竹虎の竹箒はズシリと重い

竹箒


竹虎の竹箒は少し違う、特産の黒竹を使い、四万十カズラを使っている。だからズシリと重い。ホームセンターなら350円で売られている竹箒だから、この重さをあまり人は考えないかも知れない。しかし、この箒一本作るのにも同じ頃合いの太さの黒竹があり竹穂がある。竹穂とは何だろうか?竹穂は孟宗竹の小枝だ、そうすると少なくとも箒に使っているだけの孟宗竹は伐採されていないといけない。


竹箒g


かっては全国各地で作られていた竹箒は安価な輸入品が売られるようになったから消えたと思われがちだがそれだけではない。元々は筍を生産する、竹材を活用するそんな竹の営みの中で副産物として作られてきたものなので竹箒の製造が見られなくなったという事は竹の暮らし自体がなくなったという事なのだ。この竹箒はズシリと重い、昔からの仕事として作っている箒だから値打ちがある。一本5800円の価値を感じる方だけにお求めいただいている。





「箒と言えば虎竹」。竹箒ではなくて座敷箒を作る工房を訪ねた時に職人の方に言っていただいた。今は製造をやめてしまった倉庫には50年以上前の虎竹が眠っていた。昨日YouTubeで公開したばかりなのに既に1200回以上も再生いただいている、同じ箒でも竹箒とは作り方は随分違うけれど是非ご覧ください。


鰻は家庭料理だった

鰻うけ、竹虎四代目(山岸義浩)


鰻は最近では稚魚が捕れなくなって価格が上がり庶民の食べ物とは言い難くなっていますけれど自分の子供の頃は川にいくらでもいました。だから鰻屋が近くになかったせいもありますが店で食べるというよりも家庭料理として味わう物だった記憶があります。


早朝、空気の澄み切った川原の香りをご存知でしょうか?ちょうど今頃の季節、毎朝早起きして鰻ウケを上げにいくのは楽しくて仕方ありませんでした。ピッタリの画像がなかったので誤解のないように言っておきますと、竹虎四代目が背負っているのは山芋籠で、その中に入れているのが鰻を捕るための鰻ウケです。実際は山芋籠にウケを入れて持ち歩くワケではありません。





その鰻ウケはこのようにして編まれています、熟練の職人の手にかかればいとも簡単に出来あがってしまいます。しかし、実際にはこうは簡単には作れません。


鰻うけ


そこで竹編みでない鰻ウケも実はいろいろとありました。これは竹筒をそのまま使ったもので片方の切り口に鰻が一度入ると出られなくなる仕掛けが見えています。竹は表皮と内側の収縮率の違いでヒビ割れが入りますから竹表皮の皮を磨い(削って)ています。四国内では結構残っているのを見かける事のあるタイプなので当時は随分沢山のウケが使われていたと考えられます。


鰻捕りの道具


現役で販売されているモノでは、プラスチック製のものが恐らく環境意識の変化であまり人気がないためにこのような木製のウケが主流かも知れません。近くを流れる新荘川で同じような木製ウケを十数本浮かべながら歩く方を見かけます。こんな道具を身近に感じるほど豊かな自然に囲まれいるという事でしょう、幸せです。





箕のある暮らし

箕職人


昔の竹細工は専門職として同じ籠ばかり編んでいた時代があった。近年ではオールマイティに何でも作ることが必要となってきたが、それでも数ある竹細工の中で箕作りは難しく製作する職人はごくわずかとなっている。


土佐箕


全国各地で使われてきた箕は、西日本の網代編みされた竹箕の種類だけでも30種類以上に分類されている。しかし、藁や棕櫚を巻いているのは土佐箕だけの特徴だ。気候風土が似ていて棕櫚が身近にあった和歌山あたりでも使われていない面白い特徴である。


箕職人


高知の山深い集落にある農家さんで数十年来使われてきた箕を拝見した。使い込まれて、すっかり古びた印象であったが何処も傷むことがなく、季節の山菜を並べて干しざるとして使われている。暮らしの一部として竹が溶け込んでいる、この当たり前さが大好きなのである。





続・香川県指定伝統的工芸品のさぬき竹一刀彫

西村文男(秋峯)


西村さんがと向き合う姿は何度も何度も拝見しています。しかしそれはデパートや催事コーナーでの実演ですので大きな作品ではなく小さな御守りのようなものが多かったように思います。





工房にお伺いした記念に縁起の良い左馬の御守りを社員に彫って頂いたのですがちょうど来店されたお客様ともこのようなやり取りをされていました。ワクワクされながら彫りあがるのを待つお顔、完成した作品を楽しそうに手にされる姿を思い出しました。


さぬき一刀彫茶合


しかし、さぬき一刀彫の真価を感じるのはこのような茶合です。皆様も一度はご覧なられた事がある一休和尚の顔、そっくりの大迫力に驚きます。


西村文男(秋峯)彫刻刀


何本もの彫刻刀を使用されていますけれど、柄の部分は渋い竹根。もちろん自作されたもので刃先を研ぐことができるのがプロだと常々お話しされています。


西村文男(秋峯)


絶滅危惧種ならぬ「絶滅危惧技」には、さぬき一刀彫の伝統をただ一人背負っておられる気概を感じます。年に何度もお会いしていた頃は20数年も前の事なのに西村さんの若さとバイタリティーは全く変わらないのは、このせいかも知れないと感じました。


西村文男(秋峯)、さぬき一刀彫


昔なら、このような技は人に見せなかったと言われます。印刷された武将の絵が貼られた大きな孟宗竹が彫り進むにつれて勇壮な姿が現れてきます。


西村文男(秋峯)、さぬき一刀彫


竹と黙って会話しているようで格好がいいです。


西村文男(秋峯)、さぬき一刀彫


自分もゼロから彫りはじめる西村さんの技を拝見するのは初めて、あれよあれよと言う間に彫り進みます。


西村文男(秋峯)、竹虎四代目(山岸義浩)


香川県指定伝統的工芸品、さぬき竹一刀彫はまだまだ健在です。一生使いきれないほどの煤竹を保管してある倉庫などにも西村さんの意欲が垣間見えます。竹を愛し、竹に新たな命を吹き込む技がここにもあります。






香川県指定伝統的工芸品のさぬき竹一刀彫

竹虎四代目(山岸義浩)、さぬき一刀彫


根付の孟宗竹に見事な彫刻がされています、自分達にとっては身近で昔から馴染みのある竹工芸品の一つです。ところが、新しく入社した社員が店内に飾ってあった別の製品を見て「珍しいですね、初めて見ました」と話すのを聞いてハッとしました。そうです、知らない方にとっては新しい竹細工なのかも知れません。


西村文男(秋峯)


香川県指定伝統的工芸品のさぬき竹一刀彫を継承されている只一人の竹彫作家、西村文男(秋峯)さんは2017年に現代の名工に選ばれ2018年には黄綬褒章受賞された熟練の技を誇る竹芸士です。デパートでの工芸展などには精力的に多々出展されていて、竹虎とはその頃よりご一緒させて頂いていましたから考えれば既に30年以上のお付き合いになります。


西村文男(秋峯)、竹虎四代目(山岸義浩)


前にもお伺いさせていただいた事のある工房二階の作品展示場室には所せましと数々の彫刻が並べられています。孟宗竹が多いのですが貴重な煤竹や、当社から送らせていただいた虎竹などもあります。絵柄や文字をダイナミックかつ繊細に彫り込んでいく技はずっと見ていても飽きません、特に面白いと思っていつも拝見していたのは、お客様の顔を竹に彫り込む似顔絵でした。


さぬき一刀彫


実は以前飼っていたゴールデンレトリバーのゴンを彫刻して持った事があります。いつも散歩に通っていた虎竹の竹林で撮った写真をお預けして製作いただきましたが本当にそっくりで驚いた事でした。今回は、そんな西村さんの技を詳しく拝見させていただく事にしたのです。






竹ブローチの後ろに驚愕の竹工芸の技あり

竹ブローチ


この八重桜のような竹ブローチは、45年間仕舞われていた倉庫から奇跡的に見つかった当時は大人気だった竹細工のアクセサリーのひとつです。竹を細く薄いヒゴににして弾力としなりを活かした造形は見事であり、美しい花のイメージを見事に再現されています。


竹ブローチ


自分の小さい頃には、それこそ大人たちは洋服につけていたと思うくらい流行っていました。もしかしたら虎竹の里だけかもと思いましたが、いやいや...製作されていた種類や数を考えたら全国津々浦々で販売され愛用されていたことを伺い知ることが出来ます。


ちょうど今回の母の日の企画に使っている竹ブローチも色違いだけで8種類、しかし実際にはこの数倍の色のバリエーションがありました。同じ技法で様々な形に応用できるのもこの製品が沢山作られた理由の一つであったと思います。竹ヒゴをまとめて製造し、素材を複数の内職さんの手で編み上げることによって、現在では見られなくなった大量生産を可能にするしくみが作られていたのです。


小菅小竹堂作束ね編み


当時、新潟県竹工芸指導所に勤務され竹製品の開発に携わっておられた小菅小竹堂さんが、これらの竹アクセサリーを考案されたと聞きますがその背景には驚愕するような竹の技がありました。ご覧になられている結び編みと言う技法も難度は全く異なるものの同じように竹ヒゴを細く薄くして編まれた竹の芸術です。


小菅小竹堂作束ね編み


裏側から拝見しても魅入ってしまうような迫力ですが、このような大作になると小菅さんでしか創作できません。昭和の時代を一世風靡した竹ブローチは、多くの方の手に取って使っていただいたり、手軽なプレゼントになるように価格を抑え、大量に製造するために編みを簡素化して考え出された逸品だったのです。


もう6年ほど前になります、昔を知る職人さんに製作されていた竹アクセサリーを作っていただいた事がありました。自分にとっても見覚えのある懐かしい竹細工でしたのでこの目で実際に見られた嬉しさでいっぱいだった事を思い出します。






ニギョウ箕を眺めながら

ニギョウの箕


この赤っぽい色合いの箕をご存知でしょうか?縦にヤナギや桜皮、横にニギョウ(サルナシ)の皮を編み込み縁には根曲竹を使った知る人ぞ知るニギョウ箕なのです。見たばかり強調される事が多いようですが、意外なほど軽く柔軟性のある使い心地はさぞ多くの農家さんで喜ばれた事だと思います。


岩手県北部の山間、美しい緑の中を沢伝いに上って行った所にある面岸(おもぎし)地区。今では、わずか数名の職人さんが残るだけの静かな集落ですが、昔から面岸の箕と呼ばれてきたこの箕作りが盛んだった場所です。竹ではないものの山の恵みを十二分に生かし切った緻密な編み込みと形が魅力的でたまに思い出したように他の箕と共に眺めています。


別注箕


ニギョウ箕のようにハ型に広がったものもあれば、先日職人さんに別注で編んでもらった口を閉じ気味に仕上げる箕もあります。農家さんの注文によって箕も様々な形や大きさが今でも編まれているのです。


桜箕、日置箕


実はニギョウ箕は数ある箕の中でも美しい事で知られていますけれど、イタヤカエデを使うオエダラ箕も編み上がったばかりの優美な白さ、使い込まれた深い飴色の艶やかさは引けを取りません。しかし、どれか一つと言われれば、やはり蓬莱竹を使う桜箕が最高傑作だと思っています。


スズ竹の開花、大きな自然のサイクルの中で

スズ竹手提げ籠バッグ


30年ブログ「竹虎四代目がゆく!」を前々からご覧いただいている皆様でしたらご存知のようにスズ竹は120年に一度とも言われる開花で竹林全体が枯れてしまい籠の製造ができなくなっています。良質な竹材が出されていた山々だったのに、段々と質の低下があったりして数年前から開花の予兆がありはしたものの実際にこのような状態になると人の力では何ともする事ができません。


スズ竹弁当箱


少しだけ残された竹材で限定的な製造の模索も続きますが、市場籠など大きな籠は本当にできなくなっています。少ない材料で細々と編まれていたのがスズ竹弁当箱、数ある竹弁当の中でも、しなやかさと抜群の強さを誇り竹弁当の中の竹弁当です。


スズ竹手提げ籠バッグ


スズ竹弁当箱にしろ、少しだけ残されたスズ竹手提げ籠バッグにしろ今後の製造が未定のものばかりです。今回の材料不足は、虎竹はじめ他の竹でも開花の時期となれば同じような事が起こる事を思えば、自分達の仕事は大きな自然のサイクルの中で続けさせてもらっている事を改めて感じます。






竹ブローチの花畑

竹ブローチ


先日、虎竹の里にお越しいただきましたSilvia Furmanovichさんを30年ブログに掲載した時にもご紹介した色鮮やかな竹ブローチが一足早い花畑のように咲き乱れています。


竹ブローチ


ひとつひとつのブローチを見ると細い薄く取った竹ヒゴを組み合わせて弾力を活かした編み込みにしています。これらの竹細工は60年以上も前に考案されたもの、奇跡的に竹工場の倉庫から45年ぶりに見つかったいわゆるデッドストックの数々なのです。


竹ブローチ


当時は非常に人気があり様々な形の竹編みが作られ全国で販売されていました。営業開始から50年の年月を経た竹虎本店にも同じようなアクセサリーが竹バッグなどと共にズラリと並んでいたことを懐かしく思い出されます。しかし今でも古さを感じさせないのは流石に本物、スカーフを留めるのに使ってもオシャレです。


竹ブローチ


「技術の進んだ現代なのに、どうして新しく製造できないのですか?」とお客様にたずねられます。竹を大量生産できていた時代には熟練の内職さんが多くいて分業化も確立されていて、このような手業の逸品が比較的お手頃価格で作られていました。ところが現代は機械技術やテクノロジーは進んでいるものの手仕事はすっかり消え去ってしまい職人もいません。古き良き頃を伝える竹細工のひとつなのです。






竹の魅力、経年変色

白竹経年変色


竹細工の魅力の一つに経年変色があります。竹と言っても色々ありますので今回は白竹(晒竹)の竹編みで長く使うほどに飴色となり風合いが増していく様をご覧いただきたいと思います。それぞれ同じ加工をした白竹の竹籠ではありますけれど、ひとつづつ微妙に色合いに違いがあるのがお分かりいただけますでしょうか?これが経年変色であり、元々真っ白い色合いだった盛籠が30年、40年の間にこのように変わってくるのです。


白竹経年変色


この盛籠の縁巻には籐が使われています。白竹と同じように籐自体もこれだけ色合いが深まる事が良く分かります。そして長い間のご愛用でこれだけ進化あるいは成長とも言える姿に変わった籠はもう手放すことができないのです。


マタタビ細工経年変色


もちろん、このような経年変色は竹だけではなく米研ぎざるとして人気の高いマタタビ細工でも見られます。編み上がったばかりのマタタビざるは白竹と同じように真っ白い地肌をしています、さすが雪深い東北地方の籠は色白だと思うのですが、それも長く使っているうちにこのような飴色へと変わります。


マタタビ米研ぎざる


もっと分かりやすいようにと思い近くから写真を撮ってみました、こうして並べてみますと一目瞭然です。


オーバーナイター


最近復刻した白竹持ち手付籠オーバーナイターが誕生したのは50年も前の事ですから古いものは随分と良い見栄えになっています。これからの若い方に、こんな美しい飴色になるまで使っていただきたいと思うのです。