何者かに、かじられたスズ竹市場籠

2019年5月30日

市場籠


今月のはじめにお客様からお預かりしたスズ竹市場籠の持ち手の修理のお話しをさせていただきました。製作する職人がいなくなってパイプ持ち手に比べて珍しい籐持ち手の籠なので是非これからもお使いいただきたく手直しさせてもらったのですが、実は何を隠そう自分が持っている籐持ち手の市場籠も随分前に何者かが、かじってそのままになっていました。

 
市場籠


通常の市場籠よりも浅めに編んだ別注品です。ずっと雑誌入れに使っていたものを外に持ち出すようになって縁巻部分のキズを思い出しました。竹は加工性の高さがあったからこそ古くから生活の中に溶け込んで来ました。使って壊れたら破棄するしかない製品と違い、修理して更にまた長く使えるという無駄の無さも竹の魅力のひとつです。














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もうひとつの創業125周年記念製作

2019年5月16日

竹虎四代目、網代アタッシュケース


今年になって出来上がった竹網代アタッシュケースは、やはり渋い。ずっと近くに置いて毎日、毎日、何度も見ているが格好いい。これを独り占めしていいのか?という気持ちになってきたので特別に製作してみることにした。実はこのケース本体は、かっての築地などでプロの料理人達に愛用されていた市場籠と同じスズ竹で編まれている。


網代編み


色合いが全く異なるので気づく人もいないのだが冷寒地の雪で気候で鍛えられた竹は粘りや堅牢さが違う。男の持つバッグには最適の素材を2年間じっくり時間をかけて色艶を出したのが自分が手にしているアタッシュなのだ。


これを特別にもう一つ、今年の竹虎創業記念製作として取り組んでみることにした。さすがに材料作りに2年もの時間はかけられないので染めにしたがこの通りの素晴らしい出来映え、これは今から完成が楽しみで仕方ない。少し高額になるものの10月6日の設立記念日をメドにお披露目できそうだ。


虎竹網代編み


竹アタッシュは網代編みという昔ながらのオーソドックスな竹編みをしているが虎竹を同じように網代編みした長財布も製作中だ。現在の虎竹長財布は無茶苦茶気に入って肌身離さず愛用している、紙幣がもう少し入ればと言う方もいるが来年のオリンピックに向けてキャッシュレス化がますます進んでいく。


海外に行くとカードやスマホさえあれば支払いに困ることはなくなっているが、日本もおそらく近い将来は同じになる。スマホどころか手の甲に埋め込んだチップで全てを管理する時代、財布の役割も大きく変わるかも知れない。とは言え、カードや明細など細々したものを一つにまとめて持ちたいとも思っているので今度の日本唯一の虎竹網代長財布は収納力にこだわった。


虎竹網代編み、腰掛張り


同じ虎竹編みでもコチラは椅子の座面に貼るためのもの。ヒゴ幅で表情やニュアンスはガラリと変わる。本当に面白い。













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日置箕の不思議

2019年4月 6日

日置箕


不思議なのは日置の箕です。日本一の竹林面積を保有する鹿児島にあって竹でなくビワの木、かずら、桜皮を多用しています。もちろん竹も使用されますが蓬莱竹という株立ちの南方系の竹が使われているのです。


高知で「サツマ」と呼ばれる網代編みの大きな竹笊は、きっと鹿児島から伝わった技術ではないかと考えています。だから網代編みの土佐箕と同じような箕は容易に作ることができたはずの土地柄で、このような桜皮と蓬莱竹(シンニョウチク)、さらにはビワの木、カズラといった山の素材が使われる事に違和感があったのでした。


日置の箕(桜皮の箕)


実はこのようなゴザ目編みの箕は日本の北から南まで各地で見られるものです。樹皮を使った皮箕など今では何処を探しても見つけられないこの高知県でさえ、かっての山間部ではヒノキの柾目を薄く削って作られたゴザ目編みの箕がありましたので、現在のように流通が発達していない当時はその地域にある素材を活かして作られていた事を物語っています。


日本で数ある箕の中でも東北の面岸(オモギシ)箕、ニギョウ箕とも呼ばれる箕が一番美しいとも聞いています。確かに素晴らしい出来栄えです、しかし自分が挙げるとするなら断然日置箕。


箕


最盛期には50人の作り手が家族総出で製作して九州から中国地方まで売り歩いたと職人の奥様にお話しを聴いたことがあります。そして、東北は秋田のオエダラ箕作りでイタヤカエデの材料が不足したように、通常はフジカツラで作っていた日置の箕も材料が無くなり地元の方がヨマと呼ぶ蔓で代替えしていました。


当時はそれだけ需要があったという事です。まさに昨日の30年ブログでのお話しの通り、目の前のお客様に手に取ってもらいたい一心で編み上げられた美しさなのです。


日置箕


ところで、この日置の箕を良くご覧いただきますと上半分と下半分の編み込みで色合いが違うのがお分かりいただけますでしょうか?青く見える下半分の部分は蓬莱竹の表皮部分を上側に向けて編み込んでいます。上半分、つまり箕の手元近くは反対に竹ヒゴを裏返しです、こうする事によって選別する穀物類の滑りが良いように使い手の事を良く考えて工夫されているのです。


これは全国的に見られるゴザ目編み箕の細工ですが、竹表皮を使う編み幅はマチマチです。藤箕は先端部分少し、手元側に少しだけ竹表皮を使っています。その地域で生産される農産物の違いであったり、農家さんの細かい注文に対応してその都度変化したものだと思われます。














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極められる箕の技 

2019年4月 5日

土佐箕


の事をどうお話ししようか随分と考えた。箕が特殊とか言われるが自分にすれば全く同じ竹細工のひとつだ。「箕作りさん」と呼ばれた箕専門に製作することを仕事とされた人々がいた事を聞く機会もある。しかし確かに美しい箕の製作には高度な技術が必要ではあるが、熟練の竹細工職人なら作れないという事はない。実際、土佐箕は竹笊や籠を編む職人が色々な製品を作る中で普通に編まれている。


箕には大きく別けて網代編みとゴザ目編みの技法がある、網代編みの箕が副業でゴザ目編みの箕は専業と言われるが本当か?実用性が高く、農家の必需品であったがゆえに専門職が生まれ、民間信仰や風習とも密接に関係したおかげで一部の職人たちが箕作りを独占したのだろうか?西日本の竹材を使う箕も、東日本の樹皮主体の箕も製品自体の違いはあるものの限定された地域でのみ生産されていた事は同じである。


竹職人


そこで、一番の大きな疑問は昔から農業になくてはならない道具でもあり、お祀りにも使われてきた神聖なはずの箕の製造を社会の最下層にいた人たちが担ってきたという事だ。どんな籠や笊でも器用に編み上げる腕を持っていても箕は作らない竹職人もいると言う。どうやら東北地方では箕作り職人の事情も違うようだが、何か目に見えない特殊性があり箕については多くを知る程に分からなくなる。


自分は学者でも研究者でもない、机の上で箕を語るのではなく毎日の仕事の中で箕に触れ、声を聞き、肌で感じてきた。「市場経済」と言えば大袈裟だが、一番人の気持ちが正直に表れる商いの現場で箕を見続けて思うことがある。


オエダラ(オイダラ)箕、竹虎四代目(山岸義浩)


先日の30年ブログでは行商の方に触れた。さすがに今では肩に背負って売り歩く方はいないが現在でも山村を廻って竹籠や箕を販売する行商は行われている。確かに多くはないが、きっと日本のどこかに自分の知らない行商の方もいるに違いない。


自身で編んだ籠を自分や家族が売り歩く、これが職人の技をどれだけ進化させるか分からない。箕が、まるで工芸品のような美しさにまで昇華した理由は簡単だ。何かで見た記憶によれば当時の価格で箕は米一俵(60キロ)と交換と読んだ事がある、つまり非常に高価な「道具」であった。


購入する立場の農家の人にしたら「高い」。しかし絶対に必要な道具であるだけに、どうしても買わねばならない。そこで自然と、箕の品質、それにそそがれる眼差しは厳しいものになる。箕職人はこんな繰り返しでお客からの要望や声に鍛えられ、磨かれて究極の箕を完成させたのだ。














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オエダラ(オイダラ)箕の行商

2019年4月 3日

オエダラ箕行商


オエダラ箕の事をもっと知りたくて秋田は太平黒沢の箕作り名人として有名な田口召平さんを訪ねました。谷間に開けた集落が点在する静かな地域ですが、この黒沢地区の三つの集落で昭和30~43年頃には120軒のお家が箕作り、5軒が行商、4軒が仲買だったと、かなり詳しい内訳までご存じで本当に興味深いお話しを沢山伺う事ができます。


中でも感激したのは、オエダラ箕を行商されている方の白黒写真でした。当時の様子を知る資料として良くぞ残っていたと思います、写真を撮ってくださった方に感謝です。


竹虎四代目


行商は今では知る人も少なくなりつつあるかも知れませんけれど別に箕だけのお話しではありませんでした。印象に残っているのはNHK大河ドラマ「龍馬伝」に登場する岩崎弥太郎です、背中に鳥籠など竹細工をいっぱい担いで畦道を行く姿を覚えておられる方も多いのではないでしょうか。バイクや自動車のない時代、行商は持てるだけの荷物をいっぱい持って出かけていったのです。


自分の小さい頃には虎竹の里にも様々な方が御用籠のような丈夫な竹籠や、背負い籠を持って歩かれていた事を思い出します。当時の交通機関は何といっても汽車でした、朝到着する車両からは肩に大きな風呂敷を背負ったおばちゃん達が一斉に何人も降りて来ました。


一番強烈に覚えているのは隣の漁師町から海産物や干物を売りに来られる行商の方。母が玄関先に出迎えると荷物をほどいて竹籠の蓋を開けるのですが、その瞬間に魚の何ともいい香りが辺り一面に充満して思わず籠を覗き込みました。香りの記憶は鮮明です、母の足にしがみついて行商のおばちゃんの笑顔を見ていたあの日の事をハッキリ覚えているのです。


オエダラ箕行商


さて、田口さんによれば、この白黒の写真は由利本荘岩谷という所で撮られたものだと言います。そして白黒画像なので正確な確認は難しいけれど、当時売り歩いていた箕はイタヤカエデが使われたものでは無かったそうです。実は昭和40年当時、オエダラ箕が大量に販売されたお陰で材料のイタヤが枯渇し、代替え品としてヤマウルシで箕を製作していたのです。


オエダラ箕


商店の少ない田舎では行商の方々が持って来られる新しい品々を、そして聞いた事もないような楽しく面白いお話しを幼い自分などは心待ちにしていました。箕を肩に担がれた方の向かう農家さんでもそうだったのでしょうか?


オエダラ箕一枚であの時のワクワクするような気持ちが蘇ってきました、ほんの50年前の日本のお話しです。














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藤箕の箕太刀(ミタチ)と日置の箕の箕刀(ミガタナ)

2019年4月 2日

箕太刀(みたち)


またまた箕の話が続きます。藤箕作りでは柿の木で作られた箕太刀(みたち)と呼ばれる道具を編み込みを引き締めるのに使います。左側が新しい道具で右側が使い込またれもの、刃先の部分が削られて薄くなっています。


太刀と名前が付いているだけあって武士が腰に差していた刀のように長尺です、少し長すぎて扱いづらいのでは?と思いましたが、まったくそんな心配はいりませんでした(笑)


藤箕素材


長さがあるのでトントンッと短時間で一気に編み込みを引き締められます、大量に生産されてきた歴史のある藤箕だけあって道具でも何でも効率的になっているのでした。


箕刀(みがたな)


箕太刀を見た時にすぐに思い出したのが日置の箕作りに使われていた箕刀(みがたな)という道具です。大小のサイズの違いがあるものの使用方法はもちろん同じですし良く似ています。山の素材を数種類使って製作される事にも共通点のある二つの箕、北陸と鹿児島の遠く離れた両地域でこのような道具が使われてきた事に関連性と面白さを感じます。


藤箕職人


箕作りの職人さんは、ご存じなのか?どうなのか?
トントンッ...トントンッ...
ただ黙々と藤を編み込み箕太刀を使っています。


藤箕職人の道具


脇を見ると藤蔓を採りに行く時などに使うナタでしょうか?刃物の鞘と言えば木製や革製、樹木では桜皮、竹で作られたものもありますけれど何と藤鞘に入れられていました。論田、熊無の藤箕製作技術として国の重要無形民俗文化財の指定を受けた伝統の藤箕作りは続きます。













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600年の歴史、藤箕(ふじみ)について

2019年4月 1日

竹虎四代目、藤箕


オエダラ箕に続いて今日は藤箕(フジミ)のお話しです。伝統的な農具である箕は昔から全国各地で作られてきました。とりわけ富山県氷見市論田、熊無地区の藤箕は600年の歴史があって、明治末期で5万枚、大正期から昭和初期には何と年間10万枚を超える製造がされていたと言いますから驚きます。


竹と雪


雪の降り積もる時期に屋内で出来る仕事として農閑期の貴重な収入源でもあったと思いますが、それでも今では想像もできないような物凄い量です。おそらく材料も大量に必要だったでしょう、使われる材料は藤、矢竹、ヤマザクラ、ニセアカシアなどです。


矢竹


矢竹は成長が早いので問題ないとしても、山々から採取してくる他の素材は大変です。藤箕はニセアカシアをUの字型に曲げた骨に藤蔓と矢竹で編み込んで作られますがニセアカシアの代わりにヤマウルシが使われたりするのは不足した部材を補うためだったと考えています。


昨日お話しさせてもらったオエダラ箕も昭和40年頃の最盛期には材料のイタヤカエデを伐り尽くしてしまい、代替品としてやはりヤマウルシが使われていた事もあったそうです。


藤箕製造作業場


それにしても近年生産量が激減しているとは言え、ほんの2~3年前まで2000枚もの製造がされていたのは驚異的です。現在でも400枚もの製造がされると言う産地は国内では皆無、つまり日本では希少な箕の一大産地なのです。


藤箕繊維


箕作りは10月から3月の間にされています、雪の降り出す前に採取した藤の蔓を水にさらして叩いて柔らかな繊維質にして、縦にズラリと並べた矢竹にゴザ目編みしていきます。


藤箕職人


藤と矢竹で編まれた藤箕は、堅牢で当たりが優しくプラスチックの容器ではキズ付きやすい芋類などの運搬にも多用されています。竹を網代編みした土佐箕なども柔軟性に富んでいるものの藤はさらに柔らかく収穫物を丁寧に扱える事が素材や編み方から伝わってきます。


藤蔓、トイソ材料


藤皮を煮沸して乾燥させた「トイソ」と呼ばれる紐状のもので持ち手はしっかり巻かれ強さと同時に持ちやすい作りです。そして、傷むことの多い口先端部分はヤマザクラの樹皮で補強されていて農作業用の実用的箕として軽くて丈夫な逸品に仕上がります。














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続・オエダラ(オイダラ)箕

2019年3月30日

オエダラ(オイダラ)箕


イタヤカエデ、藤、桜、根曲竹を使う箕と聞いくとカンの良い方は寒い地方だとすぐにお分かり頂けます。根曲竹は寒い地方にしかありませんし、カエデも温かい地方の樹木は素材が柔らかくて使えません。このオエダラ箕は秋田太平山麓の一部の集落でだけ作られきたものです、太平山源正寺というお寺が近くにありますけれど「大江源正」→「大江平」→「大平」→「太平」→オエダラ(オイダラ)と呼ばれるようになったようです。


オエダラ(オイダラ)箕


さて、純白のイタヤカエデを使うオエダラ箕に対して、この飴色に変色した箕は又どこか別の地域で作られる箕かと思われる方もいるかも知れません。しかし、実は全く同じ箕で経年変色してこのような成熟した色合いになっているのです。この30年ブログでも、よく青竹細工が渋く変色していくお話しをさせて頂きます、それと同じようにイタヤや藤など自然素材の素晴らしい一面です。


オエダラ(オイダラ)箕


西日本から遠く離れていますが、これだけ数種類の素材を使う箕作りは桜皮と蓬莱竹など複数の山の素材を使う箕にイメージが重なります。また、オエダラ箕には桜皮で縁起の良い矢羽の形が飾りにされていました。


オエダラ(オイダラ)箕製造


そう言えば、箕は十日えびす等で福をすくう「福箕」が縁起物としても扱われています。この矢羽根模様が何故されているのか訊ねるのを忘れましたけれど、箕が単なる農具として使われていただけでは無かった事がうかがい知れます。


イタヤカエデ細工


箕は風の力を利用して米から籾殻を吹き飛ばすなど選別に使う道具です。その用途から来たものだと言われますが病人を箕であおいで身体についた悪いモノを消し去る習慣や、箕を立てた内側で食事をして不幸から自分達を守るという言い伝えがある等、箕にはある種の民間信仰のようなものがありました。箕を自宅入り口に立てておくと来客を拒む意味があるとも聞きます、つまり箕がある種の結界のような役割をしてきたのです。


土佐箕


オエダラ箕に入れられた桜皮を見た時、竹とは全く違う遠い山の素材で編まれたものなのにどこか同じものを見た気持ちになりました。














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オエダラ(オイダラ)箕

2019年3月29日

オイダラ箕


土佐箕をはじめ箕には不思議な魅力があります。古老の職人さんから譲れた小冊子には、西日本の竹箕と籐箕の事が詳しく調べられており35種類もの分類に分けられて掲載されています。今では全く見る事のできない箕や、激減している産地がその昔には津々浦々にあって珍しくも何ともなかったことを物語っていますが、それもそのはずで箕は農家の毎日の生活に欠かせない必需品のひとつだったのです。


オエダラ(オイダラ)箕


前にもお話しした事がある話で、箕はあの有名なミレーの絵画「箕をふるう人」にも登場します。つまり日本やアジア地域だけでなく穀物の選別の為に世界的に使われていた道具でもあった事が分かります。そんな普遍的とも言える道具です、昔の農村でその地域で手に入りやすい素材が使われ様々な箕が作られていたのは当然の事だったと思います。


サキアリ箕


因みに田舎生まれの自分などは小さい頃から馴染みのある「唐箕」という木で作られた道具があります。さすがに今は実際に使っている農家さんは見た事がなくて資料館のような所で拝見するしかありません。唐箕の「唐」は中国の事で竹細工が中国からやって来たのと同じように当時の最新式の農具も中国から入って来たのです。


唐箕は風の力を利用して効率的に穀物を選り分ける事ができましたので、今まで両手を使い箕を振って作業していた農家の人達は目を丸くして驚いたのではないかと推察します。自分達が流行りのAI技術で無人コンビニや自動運転の車に驚くのと同じ事が起こっていた訳です。


オエダラ(オイダラ)箕


ただ木製とは言え唐箕は結構大がかりな装置であり、小回りの利く箕はやはり個々の家では使われ続けてきました。そして、農作業に使うだけに止まらず箕には他の竹細工とは違う呪力のようなものがあるとされ祈祷や儀式と結び着いています。


イタヤカエデ、藤、桜、根曲竹を使った美しいオイダラ箕の話をしようと思っていたら、少し遠回りしてしまいました。続きはまた。













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一閑張に新しい仲間が登場予定、お楽しみに!

2019年3月 7日

一閑張買い物籠素地


最近でもたまに建築中の住宅を注意して見てみますと柱と柱の間に格子状にした割竹を組んでいる事があります。高知のような田舎でも珍しいので都会の住宅では、あまり見かける事は無いかも知れませんが、この割竹に練った赤土などを塗り固めて土壁にしていくのです。


思えば一閑張は、この土壁の技法に似ていて四ツ目編みされた素地に和紙を貼り重ねた後、漆や柿渋で仕上げていきます。大きな違いと言えば土壁は、組まれた壁竹が全く見えなくなりますので土壁の中に竹材が入れられている事をご存じない方もおられる程ですが、一閑張は薄い和紙で加工されますから下地の竹編みが行李や手提げ籠バッグ等、作られる製品の雰囲気に大きく影響するのです。


一閑張行李竹骨


一閑張に使われる竹材は旬の良い時期に伐採された竹を使います。しかし、だからといって虫が喰わないと言う事ではありません。貼り付けた和紙にも穴を開けてしまうので竹材の管理はキッチリせねばならないのです。従って、下地の竹編みも良質の材料が無くなれば次のシーズンまでは作りたくても作れません。


一閑張手提げ籠バッグ竹編み


一閑張の技法は元々は昔から日本各地にあったものの、段々と職人さんも少なくなって四国では香川県などに少し残っているだけでした。漆や柿渋など最後に塗布する材質により仕上がりが全く異なります、竹虎では自然で経年変色も楽しめる柿渋仕上げを中心に製作してきましたが、新しい竹編みに挑戦するにあたって漆の製品も出来ないかと模索しています。


まだまだ試作段階ですから、どうなるのかは正直変分かりませんが、和紙の下に隠れてしまう脇役の竹編みから国産にこだわった一閑張の手提げ籠バッグができそうで楽しみにしています。














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