の中の骨として使われている竹は一目に触れることなく縁の下の力持ちのように頑張っていますが、この家の壁は竹そのものが使われているから驚きです。丸竹に背割りを入れてバラバラにならないように注意しながら一本づつ平らにしていく竹ヒシギ。この茅葺き屋根の古い民家の壁は、まぎれもなく竹そのもので出来ていたのです。


煤竹


天井に竹材を多用されていて、囲炉裏の煙で燻され100年、200年という時間の中で煤竹という渋い色合いの竹になる事はご存じの方も多いかも知れません。屋根裏で長期間使われていたものですから全てが竹細工に使えるという事でもありませんが、高級竹材として茶華道用にも珍重されています。


煤竹網代編み


煤竹と言えば祖父の代からお付き合いさせていただいてきました渡辺竹清先生の作品を思い出さずにはおれません。長い年月を経た竹だからこそ醸し出される凄みすら感じる竹が、匠の技で生まれ変わり新しい命を吹き込まれて次の世代に繋がっていくのですから日本の文化は豊かで素晴らしいものだと改めて感じるのです。













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バレンとカシロダケ

2017年1月 9日

バレンに使われるカシロダケ


昨年ようやく版画家の倉富敏之先生の工房にお伺いできたお話しをさせてもらいましたが工房には先生が木版画に使うバレンがありました。このバレンにはカシロダケという非常に伸びのよい竹皮が使われています。福岡県八女郡星野村に唯一の産地があって、久留米市にいる先生の工房からも近いのです。


先生は元々竹工芸の育成指導もされて来られた方ですので、ご自身で竹細工もされておられました。工房には渋い色合いになった自作の竹籠も見ることができましたが、カシロダケを使ったバレン作りにも挑戦されていました。バレンには代替品が使われる事もあるようですが本来のバレンにはカシロダケで細かく堅く紐を編みこのように巻き付けてその上に孟宗竹の竹皮を張るのです。この竹を使うかどうかでバレンの良し悪しが決まると言われて版画づくりには貴重な竹です。


以前このカシロダケの映画が八女で上映された事がありました。倉富先生も上映会に参加されていたと知りましたが、実は自分もたまたまお伺いしていましたので、今から数年も前の事ですが先生とはニアミスだったようです。


しかし、カシロダケも全国でここでしか成育していないとは虎竹同様に不思議な竹です。かっての藩政時代に竹林が厳しく管理されていた事など共通点もあって親近感がわきます。その当時、カシロダケを藩の外に勝手に持ち出す事は厳禁されていて、破れば死罪に相当するような厳罰が下されたと地元の方が話されていましたので、どれだけ大切にされ守られてきたのかが分かるのです。













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自然豊かな日本の竹

2016年11月18日

図面竹


日曜日の朝に関口宏さんが司会をされている「サンデーモーニング」をご覧になられる方も多いのではないかと思います。この番組のスタジオに虎竹が使われていますね?と何度かお客様にお問い合わせいただいた事があるのです。確かに出演されている方々の後ろ側には、その時々の綺麗な花が飾られていて、そこには模様の入った竹を見る事ができます。


虎竹と同じような模様が入っていますので間違えられるのも仕方ないかと思いますがこの竹は図面竹といって大変な手間暇をかけて孟宗竹に模様を付ける職人技の結晶のような竹なのです。室内装飾などに多用される美しい竹ですが、京都で生産される様子を拝見させてもらった事がありますが本当に感動するような竹の仕事、「図面竹の竹林」で紹介していますので是非ご覧ください。


金明孟宗竹(キンメイモウソウチク)


そういえば先日の高知新聞に、県天然記念物の金明孟宗竹(キンメイモウソウチク)という竹が掲載されていました。この竹は黄金竹とも言われる美しい竹で観賞用としても人気がありますが自生するのは全国でも西日本の数カ所だけという珍しい竹なのです。


細い竹でもこのような黄金色の竹を見る事がありますが、孟宗竹のような太さでこの色合いは迫力があります。国内には600種を越える竹の種類があり、それぞれ土質や成育の環境により育つ地域が異なっていて、日本の自然の豊かさや多様性を感じます。そして、虎竹の里に育つ竹たちもその一つなのです。













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エツリ竹と竹伐採時期

2016年10月26日

エツリ竹、壁竹、小舞竹


土壁の家が建てられることは本当に珍しくなっていますが、この土壁の中に割竹が格子状に組まれて入っているのをご存じでしょうか?壁に使われる割竹なので壁竹と呼ぶ事が多いのですが、職人さんによってはエツリ竹、小舞竹等とも言われる事があります。竹にも色々な呼び名があるのだと思われるかも知れませんが、家屋の柱と柱の間に使う強度の高い幅広の割竹をエツリ竹と言い、そのエツリ竹に小舞竹という幅の狭い竹を留めていって壁の下地が出来上がるのです。


日本唯一の虎竹は全てに虎模様が入っている訳ではなく、色つきの悪い竹もありますので一本ごとに選別して選り分けられます。色つきの悪い竹をかってはこの壁竹用に3メートル切りして割竹にしていました。いくら割りやすい竹とは言えこの長さの竹を均一に割っていくのは大変な労力ですので専用の竹割り機械があります、大きな音をたてながら一日に小山になるほど製造していたのです。


エツリ竹、壁竹、小舞竹


「昔はエツリ竹専門の職人がおって、竹を伐る時期を曾じいさん達が習いよった」


そんな話を職人さんに聞かせてもらいます。竹は旬が悪いと品質が落ち、虫が入ったりするので伐採のタイミングは大事です。その昔エツリ竹は、お城や武家屋敷などでも多用していました、今で言うなれば軍事拠点のような施設です。そんな重要な場所で使用する竹に虫が食ったりすれば一大事、まさに切腹ものだったとも聞きますので、竹伐りの時期に一番厳しく真剣に管理されていた職種のひとつだったろうと思います。


代々竹専門でやられてきた職人さんが、エツリ竹の職人に竹伐採時期を教わるというのにも、なるほどと納得できるのです。













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亀甲竹の不思議で面白い話

2016年9月29日

孟宗竹


亀甲竹は自分のブログでも度々登場する銘竹のひとつです。小さい頃に良く観ていた時代劇「水戸黄門」でご隠居様が旅のお供に常に携帯していた杖がこの竹になりますが、見た目のユニークから工場にズラリと並ぶ竹の中でも一際目立つ存在であり親しみがあります。


竹には、とことん凝り性だった祖父が亀甲竹を柱にした袖垣を大量に製作していたのも強く印象に残っています。亀甲竹は孟宗竹の変種で自然の造形です、同じ亀甲竹でもそれぞれが太さ、曲がり、亀甲の形など違いますので、すべて一品モノとして販売されちょりました。


また、竹虎は自分が大学4回生の夏に大火災にあい昔からの工場、店舗は全焼しましたので入社2年目の頃に新築となりました。その時にお取引の竹屋さんから本社前のスペースに植えるようにと頂いた竹も立派な亀甲竹でした。


虎竹林


わずか三ヶ月で20数メートルの高さにまで真っ直ぐに伸びる堂々とした孟宗竹、この竹の変種が曲がりくねった節を持つ亀甲竹とは少し不思議な気もするのですが、それは間口たったの1.5キロしかない谷間にか成育しない虎竹も似たようなものです。元々、淡竹(はちく)であった竹が原因は分からないけれど虎の模様が浮かびあがるなど、同様に自然の神秘を感じさせるものなのです。


虎竹は他の土地に植え変えると虎模様がなくなってしまい普通の淡竹となりますが、実は当社に植えていただいた亀甲竹も1年、2年、3年と目立った変化はなかったものの年々亀甲のコブが少なくなって遂には普通の孟宗竹に戻ってしもうたがぜよ。まっこと、竹とは面白いものなのです。













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日本最大級の竹、孟宗竹(もうそうだけ)

2016年9月23日

孟宗竹


孟宗竹は虎竹の里に育つ虎竹などよりも、直径がずっと太く高さもあって本当に立派な竹ながです。江戸時代に中国から入って来た竹とは、とても思えないほど日本各地の津々浦々に成育しています、これは竹の強い生命力もさる事ながら、いかに日本人に孟宗竹が必要とされてきたかを雄弁に物語ります。


孟宗竹


スッーと天を目指して立つ竹の姿は清々しく、日本人の文化や生き方にも大きな影響を与えているのではないかと思いますが、このような美しい景色は手入れされた竹林でないと見ることはできないものでもあります。


孟宗竹


虎竹の里の竹はその多くが虎竹なのですが、孟宗竹の林がほんの少しだけあるのです。農作業や建築などで太く長い竹材が必要な事もあったでしょうし、何より毎年生えてくる大きな筍は竹林の最大の楽しみであったかと思います。


ところが、そんな孟宗竹を「森のギャング」という記述を見つけて本当に驚き、憤慨したことがあります。荒廃しきった竹林ばかりに囲まれる今の現状を言い当てているのかも知れませんがそのような竹の景観を守るのには、とにかく有効活用が必要で竹林で経済活動が出来ていかない以上、おのずと限界がありますろう。


モウソウ


竹は素晴らしく可能性の満ちたものでありますが、反面直面する課題も多いもの。孟宗に囲まれた山間で思うのです。













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竹縄、竹を磨くのも竹 その2

2016年7月 2日

竹縄コスリ


屋根裏に保管しておいた小割の竹(サッパ)を降ろして竹縄作りが始まるのは、秋の収穫が終わった頃から。次の年の春まで農閑期の大事な現金収入であったようです。竹シテ場と呼ばれる小川の水をせき止めて作られた水溜まりに小割竹を暖かい時期なら4~5日、冬場なら1週間程度漬け込み竹を柔らかくしていくのです。


柔らかくした竹の表皮を剥ぎ、次いで肉厚0.5ミリ程度に剥いでいきます。淡竹(ハチク)など比較的身の薄い竹は6枚くらい、肉厚の真竹だったりすると1枚の竹から12枚程度も取ることができると言いますので大変な技術です。そして、この薄く剥いだ竹を縒りながら長くつないでいく、更に3本縒りにして太い紐に仕上げていきます。竹繊維の粘りや切れにくさを日頃から知っているだけに製造工程を詳しく映し出している映像を見ながら、これなら強いはずだと思わず唸ってしまいます。


竹縄は室内での使用だと40年、50年と耐久性があったと言いますが、水にも強い竹の本領が発揮されたのは、井戸の釣瓶縄など水回りだったかも知れません。興味深いのは竹を半割にした足洗い下駄が登場していた事です。


時代劇などを観ていると宿場に到着した旅人が腰をおろして、まずすることが足を洗っています。靴で歩いていますと、あまり感じ無いのですが、鼻緒の履き物で歩いていますと雨ふりなどは特に足が汚れる事があります。未舗装の道路の当時なら尚更の事、一日歩いたら足は真っ黒ではなかったかと思います。そこで足洗い下駄なるものがあったようですが、ここでは半割竹の下駄に鼻緒は、この竹縄を付けていたのです。この竹下駄には感動しましたぜよ、竹に竹の鼻緒、こんな水に強い最強タッグはないからです。


竹縄の強さと信頼性の証となるエピソードがひとつ紹介されちょりました。お祭りの山車の土台の結束にも必ず竹縄が使われていたそうですが、山車の公道の通行許可を当時の警察が出す場合にも「結束は竹縄でされている事」が通行許可がおりる条件項目となっていたそうです。


このように強い竹縄は、これが竹であると言われないと分からないような惚れ惚れとする美しさぞね。ところが、この美しさの秘密はやはり竹にあるのです。できあがった竹縄は「コスリ」をして縄目を綺麗につぶしていますが、この時に使うものは粗く編まれた竹。


人が人の中でしか磨かれないように、竹も竹で磨いてこそ輝きだすのです。













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竹縄、竹を磨くのも竹

2016年7月 1日

竹縄


「竹縄」と書いて「たかなわ」と読みます。自分が生まれるわずか10数年前まで、この竹縄は製作されいて最後まで竹縄作りがされていたのが埼玉県にある東秩父村にある集落だそうです。竹の歴史を辿ると本当に面白く興味深い事ばかりですが、九州、四国はじめ西日本に多いとばかり思っていた竹文化が意外に関東近辺にもあったことに驚きます。恐らくこれは現代のように流通の発達していなかった時代、日本一の大消費地である江戸の生活を支えるためだったかも知れません。


しかし、それにしてもこの竹縄は美しいぜよ。長く使われる事無く保管されていたにも関わらず、この艶やかさ、本来なら博物館などに展示されていても不思議ではない本物の竹縄を素手でさわれる事に感激したがです。


今回、民族文化研究所「竹縄のさと」という貴重な映像を拝見する機会がありました。竹縄の作り方を克明に映し出した記録映画ですが、まず特徴的だったのが竹縄作りが集落挙げての一大行事だったという事です。それも、そのはず竹縄作りに適した真竹や淡竹は若竹を伐採するのですが7月末から8月初めにかけてのわずか3日間しかないといいます。虎竹の伐採時期も長くはないと思っていましたが、それでも3ヶ月程度ある事を思えば、竹の性質上とは言うても短かすぎます。これは一時期に沢山の人手で一気に伐採する必要があったと思います。


竹縄


そして、油抜きの行程が凄いのです。もう圧倒されて思わず身を乗り出しました(笑)瞬きするのが惜しいくらいぞね。日本の竹文化の源流、恐らく竹細工の油抜き加工はこのように発展してきたのではないか、そんな風に思えてきます。小川の流れる窪地に伐採したばかりの青々とした竹を一列に並べ、その下から乾燥させた大麦の麦ワラで焼き上げるのです。これが、小麦でも他の素材でもダメで大麦のパッーと燃え上がる強烈な炎で竹を裏返しながら4~5分間炙ると油抜き加工は終わりです。まるで野焼きのような光景、しかし、これが昔はどこでも見られたものの、今では日本のどこでも行われていない竹加工なのです、本当にシビれました。


炙った竹は湯気がたちのぼりアツアツです、しかし職人さんたちは、その竹をすぐに手にとって割りはじめました。熱をもったうちだと真っ直ぐに割れるとの事で、手を小川の水に浸して冷ましながら仕事を続けます。


伐採する竹は今年生えた柔らかな若竹ばかりですので伐採するのもカマ一本、竹割も同じくカマ一本を起用に使われています。細く割った竹の事を「サッパ」と呼んでいましたが、こうして細く小割にした竹(サッパ)を乾燥させ秋まで屋根裏などで保管しておくのです。













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