虎竹の里の竹伐りについて

虎竹山出し


竹は年がら年中山に入って伐採しているように思われちょりますが、実は伐る時期というのが昔から決まっていて、虎竹の里ではその期間にしか虎竹を伐る事はないがです。そして、ちょうど今日が今年度の竹の伐採最終日になっちょります。だから山の職人さんにしたら、ここ数日は伐採ラストスパートやったがです。品質管理上、このという期日を設けちょりますので、とにかく今日までには竹林に入り竹を伐らねばなりません。山にあがると竹林のある斜面のアチラコチラに竹が伐り倒されちょります。山出ししやすいように伐り株を下にして倒されています。この竹達を枝打ちし、あらかた長さも整えて山道に出して束ねたら竹搬出機械の出番になるのです。


竹出しよう運搬機


先日は虎竹の里で交通事故ぜよ!と、言うても普通の事故ではなくて虎竹の里ならではの特別なトラブル。山道で竹運搬機が曲がり切れなくなって傾いてしまったのです。後ろに長い虎竹を積んで、ゆっくりゆっくり山を下りますが、それぞれの山道に難所のような所があって急カーブになっている所は要注意なのです。歩くだけなら何という事もないのですが、カーブに竹が突っかかり、前の運搬機が曲がれなくなってしまう事があるがです。こうなってしまうと、前に行く事も反対にバックする事もできず、まっこと(本当に)進退窮まった状態になります。いやいや、けんどご心配無用ですぞね。こんなアクシデントは山では当然の事のように起こりよります。確かに大変な事ではありますものの、まだ今回など竹の束が少ないので別に何と言うほどの事はない程ぜよ。


こんな事がありながら虎竹達が山を下り土場に運ばれてくるまでには、まだまだ結構大変な試練が待ちうけている事があるのです。トラックに積み込まれて土場に降り立った後も選別され、工場に運ばれ、切断や油抜き加工されて、更にそれぞれの竹製品、竹細工として生まれ変わり、お客様の手元に運ばれていく。そんな決して平坦ではなく、長い長い道のりを思いよったら、こんな些細な交通事故などは遙かな旅立ちのほんの序章に過ぎないと思うがです。



御用籠の思い出

御用籠


皆様の所では、どうですろうか?自分の小さい頃には虎竹の里のような田舎には、色々な商品を背負った行商の方が来られちょりましたぜよ。その中でも近くの漁師町からやってこられる干物の行商の方の事は、何十年経った今でも、結構ハッキリ覚えちゅうきに人の記憶は不思議なものです。その、おばちゃんは年期の入った竹の角籠を、濃い茶色い風呂敷で包み肩に背負って来られよりました。角籠は、かつては自転車やバイクの荷台に縛られちょった籠です。そう言うたら、昔の仕事用の自転車にはお決まりのように、幅の厚い真っ黒なゴムで固定した籠が付いちょりましたにゃあ。丈夫な力竹が縦に横に入ったもので御用籠などとも呼ばれた竹籠でした。


さて、おばちゃんが風呂敷をほどいて、背負った荷物を下ろすと、何とも玄関先が干物の香りに包まれます。思わず、のぞき込む大きな籠の中身は実に機能的に収納されていました。知らない町から来られた、ニコニコしたおばちゃんの話は楽しかったし、まっこと子供心にも心待ちにしていた事を覚えちょります。


虎竹の里にある安和駅は今は無人駅となっていますが、当時は駅員さんも何人かおられるほどの立派な駅だったのです。自分は隣町の幼稚園に汽車通学しよりましたので、母に連れられ乗車する朝の便からは、大きな荷物を背負った行商の方が一人、二人と降りられて改札を抜けて行かれるがです。今日は、あの竹籠に何が入っちゅうがやろうか?あの別のおばちゃんは、何を売りに来られているのだろうか?ウチに来てもらっても自分は話も聞けない残念やにゃあ。汽車の車窓からそんな事を思いよったがです。


ブランケットの心使い

メゴ笹洗濯籠


このメゴ笹の籠は、瑞々しくて、竹肌の手にしっくりと馴染んだ感じがエイにゃあ。使い込んだ籠にはない、ズシリと感じる質感もたまらんにゃあ。出来たら、ずっと自分の手で提げて行きたいにゃあ...。そう思うて荷物で送る事は止めたのです。空港に行ってから「ありゃあ!」と思いましたぞね。田舎者なので考えもしませんでしたけんど、もしかしたら、こんな大きなサイズは持ち込めないのではないろうか?手荷物でいけるのかにゃあ?心配したとおり、声をかけられます。


「これは何ですか?」


何ち、見たら分かりますろう。冬いうたち、南国土佐は日差しも強いですきに。


竹虎四代目と籠


「帽子です(無理矢理)」


お預かりする事もできますが?


「大事な物なので、とても預けられんがです」


そんな無理を言わせて頂いて、検査場を通過して何とか機内まで手に持って入る事ができてホッと一息ながです。けんど、今度は手荷物棚に入れられません。前に楽器を運ばれる奏者の方が二席分予約しておいて、隣の席に大切な楽器を置いておくと言うような話を聞いた事がありますけんど、さすがに、そんな事はできませんぞね。棚に入れるのに四苦八苦しよりましたら、客室乗務員の方が来られて手伝ってくれます。


機内荷物棚


なかなか上手く収まりませんでしたが、さすがに手慣れちょります。何とか斜めに固定して頂いて棚の扉も閉める事ができたので安心して眠ることができたがです。さて、飛行機が到着してメゴ笹籠を取りだそうと扉をあけると、


ややっ...!?


何とビックリしましたぞね。知らない間に籠の下にブランケットが敷かれちゅうではないですか!?客室乗務員さんが笑顔で言うてくれます。


「お客様が、とても大切に持たれていたので...」


まっこと、さすがに人をよく見てくれちゅうぞね。大事に運んでいるのを知ってくれていたようですちや。仕事とは、人に喜ばれる事だと思いますが、本当にこのような心くばりには感動するがです。


大きな竹籠を持って、乗り物に乗って行くなど、宅配もあるし、何でも便利になっている今の時代にはあまり考えられない事ではありますが、お年寄りの職人さんからお話など聞くと、交通機関の発達していない昔は生産された竹製品を沢山手で提げて、あるいは背負って遠くの取引先様まで運ぶのは普通の事でした。たった一つの竹籠を提げて行く事と、ご苦労も多かったと思う昔の事とは比べものにもなりませんが、大変な思いをしながらの旅だからこそ、もしかしたら、たとえ本当に小さな親切であったとしても、心に染みたのではないかと、つくづく思うがです。


エビラ(竹編み平かご)70年

エビラ(竹編み平かご)


エビラ(竹編み平かご)は、もともと蚕を飼うための蚕棚で使われていた道具なのです。一昔前には養蚕は日本各地で広く営まれちょりましたので実はそれぞれの地方に養蚕用に使われていた竹細工が残されています。高知ではエビラのような四角い木枠のものが多いですが、四角形の物でも竹枠であったり編み目が網代網でなく六ツ目だったり、また丸い平ざるを使われていた所もあったようで、同じ蚕用という目的でも色々あって面白いものやにゃあと思うがです。


当時、蚕は家族同様に大切にされていたと聞いた事がありますぞね。馬や牛など家畜も大切な労働力であり今で言えば耕運機のような存在です。だから家の中で飼うほど大事にされていた頃の事です。蚕も家の中で一番温かい天井裏のような所に設えた棚で、大事に大事に育てられていたようです。だから蚕を飼っていた竹ざるは長い年月の間に囲炉裏の煙に燻されて、自然と何とも素晴らしい光沢になったものも沢山あります。


このエビラは職人さんが子供の頃から家で使われていたもので、何と70年前のものとの事ながです。竹が傷んだ所をビニールバンドで修復していますが、まだまだ普通に使うことができるのも蚕を大切にすると同じように、このような道具類も大切にされてきたからですろう。それにしても70年は凄いぜよ。今でも自分が育てた野菜を干したりして役立っている姿を見ると、使う方の愛情や手入れもさる事ながら竹の強さを改めて思わずにおれないのです。そして、まだまだ先の事かも知れませんが、いよいよ天寿を全うする事になれば、土に還る。本当に日本の道具というのは素晴らしい、いつもながらに思うがです。


セント・ジョン・ディバイン大聖堂の不死鳥

セント・ジョン・ディバイン大聖堂の不死鳥


もうひとつ、ニューヨークでのお話をさせてください。昨日の有名宝石店から外に出て北に進むとセントラルパークがあり、そして、そこから更に北西方向に上がって行った所に荘厳なセント・ジョン・ディバイン大聖堂があるのです。教会には、あまり行く機会がありませんが、せっかくこのような素晴らしい建物があります。中を拝見させていただこうと階段を上っていきましたぜよ。


すると、その不死鳥は大聖堂の見上げるほど高く広々とした空間を、静かに、ゆったりと飛んでいるかのようでした。兎に角大きな作品ぞね、中国人アーティスト徐冰(Xu Bing)さんが創作された重さが何と6トンあり、長さは30メートルという大迫力!


徐冰(Xu Bing)さん不死鳥


ゴチャゴチャと色々な素材を組み合わせて作られていますが、これが全て廃材と言うからビックリしますぜよ。金属やプラスチック等、様々な形を組み合わされて、悠然と行く不死鳥から目が放せなくなっちょったがです。頭の方から観ても格好がエイのですが、尻尾の方から観ても悠々と飛んでゆく後ろ姿。この作家の力強い意志ですろうか?まっこと惹かれるぞね。


徐冰(Xu Bing)さんフェニックス


捨てられる色々な素材を組み合わせた巨大な鳥ですが、少し気になって真下に行ってみましたちや。ややっ!?さすが中国らしい素材を発見しましたぜよ。


不死鳥に竹


おっと、不死鳥の脚の部分に使われているのは竹ぜよ!


もう二十数年前の事かと思いますが中国の竹工場を見学に行った時に、山のテッペンから麓まで竹に覆われたような竹山が道の両脇に続く光景に目を白黒させちょりましたら、現地の竹工場の社長さんが言われていました。


「1週間、車で走り続けてもずっとこんな景色ばかり続く場所がありますよ」


その言葉を聞いて、スケールの大きさは国土の狭い日本とはまったく比べものにならないとつくづく思った事ですが、それだけ竹が多く、身近に感じながら生活の中にも深く浸透している竹文化です。


中国のアーティストが様々な素材を集めて創り上げたフェニックスの足元には、おそらく唯一の天然素材ではないかとも思ったのですが、竹がしっかりと使われているのが嬉しかったがです。まっこと、たったこれだけの事なのですが、今まで知らなかった作家の事も、この壮大な作品にもどういうわけか親近感が100倍になる!竹の心は不思議です。


黄門様の印籠にように

虎竹名刺入れ


さて1月も今週だけになりましたちや、まっこと早いですにゃあ。ついこの間、年が明けたばかりと思っていたら...これは2015年もうかうかしていたら何もしない間に終わってしまいそうぜよ。


おっと、そう言うたら昨年の事で思い出した話しが一つあるがです。18年ぶりにニューヨークに行った事は何度もお話させてもらっています。ところが、せっかくの世界一の大都会にいながら、自分はデパートはじめショッピングには一度も行っちょりません。ええっ!?本当?と、思われるかも知れませんけんどマジです。田舎者ですのでファッションにも何にも疎いし、そもそもブランド品もあまり好きではないので、どうしても行きたいと思うような所が無いのです。


さて、そんな面白くも何ともない男ですが、何があっても行きたい、いや行かねばならないお店が一つだけあるがです。その店は、あの有名な映画の題名にもなっちょりました。誰もが知る高級宝石店、日本の百貨店にも沢山お店が入っていますが、この街にその本店があるのです。そのお店こそ何を隠そう渡辺竹清先生が竹編みされたパーティーバックを販売されていたという店なのですちや。


18年前に来た時にも、あまりに場違いな感じに圧倒されつつ、きらびやかな店内を恐る恐る入って一周しただけで帰ったのですが、今回は二回目ですので少しなんか違った事がないかにゃあ。そう思いながら入ると、正面に立った大柄な男性に呼びとめられたがです。


「何か、お探しのものがありますか?」


竹虎四代目


なるほど、少し風変わりなお客だと思われたかも知れませんぞね。なにせ竹虎前掛けは当然やけんど、首にはタオルを巻いちょります。広い店内にも、さすがにこんな格好の人はいませんでした。後ろに視線を感じて振り返ってみると、入り口に立っていたもう一人のスーツ姿のイケメンも何やらコチラに熱い視線を落としちゅうではないですか!?


「風変わりを通り越して不審者のように思われちゅうろうか...!?」


焦って「これはイカン!」とりあえず自分が何者か説明せねば。そう思うてサッと内ポケットから虎竹名刺入れを取り出しましたぜよ。


「It tiger bamboo in japan.only one in the world!!!」


文法的にどうか分かりませんけんど、こう言いました。ハッキリと大きな声で言いました。そしたら短い沈黙のあと、その警備のチーフらしき方は少し待っていてください、そう言うて立ち去って行ったのです。とにかく大きな身体の方がいなくなって安堵しましたぞね。ようやく辺りを見渡す余裕もできてキョロキョロしながら待っていると、ニコニコ笑顔で帰ってきましたちや。手には店内の案内パンフレットを提げていました。


「良いお買い物を(と言うたと思う)」


おお、さすがは日本唯一の虎竹ぜよ。まるで水戸黄門の印籠のようではありませんかっ!?右手に名刺入れを、しっかり掴んだまま店内の奧に向こうて歩いて行ったがです。


さて、その後のお話です。頂いたパンフレットを見てビックリしましたぞね。実はこの店舗の売り場は一階だけではなかったのです。前に来た時には、そんな余裕も無いので全く気付きませんでしたが、何と正面奧には上の売り場に行くエレベーターがあるがぜよ。確か四階までありましたろうか?最上階はお得意様専用フロアのような感じでしたが、三階、二階とそれぞれ個性的な宝飾類が展示されていました。貴金属と異素材を組み合わせた一点物のような作品も並んでいます。


なるほど、一階には指輪やネックレスなどは沢山ありましたが、渡辺先生の作品のようなバック類などは見当たりませんでした。つまり、パーティーバックは一階ではなく階上のこのような又雰囲気の違う売り場で販売されたものだと、この時にやっと始めて知ることが出来たのでした。今思うたら、それを教えてくれたのはあの入り口の警備の男性のお陰。そして虎竹製の印籠のお陰という事ですろうか。


玉ネギドレッシング

竹の鬼おろし


竹の鬼おろしで大根おろしを作ると、まっこと最高に美味しいので是非お試しいただきたいがです!ええっ!?ご存じなかったかですか!?ブログでは何度も言っているので耳にタコができた方もおられると思うのですが。それはイカン、せっかくの楽しいお食事の時間を。こじゃんと損しちゅうかも知れませんぜよ。特にこの寒い季節は大根が美味しいです。自分も職人さんや近くの方に畑で作った大根を頂きます。そんな大根や野菜で夜には鍋料理というご家庭も多いのでは?みぞれ鍋などもエイのですが、自分は鍋の胡麻ダレにタップリの大根おろしを入れるのが定番。ああ、、、書きながらヨダレが出そうですぞね。


摺りおろし野菜


けんど、摺りおろすのは大根だけではありません。鬼おろしの使い方のページでは色々な野菜を使った美味しい料理が出来るまでをご紹介させてもらっているのです。ニンジンやリンゴなどを使いましたが、ひとつ今日オススメしたいのは玉ネギなのです。最初は玉ネギと聞いて結構意外に思ったものです。生でサラダで食べても、炒めても煮ても美味しいので、大好きな野菜のひとつではありますが摺りおろして一体にどう、何に使うのか?最初はカレーに入れるくらいしか思いつかなかったのです。


玉ネギドレッシング


ところが、自分が竹の事を考えるように、料理の事を色々と考える方もいるようですぞね。シャキシャキに摺り下ろした玉ネギをドレッシングに混ぜて使うがです。なるほど、これは素晴らしいアイデアぜよ!市販のドレッシングが、こんなちょっとしたひと手間で何倍も美味しく、また栄養価も高い。自家製スペシャルオニオンドレッシングの完成なのです。自家製と言うのが手作り感もあってエイですにゃあ。生野菜をバリバリ、いつもより一杯食べて大満足。そして健康なので言う事なしながです。



染網代衣装かご

染網代衣装かご


かつての日本のご家庭は畳文化でしたので、畳の部屋で使うのに機能的な生活道具が沢山あったと思います。それは今のフローリングの住宅でも使えるモノもあれば、現代の生活にはあまりそぐわないモノもあると思うがです。この竹編みの衣装籠などはどうですろうか?自分の小さい頃には、友達の家に遊びにいっても親類のおばちゃんの部屋に入っても、だいたいの部屋の片隅にはこのような衣装籠が置かれていたように覚えちょります。


ある夏の夕方、近くの友人の家で遊んでいると、地下足袋にダボダボのズボンを履いた父親が仕事から帰ってきます。すると土間からあがって、まず向かう先がこの衣装籠でした。ここには普段着の着物が畳んで置かれちょって、まず、着物に着替えてから縁側などに座りくつろいでいたのです。自分の子供の頃には、このようにリラックスする、在宅の時には着物姿という方はまだ結構おられましたぜよ。そして、着替えに必需品のように使われよったのがこのような竹網代編みの衣装籠だったワケです。


衣装籠


生活様式の違いか、段々とこのような籠は使われなくなり、今では旅館さんなどで一部見かける事があるくらいですかにゃあ。当時の衣装籠は大量生産されていましたので、少し下品なくらいのテカテカと輝くようなクリア塗装をかけられたりしてました。けんど、それが今では反対に古さを感じさせ、ノスタルジックな味わいとなっているので不思議です。このような衣装籠も、もう編まれる職人さんもいないので、今後新しい品を見ることはないですろう。そう思えば時代の最後の生き証人のような感じです。最後のひとつは、お客様にお分けすることはやめましたぜよ。ここに残しておきたいと思っているのです。


日テレ「トリックハンター」!?

虎竹の里


田辺小竹さんのテレビ取材が無事終わったと思ってホッとしていた矢先、たまたま電話を頂いて、今度は別の番組の取材にお越しいただく事になりましたぜよ。さすがに続くと自分達にしましても大変ではありますが、日本唯一の虎竹をしっかりとご説明させてもらい、その美しさや職人の仕事を知ってもらえる機会とあれば何度でも大歓迎なのです。


日本テレビさんの「トリックハンター」という番組との事でした。トレジャーハンター?それは宝探しの人の事やろうがえ...。そんな事言うてお待ちしよりましたら、やって来られましたぜよ!背中にリュックサックを背負われて、宝探しの冒険家と言われればそういう雰囲気も無きにしもあらずながです。けんど、それもそのハズです。日本唯一の虎竹を探しに来られちゅうのだから、トレジャーハンターと言うのも、まんざら外れてはないと思うのです。


日本テレビ「トリックハンター」取材


虎竹の山に入りますが沢山の機材を積んで大勢で来られる場合でも、こうして、たったお一人でカメラを持参されてお越しいただく取材でも、お話させていただく事は、まったく同じですし、自分の思いや熱もまったく同じです。今日は少し調子が悪いにゃあと思いながら仕事場に来た日でも、やはり竹と向き合うと自分の中の本気が勝手に走りだします。まっこと嬉しいというか、有り難いと思うのはこうやって虎竹の里に来られる皆様が自分達と同じように真剣であるという事ですろうか。それは仕事としてであろうと、プライベートで見学に来られたとしても、今までも誰一人として面白くないような顔をされた方は居ませんでした。しかし、それはもちろん自分達の何かではなく、この日本唯一の竹林の力であり、120年の歴史の力かと思いよります。


日本唯一の虎竹


竹林で見る虎竹と工場の竹林では竹の表情が随分と違います。山に生えている虎竹は同じ竹であっても、虎模様の良く付いたもの、付いていないものが混在しちょります。だから、その竹林にもよるのですが、竹林全体で見た時の竹の雰囲気は青く明るい感じです。ところが、竹虎の工場に運び込まれる虎竹達は、土場で山の職人さんに選別され、それを今度はもう一度自分達が選別した虎模様の美しく浮き上がる一級品だけなのです。だから油抜きの加工をする前の竹達も堂々としたもの、すでにエース級の貫禄を感じされる強者ばかりながぜよ。


虎竹油抜き取材


「魅せられちょりますろう...」


思わず、こんな自慢するような事を話しかけそうになったがです。けんど、この取材の方のカメラの画面を覗き込む目は明らかに、この竹と炎の共演に魅せられちゅうと感じましたぞね。まだ色合いも全くない虎竹が炎に熱せられると油分が吹き出して、それと共に竹表皮に隠されていた虎模様がクッキリと浮かびあがるのです。そして思いました、もしかしたらマジックショー?初めて、この油抜きをご覧になられる皆様にはこのガスバーナーがマジックショーに出てくる不思議な箱に見えよりますろうか?いやいや大袈裟やにゃあ、けんど、これが自分の正直な感想。


どうしても今日の最終で帰らねばならないので、帰りの飛行機の時間が気になられているはずなのに、ガスバーナーのアッチからコッチから撮影して離れようとしないのは先日のテレビの方々と同じですぞね。取材の方のそんな横顔を拝見しながら、こじゃんと嬉しくなってくるがです。


虎竹孫の手


最後に少しだけインタビューがありましたぞね。ここで虎竹孫の手をご紹介させてもらいましたが、スタジオで出演されちゅうタレントの方に向けて話しかけるワンシーンがあるはずながです。ほんの一瞬ですきに見逃さないようにしとうせよ!来週の28日(水)夜7時から日本テレビ「トリックハンター」実は自分はあまり観た事がなかったのですが、昨年の夏からスタートしている内村光良さんとベッキーさんが司会をされている楽しい番組ぞね。お時間ある方は是非ご覧いただきたいがです。


田辺小竹さんテレビ取材

田辺小竹さんテレビ取材


来月あたりに放映予定の、とある人気バラエティ番組で、竹工芸家の田辺小竹さんが取り上げられる事になったがぞね。今までは、このようなテレビ番組にはあまり出演される事はなかったそうですが、今回は全国放送で長時間に渡って田辺さんを取り上げて頂ける事と、やはり制作に関わる方の人柄や熱意で引き受けられたそうですぜよ。


テレビにしろ雑誌などにしろ取材などと言えば自分達の場合には、今までお断りするなど考えた事さえなく、全て来る者は拒まず(笑)でチャレンジしよります。その最たるものが一昨年の「ザ!鉄腕!DASH!!」ですろう。あの夏は会社や職人、ひいては地域の皆様や地元高校の方々まで巻き込んで、まっこと大変な思いをさせてしまいましたので、まあ、何でもやり過ぎるのは困りものですが、田辺さんのそんなお話をなるほどと思いながらお聞きしていました。


番組などによっては、それぞれ伝え方や見せ方があります。竹芸家の方ですので竹への思いや技へのこだわりに焦点をあわせて、多くの方にお知らせできるのであれば良いのですが、もしそうでない場合はお断りする事も当然あるがですろう。ただ、今回の番組では竹の事を忘れかけた方の多い今の日本で、少しでも竹の美しさや心地よさ等思い起こしてもらえる、こじゃんと(とても)良い機会になるものと期待しちゅうがです。


竹虎本店


そんな訳で今回番組の収録のために東京から撮影の方々が来られます。このような取材の方々のお話は本当に楽しいし気付きもいただきます。それは、やはり全国各地に行かれちゅうので楽しい話題を良くご存じですし、情報感度が鋭いので自分達の良い所を、それとなく教えてくれますちや。虎竹の里にずっといたら分かりにくくなってくる。ここでは普通やったり、当たり前の事やったりに興味を持たれます。そうやって面白がってくれる事は実は全国の他の方も知りたがって頂く事で、自分達が見逃していた魅力であったりするのです。


虎竹の里の山道


さて、虎竹の竹林の撮影に急勾配の山道を登っていきますぜよ。しばらく行って、虎竹の竹林が目の前に広がる辺りでは、おおっ!これはっ...と言う顔をされています。竹をいつも見ていたら別に普通の昼前の陽射しですが、恐らく取材の方々には、生まれて初めてご覧になる竹林であり、もしかしたら、どこかの名勝地にも勝るとも劣らないような、そんな光景にきっと見えているのだと思うがぜよ。


田辺小竹さん


田辺小竹さんは実は自分と同じ四代目ながです。竹芸家の家に生まれて竹に反発した時期があるのも同じ。けんど、自分のような田舎の竹屋とは違うてなんと世界を舞台に大活躍されゆう竹の芸術家なのです。竹の世界では代々続くサラブレッドの血筋と言うてもエイかも知れません。何か良いように聞こえますが、その運命を背負うて竹に向き合うのはこじゃんと覚悟のいる事やったと想像しちょります。


そんな思いを感じる作品をいつくか拝見させてもらってきました。ちょうど一年前には岐阜県立美術館で「水の恵み」と題された、まっこと壮大な作品を拝見させてもらって本当に感激した事があるのです。この山の虎竹達が細い竹ヒゴとなり何万本と使われちょった。そう、この今ここにある丸い竹が、真っ直ぐに伸びる硬い竹が細く割られて一本一本の竹ヒゴがまるで命を持ったように、自分達の意志で繋がり、しなやかにくねり、あふれるようでした。田辺小竹さんと言うアーティストの手を通して竹がモノ言うそんな迫力ある造形としてあるかのように思えましたちや。


虎竹の里


竹林では、虎竹の当たり前の事をお話させていただきます。虎竹の里にある竹は何故か不思議な虎模様が付き、この竹を色々な所に移植しても美しい虎模様が出来ないのですが、虎模様が出来る原因もハッキリ解明されていないのに色づきしない理由が分るはずもなく、科学がこれだけ進歩したと思える現代でも自然は未知で偉大だと、お話をさせてもらうたびに感じるがです。


虎竹の事だけでなく竹そのものの話題になりますが、竹がわすが3ヶ月で十数メートルの親竹と同じ高さに成長するとか、竹林全体が天然の鉄筋コンクリートのように竹根が張り巡らされちゅうとか、どれもこれも普通の事のようではありますが、取材の方はご存じないようで、こじゃんと驚かれるがです。


テレビ取材クルー


それにしてもテレビ撮影は終わっているものの、カメラマンもディレクターの方も、なかなか帰ろうとは言いません。ちょうど午前の日差しが段々と太陽が高くなるにつれ竹葉の間から差し込み、温かな日だまりを作るようになる頃でした。はじめての方には本当に何故かしら優しく安らぐ、別天地のように感じていただきよったのかも知れませんちや。


竹虎本社工場


ようやく山から下りてきて、工場に戻ってきたのは随分と時間が経ってからの事やったのです。さきほど竹林で見て頂いた虎竹を加工する現場をご案内しました。虎竹は専用に設えたガスバーナーの窯で熱して油分を出し、その天然油分を利用して美しい竹材に拭き上げていくのです。竹屋にはガスや炭火など火抜き用にしろ、熱湯を使う湯抜き用にしろ専用の窯が必要です。自分も小さい頃からずっと見ていて、実は何が珍しいのかどうして驚かれるのか分らない事がありました。ところが、やはりこのような窯は一般の方は誰も見た事がなく、さらに日本唯一の虎竹に使うというのですから、これほど価値があるモノはないと最近では思うのです。


それを教えてくれたのは、やはり今日のように遠くから来られた方々だったのです。


日本三大頑固の竹ざる?

いごっそうの深竹ざる


「いごっそう」と言う高知弁があるがですが、ご存じですろうか?まあ、一言で言うたら頑固者という意味で使われる言葉ですけんど、土佐の「いごっそう」は「津軽じょっぱり」「肥後もっこす」等と並んで、何と日本三大頑固の一つやそうですので、コレは、なかなかのモノですぜよ。


そんな日本トップクラスの頑固者というネーミングが、ある竹ざるの名前に付けられちょりますので、一体、その竹ざるはどんな竹ざるやろうか?と思われるかも知れません。商品名に付いているのは、いごっそうの深竹ざる一度言い出したら自分の意見をテコでも変えることのないこだわりと、数十年来の自分のやり方しか知らない竹職人そのものみたいな、堅牢で無骨な、けれども頼りがいのある竹ざるながです。


竹笊と竹虎四代目


そもそも竹細工には、竹工芸と言われる美術的な付加価値を高めたものもありますが、昔ながらの農作業や山仕事に使われる竹細工は、とにかく機能性重視ぞね。使いやすく、耐久性にすぐれたものを常に求められてきちゅうがです。この、いごっそうの深竹ざるも畑仕事で泥にまみれ鍛えられ、段々と強くなって今のような形になった竹ざるぜよ。けんど不思議な事に機能性を追い求められた製品は、見た目にも美しく魅力的になってくるものですけんど、この竹ざるも例外ではなく、端正な編み込みや特別幅がある太い口部分など、一目見た姿形にググッとハートを掴まれるような力強さがあるのです。


深竹ざるに大根を入れる


さて、そこで実際どれくらいの重さに耐えられるろうか?実力がありそうなだけに、ちっくと試したくなってきたがですぞね。何を入れてみようかと思いましたが、いごっそうの深竹ざるが、入れ慣れちゅう野菜にしてみたがです。ちょうど産直市場には、スーパーなどでは見た事のないような、まるまると太った大根が山積みされて売られちょりました。新鮮でみずみずしいからですろうか。手に持つとズシリとくる重さでビニール袋が破れそうなくらいぜよ。右手に3本、左手に3本の全部で6本いただいてきて、竹ざるに入れてみる事にしましたぜよ。


竹虎四代目


早速試してみると太い大根を6本も入れちゅうのに、竹ざるは平気な涼しい顔、まったく動じる事も無いのが凄いがです。むしろ、手に持つ自分の方がその重みに顔が歪むぜよ。それもそのハズ、大根の合計は6本で総重量が16キロオーバーちや!!!これだけの重さの大根を入れて、自分の腕の方が疲れてしまうくらい揺すってみたり、一度置いてから持ち上げてみたり、色々してもやはり「いごっそう」はビクともせんがです。まっこと日本三大頑固の名前は伊達ではないようですぜよ。


竹の道

虎竹の里


気が向いたら一人で竹林の道を歩く事があるがです。仕事でよく来る山もあれば、子供の頃通った懐かしい山もある。まっこと(本当に)数年ぶりに来た山もあるがです。


虎竹の里の山道は、一昔前なら自分達がキンマと呼ぶ。木製のソリを肩に担いで通った道。今なら動力の付いた運搬機がありますので、どこの山道でも、その運搬機が通れる道幅があるがぜよ。都会から来られた方には、この山道を「細い道」と分かりやすくお話しさせて頂くのですが、虎竹の里のような田舎の山深い所に、これだけ整備された生活道は他にないと思うちょります。


山登りやハイキングなどの行楽に使いゆう訳ではないがです。曾じいさんの100年前から竹を伐り出していた生活の道、竹の道。だから僕にとっては特別な道。急な傾斜を一歩、一歩踏みしめながら登っていくと、曲がりくねった道の両脇竹からは優しく話しかけてきてくれる、何とも心休まる道でもあるがです。自分が一番自分らしいがは、おそらく世界中でもここですろう。どんな美しく素晴らしい場所よりも、どんな歴史的な場所よりも自分にとってもここという場所がある事は、まっこと幸せな事やにゃあ。そう思いながら冬と思えないような温かい陽射しの道を歩きよりました。いつものように大阪天王寺から虎模様の不思議な竹を探して、遙々とこの地にやってきた竹虎の歴史を思うがです。そして初代宇三郎に会えるがぜよ、二代目義治に会えるがぜよ。


竹の道


竹が話しかけるとか、誰かに会えるとか。僕は少し変やろうか?いやいや、特別な事とは思うちょらんがです。頭のようない田舎者やし上手には言えませんけんど、要はその程度の男と言う事です。けんど、ふと横をみたら太い虎竹、細い虎竹。まるで親子みたいに並んで仲良く伸びやかに笑いゆう。


「不思議やにゃあ...」


不思議と思いませんろうか?淡竹(はちく)特有の粉がふいたように見える竹肌の下には、黒っぽい虎模様が見えるがぞね。


「どうしてやろう?...何でやろうかゃあ...」


昔からずっと虎模様の竹を見てきちゅう。子供の頃から触れてきちゅうのに、この山に生える竹を見て改めて思う事があるがです。


「不思議やにゃあ...」


竹の神様も面白い事をするものちや。この竹を名前を付けてくれた大恩人、世界的植物学者だった牧野富太郎博士を記念した植物園に移植しちょります。けんど、虎の模様がだんだん少なくなって今では普通の竹に戻っちゅうぞね。首をかしげながら又歩きだすと少し登った所に別れ道がありました。どちらに進んだらエイろうか?けんど、どちらに進んでもきっと同じ事。その先には、121年目を迎えた竹屋の自分にしか出来ない、自分だけの仕事が待ってくれちょりますろう。


竹の化学変化

古い箕


「まっこと若さん、私らあ竹は使うた事がないぞね」


ずっと昔には役職も無いですので、前から仕事をして頂きゆう社員や職人さんには「若さん」と呼んでいただきよったがぜよ(笑)


そして、竹製品や竹細工が本社に山のようにあるにもかかわらず、熟練の職人の方ほど、竹など使うた事がないと言われよりました。理由を聞くと、来る日も来る日も朝から晩まで竹に囲まれ竹触りゆうのに、家に帰ってまで、わざわざ竹でもないですろう...。そんな事を口々に話してくれよったがです。


けんど、実際に職人さんの自宅に用があって行ったら行ったで、すでに車からでも見える家の周りには竹垣は設えちゅうし、庭に入れば古びた竹笊やら籠やらが無造作に置かれちょります。横の畑には野菜作りに使うであろう丸竹や割竹の束があるし、ご自宅に入るまでもなく、どこからどう見ても「竹のある暮らし」そのままやったがぜよ!そこで思うたのは竹を使った事が無いのではなく、竹林に囲まれて育ち、竹と暮らし、仕事でも毎日扱う竹だから竹を特別意識する事も、した事もないという事ではないのかなあ。そんな風に思うたがです。


雑誌「ELLE DECOR」2014年/12月


今回、北欧最大級の家具国際見本市「ストックホルム・ファニチャー・フェア」に出展させて頂く竹家具作りに、、ドイツ人デザイナー、ステファン・ディーツさんと挑戦させてもろうたがぜよ。虎竹の里には2回お越しいただいただけですが、お互いが色々な事を感じ合うことができたまっこと有意義な企画だったと思うちょります。


竹は真っ直ぐに伸びる直進性と、しなやかに曲がる柔軟性を併せ持つ他にはない独特な素材だと思いますが、先に出た熟練の職人さんと同じように自分自身が竹がすぐ身近にあり、竹を知っているつもりだからこそ、おそらく、このような海外のデザイナーさんとの協働がなければ形にすることのない竹の造作になっていると思います。


雑誌「ELLE DECOR(エル・デコ)」2015年/2月


雑誌「ELLE DECOR(エル・デコ)」さんの2月号にも、今度のプロジェクトを推進されゆうジャパンクリエイティブさんのトークイベントが掲載されちょりましたぜよ。なかなか難しくも、ちっくと過激でもあるようなテーマでお話されよったみたいながです。自分のような田舎者にはモノ作りを言葉にするのは大変ぞね。けんど、世界にむけて日本を発信するのには、昔から日本人の感性で磨いてきた色々なモノづくりは魅力満載ですろう。


海外から見たら日本のイメージの大きなひとつに竹があると言われます。竹は数千年の人の営みの中で絶えず変化を続けてきて、また更に今回、今度は竹と遠く離れた海外の方の感性が加われば、面白い化学変化はこれから始まるのかも知れんがです。


大型プラントの竹炭

孟宗竹


「これは、相変わらず凄い量やにゃあ...」


まだまだ季節的にこれから竹が増えてくる時期ではあるものの、広々とした敷地には、ずっと遠くの向こうまで孟宗竹が積み込まれちょります。


竹虎の竹材は、竹細工や竹製品に加工するための竹ですので、一般の方が虎竹の里に見学に来られた時には驚かれるような量ではありますけんど、さすがに、ここの大型プラントのような竹炭工場で焼かれる竹材となりますと。直径の太い孟宗竹という事もありますし、やはり自分達が日頃みる竹材の量とは圧倒的に規模が違うがです。孟宗竹とは言え近年は、このように大量な竹材を見る事も少ないですし、全国どこを見ても孟宗竹の林が有効に活用される事なく荒廃している中、このような光景には本当に理由もなく心がウキウキして何やら嬉しくなってきますぞね。


日本でも有数規模の工場では大きな円柱形の鉄窯を回転させながら炭を焼いていく、ロータリーキルンと言われる竹炭窯が、ゆっくりと止まる事なく稼働していますが、機械窯にもいくつか種類があって、それぞれ用途により使い別ける事が必要ですし、そうする事により経済的でもあり実用性のある竹炭になるのです。


竹酢液採取用大型機械


新しくされたと言う竹酢液を採取するという機械も拝見させてもらいます。それにしても何という大きなサイズやろうか!?大量に使う場合には製造量やコストはどうしても考える必要があるのですが、これはまっこと(本当に)どこかの工場のプラントと呼んでも良いくらい圧倒的ですちや。


竹虎の入浴用竹酢液を採取しよります土窯は、昔ながらの土窯を竹炭専用に改良したもので、土窯の中では近代的で比較的効率を考えた大きなものですぜよ。温度管理にハイブリット記録計などの新しい器機も使いながら、それでもやはり竹炭職人が長年の経験やカンを頼りにその時期の気候や竹材により2週間もの時間をかけて焼き上げよりますので、このような大型近代設備のものとは比べようがないがですぞね。竹炭や竹酢液と呼び名が同じなので、製品として店頭に並ぶ場合には購入されるお客様からは価格や品質の違いが分かりづらい事もあるようです。どちらが良いと言う事ではなく、それぞれの用途により考えていく事ながですが、竹炭、竹酢液が製造方法により全く違うものがあるという事をもっと分かりやすく、お伝えする必要があると思いよります。


お茶と竹籠

製茶用竹籠


竹籠を毎日の仕事の道具として使われている業種はいくつかあって、お茶製造会社さんもその一つではないかと思うがです。今現在使われている竹籠を拝見させていただく機会がありますが、思いもしない製造工程で竹籠が使われていてまっこと面白いと思うがですが、仕事の道具として使う籠は丈夫で長持ちですにゃあ。使われる方もプロであればあるほど愛着も感じられるがですろう。こじゃんと(とても)大切に使われちょります。年期が入っちゅう割りに傷みが少ないので一目で分かるがぞね。


そんな数十年前の籠をずっと使われ続けてきて、とうとうダメになって作り変えたいと思われた時に、当時なら専門の竹職人さんもいて同じような籠を、他の複数の会社に納めていたりしていたので、製造技術も高いし、その割りに安価に編まれよったものがいつの間にか竹籠職人さんがいなくなっちょります。そうすると、全く新しい竹製品として作らねばならなくなり、技術的にもコスト的にも難しいという時代になっているのです。


まっこと残念ではありますが、これからは少なからず、竹とは違う別のものに変わっていく事もあるかも知れませんちや。けんど、どうしても竹でないといけない工程のあるものもあります。たとえば茶葉を選別する底が格子状に編まれた籠があるがぞね。この格子状のマス目は、細かく何通りにも分かれているとの事ですが。金属製のものだと使っているうちに静電気が起こり、目詰まりしてしまい竹のように正確な選別ができないそうぜよ。


竹は軽く、しなやかで使いやすい。何よりも静電気も起こらず茶葉の目詰まりがない。昔からずっと使われて来たのには、それなりの理由があるがです。自然素材で竹より優れたものが見当たらないと思いますが、この竹籠を使うて生産される茶葉などはかなりの付加価値の高い特別な品になるとの事やったです。製茶だけの事ではありません。このように特別な用途のあるものには、やはり昔ながらの竹籠の技術がこれからも必要とされていくがですろう。


古いメゴ笹洗濯籠

古いメゴ笹洗濯籠


骨董品が並んだ店先に、随分と古いメゴ笹洗濯籠が置かれちょりました。竹ヒゴは数カ所折れて無くなっている所がありましたが、四角形にしっかりと角をとって編まれているその籠の造形の美しさに驚くがです。竹虎のメゴ笹職人も他の方に比べると圧倒的な腕前と、自分なりの強いこだわりでメゴ笹の伝統を守り続けてこられた素晴らしい職人さんですが、さすがに四角の籠は難しかったぞね。編み上がった籠は楕円形に仕上げるのが精一杯やったがです。それでも丁寧な仕事ぶりから沢山の方に喜んでいただきましたが、この昔に編まれた四角形のメゴ笹は、やはり昔の職人さんの技の賜という気がします。


さり気ないのですが何とも均整のとれた長方形をしちょります。別に肩肘張ると言うか、力の入ったところがなく、見た事もない職人さんではありますけんど、生活の道具として淡々と自然体で編まれた雰囲気が何ともエイがです。同じ形の籠を毎日毎日編み続ける事で到達する。ある種、突き詰めた完成形のような、昔の量産されよった竹籠に感じることのある足す事も引く事もない無駄のない潔さを感じて譲っていただいがです。


新旧メゴ笹洗濯かご


メゴ笹は青々とした収穫したばかりの時に編み上げていきますので、編まれたばかりと色合いが落ち着いてきた頃とは手に取った時の質感が全く違うがですが、この古いメゴ笹洗濯籠(角)は更に一段軽やかでちっくと頼りなささえ指先に伝わったきそうながですが、竹ヒゴを確かめてみると、確かに若々しい頃のしなやかさはないものの、まだまだ若い者にも負けないというような気骨の有るところを一本一本のメゴ笹が主張するかのようで嬉しゅうなるがぜよ。


恐らく50年以上前の籠ではないかと思うのですが、ヒゴそのものが、こんなにか細いのにまだまだ現役で使えそうな、丈夫さとと強度。まっこと手にしたまま、しびれてしまいますぞね。青々とした編まれたばかりのメゴ笹と枯れたようにも見える。落ち着いた色合いのメゴ笹を比べますともしかしたら別の竹かと思われる方もおられるかも知れんちや。けんど、本当のメゴ笹は色が渋くなってきてから始まります。


メゴ笹戦国時代 その2

自生するメゴ笹


竹と笹の違いというのは実は研究者の方の間でも明確ではないがです。だいたいの区別は学術的にも出来るようなのですが、自然のものに、そんな線引きは少し難しいがではないですろうか?どっちにせよ自分達のように竹であっても、笹であっても昔からの経験や伝承によって人のお役に立てるモノであれば、竹も笹も関係なく、大切に使うていくだけながですぞね。メゴ笹は背が低く、山で見ると繊細なくらい細い素材ぜよ。けんど、背丈が低く、か細いと言えどもやはり成長力が強く、その強靱な強さ、粘りという事は何ら他の竹類と違う事はないがです。


メゴ笹の稈


メゴ笹洗濯籠では伐採したメゴ笹をサイズ別に選別する事も大事な一つの竹編み前の仕事ながですぞね。太さを揃える事により仕事の効率が全く違ってきますし、出来映えも美しく、丈夫な籠に編み上げる事ができるがです。


メゴ笹切り口


このメゴ笹細工は職人さん自体は少なくなり、編み上がる洗濯籠は、本当に数量的に言うたらごくわずかなものぞね。けんど、以前は毎日使われよった籠ですので各地に沢山の職人さんもおられて、素材も、それぞれの地域の山々などに結構広がっているのです。そして、それが実は戦国時代と関係があるがやちや。


まず、このメゴ笹の切り口をご覧いただきたいがです。こじゃんと(とても)鋭利になっちょりますぞね。そして細いというても、この竹の強さ、粘り、堅牢さは折り紙付き。だから長く長く生活の中で洗濯籠としても使われてきたがです。さて、そこでです。このメゴ笹を地上から数センチの所で、このように先端が鋭利になるよう伐採するとどうですろうか?


そうです、想像して頂きたいのですが、辺り一面がまるで針の山ぜよ。今のように靴底がしっかりした履物がある時代ならいざ知らず、昔のように裸足に近いワラ草履程度の装備の足元では、この針山に入ることはかなり困難な事やったと想像できますぞね。だから、このメゴ笹はお城や武士の屋敷周りの防御用として、争いの多かった戦国の世からずっと植えられて来たとの事ですし、神社仏閣などの立ち入りがを禁止したい場合などにも重用され植えられたとの事なのです。今でも素材に困ることのないくらい色々な所に自生しているのには、こんな歴史的な背景もあったがやにゃあ。メゴ笹と戦国時代の意外な関係ですが、あの竹の硬さ、強さを思えば納得するお話ですちや。




メゴ笹戦国時代

メゴ笹職人


メゴ笹戦国時代などと言うたらメゴ笹職人が技を競い合うて、日本一の美しい籠でも決めるがやろうか?そんな風に思われる方もいるかも知れませんけんど実は全く違うがですぞね。そもそも、幻の籠と言われて編み上げる職人さんが少なくなって、出来れば競い合うほどいれば嬉しいがですが、全国各地に素材があり、需要も職人さんも沢山いたはずのメゴ笹細工が、実際にはほとんど無くなりつつあるような現状ながぜよ。


メゴ笹籠底編み


メゴ笹は普通の竹とは少し違うちょりまして、時期の良い時に伐採して保管して一年間使うというような事ができません。ちょうど頃合いの良い材料を伐採してきたら、青々としている内にすぐに編み込み籠にしないとすぐに硬くなり、とても編み込みに使えるものではなくなるのです。できあがったばかりのメゴ笹洗濯籠を手にすると、竹肌のしっとりした湿り気が感じられるほどで、目にも鮮やかな青々とした美しさですが、本当に、わずか数日で劇的に色合いが落ち着いてきて乾燥し、質感も驚くほど変わってくるがです。


メゴ笹の色艶


けんど、青さが抜けて色が落ち着いてくるからと言うて、何か良くないのか?と言えば反対で、実はこれからが、このメゴ笹洗濯籠の素晴らしいところ。まあメゴ笹だけに限りませんけんど、竹素材はこれからが本当の姿と言うてもエイですろう。ご愛用頂くうちに、いつの間にか竹が自分で成長し、渋く落ち着いた色艶になっちゅう頃には、そのお宅にすっかり馴染んで無くてはならない大切な竹籠の一つになっているのではないろうか?


おっと、戦国時代のお話はどうなった...?そうでした、すっかり前置きだけで長くなってしまいましたので、また明日お話させさもらいますぞね。




干し野菜の竹ざる

干し野菜ざる


干し野菜の事につきましては前にもお話させて頂きましたけんど、まっこと、改めてこのような事を書くことになるとは今まであんまり考えた事がなかったがです。


天気の良い今日のような日に庭先で竹ざるに野菜を干す。自分達からしたら全く普通の日常の事であり、高知県だけでなくて県外に行った際にも、農家さんや田舎のお宅を通りがかると、虎竹の里とそんなに変わる事のない野菜が竹ざるに並べられちょります。野菜は自分も大好きながです。特に高知は野菜の生産も多く、味が濃いと言われて、全国的にも美味しく有名な料理人の方も注目している土地やそうですが、そんな野菜もそのまま食べてもエイですが、前にも確か言いましたように、干し野菜にすると更に食感が良くなったり、又これがこじゃんと大事ですが、何と栄養価や食物繊維が上がるがぜよ。


もし、台所に野菜が余っちょって古くなりそうなものがありましたなら、切って干すだけの事ですので是非チャレンジしていただきたいがです。コツは、乾燥したら野菜が小さくなりますので、ちっくと大きめにカットするくらいですろうか?後は梅干し用などにも使うような大きめの干しざるがあればエイです。まっこと簡単に干し野菜ができて、またその干し野菜をどんな風に料理したら良いのかレシピなども簡単にご説明したページ「干し野菜の作り方」を作りましたきに一度ご覧いただけると嬉しいぞね。


南向きの庭に回ると、太陽の恵みをいっぱいに受けて輝きゆう竹ざるやエビラに野菜が並べられちょります。そんな光景を普通に見て育ちましたけんど、改めて、しみじみ見てみると何と豊かで温かいがやろうか?


そして、お腹が空いてくるがぜよ。


消臭用の竹炭窯にて

竹炭窯


竹炭を焼く窯にも色々な種類があり、焼き方があるものだと思います。この竹炭窯は、比較的低温で焼かれる消臭用竹炭を作りよりますが、火入れ口が別にあったり、瓦を積み重ねて土で固めた作りが特徴的ですぞね。


炭窯は今でこそ技術交流や学びの場というのもありますが、かつての山の炭窯などでは炭窯自体が、それぞれ職人のノウハウの塊で、なかなか他の職人さんに技術を見せる事はなかったと聞いた事があります。そこで、それぞれの炭窯で技術を磨き工夫されてきた過程の中で、このように独自に発展してきた窯を見る機会があるがですぞね。竹炭窯と一口に言うても実際様々な大きさ、形、焼き方があり、地域性など考えながら見ていくとまっこと面白いものながです。


窯立て


竹炭窯の場合は、備長炭などと違うて中が空洞の竹をそのまま焼くと、どうしても効率が良くないのです。だから竹の場合、多くの炭窯では均等な幅に割ってから焼くのが一般的です。しかし、この竹炭窯では歩留まりの悪さは承知の上で、丸竹の孟宗竹をそのまま窯立てされよります。これは、これで炭職人さんの焼き方や考え方があっての事ぞね自分の仕事には自信を持たれちょりますので、どちらが正しいというのはないがです。


丸竹炭


焼き上がった竹炭も、当然形状は違うちょりまして、綺麗に焼けたものはこうやって自然な竹の姿そのままで出てきますぜよ。竹炭をこのような丸竹のまま硬く、美しく焼けると面白いのですが、観賞用としてはまずまずと思われる竹炭が出てきても、中が空洞の竹の場合は強度的に使用に耐えられない事が多いがです。また、サイズ的にももっと長い竹炭があればと思われる方もおられるかも知れませんが、日本の竹炭窯の天井高を考えると、人目を引くオブジェとして活用できるような竹炭は少し難しいかも知れませんぞね。


以前、中国の竹炭窯を見学に行った事があるがぜよ。ズラリと並んだ天井の高い竹炭窯の壮観な光景にビックリしましたけんど、天井が高いだけあって長い竹も焼かれているとの事でした。そう聞くと、どれくらいの長さの竹炭が焼き上がるのか試してみたくて、試験的に焼いてもらった事がありますぞね。長くて見栄えもしますし、曲がりや割れなど味のある竹炭が焼けましたけんど、残念ながら自分が理想として思うような竹炭ではなかったがです。その後、機会があって国産の窯でも試した事がありますが、やはり、難しいにゃあと感じました。長尺物の飾り竹炭は、今のところ永遠のテーマぞね。


一枚の国産竹皮

竹皮をチマキに使う


竹皮と言うても、一体それが何なのかハッキリご存じない方もおられるかも知れませんのでお話させて頂きたいがです。まず、竹皮は正確に言うたら筍の皮の事ですぞね。筍が顔をだし親竹と同じ大きさに、あれよあれよと言う間に成長しますが、その過程で竹皮はパラリ...パラリ...と剥げ落ちるのです。大きくなっている途中の筍についている竹皮は竹が傷みますので剥がす事はなく、下に落ちた竹皮だけを利用するがですぞね。


竹虎では竹皮草履や竹皮スリッパ、下駄などの製品に活かしちょりますが、そんな風に活用されゆう竹皮は本当にごくごく一部だけ。お肉などを包む材料として使われる竹皮も国産は高級品扱いとなり、日本全体の竹林から言えば、わずかなものながです。けんど、これほど竹が身近に沢山あって、竹皮も毎年できるもの。海外から輸入される物ばかりではなくて、せめて意識の高い皆様だけでも国産竹皮の事を知り、そして毎日の暮らしにお使いいただける事はないろうか?そう考えて日本製竹皮をご紹介しちょります。


干して使える竹皮


天然の抗菌性や消臭性のある竹皮ですので、オニギリ弁当としてお使いいただくのが普通にご利用いただくのに一番の使い道かと思います。若い主婦の方などで竹皮など手にした事もなかったらちっくと不安かも知れませんが、実際使うてみると竹皮は丈夫でしなやか、意外と簡単にオニギリ弁当もできますぞね。それでいて、今あまり見ることもないので、かなり格好がエイように自分は思うちゅうがです。もちろん、洗って干したら繰り返しお使いになれますぞね。決して使い捨てというものではないので経済的ぜよ。


国産竹皮


お弁当用としてだけでなく、チマキなどにもお使いいただけますぞね。竹皮がどうしてこうやって長い間愛用され続けちゅうのか?触るとゴワゴワして硬い感じの竹皮など使いづらそう...。そう思われるかも知れませんが、それが水につけて柔らかくしたら、すぐに謎が解けますちや。あれ?こんなに柔らかく、扱いやすい、そして丈夫。最初の印象とは全く違う自然素材の素晴らしさを体感される事ですろう。ご家族のお弁当に使われるのですから、国産の安心感も絶対やと思いますが、たった一枚の竹皮からでも長い間、この国で培われてきた職人の技を知る事ができますし、日本の里山の竹に思いを馳せる事はできると思うがです。


名人の無双編み

無双編み盛り籠


どんな世界にも名人と言われる方がいるかと思います。竹細工の世界にも当然そんな方が沢山おりますぞね。まあ、竹細工と一口に言うても実に様々ありますけんど、たとえば盛り籠ひとつにしても編み方や素材、形状が違うと、極端な話しそれぞれの盛り籠に一人づつ名人がいても可笑しくはないがです。この無双編みと言われる二重編みになった盛り籠は、ミカン籠等として自分の小さい頃にはどこの家庭にもあった籠の一つぞね。冬はコタツでミカンが定番やと思いますが、そんな家庭の風景の中になくてはならないような存在やった竹製品ぜよ。


無双編み盛り籠


近年はあまり見かける事のないモノだったので、もうこのような美しい編み込みを目にする事もないと思うちょりましたが、なんと、少しつづ大きさを変えて編み込まれた盛り籠、3個入りや4個入となった入れ子にして編まれちゅう技のキレにはまっことビックリしますぜよ。


昔ながらの職人さんに、その道の名人の方がおられるのは、モノない当時は竹の需要が沢山あって、今から考えると少し信じ難いような数を製造されていたからながです。朝早くから夜遅くまで、工房で競い合うように同じ籠を編み込む。職人の世界は何処でも同じかと思いますけんど腕一つ。早く、美しい竹編みが出来る者が一番認められましたので、たとえ一編みでも人より多く、人より綺麗にと毎日の仕事で技が磨かれたがです。


この無双編みも同じ籠ばかり編まれてきた技の熟練をヒシヒシと感じます。そして、まだ、これだけの仕事をされる職人さんがおられる事に、嬉しさと、ご縁をいただけた事への感謝をしみじみと感じるがです。


竹職人の道具


無双編みの底編みからずっと拝見させてもらいゆうと、まっこと無口な職人さんの手際の良さも素晴らしい事ながら使われる道具ひとつひとつにも味があって魅力タップリぜよ。川原の石に生地を縛って使いゆう重しさえも格好がエイ。竹の仕事は、どこまで行ってもその面白さが尽きる事がないにゃあ。


初夢は竹自動車

竹の自動車


一富士、二鷹、三茄子などと昔から言われちょりますが、皆様は今年の初夢はどうやったですろうか?自分は、もともとこじゃんと(とても)寝付きがエイがですが、数年前から竹炭100パーセントの竹炭枕を愛用しゆうがです。これが頭がスースーするので夏場だけかと思いよりましたら、手放せなくて結局季節関係なく通年で使いよります。この竹炭枕のせいですろうか、まっこと寝付きも良く、又寝覚めも良く本当に有り難いと思うちゅうがですが、」熟睡しているせいか、実は夢はあまりみる方ではないと思うがです。日頃は、あまり見た記憶がないがですぞね。けんど、さすがにお正月の初夢は...と楽しみにしちょった所、


見ましたぜよ!(むりやり)


それが竹の自動車に乗って颯爽と走りゆう夢ぞね!


そうぞね、竹の車やきに......!


このお正月は、さんざんネッツトヨタ南国さんと言う日本経営品質賞まで受賞された全国のトヨタのディーラーさんの中でも、超有名な車屋さんに登場頂いて、こじゃんとお世話になっちゅうので、特にこの年始は車というたらトヨタ車しかイカンのではないかと思いますが、まあ、他のメーカーの自動車という事ではなく、なんと竹て出来ちゅう車やきに何とか勘弁していただけますろうか。


それにしても、まっこと竹の車ち...?知らない人が聞いたら笑うかも知れませんにゃあ。けんど、どうですろうか、そんな竹の車など聞いた事もないからこそ、誰も知らないような竹の車でアチラコチラ走ったら楽しいろうにゃあ。そして、やっぱり竹虎ですきに普通の真竹では面白い事ないろうにゃあ。せっかく乗るがやったら日本唯一の虎竹の自動車やったらエイにゃあ。


まあ、2015年も年始そうそうから、そんな竹の事ばっかり、けんどまっこと楽しい楽しい夢ながぜよ。


僕は、ずっと怖かった。

ネッツトヨタ南国、横田英毅さん


僕は、ずっと怖かった。


前からネッツトヨタ南国の横田英毅さんの事は知っちょりました。いやいや知っちゅうどころか、講演会が開催されると聞くたびに参加させていただいて、今まで3回も足を運こばせて頂いちょったがです。けんど、壇上からのお話はお伺いする事はできても、直接お会いする事などとても、とても怖いと思いよりました。そんな勇気は、どうしても無かったがです。


会社と言うても名ばかりの、何も分っていない田舎の小さな竹屋ですので、日本経営品質賞を受賞された一流の会社様など、あまりにも自分からしたら場違い過ぎると思いよりました。けんど、ずっと怖いと思う反面、くすぶるものもあったがです。それは、ダメな今の現状を変えたいと言う思いぞね。自分で変えられるものは限られちゅうと聞きます。他人は変える事はできませんし、過ぎた昨日も変えられません。ただ、自分と明日は何ぼでも変えられる。


赤鬼四代目


自分は弱い男ですきに、踏ん切りもつかんかったけんど、やっぱり背中を押してくれたがは職人さんぜよ。先の大晦日は南国高知言うても寒かったですぞね。そんな中、一年の締めくくりの挨拶に回る作業場では、最後の最後まで真っ黒な手で仕事されよった。まっこと何ちゃあ無い自分のような男でも、自分にしか出来ん仕事があると思うたら、自分にしか守れない人がおると思うたら、自分次第で新しい世界が、いくらでも開けると思うたら、案外、力が出るものですちや。


今まで知らんかった自分にも出会う事ができますろう。支えて頂く周りの皆様に感謝です。


「人間本来の力」と「スキルや資格」

ネッツトヨタ南国横田英毅相談役


なるほど、この新年に元旦より言い続けてきちゅう大きな鬼のお話し。


「鬼=人間本来の力」


「金棒=スキルや資格」


いう事やったがですぞね。これは、たとえが分かりやすいですろう。頭でっかちな人になっても、それだけではイカン。それを使いこなす人間力を鍛えましょうと言う事ながです。大きな鬼が大きな金棒を持つのが一番強いことは間違いないがですが、小さな鬼では、かえって大きな金棒は重たすぎで使えず。むしろ小さい金棒の方が良いと言うあたり、当たり前の事のようにも思えますが、こじゃんと(とても)大事な事ですし、実際に自分の事で考えてみたら頭で理解することは簡単でも、実行となると大変な事やと思うがです。


鬼と金棒


けんど、これは誰の事でもなく、まさに自分の事ながです。竹の事をいくら思うて、知識を学んだり、技術があったとしても、自分の人としての力がなかったら、知識があればあるほど金棒の重たさを支えきれず、何もできずに終わってしまう危機感を持っちょります。


ネッツトヨタ南国さん前


今年は思うように出来なかった2014年を反省して、まっこと、たった一つでエイので心から人のお役に立ったと竹にも笑顔になってもらいたいがです。そしたら自分が変わらんとイカンがですろう。「笑」という字には「竹」が付いてちょります。だから、もっともっと竹で人も笑顔にして、竹も笑顔になる。そんな一年に自分でしていけると思うがです。


新春竹虎四コマ漫画

新春竹虎四コマ漫画


これは、どういう意味?「大きな鬼になれ、大きな金棒を持て。」新春早々、年賀状をご覧になられた方から、このようなお問い合わせを頂戴しちょります。もちろん予想通りです、一部はお客様にお送りしちょりますがほとんどの年賀状は友人知人の皆様ばかり。素晴らしい皆様ですので是非知っていただきたい思いがありますので、年賀状企画のページをご用意しちょりますぜよ!!!


実は自分もご講演を3回、いえいえ年末に一度拝聴しましたきに。合わせて合計4回も聴かせていただいたネッツトヨタ南国の横田英毅取締役相談役のお話される事ながです。ものすごく分かりやすく、腹にズシンと響きながら落ちるそんなお言葉に感動しちょりましたので、いつかチャンスがあればと、ずっと思いよった事がようやく今年のお正月に実を結んだがですぞね。


まあ、お正月ぜよ、あんまり長い事は言いませんきに、竹虎年賀状2015年の企画ページをご覧んあれ!ほんで毎年恒例となっちょります新春動画2015年も是非見とうせよ!



大きな鬼になれ、大きな金棒を持て。

大きな鬼になれ、大きな金棒を持て


明けましておめでとうございます!昨年は皆様には、色々お世話になり、竹の事しかないこのようなブログをご購読いただき、まっこと感謝しちゅうがです。ありがとうございます!今年も頑張りますきに何卒よろしくお願いいたします!


30年ブログ「竹虎四代目がゆく!」は2006年の1月より日曜日を除く毎日書かせていただこうと思うてずっと途切れる事なく続いてきて、何と、今年は大きな節目である10年目を迎えましたぜよ。このように長きに渡って竹の輪を繋いでこれたのもいつもご購読いただき、応援いただきます全国の皆様のお陰ぜよ。2015年の年初にあたり、深く深くお礼申し上げます!!!


さて、竹虎でお正月と言うたら恒例となっちょります。竹虎四代目の写真付き年賀状ですけんど、こちらも大学四回生の時から開始しまして今回で27作目。最初は少なかった枚数も毎年少しづつ増えてきて、今年は3500名の皆様にお送りさせていただいちゅうがですぞね。改めて枚数の多くなった事にビックリしますけんど、やはり、何事もコツコツと積み上げていく事の大切さをまっこと感じる初春ながですちや。


2015年は「大きな鬼になれ、大きな金棒を持て。」


一体何の事やら?さっぱり分からんかも知れませんろうけんど、こじゃんと深い意味があるがですぞね。この事を教えて頂いたのは高知県では奇跡の企業でもある。ネッツトヨタ南国の取締役相談役、横田英毅さんながです。経営品質賞を受賞されたり、全国のトヨタ販売会社300社の中で12年連続の顧客満足度ナンバーワンを達成続けちゅう事で、こじゃんと有名ですのでご存じの方もおられるかと思いますが、この横田相談役さんご自身にもページに登場いただき、「新春インタビュー」なる企画も掲載しちょりますぜよ。全国で何人かは楽しみにしてくれちゅう(と思う)恒例の新春動画2015年もあるきに、お正月の長い休みで退屈されちょったら是非ご覧ください!