自然素材の暮らし

別注わらいずみ


高さを少し低めにした別誂えのわらいずみが出来あがってきた。今となってはお鮨屋さん等で使われるだけになってしまった道具だが、かつては日本のどこのご家庭にもあったもので、自分も幼い頃に親戚の家で見た囲炉裏端に煤けた藁いずみがあった事をおぼろげに覚えている。


飯つぐら


わらいずみは、飯櫃入れとも飯つぐらとも呼ばれたりするが、素材は見たの通り藁である。日本では藁を使った細工も多いけれど、稲作の中でそれだけ身近にあった素材だからだろう。


米研ぎざる


田んぼで収穫れさたお米は、竹で編まれた米研ぎザルて洗う。


柳弁当箱


炊きあがったご飯を入れる弁当箱も、竹、竹皮、曲げわっぱが一般的だったけれど、柳という秀逸な素材もあった。


飯籠


残ったご飯は、竹編みの飯籠に入れて風通しのよい軒先に吊るしておく。


山ぶどう鍋敷


熱い鉄瓶は、丈夫な山葡萄の蔓で編んだ鍋敷きに置く。


シダ編み茶碗籠


食事の後片付けをして、洗った食器類は抜群の防水性のあるシダ編みの碗籠で水切りして乾かす。ちょっと台所周りを見ただけでも、先人の暮らしは自然素材を巧みに活かした合理的な生活だったのが良く分かる。



修理して使う素晴らしき竹細工

壊れた竹籠


お客様から壊れてしまった真竹手付き籠が送られてきた。何か重たい物を入れてお使いになられたのだろうか?本体の編み込みから口巻部分がスッポリと抜けてしまっている。持ち手の竹のあしらいなどを拝見すると、かなり腕の良い職人さんが編まれた籠だけれど、さすがにこうなっては修理する他ない。


壊れた竹籠


竹細工の素晴らしさは、まさに此処にある。プラスチック製品だったりすれば、ここまで壊れたら手の施しようがなくて廃棄されてしまうだろう。安さや効率ばかりを求める時代なら、それでも良かったのかも知れないが、これからは日本の伝統でもある「もったいない精神」を思い起こしてもらいたい。これだけ長く手元に置かれた愛着ある竹籠なら尚更の事だ。


修理竹籠、竹虎四代目(山岸義浩)


そこで、今回はお客様のご了承もいただいて虎竹で手直しする事にしたが、どうだろうか?この竹籠が編まれた当初は、きっと真竹の青々とした色合いだったろう、それがまるで白竹のように経年変色して良い風合いになっている。そこに、虎竹の全く異なる色合いが入って結構お洒落感のある竹籠に生まれ変わったのではないかと思っている。


修理した手付き籠


持ち手の付け根部分も二カ所に竹栓と籐巻でしっかりと仕上げられているので耐久性もバッチリだ。


手直しした竹籠


竹籠修理のお問い合わせが増えている。最近では山葡萄やクルミの手提げ籠なども多く、国産の籠ばかりではない。しかし、それでも長く使い込まれた籠にはそれぞれの方の思いがあるから自分達が出来る範囲で対応させてもらいたいと思っている。





クパという名前の帽子

クパ帽子、竹虎四代目(YOSHIHIRO YAMAGISHI)


昔のテレビ番組などに出てくる探検家の方々は、このような形の帽子を被っていたように思う。この帽子でジャングルの奥深く足を踏み入れていったのだが、この帽子も石垣島の原生林の木々が生茂る中から生まれた品だ。八重山地方は、さすがに亜熱帯だけあって高知の森林などとは随分違う、職人さんに連れられて一度分け入った密林に逞しく生えていた蓬莱竹を思い出す。


クバの葉


この帽子はクパという名前で呼ばれている。もともとクバの葉を使った笠を作られている職人さんが、新しい試みで製作されたものだ。


クバ笠


強い日差しの中で生活される事が多いので、軽く丈夫なクバ笠は重宝されているそうだ。そして、クバ笠には直径を大きくして太陽の光をできるだけ遮るように作った畑用と、漁に出た時に舟の上で強い風に飛ばされないように直径を小さくした海用とがある。


クパの籐


このクパは、海用のデザインに近いようだけれど決定的に異なる所がある。クバ笠は、クバの葉の他に蓬莱竹を使うが、何とこのクパには籐が使われている。


国産籐とトウツルモドキ


八重山の民具に詳しい方なら、籐と聞いてトウツルモドキ(クージ)の籠を思われる方もいるかも知れない。クージは昔から使われてきた身近な素材だ、確かに似ているけれど見比べるとやはり違う。


竹虎四代目(山岸義浩)YOSHIHIRO YAMAGISHI


籐は古くは江戸時代からある日本人には馴染の素材で、籐籠や籐家具など誰でも知っている。なので、どこか日本に産地があるのか?と思われる方がいても不思議ではない。しかし、実は国産の籐は全くなくて、全てが輸入材なのだ。ところが、今回のクパには何と常識を覆す石垣産の籐が使われていると言う。そう言えば、こんな青々とした籐など初めて見た...本当に竹も籐も知らない事ばかりなので感動してしまった。





竹の秘宝館に、ようこそ

日本古来の竹細工


黒い下見板が雰囲気を醸し出している土蔵の中に入ると、所せましと並べられた本棚に一体どこから集めて来たのだろうかと思うような古い本がギッシリと並んでいる。それが手を伸ばしても届かないくらいの高さまであるものだから、かなりの迫力だ。


圧巻だと感心しながら上ばかり見ていたから首が痛くなってきた。そして、ふと後ろを振り返ると屋根裏にチラリと見える竹籠があるではないか!?古そうだが、この地域で編まれた籠のようだ、とても気になる。しかし、屋根裏に続く階段などは見当たらない、結構高い所にあるけれど何とか見られないだろうか。


古い竹細工


そう言えば、蔵の外に梯子があったのを思い出した。主の方に許しをいただいて、梯子をかけて屋根裏に上がらせてもらった。危ないので慎重に登って行ったら驚いた。竹籠のワンダーランドか?時代を感じさせる本物の竹細工に目移るする、こんな場所にひっそりと、これだけの逸品達が隠されていたなんて(別に隠していたワケではありません)、これは竹の秘宝館だ。


垂涎の竹細工


自分も個人的に魚籠が好きで、持っている籠を動画でご紹介させてもらっているが、現在ではこのような竹細工は急速に失われていっている。特に腕の良い職人のものは極端に少なく、どうしても目に留まるものは昔に編まれた物ばかりだ。しかし、竹籠は耐久性があり数十年前のものなど普通の残されており、それどころか暮らしの中で普通に使われている事さえあるから、このような聖域は他にも残されてるに違いない。





鍋島虎仙窯の一閑張り竹細工?

鍋島虎仙窯


佐賀県と言えば焼き物の名産地として有名だ、有田焼、伊万里焼、唐津焼などは一度は耳にした事があるのではないだろうか。しかし、実はもうひとつ佐賀鍋島藩が将軍や大名などお殿様だけが使うために築いた藩窯があり、それが鍋島焼なのだ。


昨年はじめて参加させてもらった日本工芸産地博覧会でお隣のブースとなり、何気に作品を拝見させて頂いて驚いた。まるで一閑張りのようなお皿があるではないか!淡い緑色とも青ともつかない美しい青磁が、もしも柿渋のような色合いだったとしたら竹ヒゴに和紙を貼り付けて製作する一閑張りと見間違えてしまうかも知れない。


一閑張り行李


元々一閑張りの技法というのは、壊れた竹籠に和紙を貼り付って補強した事から始まっている。つまり、古人の物を大切にする精神、今ならエコな生活から生み出されたものだ。和紙を貼り付けて柿渋や漆で仕上げる職人の減少もあるが、何より芯となる竹編みが出来る職人がいなくなり、今後は特に行李など大型製品の製作が難しくなりそうだ。




そんな中、一閑張り買い物籠をお使いされているお客様から修理のご依頼があった。和紙を貼った表面が擦れて下地の竹編みがのぞいている箇所もあるが、和紙を貼り直し手直しすれば新品同様になる。こうして、また新たに命が与えられ使い続けられるのだから素晴らしいと思う。



超特大の国産熊手で迎える初詣

虎竹熊手


このサイズの違いをご覧いただきたい、竹虎にある通常の熊手と比べるとこの通り!これだけの超特大サイズの別注熊手である。熊手はご存知の通り、枯れ葉などをかき寄せたりして庭で使われる事が多いが、木製、鉄製、プラスチック製など色々な素材で作られるものの、やはり絶妙なしなやかさ、強さのある竹が好まれている。超特大熊手には、大きさに合わせて虎竹柄も太めのものを選んで取り付けた。


クマデ


熊手の扇状に広がる歯部分は、用途によって細かったり太かったりと竹の割幅が変わる。竹虎の黒竹熊手は出来るだけ丈夫にというご要望で、ずっと前からこのような幅広の強力な歯となっている。今回の超特大熊手はサイズこそ大きいけれど竹の割幅ま狭く柔軟にしなるので、繊細な庭園のお手入れに適している。


超特大熊手


日頃あまり気にかける事もない熊手だと思うけれど、年末の大掃除や迎春の用意では竹箒と共に活躍する場面が多くなるのではないだろうか。海外からの輸入も沢山ある中で、日本の孟宗竹を伐採しながら国産にこだわって製造続ける熊手工場での仕事は目を見張るものがある。




切断された素材が菊割で均等な幅に揃えられ、最大の見せ場は熱した竹材を急角度に曲げていく行程だ。恐らく初めてご覧になられる方ばかりだと思うので、是非この機会にご覧いただきたい。



竹網代笠と竹皮笠

網代笠


ずっと復刻させてたいと思っていた網代編みの竹笠は、柾目の竹ヒゴを使い予想以上の美しさに仕上がった。自分が愛用している竹笠をモデルにしたけれど比べてくると圧倒的、特に職人がこだわり縁部分まで編み込んで作り込んでいるから、籐でかがるのとは高級感も全く異なる。


竹皮笠


同じ山形になった角笠でも、こちらは真竹の竹皮を編み込んだ竹皮笠。防水性の高い竹皮を何枚も重ねて、その上を長く取った竹ヒゴで留めている。屋外で使用されてきたものなので、良品はあまり残っておらず一般的にはご覧になられる機会は少ないかも知れないが、盛んに製作されていた竹細工のひとつ。


竹皮笠


竹皮笠


こちらも同じ竹皮を使った角笠、傷みやすい先端部分を六ツ目編みして補強されている。


アジアの竹笠


このように日本国内でも笠は生活必需品として、それぞれの地域で様々なものが生産されてきて、今に繋がっている。大阪万博記念公園にある、国立民族学博物館に展示されているアジアの笠にも竹を使い、日本と同じような作りをしているモノがあり面白い。


クバ笠、竹虎四代目(山岸義浩)


実際に笠を使って自然の中にいると案外と風を受けることが分かる。だから、石垣島で作られるクバ笠には畑用の他に、強い海風に飛ばされないよう幅を狭くした海用がある。アジアの笠の大きさ、形や素材、色合いにもきっとそれぞれの理由があるに違いない。



先人の知恵、どじょうど

どじょうど、竹虎四代目(山岸義浩)


やはり、温暖化など気候変化の影響だろうか?先日は、たまたま近くの漁港を通りがかったら、あまり見た事のないような魚が揚がっている。詳しくは知らないけれど、どうも沖縄などもっと温かな海にいるような魚のようだったから聞いてみたら、最近では珍しい事ではないらしい。


篠竹


変化は海だけでなくて、高知から遠く離れた寒い地域の竹林でも起こっている。今年も篠竹はあまり良くないから伐採していないと職人から聞いていた。それなら篠竹で編まれる、どじょうどは出来ないのかと心配になっていたが、どうやら何とか竹を選んで製作できているようで安心した。


どじょうど


鰻筌などと同様に、どじょうを捕まえるどじょうどにも魚が入る入り口があって、一度入るとなかなか外に出られない構造だ。少し異なっているのが、竹表皮が内側を向いておりドジョウを傷付けないように工夫されている。篠竹で編まれる魚籠には、こうした作りになっているものが多い。


どじょううけ


そして、最後にこのどじょうどのユニークな点は、魚を捕まえた後にある。お尻の部分は、竹の弾性でキュッと絞れているのだけれど、籠全体をねじるように力を入れたらパッと口を開けるのだ。これは、百聞は一見にしかずで、YouTube動画でご覧いただくと良くご理解いただけて、最高に面白いと思う。





驚愕の特大菅笠

特大菅笠、竹虎四代目(山岸義浩)


こんな大きな菅笠を製作するのは長年笠作りに携わってきた職人も初めての事で驚いたそうだ。それもそのはず、通常サイズの菅笠と比べたらこんなに違うのだ。しかし、ビッグサイズになったからと言って製作のこだわりは全く違ってはいない。そもそも、菅笠には笠骨に惚れ込んだ事からはじまった、近年は菅は本物だけれど中に使う骨はプラスチック製のものがある。ところが、菅笠の真骨頂は外からは見えない何種類もの形がある笠骨を仕上げる職人の技にある。


菅笠


そこで、普通サイズの菅笠はこの通りたけれど


特大菅笠


ドドーンと超特大!驚きのサイズでも芯にはしっかりと竹骨が入れられている。この特別サイズだから、苦労されて何とか製作いただいた。


特製五徳


別注菅笠のもうひとつの主役、これもあまり目立たないけれど頭に被る五徳。この出来栄えひとつで、笠を長い時間被っていられるかどうかが決まる。良い五徳だと本当に快適で、笠の重さも感じることなく一日中動いていられる。籐で丁寧に仕上げた五徳も、もちろん日本の職人が手作りしているから品格が漂いそうな気さえしてくる。


菅笠


笠の表面を良く良くご覧いただくと細かい縫い目が入ってる事がお分かり頂ける。この大きさだから何倍もの時間をかけて、ようやく仕上げられた逸品笠だ。





農家の倉庫で見つけた古い土佐箕

土佐箕


高知には、こんな立派な網代編みの土佐箕と呼ばれる特徴的な箕があった。箕先の幅が70センチ、奥行きは74センチ、深さは20センチもある大型の箕で、持ち手の部分に滑り止めの棕櫚皮が巻かれていた。そうそう、この棕櫚巻のために職人さんの仕事場には一本そのまま伐り倒して運ばれてきた棕櫚の木があったけれど、いつだったか置いている内に青々とした葉が伸びてきたと思ったら、扇状に開いた事があって、その生命力に驚いたものだ。


土佐箕


主に孟宗竹が使われる土佐箕には、他にメダケやカズラが必要だったが年々このような素材を集められなくなる。製作が難しい箕作りは、こうして作れなくなり現在は残念ながら復刻は難しい。


古い土佐箕


そんな箕を、農家さんの倉庫で見つけた。かなり使い込まれた古いものだが、竹が枯れた色合いになっているのに箕先部分に青い不自然色合いが混じっている。


PPバンドの箕


これは、荷造りなどに用いられているPPバンドだ。実はこのPPバンドは扱いやすく耐久性もあるので、簡単な手作りクラフトなどに多用される事もある。とっさに、いつか前に見て残念に感じた根曲竹と籐で編まれた伝統的な箕を思い出す。この時には青色ではなく、白いPPバンドが恐らく桜皮の代用として使われていた。


古い土佐箕


古い土佐箕


この土佐箕には、傷んでしまった竹ヒゴの代わりにPPバンドを編み込んで補強されている。土に還る自然素材と、いつまでも無くならないプラスチック素材と、まるで今の環境問題や竹の課題が皮肉にも合体して自分に迫ってくるように思えた。