鰻筌の季節に考える竹の多様性

国分川


土手を車で走っていると、あまりの天気の良さに川べりに下りてみたくなりました。ちょうど堤防があり、流れ落ちる水の音も心地よく、遠くまで眺められる空と雲を見ていると、他には何もいらないような幸福感を覚えます。しかしこの時期、清らかな水面を見ていると決まって思い出すのは子供の頃の記憶です。当時から早起きが得意ではありましたが、川へ鰻を捕りに行く日には朝日が昇と共に起きていたように思います(笑)。


竹製鰻筌


ボクたちが鰻を捕るのは(ウケ)と呼ばれている竹編みの筒状の道具でした。中には餌になるミミズを一塊入れて栓をすれば準備完了です。前日の夕方に鰻の通り道とおぼしき川底に、ブクブクと鰻筌を沈めて浮き上がらないように川石を上に積み重ねておきます。翌朝、早くにその鰻筌を上げにいくのです、漁を教えてもらった小学の先輩からは「明るくなると、中の鰻が逃げてしまう事がある」と聞いていたので、友人たちも皆早朝に河原に集合していました。


竹、エギ


当時は、まさか竹虎で鰻筌を編むようになるなんて考えもしなかったのですが、実際に製作するようになりエギという竹の弾力を活かした鰻の入り口は、一度入ると外には出られないようになっていて実際は必ずしも朝早く行く必要はなかったです。ただ、やはり、鰻が入っているかなあ?とドキドキしながら夜を過ごしていましたから、言われなくとも早起きしていたと思います。なにせ、学校に行くまでには帰らねばなりませんでしたので。


田園


さて、釣果のほどですが、すぐ近くの川に仕掛ける事が多かったのですが、当時は稲作も盛んで小さな用水路にも勢いよく水が流れていました。本当にそんな深さが20センチ程度の用水路に仕掛けた鰻筌にはも10数匹もの鰻が入る事もありましたので、それだけ川が綺麗で、鰻がたくさん生息できる豊かな自然が身近にあったということでしょう。あの頃の川の賑わい、生命力あふれる光景は、今も鮮明に心に残っています。この原体験があるからこそ、この文化を繋いでいきたいという想いが強くなり、地元で編まれていた鰻筌への復刻へと繋がるのです。


古いタガ、米研ぎざる


ちなみに、捕った鰻はすべて自宅で食していました。当時はどこの家庭にも鰻をまな板に打ち付けるキリが常備されていた程です。それで、鰻は店で食べるものではなく、川で捕まえて食卓にならぶものと、ずっと思っていました。前にも書いたように思いますが、はじめて鰻を店で食べたのは祖父に連れられて来た大阪千日前の今はなき「いづもや」さんです。学生時代は、その味が懐かしくてアルバイトして何度も通った覚えがあります。


竹虎四代目(山岸義浩)、鰻釣り用竹ヒゴ


現代では、天然鰻は高知でもあまり見かけなくなりました。鰻筌を仕掛けている方は、1シーズンに一人見かけるかどうかくらいなので川は昔と変わらずありますものの、獲物の鰻の数が少ないのです。そう言えば、昨年だったか鰻釣り用の竹ヒゴを十数本だったか作ったことがあったので、全くいなくなったという事ではないようです。しかし、鰻は養殖ばかりで、実際に鰻筌の最後の職人が仕事ができなくなってから暫くは製造できない状態でしたが困る事はありせん、でも、丈夫な孟宗竹を使い豪快に作り上げる鰻筌の伝統を少しでも繋ぎたい思いは消えません。


鰻筌、ころばし


そこで、何とか技術継承して復刻することにしたのですが、昔のように大量に安価に作るということではなく、竹の一番外側の竹表皮部分だけを使うことにしています。竹材は沢山使うので(竹が沢山あるから安いというような考えは、皆様どうが捨ててください、伐採にどれだれの技と苦労があるか)、コストはかかりますがより堅牢で付加価値の高い製品になります。


孟宗竹


ボクたちの鰻筌には、孟宗竹(もうそうちく)を使います。竹細工というと、マダケやハチクなどが使われることが多くて、孟宗竹を使って編組細工をするなど全国的にも皆無と言っていいほどです。けれど、孟宗竹はその太さや丈夫さから、鰻筌のようなある程度の強度と大きさが求められる籠作りには適した素材です。地域に根差した伝統の技を伝えていくには、地元高知で手に入りやすい孟宗竹しかないのです。


鰻魚籠


正直なところ、昔に比べて鰻が捕れる川が減り、鰻筌自体を知らない方も増えました。「今さら鰻筌を作っても...」と思われるかもしれません。ただそれでもボクたちは、この伝統の技法を受け継ぎ、鰻筌を製造し続けています。それは、単に昔を懐かしむだけではなく、この漁具に込められた知恵や、竹という素材の素晴らしさ、そして高知の川と共にあった文化そのものを、形として残し伝えたいからです。幸い、今でも鰻漁ができるような川が若干残っていているようです。この技が生きる場所がある限り、作り続ける意味があると考えています。


今日は、鰻筌という多くの方には、あまり身近でない竹細工のお話になってしまいました。でも、鰻筌は竹の多様な可能性を示すほんの一例にすぎません。竹は、竹籠やザルといった日用品から、インテリア、家具、建築材、楽器や庭園装飾さらには竹炭といった健康・環境分野、タオルや衣類などにする竹繊維、メンマや筍という食材、家畜の餌などへの活用など驚くほど幅広い用途を持つ、持続可能な天然資源です。皆様が、竹の持つ無限の可能性と、暮らしや文化を豊かにしてきたその魅力に、少しでも触れていただけるよう、これからも頑張ります。





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