国産の竹熊手をご存じですか?

 
黒竹熊手、竹虎四代目(山岸義浩)


庭掃除に使う熊手はご存じかと思いますけれど、その先端は竹でなくてはなりません。落ち葉やゴミをかき出す時に竹の微妙なしなり程使いやすいものがないからです。金属製の熊手やプラスチック製のものもありますが竹の自然な柔らかさには遠く及びません。


クマデ


そんな熊手には、こんなサイズの超強力なタイプがある事をご存じでしょうか?もちろん国産、日本の竹を使って一本づつ丁寧に作られています。


黒竹柄


熊手など国産とか輸入とか考えた事もない、そんな方も多いのでしょうか。そんな方には是非、ブログの最後にご紹介しているYouTube動画をご覧いただきたいのです。国産にこだわり製造を続ける熊手工場の職人たちを見てください、熊手はこうやって一つづつ作りだされています。


竹虎四代目、熊手pg


熊手は実用品としての他に福をかき集めると言われて縁起物としても多くが流通しています。そこで大量生産するために考え抜かれた工場の専用機械は圧巻、日本の竹製品の底力を感じます。




虎竹色紙掛けをご存じですか?

 
虎竹色紙掛け


虎竹で作られた色紙掛けがありますがご存じでしょうか(笑)?おそらく色紙掛けなるもの自体を見た事も聞いた事もない方が殆どかも知れません。いやいや、もしかしたら色紙をあまり持っていなかったり、飾る習慣などないようにも思います。


虎竹色紙掛け


「新しい自分が見たいのだ 仕事する」
自分はたまたま陶芸家河井寛次郎の言葉が書かれた色紙を飾っていたりしますけれど、自分の世代より少し前までは色紙を飾るのがもっと一般的だったのか竹細工でこのような製品は多く作られていました。色紙をどうやって固定すること言いますと黒竹の小枝をVの字にカットして挟むのです。


虎竹色紙掛け


虎竹色紙掛け


虎竹の渋い色合いが色紙を引き立てます、もちろん壁に吊り提げられるように紐も付けています。少し前の日本の住宅は置物を置いたり、このように壁面を飾っていたのですから、やはり時代です。


虎竹色紙掛け


こうして見ると一体何に使うものなのか分からない若い方の声が聞こえてきそうです。骨董品的に見られるかも分かりません、けれど新品バリバリの竹細工です。


梅雨の終わり、黒竹番蛇の目傘

 
和傘


そろそろ梅雨が終わりそうな頃に和傘の話題です(笑)。黒竹番蛇の目傘は竹と和紙で作られています、機能的に言えば軽くて持ち運びも便利、お手入れも簡単な洋傘が機能的には優れているかと思います。ただ自分の場合は、竹虎自体が127年前に和傘の竹材屋として創業している事もあり小さい頃から身近でもあり愛着もあったので20代の頃から使っていました。


高知の雨はかなり強く降りますので実は和傘向きの地域ではありません。雨粒に叩かれて和紙が弱くなり、雨の度に広げて陰干しするなど手入れもしていたつもりですが穴が開いてボロボロになってしまいました。そうなっても和傘は何か風情があり捨てられずずっと愛用していた事を思い出します。


番傘


ある男性のお客様からいただいたお声があります。


「梅雨真っ只中の今、この「黒竹番蛇の目傘」を差して、古都鎌倉のアジサイ寺を散策しました。普通なら雨の日の散策は嫌ですが、「黒竹番蛇の目傘」を差していたので、傘に当たる雨音を楽しみながら、心はウキウキ、ワクワクでした。古都の雰囲気にもピッタリで、他の観光客の視線に何とも言えない一種の優越感のようなものも感じて楽しい一日でした。」


雨が楽しみになるほどの魅力が確かにあります。


蛇の目傘


さて、自分の場合にはボロボロになってしまった傘の和紙ですけれど、水を弾くためにエゴマ油、アマニ油、桐油という3種類を職人が独自に配合して塗布されています。和傘の製造が少なくなった今、このような細かいノウハウや分業化が進んで沢山の手を経て完成してきた伝統を途絶えさせないためには、それぞれの技を継承していかねばならず容易な事ではありません。


「素晴らしい出来栄えで感動しました。」黒竹玄関すのこ

 
黒竹玄関すのこ


黒竹玄関すのこを作った当時は、まだ黒竹の竹林が綺麗に整備されていて毎年季節になると沢山の黒竹が山出しされていた。大量に伐り出されているものだから2トン車や4トン車では間にあわず10トントラックで行かねばならない事もあった。こんな話をすると輸入された黒竹を港まで受け取りに行ったのか?少し事情に明るい方ならそんな風に勘違いされるかも知れない。いやいや竹虎は地元の竹にこだわっているので当然国産竹材しかない、やはり古き良き時代だったのかも知れない。


黒竹玄関すのこ


しかし、過剰生産とも言える中で積み上げられ残されていく黒竹の山が増えてきた。そこで何とかしたいと考えて製作したのが、この黒竹玄関すのこだった。いざ作るとなると簡単なようで難しい、サイズや高さを何度もやり直して踏み心地の良さを追求した。


黒竹玄関すのこ


こんな物作っても誰が買うのか?職人が冷ややかなのはいつもの事だが、自信があったのはこの道50年のベテラン職人の竹を矯める技だった。曲がった黒竹を真っ直ぐに矯正しているから一つの製品を継ぎ足して使う場合にもこのように美しい、いずれお客様には伝わるだろうと思っていた。




黒竹玄関すのこ


今朝、お客様から「素晴らしい出来栄えで感動しました。」と嬉しいお便りが届いた。


黒竹玄関すのこ


このようなお声をいただけるから発売から20年近く経った今でも何とか製造を続けられている。本当にありがとうございます。




木六竹八と竹細工

 
竹ざる職人


先日、匠の横網竹ざるがどうやって編まれているのか?この30年ブログでも取り上げてみましたが梅雨時に大型の竹ざるを使われる方が多い事もあって40センチから65センチまでの主だった竹ざるは、お陰様で皆様に好評のようです。




現在、店頭にあるのは網代底平ざる50センチと40センチです。この職人の素早い手さばきは音を聞いているだけでも、竹ヒゴたちが元気に暴れている様子を思い出してちょっとやる気になってくる動画です(笑)。


孟宗竹


ま、それはさておき。お客様には竹ざるが完売しているので次回は何時編み上がるのですか?と聞かれる事があります。皆様からしたら竹は竹林に行けば青々としていくらでもありますので、無くなった竹細工があれば伐採して製作すればいいとお思いになられているのかも知れません。


虎竹伐採、竹虎四代目(山岸義浩)


ところが昔から「木六竹八」という言葉があって、木は6月、竹は8月が伐採に適しているのです。ここで指す8月は旧暦なので現代なら8月下旬から10月上旬頃でしょうか。ちょうど孟宗竹ならこの時期が伐り時ですし、淡竹の仲間である日本唯一の虎竹はもう少し遅くとも良い。真竹は更に少しズレて伐採する職人がいます。


エビラ竹素材


日本は南北に長くそれぞれに気候も違っていますので地域により微妙に異なるものの、一年の中でも短い一定の期間しか伐採には適さないのは同じです。だから急にある竹籠や竹ざるが無くなっても旬の良い時に竹を伐ってなければ作ることはできません。自分に言わせれば、いつでもホイホイと竹が出てくる方が不思議です、土用干しに人気となっていますエビラ等は随分前から準備しています。冬の乾燥している時期に下地編みをして大きな倉庫で湿気を避けて保管しているから長雨の今でも製作する事ができているのです。




阿波踊り竹人形の技

 
徳島阿波踊り竹人形、竹虎四代目(山岸義浩)


昨日ご紹介した五三竹(布袋竹)で作られるのが実はコレ!阿波踊り竹人形なのです。阿波踊りは「踊る阿呆(あほう)に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々」と唄われる400年の歴史を誇る日本を代表するお祭りのひとつ、そのお祭りで楽しく踊ってるようにしか見えない小さな人形は竹の節や小枝などを実に巧みに使って製作されているのです。歴史は古く昭和11年(1936年)頃までにさかのぼり遠州見付(みつけ)の裸祭り人形を参考に考案されたと言われています。


阿波踊り竹人形部材


そして、戦後になり徳島の阿波踊りが復興していく中で昭和23年頃、当時徳島大学の美術講師をされていた藤田義治氏が現在の竹人形の技を確立されたのです。飾り物だけあって均一感のある乳白色にするため、苛性ソーダで湯抜きしたあと過酸化水素水に数回浸して天日干しを繰り返しています。


阿波踊り竹人形部材


それにしても目を見張るのは、その細かい部材の多さ、胴、手足、頭、太鼓はじめ小道具など部分ごとに作って管理されています。


阿波踊り竹人形部材小枝


線香の火を使って曲げるやり方と電気コテで熱を入れる方法がありますが、上手く曲げる事によって何でもないような小枝が躍動感のある腕や足に変わっていきます。


阿波踊り竹人形編み笠


阿波踊りは女性のかぶる編み笠が印象的です。細い竹材を斜めにカットして表現するのも出来あがったものを見れば普通に思いますけれど、これを無から生み出すのは天才といか思えません。


阿波踊り竹人形胴体


更に男踊り人形の胴体が凄い、竹の節をサッと削れば浴衣の後ろに角帯を締めているかのようです。


阿波踊り竹人形制作


こうしたパーツを組上げて竹人形が完成する頃には、一体一体の人形に表情まで見えてきて、最後には息づかいまで聞こえそうなので驚くほかありません。


古い阿波踊り竹人形


白かった竹人形も時の経過と共に色合いが飴色に変わっていきます。昔の人形と現在のものでは女踊りの編み笠の角度が違います、本当に少しの事でも現代の人形の方が勢いがありスピード感があるのです。


阿波踊り竹人形、お遍路さん


また最近では阿波踊りだけでなく題材がお遍路やんや野球、ゴルフといったスポーツ竹人形にも発展しつつあります。これらの人形にも動きがあり話声までも聞こえてきそうなのが阿波踊り人形の神髄です。


阿波踊り竹人形


こうして見ていると三味線や笛など鳴り物の賑やかな音にあわせて踊り子が自分に向かってきているようです。袖のあるなしで流派が分かれると言うものの、どちらもいい...細かい部分を見ていると命を吹き込まれた竹達に時を忘れてしまいます。




竹細工の小さな穴

 
チビタケナガシンクイムシ


寒さの苦手な自分は、春がきて初夏に向かう季節は大歓迎ですが暖かくなるとあまり喜ばしくない事がひとつあります。それが竹の虫、今まで何という事のなかった竹籠に粉をふいたような小さな穴があれば要注意!すぐに熱湯処理をしていただきたいと思います。


チビタケナガシンクイ


チビタケナガシンクイムシという竹を喰う害虫の仕業なのです。小さな虫だからと侮ってはいけません、放っておくと竹ヒゴがボロボロになるくらいに穴を開けてしまう事もあるのです。


竹の害虫、チビタケナガシンクイ


久しぶりに籠を動かした後に細かい粉が落ちていて気付く事もあるくらい小さな穴なので見逃してしまう事も多いのです。


虎竹油抜き加工


青竹細工のように山から伐採されてきた竹材をそのまま使わない場合には、竹材は油抜き加工をしますが、この加工すると切り口から触れないほどの熱い油分が噴出します。だから、もし原竹の状態で虫が入っていたとしてもこの時点では完全に退治できているはずです。


炭化窯


ところが、ガスバーナーを使った火抜きをした後でも、熱湯を使う湯抜きで油抜き加工をした場合でも虫が喰う事があるのです。これは防虫効果の高い高温と圧力の炭化窯で処理した炭化竹でも同じです。


鬼おろし


シャキシャキの大根おろしが出来ると人気の竹製鬼おろしは炭化竹を使っい防虫、防カビ効果を高めています。炭化加工をすると若干竹の強さが劣るので歯の部分は竹材そのままなので、画像の虫穴はピンポイントで歯の部分だけ喰われていますけれど、炭化竹の箇所であっても食害に合う事を何千、何万個という竹を扱う中で見てきました。つまり、100パーセント防ぐような事はできません。


孟宗竹伐採


伐竹現場での高齢化と共に竹林の荒廃が進み良質の竹材の確保が年々難しくなってきています。気候変動もあって虎竹の里のように昔ながらの伐採時期をしっかりと守り管理する虎竹でさえ大変な時代です、虫の入りやすい旬の良くない時期の竹材を使わざをえない製品も増えてくるかも知れません。


お気に入りの竹籠や竹細工は日頃から愛情を持って接し観察する事をユーザーの皆様にお願いしたいと思っています。毎日愛用しているような竹籠には虫が喰う事はほとんどありません、別に特別な事ではなく日本人と竹はそうやってずっと昔から付き合ってきたのです。



若い真竹磨き縦ヒゴ手提げ籠バッグ

真竹磨き縦ヒゴ手提げ籠バッグ


磨きの手提げ籠バッグができてきた。磨きとは竹の表皮を薄く剥いで編む竹細工のこと、竹皮のキズやシミなどを綺麗に削ぎ落す形となり編み上がった籠は青々として本当に美しい。


竹磨き


竹表皮が鉋屑のようになっている所をご覧いただくと、なるほど確かに竹表皮を削ったのだとお分かりいただけるかも知れない。


191119090
 

人の青春時代と同じだろうか、竹籠の青々とした色合いの時はすぐに過ぎてしまう。鮮やかさが無くなり、少し落ち着いた色合いになっていく、しかし、これで枯れていくのかと心配する事はない。愛用する年月を重ねるほどに今度は段々と色合いが深まり渋さが増してくる。


大正市場の生簀籠で思い出した鰯籠

 
巨大なイワシ籠


昨日の中土佐町久礼は大正市場にある大きな生簀籠で思い出す竹籠がある、この30年ブログには何度か登場している巨大鰯籠だ。横3.6メートル、奧行き2.6メートル、高さ2.3メートルだから竹籠と言ってよいのか何なのか、とにかく初めて見た時には腰を抜かして言葉をなくした。


鰯籠の材料、孟宗竹


編み込みに使う材料は全て近くで伐採してきた孟宗竹だ。豪快に手割している竹ヒゴを見ていると竹虎でも作っていた、土壁の下地に使う壁竹のようだった。


鰯籠竹職人


目を丸くしている自分に「どうだ、これ」と言わんばかりの職人。脚立を使って編んでいく竹籠など何処にあるというのか?四角い籠の内側に入って仕事される職人を上から覗くとまるで部屋の中にいるようだと思った。


生簀籠


一人では決して編めない籠だった、家族三人がそれぞれ役割分担して息をあわせて作り上げていくチームワークの良さにも心服した。真竹使った土佐の生簀籠も一人では到底作れないサイズなのだが、こうして比べると随分と小さく軟に見えてくる。


鰯籠の海


竹をそのまま使った豪快な姿が格好いい。今では見られなくなった竹の技のひとつではあるが、青空の下、威風堂々と八代海を見つめていた。


続・宮城の肥籠


肥籠職人


昨日の30年ブログの記事で不思議な気持ちが沸き上がると言ったのは、この東北宮城で編まれる肥料ふりに使われてきた肥籠が、遥か南の鹿児島日置の箕と酷似しているからである。


肥籠編み込み


そもそもこの肥籠自体の編み方が独特で箕作りの製法である。だから、この辺りまでの編み込みを比べると、東北なのか鹿児島なのか、どちらで編まれものか分からないくらいなのだ。


スズ竹


肥籠にはスズ竹、桜皮桜皮、藤を編みこんでいく。北と南では竹材が違うのでさすがに全く同じ素材は使われていない。


蓬莱竹


ところが西日本にはスズ竹に負けない柔軟な素材の蓬莱竹(ほうらいちく)がある。鹿児島の箕は蓬莱竹と桜皮を使って編まれるのだ、その編み込みに使われるのは東北の職人さんが使っていたナギナタとよくにた箕刀(ミガナタ)である。




ちなみに蓬莱竹のYouTube動画を作っていますので是非ご覧ください。


古い箕


これらは職人さんの工房にあった古い箕たち、肥籠と同じような素材で編まれているものの箕先(箕の先端部分)が平らなので宮城でも仙南の作りだと言う。


宮城の箕


箕先の尖った仙台より北で編まれていた箕だ。立てた時に箕先が傷まないようにUの字に曲げたソゾミ(ガマズミ)は長めに取られている。


日置の箕


ソゾミは南天のような赤い実のなる木だが曲げてから一旦固まると元に戻らない。日置の箕にはビワの木が使われている。それぞれ山の樹木の特徴を知り上手に活かしているのだが、竹を使った箕のほとんどが網代編みで作らている西日本の中で、まるで飛び地のように突然日置の箕が現れる。もしかしたら、消えてしまった産地があるのだろうか?南北に長い日本地図と、にらめっこが続く(笑)。