亀甲竹の不思議で面白い話

2016年9月29日

孟宗竹


亀甲竹は自分のブログでも度々登場する銘竹のひとつです。小さい頃に良く観ていた時代劇「水戸黄門」でご隠居様が旅のお供に常に携帯していた杖がこの竹になりますが、見た目のユニークから工場にズラリと並ぶ竹の中でも一際目立つ存在であり親しみがあります。


竹には、とことん凝り性だった祖父が亀甲竹を柱にした袖垣を大量に製作していたのも強く印象に残っています。亀甲竹は孟宗竹の変種で自然の造形です、同じ亀甲竹でもそれぞれが太さ、曲がり、亀甲の形など違いますので、すべて一品モノとして販売されちょりました。


また、竹虎は自分が大学4回生の夏に大火災にあい昔からの工場、店舗は全焼しましたので入社2年目の頃に新築となりました。その時にお取引の竹屋さんから本社前のスペースに植えるようにと頂いた竹も立派な亀甲竹でした。


虎竹林


わずか三ヶ月で20数メートルの高さにまで真っ直ぐに伸びる堂々とした孟宗竹、この竹の変種が曲がりくねった節を持つ亀甲竹とは少し不思議な気もするのですが、それは間口たったの1.5キロしかない谷間にか成育しない虎竹も似たようなものです。元々、淡竹(はちく)であった竹が原因は分からないけれど虎の模様が浮かびあがるなど、同様に自然の神秘を感じさせるものなのです。


虎竹は他の土地に植え変えると虎模様がなくなってしまい普通の淡竹となりますが、実は当社に植えていただいた亀甲竹も1年、2年、3年と目立った変化はなかったものの年々亀甲のコブが少なくなって遂には普通の孟宗竹に戻ってしもうたがぜよ。まっこと、竹とは面白いものなのです。













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日本最大級の竹、孟宗竹(もうそうだけ)

2016年9月23日

孟宗竹


孟宗竹は虎竹の里に育つ虎竹などよりも、直径がずっと太く高さもあって本当に立派な竹ながです。江戸時代に中国から入って来た竹とは、とても思えないほど日本各地の津々浦々に成育しています、これは竹の強い生命力もさる事ながら、いかに日本人に孟宗竹が必要とされてきたかを雄弁に物語ります。


孟宗竹


スッーと天を目指して立つ竹の姿は清々しく、日本人の文化や生き方にも大きな影響を与えているのではないかと思いますが、このような美しい景色は手入れされた竹林でないと見ることはできないものでもあります。


孟宗竹


虎竹の里の竹はその多くが虎竹なのですが、孟宗竹の林がほんの少しだけあるのです。農作業や建築などで太く長い竹材が必要な事もあったでしょうし、何より毎年生えてくる大きな筍は竹林の最大の楽しみであったかと思います。


ところが、そんな孟宗竹を「森のギャング」という記述を見つけて本当に驚き、憤慨したことがあります。荒廃しきった竹林ばかりに囲まれる今の現状を言い当てているのかも知れませんがそのような竹の景観を守るのには、とにかく有効活用が必要で竹林で経済活動が出来ていかない以上、おのずと限界がありますろう。


モウソウ


竹は素晴らしく可能性の満ちたものでありますが、反面直面する課題も多いもの。孟宗に囲まれた山間で思うのです。













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竹縄、竹を磨くのも竹 その2

2016年7月 2日

竹縄コスリ


屋根裏に保管しておいた小割の竹(サッパ)を降ろして竹縄作りが始まるのは、秋の収穫が終わった頃から。次の年の春まで農閑期の大事な現金収入であったようです。竹シテ場と呼ばれる小川の水をせき止めて作られた水溜まりに小割竹を暖かい時期なら4~5日、冬場なら1週間程度漬け込み竹を柔らかくしていくのです。


柔らかくした竹の表皮を剥ぎ、次いで肉厚0.5ミリ程度に剥いでいきます。淡竹(ハチク)など比較的身の薄い竹は6枚くらい、肉厚の真竹だったりすると1枚の竹から12枚程度も取ることができると言いますので大変な技術です。そして、この薄く剥いだ竹を縒りながら長くつないでいく、更に3本縒りにして太い紐に仕上げていきます。竹繊維の粘りや切れにくさを日頃から知っているだけに製造工程を詳しく映し出している映像を見ながら、これなら強いはずだと思わず唸ってしまいます。


竹縄は室内での使用だと40年、50年と耐久性があったと言いますが、水にも強い竹の本領が発揮されたのは、井戸の釣瓶縄など水回りだったかも知れません。興味深いのは竹を半割にした足洗い下駄が登場していた事です。


時代劇などを観ていると宿場に到着した旅人が腰をおろして、まずすることが足を洗っています。靴で歩いていますと、あまり感じ無いのですが、鼻緒の履き物で歩いていますと雨ふりなどは特に足が汚れる事があります。未舗装の道路の当時なら尚更の事、一日歩いたら足は真っ黒ではなかったかと思います。そこで足洗い下駄なるものがあったようですが、ここでは半割竹の下駄に鼻緒は、この竹縄を付けていたのです。この竹下駄には感動しましたぜよ、竹に竹の鼻緒、こんな水に強い最強タッグはないからです。


竹縄の強さと信頼性の証となるエピソードがひとつ紹介されちょりました。お祭りの山車の土台の結束にも必ず竹縄が使われていたそうですが、山車の公道の通行許可を当時の警察が出す場合にも「結束は竹縄でされている事」が通行許可がおりる条件項目となっていたそうです。


このように強い竹縄は、これが竹であると言われないと分からないような惚れ惚れとする美しさぞね。ところが、この美しさの秘密はやはり竹にあるのです。できあがった竹縄は「コスリ」をして縄目を綺麗につぶしていますが、この時に使うものは粗く編まれた竹。


人が人の中でしか磨かれないように、竹も竹で磨いてこそ輝きだすのです。













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竹縄、竹を磨くのも竹

2016年7月 1日

竹縄


「竹縄」と書いて「たかなわ」と読みます。自分が生まれるわずか10数年前まで、この竹縄は製作されいて最後まで竹縄作りがされていたのが埼玉県にある東秩父村にある集落だそうです。竹の歴史を辿ると本当に面白く興味深い事ばかりですが、九州、四国はじめ西日本に多いとばかり思っていた竹文化が意外に関東近辺にもあったことに驚きます。恐らくこれは現代のように流通の発達していなかった時代、日本一の大消費地である江戸の生活を支えるためだったかも知れません。


しかし、それにしてもこの竹縄は美しいぜよ。長く使われる事無く保管されていたにも関わらず、この艶やかさ、本来なら博物館などに展示されていても不思議ではない本物の竹縄を素手でさわれる事に感激したがです。


今回、民族文化研究所「竹縄のさと」という貴重な映像を拝見する機会がありました。竹縄の作り方を克明に映し出した記録映画ですが、まず特徴的だったのが竹縄作りが集落挙げての一大行事だったという事です。それも、そのはず竹縄作りに適した真竹や淡竹は若竹を伐採するのですが7月末から8月初めにかけてのわずか3日間しかないといいます。虎竹の伐採時期も長くはないと思っていましたが、それでも3ヶ月程度ある事を思えば、竹の性質上とは言うても短かすぎます。これは一時期に沢山の人手で一気に伐採する必要があったと思います。


竹縄


そして、油抜きの行程が凄いのです。もう圧倒されて思わず身を乗り出しました(笑)瞬きするのが惜しいくらいぞね。日本の竹文化の源流、恐らく竹細工の油抜き加工はこのように発展してきたのではないか、そんな風に思えてきます。小川の流れる窪地に伐採したばかりの青々とした竹を一列に並べ、その下から乾燥させた大麦の麦ワラで焼き上げるのです。これが、小麦でも他の素材でもダメで大麦のパッーと燃え上がる強烈な炎で竹を裏返しながら4~5分間炙ると油抜き加工は終わりです。まるで野焼きのような光景、しかし、これが昔はどこでも見られたものの、今では日本のどこでも行われていない竹加工なのです、本当にシビれました。


炙った竹は湯気がたちのぼりアツアツです、しかし職人さんたちは、その竹をすぐに手にとって割りはじめました。熱をもったうちだと真っ直ぐに割れるとの事で、手を小川の水に浸して冷ましながら仕事を続けます。


伐採する竹は今年生えた柔らかな若竹ばかりですので伐採するのもカマ一本、竹割も同じくカマ一本を起用に使われています。細く割った竹の事を「サッパ」と呼んでいましたが、こうして細く小割にした竹(サッパ)を乾燥させ秋まで屋根裏などで保管しておくのです。













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使われない青竹踏み「世に生を得るは事を成すにあり」

2016年6月 4日

B級品の青竹踏み


片隅の段ボール箱にギッシリと詰め込まれて誰にも見向きもされない竹踏みがあるのです。青竹踏みは竹を半割しただけの簡単な竹製品のように思われます、もちろん一つ二つ作るだけでしたら何の事もないかと思います。けんど、これを何百、何千本と作るとしたら、まずその竹材集めから考えねばなりません。


竹は根元からウラ(先端)部分にかけて同じ太さではありせん、節の間隔も違います、もっと言えば形も丸くなく楕円形だったりするがぜよ。もちろん竹は20数メートルもの高さになる素材ですけんど、その竹の全てが青竹踏みに適しているという事ではないがです。太い部分あれば、細い部分もあり、それが製品にした時の高さに関係してきます。キズやシミ、竹の個性や環境による歪み、細かな割れなど挙げていたらキリがないほど様々な理由でお客様のお手元に届けられない製品が出てくるのです。


ただ、今回は少し違う竹山の竹を初めての職人さんが試しに製造した製品でしたので、いわゆるB級品が普通の何倍もの数できてしもうたのです。このような販売できない商品も、もちろん職人さんが一生懸命に製造したもの、捨てる事など絶対に出来ませんぞね。そこで一部は竹炭に利用するなどしましたが、それでも何箱かの段ボールが残されました。ふと気づいた片隅にはそんな竹達がいたのです。


竹虎四代目(山岸義浩)


誰にも相手にされず、役立つ事ができず...ずっと見ているうちに涙があふれます。誰かに似ているからです。そうながです、自分が何者か知らず、何の為に生きているのか分らず、もがき苦しんでいた20歳の竹虎四代目そのものに見えてきます。この竹達も何かの目的があり、役割があり職人の手により生み出されてきたがです、けんど、ほんのちょっとの事で世に出る事ができず竹虎本店の隅っこで悶々としちょります。


「世に生を得るは事を成すにあり」


実は、この竹たちは幸せな方なのです。今の日本の竹山では、せっかく竹として生まれてきたものの、何の事もなせず、何にもなれず、人様に喜んでもらうことなく朽ちて行く竹のなんと多いことか!


そんな中、何とか青竹踏みとう形になった竹たち、販売されず皆様にお届けされる事はないと言うても、そのチャンスは与えてあげてほしい。そんな思いで筆を取ったがです。


竹虎四代目(山岸義浩)


竹虎では2006年から毎月全社会議を開催しちょります。いつもこの場で自分の思い、竹虎の進む方向を話していますがこの報われない青竹踏みの事も話ました、これから竹虎でご購入いただいた方には、もしかしたらこの竹踏みが同梱されているかも知れません。高さが低かったり、表だけでなく裏側にも汚れやシミがあったり、節の部分に細かな割れがある事もあるかも知れません。竹表皮部分に大きな割れができれば危ないので使用できませんが、そうでなければ見栄えさせ気にしなければ十分にお使いいただける竹踏み達です。


竹は製造した時には真っ直ぐでも、乾燥などにより歪み多少のガタつきが出来る場合もあるのです。そのような時には、フローリングや堅い床面では使用できませんが(良品であってもフローリングなどでは滑りやすいので下にマットやタオルをオススメします。)マットやタオルを敷くとか、絨毯部分では問題なく使える事もあるがです。


そんな事をお見知りいただいた上で、竹虎のお客様ならきっとご理解いただけると思い段ボールからひとつひとつ取り出して製造した在庫のある限り、何かのお役に立てればという思いでプレゼントとしてお送りしたいと考えちゅうのです。荷物の大きさの関係で皆様にお入れできるワケではありません、また、在庫が無くなり次第終了いたしますので何卒よろしくお願いしたいと思っています。













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木舞竹の載った高知新聞「壁の中を100年飾る」

2016年3月23日

木舞竹の載った高知新聞「壁の中を100年飾る」


先日の高知新聞をパラパラとめくっていますと近頃では見かけることの少なくなった木舞(こまい)竹を組んでいる写真に目がとまりましたぜよ。木舞は「小舞」と書かれる事もありますが、土壁の下地として割竹を柱と柱の間に組んでいくがですぞね。高知県は土佐漆喰などが有名ではありますが、県内でも建てられる住宅は大手ハウスメーカーの工場製造された家が多くなり土壁の家など、ほとんど無いのではないですろうか。そんな中、何と地元の須崎市に一人だけ残った木舞職人さんの特集記事が掲載されていたのです。


竹虎と同じ須崎市でも、この職人さんは浦ノ内の方のようです。虎竹の里とは東と西で一番遠く離れちゅうせいもあってか今まで存じあげませんでした。けんど50年以上もこの仕事に携わってきただけあって、とても70歳とは思えないような身のこなしが写真からも伝わってくるのです。


実は竹虎でも以前は木舞竹を大量に製造しよりました。虎竹の里の山々から山出しされる虎竹は、全てに虎模様があって商品にできる訳ではなく、色つきが良くなかったり、キズだったりする二級品の竹も大量にあったがです。そのような竹の多くは、規格の長さに切断し太さによって割幅を決めて全てこの木舞竹に加工しよりました。最盛期には毎週10トントラックに積みきれないほどの製造があり、ひっきりなしに京阪神の問屋さんに運ばれて行っていたのを思い出すがぞね。


住宅の変化に加えて、海外からも割竹が輸入されるようになって竹虎でも製造をやめて久しいのですが、こうして高知で木舞竹の文化が少しでも続いている事は、まっこと嬉しいがです。左官職人さんが入って壁を塗れば自分達の竹の仕事はすべて隠れて見えなくなってしまう、それなのに等間隔で並ぶ竹や見栄えにこだわるのは、さすがに本物の職人さんぜよ。


「壁の中を100年飾る」ご存じない方には少し分かりづらい見出しかも知れませんが、木舞職人さんの仕事を上手く表した素晴らしい見出しやと感心するがです。













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またひとつ、驚きの竹

2016年2月 2日

  図面竹


昨日のお話させていただいた曲ったような珍竹は実は大変価値があり、当然一点モノでもありますので大切に室内装飾などに使われてきた竹素材なのです。以前、琵琶湖のほとりに建てられていてる山元春拳という方の旧邸「蘆花浅水荘」に行った際にも、こじゃんと(とても)面白い竹が床の間に使用されちょりました。このような竹が、どのように使われるのか?特に床の間の生活をご存じない若い方にはイメージできにくいかも知れないので一度ご覧いただきたいと思うのです。


さて、今回ご紹介させていただいている図面竹も腰が折れ曲がったかのような格好ですが、実はこの竹は図面竹の模様の色合いが人工的に付けられた柄であるのと同様に、この曲り自体も竹職人さんの技術で曲げられているのです。どうですろうか?凄い技ですろう!?


それでは一体どうやって曲げているのかと言うと...、おっと、竹虎の事を少しご存じの方はガスバーナーの加工を思い出されているのかも知れませんにゃあ(笑)日本唯一の虎竹はガスバーナーの炎で高温に熱してから竹の曲がりを真っ直ぐに矯め直す加工をします。なので、こうやって面白い曲がりを出す時にも熱を入れて矯め木を使い曲がりを出すのではないかと思われる方もいらっしゃるかも知れません。


図面竹の木枠


ところが...。


それは大ハズレながぜよ。昔からお取引をさせて頂いちょります京都の清水銘竹店さんにお伺いした際に木枠を沢山拝見させてもろうたのですが、この図面竹の曲がりは筍の時に、このようなカーブを描く曲がった特別な木枠をかぶせて作っているのです。竹職人と自然の竹との共同作業のようなものですぞね。こうやって木枠を設えても、人の思惑どうりに竹が曲がる事ばかりでもないし竹をそのまま置いておいても、このような曲がりには絶対に成長する事はないそうぜよ。


あの大きな孟宗竹を四角い形にしつつ、しかも曲げを入れるという高度なテクニックで出来あがる図面竹は、まさに京都の熟練竹職人の技の結晶とも言えますろう。まっこと、竹の世界は驚きに満ちちょりますぞね。













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たったひとつ、希望の竹

2016年2月 1日

銘竹


京都の銘竹市に行った時には普段あまり目にすることのない珍しい竹達に出会いましたぜよ。そんな中のひとつに根元から90度に曲がった珍竹があったのです。


竹は一日に最大で120センチも伸びた記録があるくらい成長力のある植物ながです。この竹は筍として生まれ、その驚異的な力で上を目指して伸びようとした時に、たまたまその進行方向に石があったのか?何があったのか?とにかく真っ直ぐに伸び上がる事ができず折れ曲がり、それでもその障害物を回避したところから逞しくスクスクと大きくなった、言うなればこじゃんと(とても)苦労した竹なのです。


人間にたとえるとするなら、ちょうど伸び盛りの子供の頃ぜよ。この竹も、もしかしたら思うたかも知れませんぞね「どうして自分だけ、こんな大きな岩の下敷きになって真っ直ぐ伸びられないのだろうか?」。同じ竹林では仲間の若竹がドンドン伸びて行っているのに、自分が望んだわけでも悪いわけでもなく、たまたま置かれた運の悪さを嘆き、悲しんだのかも知れんがぜよ。


けんど、その時にはマイナスとした考えられなかった事で、辛い思いもしたかもしれませんけんど迷いながらでも道を探した結果はどうやったろうか?朝の来ない夜は無いと言われますけんど、本当にその通りで大きな岩はどこまでも続いちゅうわけではなく、しばらく我慢したら上に伸び上がれる場所が見つかった!


望まない境遇で不幸にも思えなくもありませんけんど、そのハンデを乗り越えてみたら他の竹にはない魅力と価値がついて、数え切れないほどの竹が生まれて来る中にあっても選ばれ、竹の本場である京都の銘竹市のような輝かしい舞台に立つことが出来るちゅうのです。


この竹は希望です。人は皆が強く、順風満帆ではないと思うちょります。けんど、大きな壁を前にして泣くのか、笑ってみるのか。諦めない事の大切さと、いつでも人には明日がある事を教えてくれるために、この竹は此処にあるがです。













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銘竹としてのゴマ竹

2015年12月23日

虎竹林の胡麻竹


竹屋は夏痩せではなく、冬痩せすると言われる事があるのですが、それは竹の伐採が寒い時期に行われ、毎日のように急斜面を登って山仕事をせねばならない季節という事ながです。虎竹の伐採も晩秋から翌年の1月いっぱいと決められちょりますので今頃は竹林に行く機会が更に多くなっているのですが先日一本の立ち枯れしている竹を見つけたがです。竹の表面にはブツブツのゴマ状のものが出来ちょります、これはアピオスポレラ・バンブサエ(Apiosporella bambusae)、通称ゴマ菌が竹に付く事により発生するものながぜよ。


ゴマ竹


その自然に出来たゴマ竹を見て、改めて京都の清水銘竹店さんで拝見させていただいたゴマ竹の作り方を思い出したがです。ゴマ菌は枯れた竹に付きますので、自然に出来あがったゴマ竹は枯れてしまって製品にはならない状態ぞね。ところが、銘竹に仕上げる職人さんの技はゴマ菌を付けてゴマ状の模様はありながら竹製品として流通できるしっかりした品質の竹にする事にあるがです。


そのために、わざわざ高く成長した竹に梯子を掛けて竹の枝打ちをして裸の竹を作りだしゴマ竹を作り出します。自然に出来たカラカラに乾燥したゴマ竹を折って片付けながら、あの人の手を入れるからこそ表れるゴマ模様の美しさ、迫力を思うのです。













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煤竹について

2015年12月17日

煤竹


煤竹(すすたけ)は、高級竹材としてお茶やお花の道具などに多用される竹ですけんど、孟宗竹や真竹などと同じように竹の種類として自然にあるものではないがです。昔は一般的であった茅葺き屋根には、骨組みとして竹材が沢山使われていましたが、この竹が100年、200年と長い時間をかけて囲炉裏の煙に燻されている間に自然な深みのある色合いに変わっていくがぜよ。


茅葺き天井


薪やバーベキューの煙などを思い出していただきたいと思うのですが火を入れると屋外であってもモウモウと煙が立ちのぼります。現在のご家庭では室内で火を焚くのはガスコンロくらいですが昔は調理をしたり、暖をとるのにも囲炉裏の火が大きな役割をしよりました。パチパチと音をたてて燃える火は心安らぐ物ですが、この室内での煙は差し込む光がハッキリ見えるくらい、普通に思う以上に充満しちょります。


煤竹虫食い


この煙が竹の色づきを良くしますし、また茅葺き屋根の素材につく防虫効果などもあったと言われます。ただし、煤竹の場合には元々、虫が入っていたためですろうか、虫食いの穴がある竹材もあるがです。ずっと昔の竹材でありますので、虫穴があったり、乾燥しすぎちょって細工用として使えなかったりする事が煤竹の扱いが難しい部分なのです。


煤竹縄目


梁の部分に縄で縛られた部分だけが白く残っちゅうのも、この竹の景色に味を醸し出している所ですろう。使われた当時は青々としていた青竹が白っぽくなり、更に月日を重ねてこのような深みのある茶褐色に変わるがです。この色合いの違いは、時間的な事はもちろんありますが囲炉裏で燃やされてきたものに左右されると言われますので、地域によって竹の品質にも大きな違いがでてくるのです。


煤竹編み


これは職人さんがご自身で使われちょった竹テーブルでしたろうか。煤竹の自然な色合いの違いは編み込まれると更に複雑に絡み合い、面白い模様となって見る人、使う人を楽しませてくれるがです。













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