続・流鏑馬笠(騎射笠・端反笠・陣笠)を復刻した

流鏑馬


昨日、流鏑馬笠のお話をしましたら、やはりご存じのない方もおられるようでした。そこで本日は絵心のある社員が流鏑馬の絵を描いてくれました!ビジュアルの力は凄いです、こうして絵にして見ていただきますと、まさに一目瞭然。馬に跨った武者が弓矢で的を射抜く様子がよく分かります。これをご覧されたなら、皆様もきっと一度や二度はテレビなどで、この勇壮な姿を目にされているかと思います。


流鏑馬笠・騎射笠・端反笠・陣笠・綾藺笠


流鏑馬笠の復刻は画像左に写る古い一笠からはじまりました。かっては20名をこえる笠編み職人がいたと言いますけれど、遂に一人もいなくなり必要なくなったからと譲られた古い網代笠。網代編みをする竹人はいても、これだけの曲線をどうやって出していくのか?何人にも断れ、失敗してもいつかは出来るだろうと楽観していのは、出来るまで諦めないからです(笑)。


流鏑馬笠・騎射笠・端反笠・陣笠・綾藺笠


誰に頼まれた訳でもなく、自分の思いで復刻させたいだけなので気楽です。また、竹細工に関しては、おそらく自分以上に点と点と繋げられる者はいないという自負もありました、要はあせらなくても誰にも出来ないのです。いや間違えました、こんな馬鹿なこと誰もやろうと思わないのです。


流鏑馬笠・騎射笠・端反笠・陣笠・綾藺笠、竹虎四代目(山岸義浩)


それでも美しく編み上がった流鏑馬笠を手にした時は嬉しかったです。あの工房の片隅で汚れてボロボロになって忘れられていた笠が、こうなるのです。日本の手仕事は、まだまだ捨てたものではありません。「ここは寒いから、暖かい高知に連れて帰ってくれよ」確かにその時に聞きました。復刻の日を知っていたに違いありません。




世界竹の日(World Bamboo Day)2021に思う「竹は無限」

 
世界竹の日、青竹踏み体操


今日は一人でも多くの皆さんに知っていただきたい9月18日、世界竹の日です!その驚異的な成長力から継続利用可能な唯一の天然資源と言われ注目をあびつつある竹を、世界の方々と一緒に考える日なのです。2020年の世界竹の日では、コロナによってステイホームを余儀なくされた皆様の運動不足解消に役立てていただきたいと願い青竹踏み体操を竹虎社員一同で披露されてもらいました。だから早いものであれから一年という時間が経過した事になります。


世界竹の日2021年


今年の世界竹の日では、ちょうどつい先日に一人学生さんとzoomを介した竹のお話を「竹虎四代目が「日本の竹」への疑問にお答えします! 世界竹の日(World Bamboo Day)2021特別企画」として製作し本日YouTube動画にアップさせて頂きました。最初、学生さんからのお問合せを頂戴した時には何も思ってはいませんでしたが、お話をさせていただいた翌々日でしたか、こんな大切な記念日に合わせたかのようなお問合せに少し運命的な引き合わせも感じています。


海外の竹と聞くと中国や東南アジアくらいの認識しかないのが普通かも知れませんけれど、熱帯系である竹の成育地域は赤道を中心にしてアフリカ大陸や南アメリカなど世界に広がっています。それぞれの気候風土、文化に合わせた人と竹の関わりがありプロダクトが生まれています。竹が地下茎でそれぞれの竹と繋がるように世界の人々と手をたずさえる時、まさに竹の無限の可能性に心躍ります。




ハエナワの思い出

 
鰻籠、竹虎四代目(山岸義浩)


昨日の30年ブログでハエナワの話がでましたので、今朝は自分が小学校の頃に独自に作って仕掛けた鰻のハエナワ漁(漁というのは全く大袈裟ですが)の事をお話しさせていただきます。ハエナワ(延縄)は横に伸びる幹縄(みきなわ)に同じ間隔で枝縄(えだなわ)を吊るし魚が食いつくのを待つ漁法です。


太平洋


こう聞きますと、もしかしたら多くの方は海での漁を思い浮かべるのではないでしょうか?猛スピードで走る漁船から次々とエサの針がついたウキを放り投げていく豪快な漁法をテレビなどでご覧になられた事があるかも知れません。マグロ漁の場合には何と長さが100キロを超えるような長さのものもるようですけれど、川で鰻をとるハエナワは、もちろんこのように大規模な仕掛けではありません。


網代編み竹舟


特に自分の作ったハエナワは、シャンプーの空ボトルを二本用意してその間をテングスでつなぎ幹縄とし、3~4本程度の枝縄を吊るしたものでした。先輩に聞きながら適当に手作りしましたがエサは近くの新荘川で投網漁を趣味にしていた父親が冷凍庫に大量に保存していた鮎でした。


元々は竹編みのを仕掛けて毎朝のように川に通っていましたけれど初めてハエナワにチャレンジした日はいつもより早く起きて、まだ誰もいないピンの張りつめたような空気感の川原に来ました。辺りは静まりかえっていて川の流れの音が心地良かったのを覚えています、そして健康な川の流れというのは良い香りがします、胸いっぱい吸い込むのが好きでした。


美しい川


いのいちばんにハエナワを仕掛けた場所に急ぐと、何とウキ代わりに使っていたシャンプーのボトルが見当たらないのです。これはっ...!?下流の方に流されてしまったのか?鰻がかかって何処かに引っ張って行かれたか?辺り見回すと川草の茂る小さな中州でガサゴソと動いているものがあります。近寄って行くと草の間から黒っぽい鳥が飛び出してきました。


虎竹の里


ところがバタバタと激しく羽ばたきするだけで遠くへ逃げられません、シャンプーの空ボトルが川草に絡んでいるのでした。この鳥は鰻を捕るための鮎を飲み込んでしまいハエナワにかかってしまっていたのです。テングスを手繰り寄せ、口をのぞき込みましたが針を外すこともできず仕方なく口元で切って逃がしました。鳥は慌てていなくなりましたけれど針を飲み込んだままで大丈夫だろうか?と心配になりました。


護岸竹


帰って本で調べると、その鳥はカイツブリだと知ります。川や沼で暮らしている鳥で水面に巣を作り子育てする可愛い水鳥でした。ああ悪い事をした...そんな思いでハエナワは最初で最後、あの時以来一度もしていないのです。




※鮎と言えばこの鮎籠は独特の形です。若い頃からこの魚籠を使ってきた、投網で捕った鮎を50匹も入れて重たくなるほどだった。と話す古老が編む不思議な形の魚籠があります。やはり日本の竹細工は奥が深く面白い。


伊賀市の竹材問屋さん

 
番傘


かって三重県伊賀市には良質の竹が豊富にあって伊賀傘とよばれる和傘の生産地でした。昭和初期には傘製造業者が125軒もあって全国でも1位2位を競うほどの出荷額があったそうです。そこで、その和傘作りに必要な大量の素材を提供する竹材商として創業されたのが、かって竹虎とは長い長いお付き合いをさせて頂き自分も幼い頃から毎日のように耳にしてきたF竹材店さんでした。


竹虎は今年で創業127年を迎えさせて頂いておりますが、実は創業地は大阪天王寺であり当初は「竹亀」という屋号で、やはりF竹材店さんと同じ和傘の竹材商として事業をスタートさせています。伊賀に拠点を置き、北海道から九州まで全国的に名前の轟いていた会社様ですので明確な記録は残っていないものの初代宇三郎の時からのお付き合いである事を考えますと100年のお取引をさせて頂いていた事になります。


昔の竹虎職人


戦後、本社を高知の虎竹の里に移した竹虎には10トントラックが2台ありましたが並んで停車してる事を見る事は稀でした。毎日フル生産して製造した竹材や竹製品を満載できる量になったら即日F竹材店さんに向けて配送していたのです。だから自分達にしたら「親方日の丸」と言いますか絶対的な信頼を寄せていた会社様であり、虎竹の里は竹の製造のことだけ考えていれば良い時代だったのです。


F竹材店の社長さんは声が大きく、豪気でいつも優しいニコニコして笑顔の方でした。以前の30年ブログ「竹製品いっぱいの祖母の台所」でも書いていますけれど当時は出張で来られた方は当社の自宅でお泊りいただくのが常で、来られると聞くと嬉しくて心待ちにしていた覚えがあります。


あれから年月は流れ、すべてが大きく変わりました。エネルギッシュだった社長様の事を改めて息子さんから聞いて先人の事を思い、これからの事を思っています。


悲しき根曲竹手付き籠

 
ミニ根曲竹手付き籠


先日、少し残念な竹細工を手に取った。根曲竹で編まれた幅が23センチほどの小さな手付籠、卓上に置いて小物入れとして使ったりオトシを入れて花籠として飾るにも手頃な大きさでお楽しみいただけそうである。


根曲竹手付き籠、リンゴ籠


デザインの元になっているのは根曲竹の丈夫さ堅牢さから長い間、リンゴ農家さんでも活躍してきたので「リンゴ籠」とも呼ばれている買い物籠だ。幅は約38センチ奧行き26センチ、高さは19センチあるのでちょっとしたショッピングには重宝する。


根曲竹手付き籠、竹虎四代目(山岸義浩)


竹虎では30年以上も前から定番として常に店頭に並んでいた竹籠のひとつ、持ち手に丸竹をそのまま使っているのが秀逸で手触りも良く、籠の軽やかさを感じる事ができる。


ミニ根曲竹手付き籠、竹虎四代目(山岸義浩)


ところが、このリンゴ籠をそのまま小さくしたミニ根曲竹手付き籠には、どうにも許しがたい所がある。根曲竹の代名詞のように編まれたきた伝統の籠を元にしているだけに余計に気になってしまう。


ミニ根曲竹グルーガン


ミニ根曲竹買い物籠接着


見栄えだけを真似て製作したためか底の力竹をグルーガンで接着してしまっているのだ。グルーガンはホットボンドガン等とも言って熱で溶かした接着剤をピンポイントで使用できるので今や色々な細工に多用されている。


ミニ根曲竹手提げ底


本来は竹の特性である弾力やしなりを利用して荷重に耐えられるように入れている力竹を、飾りのように接着剤で留めているのを竹を知らない方が見たら何と思うだろう?この竹籠が販売されていたのは安価なものを売るお土産物屋さんではない、美術的な価値も高い伝統の竹細工などを展示している博物館に置かれていた。


このような場所で手にとる竹細工にしては、この根曲竹手付き籠は悲しすぎる。竹の良さや素晴らしさを知って欲しいと願っている自分たちにしたら、若い皆様や海外からの方が日本の手仕事を誤解してしまわないかと心配になる。実は、このような事は竹の展示会ではたまに見かける事があって、見事に美しくガラスケースに陳列されている作品の竹素材が全くデタラメだったりする。


根曲竹


竹には種類によって特性があり、その竹材が使われているからこその形だったり編み方なのだが展示する側が竹素材の事まで気にかけていないのかも知れない。しかし、そんな薄っぺらい見せ方では、どれだけ高名な作家の籠だろうが次の世代に響かないのではないか。




根曲竹をどうやって伐採しているかご存じだろうか?それぞれに違いがあり魅力ある竹を、竹林から伐採されて職人の手仕事を経て経て皆様のお手元に届くまでを正しく知ってもらいたいと、いつも思う。


真竹ミニ米研ぎざる


今度のミニ根曲竹手付き籠、小さくした飾りだから手を抜いていると言うのなら更にたちが悪い。本物の職人の編む竹は小さくするほど技が光るものだ。それなりの場所で展示販売される竹細工は職人の真偽をしっかり見極める事も必要だと痛感する。


根曲竹経年変色


正しい日本の竹細工なら、自分が義理の母から譲られた根曲竹手提げ籠のように、何十年と時を重ねるほどに美しく、愛着が増し、楽しい思い出と共にいつもそばから離れない。


二代 渡辺竹清作品展「伝統と革新」

 
二代 渡辺竹清作品展「伝統と革新」


網代編みの巨匠と呼ばれる渡辺竹清先生の作品展が別府市竹細工伝統産業会館にて開催されています。前期が本日9日(祝)まで、後期が明後日8/11日(水)から22日(日)まで、このような時期ではありますけれど、機会があれば是非ご覧いただきたい逸品ばかりです。


二代 渡辺竹清作品展「伝統と革新」冊子


渡辺竹清作煤竹パーティーバッグ


渡辺竹清先生の名前を一躍有名にしたのがニューヨークの超有名宝石店と共同制作され40年もの長きにわたって定番コレクションとなったパーティーバッグでした。親子三代にわたって竹清ファンである自分にしたら聖地とも言える場所に行かずにはおれませんのでした(笑)、一度聖地巡礼しておりますのでYouTube動画をご覧ください。




中岩孝二


さて、渡辺竹清先生は誰からも親したしまれる人柄で多くの若い竹人に大きな影響を与えてきました。中でも中岩孝二さんは竹清先生の緻密な網代編みに魅了され弟子となって以来、同じ煤竹を使った竹編みに向き合っておられます。


中岩孝二作虎竹呂扇


竹清先生に言われて中岩さんが初めて編んだ呂扇を拝見させてもらいました。思い出の品として大切にされている竹編みが虎竹なのが嬉しかったですけれど、数日前に訪れたと言う作品展の冊子にサインを書いてもらった師匠愛には感じ入りました。


二代 渡辺竹清作品展「伝統と革新」サイン


そもそも自分の場合は何の用がなくともお茶を飲み行くように竹清先生の工房にはお邪魔しています。実は、独特の雰囲気の先生の仕事場には何だか大好きな祖父の姿をいつも感じられるように思っているのです。そこで、今回もお伺いした際に中岩さんに習ってサインを頂戴したのですが、どういうワケか帰り際に先生が編まれた煤竹呂扇を賜りました。


渡辺竹清作呂扇


先生の作品は御所籠、衣装籠、花籠、竹皿、ペンケース、箸箱はじめ煤竹アタッシュケース、パーティーバッグなど...そうそう今キーボードの横にあるペーパーウェイトや小物入れまで実際に愛用しているものも含めると100点近くなるのかも知れません、コレクションに又素晴らしい家宝が加わりました。


200万回を突破する竹虎YouTube動画

 
竹スクエアバスケット、角籠


昨年からのコロナウィルスで自分たちの竹業界も少なからず様々な影響を受けている。そもそも大きな市場ではないので、あまり表面化することもないけれど観光や旅行の減少によってお土産物としての竹製品や宿泊や飲食関係で使われていた竹細工は需要がなくなった。そんな中、実は悪い事ばかりでもなくて、今まで作りたくても手がつけられなかった製品を作る機会となって、そんな中でラインナップに加わったのが虎竹スクエアバスケットたちである。




そして、2021年4月からはそれまで全く力を入れていなかったYouTube動画で職人の仕事を紹介する事も始めた。どのような手間をかけて籠が出来あがっているのかは実際にご覧いただのが一番である。沢山のお客様にお話しを伺っていると、当然の事かも知れないが竹の事を全くご存じないので動画を通して少しづつ竹素材を知ってもらえたら嬉しい。


虎竹スクエアバスケット、角籠


田舎の小さな竹屋ではあるけれど唯一の虎竹を守るために新しい竹籠やYouTube動画など時代の変化に何とか対応していかねばならない。少し嬉しいご報告をさせて頂くと昨年6月にアップした当社の職人動画がもう少しで再生回数200万回を突破する。




あと1週間くらいだろうか?別にユーチューバーではないので再生回数を目指している訳ではないので静かに、自然にその日を迎えるのだと思うが200万回は、まあまあの数字のようだから楽しみだ。


富士笠と富士山と竹骨職人と

 
富士笠


400年の歴史がある越中福岡の菅笠でも優雅な富士笠を見ていると真っ青な空の下で雪をかぶる美しい富士山を思い出す。


空からみた富士山


菅笠の竹骨


富士山の雄大さには感動するが、自分の場合はそれよりも感極まるのが富士笠の下に隠された竹骨だ。写真の右前に「富士(五寸)」と書かれているのが富士笠の土台となっている竹骨、日本の笠は雨の日にさす傘も含めてイコール竹なのである。


菅笠製作


この竹骨に耐久性、防水性の高い菅を一針づつ縫い付けて作られる笠のことを以前もこの30年ブログでご紹介した事がある。この地方の女性が嫁入り道具として菅笠作りの小箱を持参する話を職人さんの仕事場で聞かせていただいたのは忘れられない。


菅笠のプラスチック骨


ところが竹骨に魅入られた菅笠にも抗えない時代の変化がやって来て久しい。竹骨職人が減少したせいで量産できなくなった菅笠の下に見えるのは何とプラスチックなのだ。竹を使う事ができなくなった現状を憂いているけれど、それよりこの事になんの疑問も持たない、知らない人々の多さに閉口する。


感動する菅笠竹骨


菅笠竹骨職人


厳冬の中、色々な種類の竹骨を製作し続けている職人は本当に楽しそうだった。これが全て、自分の大好きな竹人だと思った。


富士笠


あなたの笠は竹骨だろうか?美しい富士山が本物ならよいのだが。


竹ブーツと龍馬ブーツ

 
竹ブーツ


今日は竹で編まれたブーツのお話です。実はこれ竹職人がクリスマスに向けて作ったもので中にお菓子など入れるプレゼント用だったそうです。そういえば小さい頃に両親が買ってくれたケーキ屋さんか何処に並んでいた赤いブーツに似ています、実はこのサンタクロースのブーツは日本だけのものらしいですが竹編みでブーツを作るなどさすがです。


龍馬ブーツ


坂本龍馬


ブーツと言えば自分はいつも龍馬ブーツなるものを愛用しています。新しいものが大好きだった龍馬が長崎で手に入れて履いていたと言うのは有名ですけれど、そのブーツを研究して復刻された方がいたのです。使うほどに足に馴染み、風合いが深まります、そして傷んだところは手直しできる、その修理自体も時と共に味になってくるなど同じ自然素材だけあって革製品と竹は良く似ています。




竹の声に導かれた大火災の夜

 
竹虎大火災


この世の中には、目に見えない力があるとずっと感じています。しかし、それは別に特別な事ではなくて、いわゆる「虫の知らせ」とか言われるようなものであり、長い人生の中では時折訪れて導いてくれる大事な瞬間であると思っています。37年前の今日、普段は寝つきの良い自分は全く眠る事ができず何かの声を聞いて布団から起き出しました。網戸の向こうでは雨がシトシト降っています、いつもと変わらぬカエルの鳴き声だけがする静かな夜でした。


竹屋の火事


今でも大学の夏休みで帰省中の自分が、どうしてパンツ一丁の丸裸のまま傘もささずに母親のサンダルを足先に引っ掛けて真っ暗な工場に向かったのか不思議でなりません。大火災の第一発見者となった時の事を思い出すのは楽しくはありません、文字に書くのも同じです。


山岸竹材店の火災


とにかく、竹虎は大火災となり我に返ると翌日の正午でした。


竹虎火事


竹虎四代目が第一発見者となった大火災


地域の皆様にはご心配をおけかし、夏の間はずっと後片付けに追われる竹虎を助けていただきました。遠く県外からも続々と応援の方々が駆けつけてくれて感謝しかありませんでした。


竹虎火災


何十年経っても竹虎の燃える炎を見ていると心臓がドクドクしてきます。けれど、あの火が今でも自分の中で燃え続けているような気がします、きっと竹虎四代目はあそこで生まれたのです。