スズ竹市場籠はじめスズ竹製品のその後

スズ竹市場籠


自分の持っているスズ竹市場籠は特々大より更に大きな幅51㎝×奧行28㎝×高30㎝の超特大タイプ、持ち手は藤巻きで普通のビニールパイプよりもかなりしっかり持ちやすい感じです。しかし、このサイズでは買い物した品物を入れると女性の方には少し重たすぎるように思います、買出しであれもこれもと欲張ってご購入される男性の方には良いかも知れません(笑)。





前にもお話しさせて頂きましたように120年に一度と言うスズ竹の開花がありました。YouTube動画でご覧いただきショックを受けた方もおられるかも知れませんが、まるで枯れススキを見ているようです。


スズ竹弁当箱


竹がなくなるという事は実は自分達にとっては深刻な事で、良質の竹材が手に入らないからと言う理由で大きなメーカーさんの廃業があるほどなのです。竹弁当の中の竹弁当と常々言っていますスズ竹弁当箱も無くなってしまうのでしょうか?


スズ竹魚籠


スズ竹一本手提げ籠


軽くて丈夫なスズ竹魚籠や、以前は職人さんが作ってくれていた一本手のスズ竹手提げ籠などレアな籠は無理としても定番的なスズ竹は少しづつでも続けていきたいと強く思っています。


スズ竹市場籠、竹虎四代目(山岸義浩)


竹材自体が少なくて選り好みできる状態ではありませんので若干竹ヒゴの色合いが違う等見栄えに違いがあるものの、スズ竹市場籠が出来あがることがあります。品切れでご迷惑をお掛していますけれど、ウェブサイトの買い物カートの下に「入荷お知らせメール」というリンクがありますので、そちらからご登録しておいて下さい。いつになるかお約束はできないのが心苦しいですが、ご用意できました際には優先してお知らせさせて頂くようにしています。


シダ編み籠とメゴ笹洗濯籠

シダ編み籠


シダ編み籠ほど耐水性のある素材は他にはなかなか無かったのでプラスチックの大量生産が始まるまでは台所では食器籠として、お風呂の脱衣籠として欠かせない暮らしの道具でした。年配の方にお話しを伺うとシダを専門に扱う業者がいたそうなので、現在のように職人が自ら山に入って自分が編むだけの材料を集めるような事とは比べものにならない程、大量の籠が必要とされ生産されていたのです。





現在では編むことの出来なくなった、ざっくりと編まれた大ぶりな籠はどこの家庭に行っても一つや二つはありました。小学校の頃は山鳥を捕まえるワナを仕掛ける際にシダを使うこともあって素材の特性は自然と知っていましたので、それを籠にするのは理にかなっているなあと子供心に思ったこともあります。


メゴ笹籠


実はメゴ笹洗濯籠とシダ編み籠は性質が似ていて編まれる籠の形も同じようなものがあります。高い耐水性もそうですが伐採してからすぐに編まないと硬くなって使えなくなるのも同じです。普通の竹材なら長期間材料として置いておけますが、シダやメゴ笹は素材のままの保管ができないのです。近年、シダ編み籠もメゴ笹籠もほとんど見られなくなった理由にはこのような素材の特性があります。






竹手提げ籠バッグのいろいろ

スズ竹手提げ籠バッグ


竹の花が咲いて竹林全体が枯れてしまったスズ竹は材料不足から製造が止まっている。特に長い竹ヒゴを使う大きなサイズの市場籠などは皆無と言ってもいいほど作れなくなった。このような小さなスズ竹手提げ籠にも所々色の違うスズ竹素材が使われている、以前なら使われることのなかった竹材でも今の状態ではあるだけ有難い。





120年に一度とも言われる歴史的なスズ竹の竹林の様子はこちらの動画を是非ご覧ください。


竹手提げ籠バッグ


先日出来あがったばかりの黒革持ち手の手提げ籠バッグは見るからに若々しい。


一閑張り買い物籠


一閑張りは竹生地に土佐和紙を貼り付け柿渋を塗って耐久性を高めた昔ながらの技法だが、意外と知られていないことに驚く。自分が発信する事によって一閑張りに光が当たったことは本当に嬉しいが下地として隠れてしまっている竹編みから国産にこだわるのは竹虎だけではないかと思っている。


籐バッグ


籐はつくづく便利な素材だ。日本には成育していないので100%輸入素材ではあるがそれを日本の感性で形にして愛用されているものは多い。


網代手提げ籠バッグ


昔は黒っぽい竹籠バッグは時期的に敬遠されたものだが今では季節はあまり関係なくなった。


赤い籠バッグ


朱赤の竹籠バッグ、本来はあまり好みではないけれど竹林の緑に映えると思っていた。手にされる方がどんな格好で持って歩かれるのか一度街中で会ってみたいと願っている。


渡辺竹清作煤竹バッグ


網代の手提げ籠といえば渡辺竹清先生。風格が漂ってくる。


国産山ぶどう買い物籠


輸入のものが増えて技巧を競うような山ぶどうには興味がないが祖母から母から編み方の手ほどきされたと言う昔ながらの素朴さには心を打たれる。


白あけび


この白あけびが200年経ったらどうなるか想像できるだろうか?伝統を繋いでいるのは自分達だけではない。


土佐網代手提げ籠


結局この土佐網代の手提げ籠。人懐っこい笑顔のあなたを思い出しながら持っていく。


メゴ笹洗濯籠の編み方

メゴ笹洗濯籠


青々としたメゴ笹籠を見ると、この季節になったのだなあと思います。はっきり測ったことはないものの竹は伐採したばかりの水分を含んだ時と乾燥させた竹材では体感で3倍くらいの重さがあります。工場で乾燥させて製竹された竹を持って「竹は意外と軽いね...」などと話されるお客様がいましたけれど、山の職人さんが虎竹の里の急勾配の斜面で担ぐ竹は全く違うのです。このメゴ笹にしても伐採してすぐに編まれていますからズシリとくる竹の命を感じる重さです。


メゴ笹籠


ところが、これが自然に乾燥してみるみる色が落ちついて来ると軽く、同時に編み込みがカチリと締まり使いやすい籠になるのです。


メゴ笹、おかめ笹


メゴ笹は地方によってはオカメ笹とも呼ばれています。細い丸竹のまま編み込みに使うので毛羽立ちがなく繊維への引っ掛かりがありませんから脱衣籠として多用されてきました。昔の銭湯によく使われていたのを思い出される方もいるかと思います。


メゴ笹籠


メゴ笹の材料によってはこんなに大きなサイズの籠があまれる事もあります。油抜きもせず自然素材そのままに編み込みますが高い防水性がある素材で椀籠としても重宝されてきました。


メゴ笹深籠


近年は生活様式の変化や多様化によって、以前は編まれることのなかった深籠も作られます。


メゴ笹籠


メゴ笹細工は竹素材の太さや長さによって籠の大きさが決まりますが、実用的な籠が世帯あたりの人数が少なくなっていますので、このようなコンパクトサイズが編まれるのも現代の竹細工の特徴です。





茶碗籠に魅かれている

片口ざる、竹虎四代目


様々な形や大きさ素材の違う竹籠には、それぞれ用途があり長く長く日本人の暮らしと共にあった。身近な存在であり意識するこもなレベルだったものが妙に魅力的に大切に思えてきたのはここ10年くらいの事ではないか。


米研ぎざる


今でも日常的に台所には竹職人が手編みした製品が多々あって普段使いされている。そんな籠たちの中で一番魅かれるのが茶碗籠なのだ。実はこれには幼い頃からの原風景が関係している。


メゴ笹籠


高知には「お客」という文化があり主に冠婚葬祭や神事などに親類や隣近所、友人たちが集まり大宴会が催されてきた。酒豪の国と言われているので単に宴会好きなのだと思うが、とにかく誰もがやって来てお酒を酌み交わしワイワイ騒いでいる。そこで活躍するのが茶碗籠、入れ代わり立ち代わりやってくるお客さんの食器を洗っては干し、洗っては干しの繰り返しに庭先まで使って茶碗や小皿やコップが干されていた。


茶碗籠はもちろんてだが、大きな竹ざるが使われたり竹だけでなくメゴ笹籠もシダ編み籠でもとにかく通気性のよい籠は総動員されていた。


シダ編み籠


山のように積まれた食器の入った竹籠から、日頃は難しい顔をして畑仕事している大人たちが皆が笑顔で楽しそうなのをずっと眺めていた。茶碗籠にはあの当時の温もりや懐かしさをどうしても感じてしまうのである。


洗いぞうけ


一番多く活躍していたのは、この竹籠だろうか。反対に伏せたら亀の甲羅のように見えることから、亀ざる等とも呼ばる孟宗竹と淡竹を使って編まれてきた洗いぞうけだ。これは5尺3寸で編まれていた一升ぞうけより一回り小さい4尺3寸というサイズだが、どこの家庭にも数種類のサイズが揃っていて用途により使われていたように思う。


竹籠が大量生産されていた当時には男女でそれぞれ仕事の役割分担があってネギ(細い竹ヒゴ)やタツ(幅広の竹ヒゴ)を取るのは男衆、編みは女衆が担当する。ちょうど先日ご紹介した廻栖野竹細工でも全く同じだったが一本の竹を割って、ネギやタツにするのは力仕事だから全国どこにいってもそうなのである。





さて、真竹を使った茶椀籠のYouTube動画ができた。どのように編まれているかをご覧いただくと、その手業の素晴らしさに驚き、お使いになられている方なら愛おしさが増すことは間違いない。


竹の魅力は奥が深い

無双編み籠


無双盛籠を漆で仕上げて欲しいというご注文をいただきました。それ自体はそれほど珍しい事ではないのですが、その理由が湿度の高い海外で使用するからという事なのです。そもそも竹は温暖で湿潤な地域に広く成育していますので竹細工や竹製品も多用されているはずなのですけれど、今までの竹籠はどういう訳か長く使うことができなかったと言われます。


無双籠


漆で加工して耐久性がどこまで高まるのか個人的にも非常に楽しみにしていますので仕上がりを心待ちにしている所です。漆は湿気に強い耐性をもっていますので、高温多湿の土地でその真価を発揮してくれるのではないかと期待しています。


ところで、この籠は無双編みの名人が修行をはじめて頃に編んだ古い籠です。どうでしょうか?見た目は拭き漆でも施したような質感です、もしかして既に漆加工した籠は今までに作ったことがあったのでしょうか?いえいえ、もちろん違います、漆は使っていません。名人が数十年前に編んだ籠は、長い時間の経過で元々は白かった竹がこのような風合いに変色しているのです。竹の魅力は奥が深い、しみじみ感じます。



トンノスという名の背負い籠

トンノス、背負い籠


冬は雪で閉ざされるに違いない急な山道を登っていくと道路工事のために通行止めだ。慌てて違うルートを探すと何とか車一台が通れるだけの道幅がある田んぼをぬうように走る道が見つかった。そうして2時間近く遠回りして、ようやく辿り付いた農家さんにあったのが「トンノス」と呼ばれる背負い籠だ。


山芋籠


背負い籠と言うと昔から農作業、山仕事に多用されてきたので竹虎にも六ツ目の定番の形を含めて7~8種類の籠があったが現在ではあまり作られることもなくなった。





先日の動画に登場した山芋籠なども、鰻ウケを入れて撮っているので冗談のように思われる方がいたらいけない。本当にあの籠は山で掘った長い山芋を、そのまま持ち変えるための背負い籠なのである。


トンノス、背負い籠


この「トンノス」という背負い籠も製作できる職人はただ一人となっている。鳥の巣に似ていることから知らぬ間にトンノスと名前がついた、縦の丈夫な骨竹には孟宗竹が使われて、横編みにはしなりのある真竹が使われている。藁で編まれた背負い紐を見ていたら、在りし日の名人を思い出して胸が熱くなった。





毎日の暮らし潤う、粗編み四ツ目籠たち

白竹ランドリーバスケット


またまた毎日の暮らしが少しだけ楽しくウキウキしてきそうな竹籠たちが出来あがります。こちらの竹籠は、皆様もよくご存知のスーパーマーケットで使われているプラスチック製の買い物籠をモデルに製作しています。最初はプラスチックの買い物がスッポリと中に入ってしまうのも良いのではと構想練っていましたけれど、出来あがりサイズを考えると大きすぎます。


洗濯籠


とにかく一つ形にするという事で出来あがった籠でさっそくスーパーに行ってあれこれ買い物してみました。帰って重量を測ってみたら4キロもありましたが、ビクともしない丈夫な籠です。しかし、どうでしょうか?


形はスーパーの買い物籠に近いものの手提げ買い物籠としてお使いいただくよりはランドリーバスケットとして活躍できるのではないかと思っています。こうして持ち手を折りたためば洗濯機の横に置いても邪魔になりません。洗ったあとのお洗濯を運ぶ強さはさきほど申し上げた通り全く問題ないのです。


白竹粗四ツ目衣装籠


先日、同じ白竹を使った四ツ目タイプで衣装籠をご紹介しています。竹籠好きの方でしたらハッと目にとまる新鮮さを感じるのではないかと思います。


ランドリーバスケット


自分はいつも竹に囲まれて当たり前になっていますが、それでも沢山ある竹製品の中でふと手にとって心安らぐ気持ちになる事があります。普段、自然素材の籠など身近に置かれていない皆様でしたら尚のこと毎日の暮らしに潤いを感じていただけると思っています。



昭和の竹製段ボール

荷物籠


さて、昨日の梨籠に続いて同じく昭和40年代まで大量生産されていた六ツ目の角籠をご紹介したいと思います。梨籠が果物類を中心に入れられていた竹籠だとしますと、こちらはもう少し大きな白菜やキャベツ、大根などの野菜を運ぶための物だったそうなのです。


角籠


六ツ目の角籠と聞いて、まず思い浮かんだのが別の古老の職人さんの工房で見かけたことのある籠でした。大きなサイズですと野菜の重さも相当なものですから、このようにしっかりした力竹の入った籠を想像していたのです。


復刻した角籠


ところが復刻された籠はもっと簡素化されて沢山編むことに特化した籠でした。梨籠同様に規格化されたものだったと言いますから、やはり型があって複数の職人が作っても同じように完成するよう工夫されていました。


荷物籠


復刻された籠は真竹ですが、恐らく大きく丈夫な孟宗竹も使われた事と思います。薄い竹ヒゴで編まれた籠は一見弱そうにも感じるものの、竹特有の粘りしなりで重たい野菜を入れての持ち運びだとしても何度も繰り返して使えた事と思います。


昭和のダンボール


消耗品としての籠ですから何処を探しても見つからないのですが、現代に自分達が遠くから送られてきた段ボールに再び荷物を入れて再利用するようにこの角籠も壊れるまで使われたのでしょう。まさに昭和の竹製段ボールと呼ぶにふさわしい強者です。



50年前まで活躍した梨籠とは

梨籠


昭和40年代まで盛んに製造されていた梨籠という籠があるのです。2月28日の30年ブログ「日本に65歳の叩き上げ竹編み職人がいない理由」に登場する当時の段ボールのような野菜や果物を入れて出荷するための簡易な編み込みの竹細工です。


古い梨籠


かなり古い時代に編まれたものが現代にそのままの形で復刻できるのは型編みといって梨籠の型が用意されていて、その型に合わせて編み込んでいたからなのです。


籠


それでも、こうして長い時を経て今の時代の日本にただひとつだけ戻ってきた籠には感慨深いものを感じます。復刻いただいた職人さんの工場には70人の職人がいて機械で次から次に取った竹ヒゴを使い一人が一日に100個の籠を編んでいたのです。


網代底水切籠


50個を重ねて出荷するのも男達の仕事だったそうです。重ねられた竹籠など今ではご覧になられた事のない方ばかりだと思います。もし、そのような機会があればそれは恐らく中国や東南アジアの竹細工です。国内では、このような網代底の水切り籠を6サイズも重ねて製作できる仕事が残っていますが本当に極一部です。


50個を一括りにして出荷していたような古き良き時代、しかし思えばつい数年前までは虎竹の里の近くにも身近に大量にある孟宗竹で編まれた盛籠がトラックに満載されて運ばれていたのです。