宮川征甫先生の昇り龍


宮川征甫先生の昇り龍


あれはもう30年近く前の事になるのです。当時、茅ヶ崎にあった宮川征甫先生の工房にお伺いさせてもらった事があります。祖父の代からのお付き合いで虎竹の里にも来られた事があり、何度もお会いさせてもろうちょりましたが、竹と向き合う姿勢が二代目義治と同じに感じて、いつご一緒させてもらっても、まるで祖父といるような気がして、こじゃんと居心地が良くつい時間を忘れてしまう程でした。


征甫先生の作品は店舗にだけでなく祖父の遺した室内装飾や調度品に、今現在でも沢山あって毎日の生活の中に溶けこんでいます。これが年月を経るにしたがって、かなり渋い色合いになっているのです。竹林に鶏たちが遊ぶ図は圧倒的な迫力で壁一面に虎竹の象眼細工で描かれちょります。天才的なモノ作りの腕前と鋭い感性を感じさせてくれると共に、祖父との思い出も沢山つまっているような気がして大好きながです。


けんど、今でも脳裏にハッキリ焼き付いちゅうのは、自分が大学四回生の夏に工場、店舗が全焼してしまい、今は写真でしか残っていない昇り龍の壁面画ですぞね。これは、圧巻やった、竹の事を何も知らず、関心も今のようになっかた、若き日の自分の心も龍がガッチリ玉を掴んでいるがごとく鷲掴みされちょった。美しい白竹を長方形の板状にカットしたものを一面に貼り付け、そこに何と大型のガスバーナーで龍を焼き付けていかれたのです。炎が白竹を焼き焦がす焼き目で絵を描いていくので、さまに一発勝負、一瞬の気もぬけなかったといいます。大きな龍やったので、高い脚立に上がり、全体のバランスを確認しながらの創作、そのお話を伺うだけでワクワク、ドキドキ、まるで小さな子供が紙芝居のお話を聞くように先生の一挙手一投足に、目が話せなかったのを覚えちゅうのです。


宮川征甫先生の昇り龍


遠くに、大きな孟宗竹に掘られた昇り龍を観た時、すぐに征甫先生の作品だと分かり、小走りに駆け寄りましたぜよ。ちょうど工房で、この作品を彫り上げた所にお伺いした事があったのです。数十年ぶりに拝見する作品は、あの時とまったく変わらず威厳があり、竹への信念を感じて身が引き締まる思いぜよ。こんな大作の前であの日と何ちゃあ変わっていない自分を「一体、何をやっているんだ...?」ギロリと先生に睨まれた気がしたがです。


宮川征甫先生の銘


目を閉じると征甫先生の言葉が次から次へと思いだれさてきます。優しい笑顔で祖父と笑い合う姿が後ろ姿になりました。見送ってから振り返ったら、やる気が10倍になっちゅうやいか、いやいや間違えた、100倍じゃ、やれん事は何ひとつない。













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