箒屋さんの思い出

虎竹林


その箒屋さんとは最初は東京のデパート催事売り場で顔を合わせたがです。「職人展」という全国から職人さんが集まって地方の職人技を披露しながら、作られている商品を展示、販売するという企画で、何十社という会社や工房が集まる中で、どういう理由か、いつもその箒屋さんとは近くのコマに割り当てられていました。


百貨店の売り場には波があってお客様がほとんどおられない、かなり余裕のある時間帯があったがですちや。そんな時、働きはじめたばかりの自分は良くその箒屋さんの所に行って、黙々と箒に向き合う職人さんの仕事ぶりを拝見させてもらいよったがです。自分達が催事に行く事をやめてからは、箒屋さんとは竹材を送らせていただく他は会う機会もなく、風の便りに職人さんも仕事をやめられたと聞き、竹の仕事と同様に昔ながらの箒作りも今の世の中では、続けていく事はなかなかに大変やにゃあとずっと思いよりました。


虎竹の里の山道


そんなある日、一人の女性から連絡が来たがぞね。祖父の跡を継いで箒の技術を教わり職人としてやっていかれゆう、そんなお話を聞いて、こじゃんと勇気を頂いた覚えがあるがです。あれからも随分と時間が経ちました。箒職人さんのお孫さんにあたる彼女が虎竹の里にやって来られて、日本唯一の竹林や、虎竹、黒竹を矯め直す職人さんをご覧いただけた事はまっことエイ機会やったちや、嬉しいことやちや。


矯め職人


元々は祖父同士が竹を通した交流があったがです。こうして世代が変わっても技が伝承され続いていきゆう事には心が躍るぜよ。「祖父の背中を追いかけています」思いがけず自分と同じ言葉を言われた箒職人さん。かっては一大産地だった地域の伝統の仕事は、まるで風前の灯火のようにも言われる事もありますけんど、その涙を流す熱い志があったら、きっと守っていけますろう。作務衣の寡黙な後ろ姿は、いつでもずっと見てくれゆう。それは自分も、いつも感じちゅう事ですぞね。


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