竹虎前掛けショルダーバックへの葉書

虎竹の里、竹虎四代目


自分の小さい頃に大人の職人達がいつも腰につけていた前掛け、それが何とも格好よく憧れて見ていました。新たに作り直したいと思ってメーカーさんに色々と聞いてみますと、どうやら前掛けにも種類があるようです。簡単にプリントできるような物は安価にありますが竹虎の前掛けは実際に職人が仕事で使うために作っていますので生地も厚く、しっかりしていてロゴマークや社名はプリントではなく染め付けられています。


いつも腰に巻いていますので、ご覧になられたお客様から前掛けを自分も使いたいと言われるようになります。竹虎のロゴマークは祖父が考案して60年以上も使っているものですので非常に愛着があるもの、それを使いたいと声を掛けて頂けるのは本当に嬉しく何とかしたいと思いました。


竹虎前掛けショルダーバック


実はFBに「日本唯一虎竹部」というサークルを作っていて現在772名様の部員の皆様がおられます。部員と言いましても別段何をするという事もなく、ゆるい繋がりなのですが部員の方からご希望があって前掛けをお分けさせて頂いた事がありました。


そうしますと、今度は前掛けを使ったバックを作ってもらえないかとお問い合わせを頂きます。考えたら一般の方々が前掛けをする機会はあまり多くはありません、ちょうど余分に作った前掛けもありましたので沢山は作れませんが何か形にしたいなと思っていた所に、たまたま前掛けをバックに製作されている職人さんと出会ったのです。


この方のご主人さんが数十年愛用した前掛けリュックサックを拝見させていただきましたが、それは渋いジーンズのような色落ちをされていて驚いた事を覚えています。


竹虎前掛けショルダーバックへのお客様からの葉書


数量限定ではありますが竹虎前掛けショルダーバックとリュックサックにしてウェブサイトでご紹介しちょります。ショルダーバックの内側には高知伝統のフラフという生地を使います。これは大きな旗のようなもので一枚一枚デザインが違うものを少しづつ切り取って使いますのすので内布は同じものがありません。


リュックサックなどはロゴマークの出方にこだわりましたので、前掛けを2枚も使って作ります。布のバックは専門外ですので時間がかかりましたが、こうして手書きのお便りを頂戴するほどお客様に喜んでいただけますと、作った甲斐があったと思いよります。


東京青年医会、京王プラザホテルの虎竹

京王プラザホテル、中華料理「南園」の虎竹


東京青年医会の第1401回早朝勉強会で講演させて頂いたお話しを昨日させてもらいました。早朝6時30分からとあって前日から会場である京王プラザホテルで宿泊させて頂く事になり、夕食を会代表の土谷先生やデザイナーの横川さんらとご一緒させてもらう事になっていたのです。


そこで、待ち合わせ場所であるホテル2階の中華料理「南園」に入店したのですが、いきなり足が止まります。何と目の前にあるのは自分たちの故郷、虎竹の里の竹達ではないですか!


京王プラザホテル、中華料理「南園」の虎竹


広々とした店内には中華料理店らしく円卓が何台も置かれていましたがその上を覆うようにしてパラソルが立てられているのです。そして、そのパラソルを支える中央の支柱部分に立派な虎竹が使われていました。


京王プラザホテルの虎竹


店内は満席状態でしたので、どの円卓にもお客様から座っておられる為あまりジロジロと見る訳にはいけません。しかし、どうしても目がいってしまうのです。足が動きません、目が離れないのです。


「この竹は自分達の虎竹の里からお届けされた竹です!」

「ええっ!?どうして自分の所の竹だと分かるのですか?」

「虎竹の里にしか成育しない虎竹という特別な竹だからです!」


店内で働くウェイターの皆様も目を丸くされていますが、お店の方も、お客様も誰一人として知ることのない日本唯一の虎竹。わざわざ東京まで来させてもらったのは、この竹の事を一人でも多くの方にお伝えしたいからなのです。


東京青年医会、第1401回早朝勉強会で竹虎四代目講演

東京青年医会


東京青年医会という聞き慣れないお名前でお問い合わせいただいたのは少し前の事になるのです。ひょんな事からご縁を頂いて、虎竹の講演依頼を頂戴しましたが、医療を通して日本を変えていきたいという志の高い医師の皆様の前で田舎の小さな竹屋のお話しなど興味があられるのか?まず、そんな思いが頭をよぎりました。


東京青年医会早朝勉強会


送付いただいた分厚い資料も、さすがに並の団体とは違います。しっかりと印刷された会の成り立ちや勉強会の報告など、少し目を通しただけで医療関係、政治、大学、法律、金融、メディアなどのお歴々が演者としてご登壇されています。過去には何と安倍晋三首相まで来られた事がある由緒ある勉強会なのです。


東京青年医会


多忙、そして重責極める皆様が揃って時間をとれるのは早朝しかないと言うことで東京青年医会は朝6時30分から始まります。発足が昭和59年(1984年)と聞きますので今年で33年目、その間毎週のように開催を続けられている意識の高さには感じ入ってしまいます。


東京青年医会


会場は西新宿にある京王プラザホテル、名刺交換させて頂きますと筑波からも来られる参加者の先生もおられました。一体朝何時にご自宅を出て来られているのだろう?病院に向かわれるのは何時になるのだろう?中には遠く九州から来られている医師の方までおられました。


自分の番で1401回目と回を重ねる、このような素晴らしい勉強会にお話しさせていただいたテーマが「金がない!作れない!走れない!竹トラッカー危機一髪」これで良いのか!?


東京青年医会


良いのです。と言うか、日本の医療を支えられる皆様を前に、東京の真ん中で自分がお話しさせていただける事は虎竹の事しかありません。


しかし、自分が出来るただ一つの事であり、33年という歴史の中でも誰もお話しした事のない、聞いた事もない、日本唯一の不思議な竹の物語なのです。


旅の疲れを癒す青竹踏み携帯用

青竹踏み携帯用


良く言われる事でもありますが、田舎で暮らす自分達より都会の方が健康的な生活をされていると思うことがあります。一人に一台の自家用車のある田舎では、ほんの近くのコンビニ行くのにも車に乗っていくことに慣れてしまっているので歩くことが少ないのです。歩く事は一番簡単にできる健康の基本ですが自分なども、打ち合わせやデスクワークが多い日などは一日に数千歩も動いていません。


ところが都会に出張に行きますと車には殆ど乗る事はなく、電車の中では立ちっぱなし、駅の階段の登り下りの連続です。高知では絶対に歩かないような距離を重たい荷物を持って歩くので歩数は日頃の3倍から4倍くらいになる事もあります。通勤だけでも毎日こんな生活をされている都会の皆様は、車生活の自分達より絶対に体力もあると思っているのです。


さて、自宅や会社には青竹踏みを常備していて毎日愛用しちょりますが、出張に来てパンパンにはれた足の疲れを癒すためにこそ活用せねばなりません。そこで、孟宗竹に比べて細身の真竹を使い、しかも半割ではなく6対4の比率に割って足裏のツボにワンポイントに効くように工夫した携帯用青竹踏みの出番です。


幅自体も小さく持ち運びには最適ですが、更に携帯しやすいようにハーフサイズに切っています。自然素材なのでバラつきはありますが、重さも約150グラムと軽量で今は巾着袋まで付けています。初めて方には、通常サイズのように両足のせるのバランスをとるのが難しいと思いますので片足づつでご使用ください。働くお父さんを、そっと足元で支えたい小さな巨人と言いたい一品ぞね。


名も知らぬ川の両岸に続く竹林

防災林のしての竹


着陸態勢になった飛行機は、どんどん高度を下げています、いよいよ空港に到着間近となりました。はじめての空港なので窓から見える美しい島々や沖をゆく船を眺めていましたが、ふと真下に目をやりますと一本の川が流れています。大きな川ではありませんし、日本中どこにでもありそうな静かな田園風景の中を通っている一筋の流れです。しかし、刮目すべき点がありましたぜよ。それは、川の両岸に沿ってずっと生い茂っている竹林です。


川岸に竹が生えいる光景を何気にご覧になられる事があるかと思います。自分も小さい頃には、竹は水が好きだから川の近くに生えている事が多いのだと勝手に考えていました。ずっと細長く伸びる竹林を自然に生えたものだと思っていたのです。


ところが、このように川岸に生えている竹林の多くは人の手によって、わざわざ植えて手入れされ守られてきた防災林なのです。天然の鉄筋コンクリートとも呼ばれる竹根が地面の下で縦横無尽に伸びて、それぞれの竹と繋がっている竹は強く、少々の事で流される事はないので昔から護岸用として重宝されてきました。


日本三大暴れ川のひとつ、四国を流れる吉野川等にも竹林が広がりますが、そのような大河でなく初めて見る名も知らぬような川でも、こうして竹が人々の命や財産を守ってきたのを見ると少し嬉しくなってくるのです。


黒革持ち手の手提げ買い物籠

淡竹黒革持ち手買い物籠


磨きの手提げ籠は、お買い物や、ちょっとしたお出かけなどにもご愛用いただいています。三本持ち手は強度的にはもちろんですがデザイン的にも格好がよく人気があります。一本手と違って三本の竹材を最上部で束ねなければなりませんので籐やカズラで縛ることが多いのです。


淡竹黒革持ち手買い物籠


少し新しい感じにしてみたくて新しく編み上がった淡竹買い物籠の持ち手部分には黒革をあしらう事にしました。明るい竹肌の色合いに黒革がワンポイントになって引き締まって見えます。ちょっとした事なのですが、随分とモダンな雰囲気に仕上がりましたぜよ。


淡竹黒革持ち手買い物籠ステッチ


黒革に白糸のステッチも効いてます。手にした時の馴染みも良く、使う事が楽しくなりそうな竹籠が又ひとつ出来ました。


老舗茶房「淳」の竹

茶房「淳」


30年前からずっと大好きな喫茶店があるのです。知る人ぞ知る高知の名店、茶房「淳」がその店ぜよ。場所は窪川と言った方が自分など馴染みがありますが今の四万十町にあります。この町は県西部の田舎にあるのに、このような個性的な店舗や洒落た店、美味しい食材が豊かな面白い所ながです。


ずっと不思議だったのですが最近これは四万十川のせいなのかも知れないと思いよります。日本最後の清流は、その源流から何と196キロもの長さを蛇行して中村(四万十市)まで辿りつくのですが、その雄大な行程の中で自然の恵みを窪川にも、そしてアチラコチラに振りまきながら行きゆうがですろう。


四万十町、茶房「淳」


土佐の自然の恵みは素晴らしく、有り難いです。自分たちの虎竹にしても、まさに恵みそのもの。記録には藩政時代からの物しか残ってはいませんが、四万十の流れが遥か昔からあるように虎竹もずっとこの里に育まれていたのだと思います。


さて、「淳」の開店は確か昭和39年やったと思いますので既に50数年の時が刻まれちょりますが店内に入ると珈琲好きにはたまらんような良い香りに包まれます。これが昨日や今日、豆を煎った香りではなく長年煎り続けた煙に、まるで煤竹が燻されたかのように珈琲色に変色した店内の壁から柱から装飾物から、それこそ四方八方からの香りに全身を包まれる感じなのです。


茶房「淳」竹製おしぼり入れ


いやいや、それにしてもココ本当に落ちつく。久しぶりに来てもやっぱり素晴らしいお店ぞね。最初に出して頂く竹のおしぼり入れも半端な雰囲気ではありません、しっかりとコーヒー色に染まっていて存在感はまるで店の顔のようなのです。


茶房「淳」サンドウィッチ


「淳」に来ると食事をしていようが、していまいがお腹の好き具合など関係なくサンドウィッチを頼んでしまいます。いつ食してもホッとできる味が、まっこと嬉しいのです。


茶房「淳」サンドウィッチ竹ざる


サンドウィッチがのせられた、この竹笊も渋い。一体いつから使っているのだろう?どれだけ燻したら、こんな珈琲色になるのだろう?先代の店主の方が、かなり趣味人だったと思うのは図面竹などを店内にさりげなく立てて使っているからですが、やはりその竹も見た事がないくらい焙煎の煙で煤けています。100年の時を重ねた煤竹のように渋い風合いになった竹など全国探してもここにしかないのかも知れませんぞね。


茶房「淳」アイスウィンナー


この店を知った頃に、人から教えてもらったアイスウィンナー。季節に関係無く、ここに来て頂くのは決まっちょります。この年齢になっても、これ以上の珈琲は飲んだことがないのです。


第58回目全国竹の大会高知県大会、プログラムが出来ました。

第58回目全国竹の大会高知県大会プログラム


全日本竹産業連合会主催で第58回目となります全国竹の大会が今年は初めて高知県で開催される事になって自分もお手伝いさせて頂いています。郷土の英雄、坂本龍馬の150回目となります生誕日に合わせて11月15日の開催とし、テーマも名言にあやかって「竹業界の夜明けぜよ!」と言うような大袈裟なものにしております(笑)。


第58回目全国竹の大会高知県大会プログラム


まだまだ先の事と思ってはいましたが、いよいよプログラムも出来あがってきました。8月も早くも後半になりましたので、全国大会もあれよあれよという間にやって来るのかも知れませんにゃあ。


第58回目全国竹の大会高知県大会プログラム


今回のシンポジウムのテーマは「竹イノベーションを生みだし、循環型モデルの構築を!」とされています。トークセッションには長く高知工業試験所に在籍され様々な研究開発に関わり現在は高知県立紙産業技術センター所長の篠原速都氏、トヨタレクサスの竹ステアリングを製造するミロクテクノウッド片山弘紀氏、京都大学の柴田昌三先生のお三方がご登壇予定となっちょります。


いつも申し上げますように竹は非常に成長が早く生命力にあふれる植物です。21世紀は竹の時代と自分達が考えてきた通り、竹を通して本当に豊かな暮らしと未来を実感できる学びの場となればと思っています。


第58回目全国竹の大会高知県大会プログラム


先ほども言いましたように全国竹の大会は高知での開催は58年目にして初めての事となっています。84%を森林が占める日本一の森林県では、木材はもちろんですが竹材の活用が大きな課題であり、チャンスでもあると思っています。今回は、せっかく地元開催の機会ですので高知の皆様にもご参加いただけると嬉しいのです。


大会翌日には現地視察研修会として普段は簡単に見学ができないミロクテクノウッドさんの工場を拝見させていただいたり、近年全国的に知名度があがってきて活発に活動されています白木谷の四方竹なども拝見させてもらえるようになっています。高知に暮らしていても意外と知らない地元の竹の取り組みと可能性をご覧いただけるかと思っています。


ブラジルから虎竹の里へ、里帰りの古谷さん

ブラジルから虎竹の里へ里帰り、竹虎四代目


高知の国道沿いでは歩き遍路の方々が休まれることは珍しくないのでこの時にも店先の日陰に座って休んでいるお遍路さんかとばかり思っていたのです。ちょうど夏期休暇明けの日でしたので仕事もたまっていましたし来客の方も多く、電話も鳴っています。バタバタしていても、何やら様子が違うようですので気になって話しかけてみたら何とブラジルから里帰りされていた方やったのです!


これには、まっことビックリ仰天しましたぞね、最初は耳を疑ったほどなのです。なんせ、この6月に初めてサンパウロで高知県人会の皆様に温かく歓迎いただいたばかりなのに、こんな身近にも新天地目指した方がおられたとはっ!


お名前は古谷さんと言います、狭い虎竹の里ですが古谷さんのお宅は会社からも目と鼻の先、そこから遠く南米目指して移民したのが60年前の事だそうです。自分が生まれる前の事なのですが時間も距離も超えて、今こうして偶然お会いさせてもらえた事に感謝したのです。


古谷さんの虎竹の里の昔話は、こじゃんと面白い、そして熱い。無人駅となっている安和駅には、当時大きな駅舎があり国鉄職員が数名働いていて、今では乗り降りする人もまばらな長いホームには通学する学生さんで溢れていたと言います。


竹虎社員


自分は知らない時代ではありますが、まるで昔の安和に戻ったかのようなワクワクする楽しいお話しをしていただきました。そして虎竹は当時から特産として生産されちょりましたが、そんな竹の事も地域の事も全く知らない二世の息子さんにの目にも古里の山々の光景をしっかりと焼き付けてもらいましたぜよ。


古谷さんが海を渡って新天地を目指して行った頃は、竹虎が大阪から安和の地にやって来て念願の株式会社を設立した数年後の事、会社は借地に穴だらけのトタンの倉庫ひとつ、海岸に竹を並べて干していた時代です。学校を卒業してすぐに竹虎で働きはじめて定年まで長く長く働いてくれちょった職人さんの同級生という事もあって祖父の事もよく知っていてくれました。


祖父を知る人の言葉は胸に響きます。中学を出ると同時に故郷を離れた古谷さんですが土地の特産の竹をずっと誇りに思っていてくれたのです。その竹を活かし、今に繋げている自分達を遠くから応援してくださっているのだと感じました。


「サンパウロの新聞で竹虎の事は知っちょった。頑張ってやりよ。」


そう土佐弁で話してくれて振り返りもせずブラジルに向かって帰って行った古谷さん。60年前もそうやったがですろうか?


日本唯一の虎竹は、実に様々な人の思いを宿した竹でもあるのです。


竹籠で行くお買い物

根曲竹お買い物かご


目に良いと聞きますので最近はヨーグルトに冷凍ブルーベリーを入れて食べるのが日課のようになっちょりますが、以前、お客様からいただいたお便りでブルーベリー狩りでの出来事をいただいた事がありました。


一枚のお写真も頂戴していたのですが、そこには3つ並んだ根曲竹お買い物かごが写っていたのです。確か、お友達で出かける事になって、たまたま三人が集まると同じ竹手提げ籠を持って来られていたとの事だったと思います。気の合う仲良しの皆様でしたら趣味や嗜好が似てこられるのかも知れませんが、果樹園のような自然の中で遊ぶなら、やはり素朴な竹籠というのは似合います。


白竹八ツ目バスケット


竹が忘れられていると言われますけれど、このように竹の手提げ籠や天然素材の籠をお使いになられる方は、やはり少なからずおられて、その度嬉しく思うのです。


昔ほど頻繁にではないものの自分も買い物等のお出かけには数個持っている竹手提げ籠を使いますぞね。その中でも一番多用している籠といえば白竹八ツ目バスケットですろうか。何でも遠慮せずにドンドン入れられるタップリ収納力は頼りになりますし、底面が広くて安定感バツグンなので車のシートにそのまま置けるのも気に入ってます。


更にサイズを決める時には近くのスーパーのプラスチック製かごを参考にしましたので、カートにもピッタリ収まるのも良いところです。


別誂えの白竹バスケット

白竹アメニティボックス


白竹ピクニックバスケットなどの角型の竹籠は、元々豆腐籠として愛用されてきたものですし最近ではお弁当箱として使われる多いので、自分などには食品を持ち運ぶ籠としてのイメージが強いのです。ところが、角型の形をした竹籠というのは意外と使い勝手が良いもので、サイズを別誂えにすれば室内の色々なシーンにもバッチリ似合う事が少しづつ知られてきたように思っています。


白竹ピクニックバスケット


ピクニックバスケットの上蓋を無くした角籠はホテルや旅館さんなどでもお使いいただけるセンスの良い白竹のアメニティボックスとして活躍する予定です。持ち手の方向を違えただけでモダンな雰囲気もかなり変わります。


白竹ピクニックバスケット、アメニティボックス


宿泊施設などでは、いくら良い品でもコストが大事なポイントのひとつとなります。その点でもこの角籠は、国産の職人手作りの品でありながらも比較的にお求めやすいのも大きな利点です。これから海外の旅行客も増えていくのではないかと思いますが、ホッと心和む日本の竹の落ちついた雰囲気で多くの方をお出迎えできれば良いと思うちょります。


古いスズ竹角手提げ籠

 
スズ竹角手提げ籠


スズ竹は粘りがあり強く加工性も高い竹なので素朴な竹の素材感そのままに美しい籠は色々と編まれてきています。今ではあまり作られていない古い籠の中に角型の手提げ籠がありました。美しい形から、かなりの熟練職人が編んだものではないかと思っていましたが、少し浅めの作りで普通の市場籠のように野菜や食品の買い出しに使うと言うよりは、室内での小物の整理や道具入れなどにピッタリの籠だと思っていたのです。


スズ竹角手提げ籠金具


良い感じのツヤの出はじめている竹製持ち手も格好が良いのですが、昔の竹籠には味のある金具が使われていたりします。三箇所しっかりと丈夫に留められていると同時にポイントとなっていて締まって見えます。


この時のスズ竹籠が頭のどこか片隅にずっと残っていて、白竹ピクニックバスケットの上蓋をのけた形でホテルのアメニティボックスに使いたいと話を頂いた時には瞬時に面白いと感じました。竹だから和風という事ではなく、色んな雰囲気の室内に合わせられるので竹は本当に凄いものです。


黒革の持ち手

手付き竹籠


手提げのついたシンプルなゴザ目編みの籠は、何処にでもあるように思えますが手付き田舎籠と名付けたこの籠の丈夫さと言うたら他の追随をちょっと許さないのです。見た目の綺麗さもそうですが元々農家で実用として使われてきた竹細工は強さが一番ぜよ。


昔ながらの竹籠が強く使いやすく進化を続けてきたのは使い手からの声がそのまま作り手に届くいて来たからなのです。自分で編んだ籠を自分の目の届く範囲の人々に使ってもらうというスタイルが農村では普通の時代がありました、まさに職人にとったら毎日が真剣勝負であり妥協無し、こうして腕に磨きがかかってきたのです。


手付き籠


そのような伝統の職人気質を受け継ぐモノ作りは、やはり迫力があって大好きです。仕事場だけでなく、生き様に引き込まれる思いをすることもあるがぜよ。さて、ちっくと機会があって私物で使っている竹籠の持ち手に黒革を巻いてみたのです。


青物細工は時と共に白く落ちついてきて風合いが良くなりますが、黒革がワンポンイト入ると又雰囲気が出てなかなかの感じぞね。白紐のステッチも洒落ていますし、これは今用意している淡竹(はちく)の楕円手提げ籠にでも試作をしてみたいと思い数個製作してみました。近日ウェブサイトでご覧いただけるようにしたいと考えていますのでお楽しみにしとうせよ!


土佐っ子タウン2017

竹虎土佐っ子タウン2017紙芝居


毎年参加させて頂いている土佐っ子タウンが今年も開催されるのです。これは小学生以下の子供達にお父さんやお母さんがしている大人の仕事体験をしてもらう企画ぜよ。高知県下の様々な職種の会社や公共機関が協力していて、生活に必要な業種や機関は全て揃っているのではないかと驚くほど多種多様な仕事が用意されています。選挙もあって市長が選出され議会が開かれるという本格的な架空の町ながです。


虎竹風車


そんな中で竹虎は土佐っ子アカデミーという中で、竹専門店らしく竹の授業を受け持ち開催することにしているのです。例年、日本唯一の虎竹の説明からはじまり、竹の不思議な生態や、今の子供達が知らないであろう青竹踏み、竹の抱き枕や、竹の椅子など実際使ってもらえそうな竹製品を並べて楽しい授業を心がけています。


虎竹風車製造


今年は更にパワーアップして昔ながらの紙芝居で虎竹の里や竹の事を説明する予定で社員が準備をしています。懐かしい紙芝居屋さんは自転車の荷台に載せてやってきて飴玉をしゃぶりながら見せてくれたものですので、それに習って竹虎でも今年は飴玉を配り、面白い竹虎紙芝居を上演予定です。


そして、実技でも昨年までとは打ってかわり今回より新作の虎竹風車作りに挑戦してもらいます。羽根の部分の和紙には虎竹和紙も用意する凝りようで充実した内容になりそうながです、一人でも多いチビッ子が授業に来てくれるようにPRせねばなりませんにゃあ。


夏の竹虎四代目。いつもの竹弁当箱に、いつもの竹の雪駄

竹虎四代目(山岸義浩)、虎竹ヤチャラ椅子


昨日の続きですが、海に来ています。高知は面積の何と84%が森林という日本一の森林県であり山の文化豊かな土地ですが、その一方で目の前には太平洋が広がり黒潮が流れ食文化もカツオやウツボなど海産物が多いため観光に来られる方などはやはり海のイメージが強いようです。


観光と言うたら、夏休みは県外ナンバーの車が急増して兎に角、車が多いのです。連休は、どこもいっぱい普通なら10分そこそこで行ける所に2時間も3時間もかかったりするので余所に出かけず近くでのんびりと過ごすのが一番ぜよ。ここの海にいたら、ちょっとしたリゾートにいるようなもの。いつもの竹弁当箱に、いつもの竹の雪駄。


虎竹弁当箱


白竹のお弁当箱等も沢山の方にご愛用いただいていますが、高知にしかない特産の虎竹ピクニックバスケットを編むとこんな表情になるがぞね。まっこと知らない方からしたら圧倒的な存在感ではないかと思いますが、虎竹の里に生まれ育った者にしたら「えっ?なにが普通じゃないが...」とキョトンとしたりするのです。


竹虎四代目(山岸義浩)


この雄大な景色が大自然の恵みなら、虎竹も同じく大自然の恵み。自分も自然に生かされちょりますにゃあ。


夏の竹虎四代目。いつもの竹の椅子に、いつもの竹の帽子

竹虎四代目(山岸義浩)、虎竹ヤチャラ椅子


先日の「山の日」から6連休の方もおられるかと思いますが竹虎は昨日の日曜日からお盆休みぜよ。自分の休みですか?ごくごく普通ですぞね。いつもの竹の椅子に、いつもの竹の帽子。全国の気温を見ていると高知県が飛び抜けて高いワケではなくて、むしろ他県に高温の町があったりしますにゃあ。


けんど、さすがに刺すような直射日光、目を開けてられないくらいの眩しさは南国土佐ならではないですろうか。外に居る時には丸坊主の自分などは帽子は必需品ですちや。


虎竹ヤチャラ椅子


地元大学の先生が虎竹の虎模様について海の潮風の影響があるのではないかと言う仮説を話してくれました。虎竹の里の山頂まで虎竹は成育していて峠から先には成育していない事が潮風なら合点がいく話です。


それ以来、土佐湾を眺める目が少し変わっているのですが自分が海に連れてくるのは虎竹ヤチャラ椅子。丈夫でしなりがあり座り心地もこじゃんとエイのです。重そうに見えますか?実は女性の方でも軽々持てる重量、竹の軽さもセールスポイントの一つながやきに。


若竹の力

孟宗竹


綺麗に手入れされた竹林は遠くからでも良く目に付きますぞね。このような美しい竹林の場合、ほぼ全てが孟宗竹の林であり筍の成長のために太陽の光が地表に届くよう適当な間隔に伐採されているのです。


いつも申し上げることですけんど、それにしても竹の成長力というのは不思議です、驚異的です。この若竹の根元に見えるのは竹皮草履などに使われる竹皮、つまり筍を包んである皮がまだ残っているのですが、今年の春に筍として地表に出たばかりなのに夏には、これほど立派に大きく見上げねばならない程の高さに伸びているのです。大きさだけなら親竹と全く見分けがつかないのも当然、竹はわずか3ヶ月で親竹と同じ大きさにまで成長します。


孟宗竹の林


和傘をさして歩けるくらいが竹の伐採間隔の目安と言われます。このように管理されていると見た目にも気持ちが良いのですが、やさしい陽射しの差し込む様、夏でも涼しい風が通り抜けていきます。


竹はその有用性から民家の近くに植えられてきました。花が咲くのが孟宗竹の場合だと60年に一度であり、そもそも中国から江戸時代に入ってきた竹で昔から日本にあった竹ではない事を考えますと、今見ている孟宗竹も誰か先人が、わざわざ植えたものながです。森林面積全体から言えば実はかなり少ない割合なのにも関わらず手入れされていない竹林の荒廃が問題として取り上げられる事が多いのは、こうして人目につきやすい里山に植えられたからです。人に近く、ずっと役立ってきた竹に再び注目する時代が来ていると感じています。


ブラジル高知県人会への贈り物

高知新聞掲載、ブラジル高知県人会への贈り物


先月はじめにブラジル高知県人会で歓待頂いたお話しをさせてもらったかと思います。ジャパン・ハウス サンパウロ(JAPAN HOUSE Sao Paulo)にお招き頂いて竹の可能性について講演をさせて頂いた際に在サンパウロ日本国領事館のお計らいで高知県人会々長の片山俊一アルナルド様に冒頭のご挨拶をいただいておりました。そして、そのご縁でブラジル高知県人会(Associacao Cultural dos Provincianos de Kochi no Brasil)さんにご招待いただける事になったのでした。


ご存じのようにブラジルは日本から遠く離れた地球の裏側にある国です。しかし、そんな遠くの地に高知県各地から移民されて暮らす沢山の方々がおられるのです。自分もおぼろげながらには知っていましたが実際にサンパウロに暮らす高知県人会の皆様と交流させてもらいカツオのタタキ、鯖寿司、茄子の味噌和え等が並ぶ宴席に座り、はじめて行く異国に古き良き伝統をそのまま遺している懐かしい高知がある事に心から感動したのです。


そこで帰国した後、ブラジル高知県人会様へ何か贈り物をしたいと思いました。最後に移民された方が50年前と聞きましたので、昔の高知はよくご存じかと思いますが「今の高知」をあまりご存じないのかも知れないと考え、現在元気に活躍されている地元企業様の特産品を通じて今の高知を体感いただけたらと思いたちました。


高知特産を扱われ地産外商に取り組む主に食品関係の企業様を中心にお声がけさせていただきましたところケンセン35様、エコアス馬路村様、はたやま夢楽様、望月製紙様、戸田商行様、あぜち食品様、浜幸様、山のくじら舎様、黄金の里様、仁淀川.com様、モリサ様、四万十ドラマ様、ヘルシーライフ寿屋様、白木果樹園様、すえひろ屋様より各々自慢の商品のご提供をいただける事になったのです。


土佐の文化を継承して


これには本当に感謝感激いたしました!地球の裏側にまでお送りしますため県産品でも割れ物、なまもの、禁制品など制限があります。今月サンパウロで開催される土佐祭り開催前に届けたいとの思いもあり急なお願いになりましたのにも関わらず予想を大きく上回る土佐産品が集結する事になったのです。


来年は日本からの移民110周年、ブラジル高知県人会設立65周年の節目の年だそうです。現地には200家族の高知県出身者の皆様がおられ郷土の文化を守り継承されています、まさに遠い国の小さな高知だと感じました。


自分達が先人から受け継ぐ虎竹は高知の気候・風土が生み出した土佐ならではの不思議な竹です、だからより地域を大事に思ってしまうのかも知れません。しかし、土佐ならではの産品、文化、一番大事な人、すべて地域の自然が生み出したものと言うても良いのではないでしょうか?同じ伝統文化を持つブラジルの皆様との交流が深まればと願っています。


夏休み、高知観光ならイチオシは牧野植物園

坂本龍馬像


高知では真夏の祭典よさこい祭りが始まって、いよいよ夏本番という感じなのですが明日の祝日「山の日」から夏期休暇に入られる方もおられるかと思います。まとまったお休みに帰省されたり、旅行に行かれる方も多くなり観光県である南国土佐にも沢山の方がお越しになられます。


今年も全国的に猛暑日が続いていますが高知の陽射しの強さ、暑さは少し特別なので是非心してお越しください(笑)何と言っても高知は坂本龍馬が有名で必ず桂浜、龍馬像に行かれるかと思います。大渋滞で断念された方には高知駅前にも龍馬像が置かれていますので、もしよろしければコチラで維新の英雄をご覧になられるのも良いかも知れません。


牧野富太郎博士


さて、ところで県外からの皆様に自分がいつもお教えしている高知のイチオシスポットは牧野植物園ぜよ。最近は若い方にパワースポットとしても人気があるようですが、そんな事に関心のない方でも五台山の高台にあり、まっこと気持ちのエイ風が吹く園内を歩けば自然と癒されるような心地の良さを感じてもらえる場所なのです。


世界的な植物学者であられた牧野富太郎博士は日本唯一の虎竹の研究に虎竹の里にも数回来られています。そして、有り難い事に「土佐虎斑竹」という名前を付けて下さっているのです。命名の父が牧野博士という縁があり、他で成育しない虎竹を園内に移植させて頂いております。


なので訪れる機会も多い場所ですが、最近はじめた(と言ってもまだ神峯寺しか行ってませんが)四国八十八箇所霊場のひとつ竹林寺がすぐ近くにあり自分も近々お伺いする予定です。そこで、来園された皆様に是非ご覧いただきたいのは博士の蝋人形ぞね。在りし日の書斎を再現しちょりますが、ここに無造作に置かれているのが竹製ちり籠。博士が使っていたわけではなく、たまたま開園時に東京の古道具屋から購入されたとの事でしたが、許可を得て手にとって確認してみたら何と虎竹。偶然にしては出来すぎています、牧野植物園に行かれたら是非ご覧ください!


※ページでは竹虎四代目が牧野博士の蝋人形近くに行って、虎竹ちり籠を手に持っていますが立ち入り禁止の場所に入ったり展示物には手を触れてはいけません。牧野記念館の許可を得て撮影していますので何卒よろしくお願いいたします。


蓬莱竹の寿司バラ

寿司バラ(竹ざる)


寿司バラと言われても普通の方は一体何だろう?と思ってしまいます。バラは九州の方言で竹笊の事なのですが、寿司バラとは寿司飯をつくる竹笊の事を指します。一般的には寿司飯は寿司桶で作るものであって、竹笊で寿司飯を作るなどあまり馴染みのない方には意外に感じられるかもしれません。ところが、親戚や友人知人が集まる際には寿司バラがないと何もできないと言われる職人さんもおられる程なのです。


昔から沢山の方をもてなす場合に多用されきたためサイズ的にも比較的に大きいものが多いのです。大量の寿司飯を作った後の乾燥を防ぐために竹編みの蓋付なのですが、しっかりと蓋の閉まる細工には長い経験が必要とされます。


寿司バラ(竹ざる)


竹籠の使い方も地方によりそれぞれなので驚くような使用法もあるのですが、まだビックリには早いのです。蓋部分は真竹が使われているこの寿司バラ、網代の底編みは何と蓬莱竹(ほうらいちく)。南方系の株立ちになった細身の竹で、かっての戦国時代には火縄銃の火縄として重宝された竹でありますもののその後は護岸などに役立つ他あまり活用されてこなかった竹ぜよ。


蓬莱竹網代ざる(山岸義浩)


しかし、柔軟性に富み、しなりがあって細工しやすい特性は細やかな編み込みにはピッタリなのです。さすがに竹職人はそのあたり見逃しませんにゃあ。蓬莱竹は西日本なら各地で見ることのできる竹で、川岸に並んで繁っているのはお馴染みの光景でもあります、ただ川辺の竹は水分が多いという事で材質的にあまり好まれる事はありません。


山の中腹に成育する竹を伐採していますが孟宗や真竹、淡竹のように竹根で広がっていきませんので良質の竹材を大量に確保するとが難しいのです。優れた竹素材のひとつでありながら製品利用されることが極めて少ない理由の一つだと思っています。


矢筈巻きのスズ竹行李

矢筈巻きのスズ竹行李


この竹の色艶をご覧ください、見るからに年季を感じさせる雰囲気の素晴らしい竹細工を発見しましたぞね。特に注目していただきたいのは矢筈巻で仕上げられた口巻部分ぜよ。矢筈巻きは、じゃばら巻きとも呼ばれる口巻きの技法ですが、この技を使って仕上げられたスズ竹行李はかなりのレアな一品。そもそも行李自体、製造できる職人さんがいなくなって今では殆ど見ることの出来ない商品になりつつありますが、たまに新しく編み上がる行李は全て口巻きは籐で巻かれています。


スズ竹市場籠


これは買い出しなどに使われている市場籠などにしても同じで一部の凝った買い物籠は別として、それ以外は全て籐巻き仕上げです。籐は竹と親和性が高く、竹細工には普通使われていますので例えば竹虎で使う四万十カズラのように何処か日本の山でも採る事のできる素材のように考えられている方もいるかも知れません。ところが、昔から日本にはなかった素材で全て海外から輸入されている材料ですから、口巻きまで同じスズ竹を使い矢筈巻きされた行李は、そのような材料が入って来て一般的に使われるようになる前の時代に作られたものなのです。


続・作務衣で行こう、雑誌「GO OUT」に掲載頂きました。

作務衣、竹虎四代目(山岸義浩)


前回からの続きです、何卒よろしくお願いいたします(笑)。雑誌「GO OUT」に掲載頂いたのですが、その表紙にまず目を引きつけられました。何と自分が毎日着用している作務衣が大きく中央に写っているではないですか!?竹虎では自分の作務衣好きが高じて三十年近く愛用している笹倉玄照堂さんで特別に誂えてもらって作務衣を販売もしちょります。


「竹虎さんの着ている作務衣が欲しい」と、お客様のお声を何度かいただくようになったからですが自分が着用しているのと同じように竹虎ロゴマークが入ったりお尻ポケットを付けてもらったりしています。作務衣の良いところは定番のジーンズと同じように長く愛用できるところですろうか。


着方にもよりますが自分など作務衣を長く着ていて一番傷んで気になるのは襟首部分です。目につきやすい箇所でもありますので当て布をしてもらうのですが、こうやって修復しながら着用できる衣類はそう多くありません。そして不思議なもので又新しい作務衣に袖を通すような気持ち良さもあり、数年着込んだ一着に更に愛着がましてくるのです。


作務衣


さて、そんな作務衣ですがアウトドアでは有名だと言われる雑誌「GO OUT」の表紙に出るとは不思議やにゃあ?と思っていたところ、何と写真の作務衣はモンベル(mont-bell)製ながです!涼しいオリジナル生地を使い夏のリラックスウェアとして発売されているそうですが、作務衣の裾に「mont-bell」とロゴマークが入っています。日本伝統の作業着でもあり仕事着でもある作務衣の良さが遂にこのような大手メーカーさんに認められたのでしょうか。凄いぞ、作務衣。


作務衣で行こう、雑誌「GO OUT」に掲載頂きました。

雑誌「GO OUT」


雑誌「GO OUT」と言えばアウトドア関連では非常に人気の高い雑誌だそうです。そのような業界で有名な雑誌に掲載いただいたのは竹の抱き枕と竹皮草履ぜよ。どちらも昔から日本に伝えられてきた暑い夏を快適に過ごすための先日の英知の結晶のような商品なのです。


雑誌「GO OUT」竹抱き枕g


竹は熱電導率が高いため手で触れるとヒンヤリとした感触と清涼感があるのですが、その特性を利用して昔から寝苦しい熱帯夜に使われてきた竹の抱き枕があります。六ツ目編みというザックリと編んだ技法で作られた枕は通気性がよく、竹ならではの優しいしなりと肌触りも相まって自然な快眠へと誘ってくれるのです。


実は竹枕を愛用しているのは日本だけではなく、お隣の韓国や台湾、中国など東南アジアも含めた竹が多く成育する竹文化圏とも呼べる地域では広く使われいます。エアコンの普及があり現代の日本ではあまり必要とされてきませんでしたので一時はほとんど製造される事も無かったのですが、竹虎は国産にこだわり日本の竹を使い、伝統の職人技で編み上げた竹抱き枕を紹介しています。


この時代に今年も新作を作るなど少し変わっているかも知れませんが、かっては竹夫人とも筒枕とも呼ばれて親しまれた日本の竹文化を知っていただくアイテムとして作り続ける事自体にも意味があるように考えちょります。


雑誌「GO OUT」竹皮草履


竹皮草履も決して昔を懐かしむものではありません。竹皮とは竹と名前がついているから竹のどこかの皮らしいが一体何なのか?とハッキリご存じない若い方も多い中、発信を続けているのは本当にこの素材に惚れ込んでいるからに他なにません。


自分達自身が竹皮の日本一の大ファンでもあるのです。足を初めて入れた時のサラリとした今までどんな履き物にも感じた事のない心地よさと感激は数十年経った今でも覚えているほどなのです。


また、時代劇などご覧になられましたら竹皮にオニギリを包んで持ち運ぶシーンがあるかと思います、これは竹皮の持つ抗菌性を活かしたものでありますし、自分の小さい頃のお肉屋さん等でも包材は全て竹皮でした。こうした抗菌性、耐水性、柔軟性、加工性など類い希な機能性をもった国産の竹皮は今の日本ではほとんどが使われる事なく竹林で朽ち果てています。実は日本の誇るスーパーマテリアルであるのに出番がない竹皮に竹虎が光を当てずに誰がやるのでしょうか?


今日は短めにお話しするつもりが、つい長引いてしまいました。そもそも今回の雑誌の表紙にある作務衣をあのアウトドアメーカーとして知られているモンベル(mont-bell)が作っている事を言いたかったのですが明日にしますぞね。


竹炭シャンプー、竹炭リンス、ポンプ式

竹炭シャンプー、竹炭リンス


竹炭シャンプーも発売させていただいてから随分と長くご愛顧いただく商品になりましたぞね。薬用竹炭を使い炭の吸着力でしっかりと汚れを落としながらもミネラル成分が潤いを残す洗い心地は沢山の方にご支持いただいておりますが石鹸シャンプーですので初めてお使いになられた方は独特の使用感に驚かれる事もあるようです。


合成界面活性剤は不使用、ノンシリコンシャンプーですからお肌の弱い方にも安心して使っていただけますし、自然環境への負荷もかかりません。お陰様で、ずっとご愛用いただく方もおられて嬉しく思っているのですが、皆様からご要望を言われていた事にボトルの形状がありました。


竹炭シャンプー、竹炭リンス


竹炭シャンプー、リンスは竹炭微粉末を入れて加工されていますので、その竹炭成分が沈着する事があるため使用前に振っていただいていました。そこで片手に持てるようにあまり大きなボトルサイズにはできなかったのです。


今回のリニューアルでは、そのあたりの問題を解決すべくメーカーさんに研究をいただき前々から切望されていた500ミリリットルの大型ボトルと共にポンプ式を採用してより使いやすくなっています。


竹炭シャンプー、竹炭リンス


ホテルのユニットバスには備え付けのボディソープ、シャンプー、リンスが並んでいます。お洒落なボトルは良いのですが、入浴のため眼鏡をかけていなくて小さな文字が読めず、どれがどれか分からない事があります。


竹炭シャンプー、竹炭リンスはボトルに印刷している文字もできるだけ大きく見やすいようにしていますのでそのような事もないと思っていますが、洗髪時に目を閉じた状態でもシャンプーとリンスが区別できるように、シャンプーのポンプ上部には三本線の刻みが入れられている親切さなのです。


竹ターナー40年の年期

40年使った竹ターナー(竹ヘラ)


おもむろに厨房から手を差しのばして見せていただいたのが何と使い込んだ竹ターナー(竹ヘラ)。随分と使い込んでいて、所々に焼け焦げの後などもあり毎日の仕事にご愛用いただいている感じがこじゃんと(とても)いい味を醸し出しているのです。


竹ターナー(竹ヘラ)


ところが、確かに竹製ではありますものの、ご存じない方からすれば長さはあるものの先端部分の平らな部分がこのように小さな竹製品はあっただろうか?と思ってしまうだろうと思います。


40年使った竹ターナー(竹ヘラ)


「竹虎さんで買ってから40年使い続けゆう!」


ご主人の一言が全てを物語ます。竹ターナーは2年や3年の使用ではなかなか分かりませんがこうして店舗で毎日使って40年という歳月の中では少しづつちびてきて元々は広いヘラ先が、このように小さく可愛いヘラ先になってしまっているのでした。


継続は力なりとも言いますが、丈夫な竹が連日の使用でこれだけ小さくなってしまうものなのです。しかし、まっことこれだけ使うて頂ければ竹ターナーも本望、自分たちも大満足ながぜよ。


スズ竹市場籠で通勤、竹虎スタイル

スズ竹市場籠


昭和中頃の時代まで、世のお母様方はこのような買い物篭を提げてお買い物に出かけられたものです。しかし、このスズ竹で編まれた手提げ籠は丈夫で使い勝手も良いので別に古い時代のものという事ではなく現在でも人気が高く、観光客にも有名な日曜市や産直市場などでも良く見かける買い物かごのひとつなのです。


若い皆様にとったら、このような竹の買い物篭は見たこともない新しい製品以外の何物でもないのかも知れません。しかし、竹虎の社員として働きだして竹の良さや強さを間の当たりにして、沢山のご愛用いただくお客様の声などにも触れているうちに自分でも使ってみたくなり毎日の通勤にスズ竹市場籠を持ちはじめる方が少なくないのです。


スズ竹市場籠


休憩室にズラリと使い込んだスズ竹市場籠が並んでいるのを見ると、まっこと嬉しくなってくるのですが、やはり日本人の血だなあと思う瞬間です。実際に使ってみますと持ち運びのしやすさ、腰当たりの優しさ、出し入れしやすい口の広さ、容量の多さ、何処にでも置ける安定感など機能面の素晴らしさにも気づきますし、使うほどに色合いの深まってくる感じにも愛着を感じてもらっています。


スズ竹


実は素材のスズ竹は「竹」と名前がついていますが笹の仲間です。竹と笹の区別は非常に微妙で明確なものがありませんが一般的に稈表皮に竹皮がついたままのものは笹類と思ってもらってかまいません。


スズ竹


このように細身の素材なのですが、これが割って編み込みにしますと柔軟性に富み、粘りがあって本当に強靱なのです。薄くすればするぼとに、しなりが生まれ折れる事がない素晴らしい竹素材ですから買い物籠のような大型製品ばかりでなく、小さなお弁当箱や蕎麦ざる等にも多用されています。


スズ竹市場籠製造、職人


一体いつからなのか分らないくらい昔からの網代編みの技法。縄文時代の遺跡からも、この網代痕がある土器が出土しているそうなので遙か古から延々と続いてきた編組(へんそ)技術なのです。


四国八十八箇所、神峯寺(竹林山地蔵院)

竹林山地蔵院神峯寺


高知に暮らしていて普通にお遍路さんも見かけますし、そもそも虎竹の故郷である焼坂の山道が昔の遍路道ですので、そのような古い道を歩いてまわるお遍路の皆様と言葉を交わす機会も多いのです。そんな身近にあるとかえって、わざわざ八十八箇所を廻ってみようとは思わないのです。


ところが、ふとしたキッカケがありました。かなり大きなキッカケでした。そして、急に思い立って初めてお遍路として行こうと決めたのが、たまたま何故か神峯寺(こうのみねじ)。


四国遍路納経帳


いくつか候補はありましたが、どうも東の方に光りが差し込んでいる気がしました。ここは高知県でも東部の安田町にあり真言宗豊山派の寺院との事です。まったく何の知識もなく向かいましたが、少しくらいの山道には驚かない自分でも「これはっ!?」と思うような曲がりくねった急勾配の細道が続きます。


さすが、「土佐の関所」「遍路ころがし」と言われ四国八十八箇所屈指の難所だけの事はあります。しかし、これも後から知りましたが何と神峯寺は竹林山(ちくりんざん)地蔵院(じぞういん)と号しているそうではないですか!?


なるほど、妙に気持ちがここにばかり引かれたのが分かりました。


Patricia Venturaさんと竹虎本店


さて、この山道の登り口でたまたま出会ったのがパトリシアさんでした。ポルトガルからハネムーンで来日されたとの事ですが、初めての日本なのに東京でも京都でも、また北海道に行くでもなく四国のお遍路周りに来られたというのが気に入りましたぜよ。


ご主人は先に山道を歩いて行ったのですが、あまりに急で遠い道のりなので車で上がる人を待っていたようです。そこに自分が偶然通りがかったという事なのです。


Patricia Venturaさん、竹虎本社、竹トラッカー


出会ったのが土曜日、それから二人してヒッチハイクと徒歩で西に向かって来られるとの事ぞね。次の週の水曜日なら自分が本社にいるとお伝えしていましたが、安田町から須崎までは90キロくらいあります。普通ななら十分移動できる距離ですが大きな荷物を背負い(車に積むときに荷物持ちましたが、こじゃんと重い!)霊場を巡りながら、ちょうどその日に辿りつけるのか?と思っていました。


しかし、思ってみたら、どうして土曜日にお遍路に行こうと思うたのか?しかも沢山あるお寺の中から神峯寺にしたのか?パトリシアさんを初めて見た時には周りに地元のお年寄り達が笑顔で沢山集まっていました。一瞬その姿が自分には天使のようにも見えました。迷わず車を停めたのは、そのせいでした。


実際にはただ単に台車をついたり、杖をもったりして集まり日陰で涼みながら世間話をしていただけのお婆ちゃん達でしたが優しく近道を教えてくれて助かりました。


そんな、たまたまが重なり、やってきたお二人に日本唯一の虎竹をご覧いただきます。横浜まで1000キロの旅をした竹トラッカーの事もお話できました、お遍路さんの取り持つ不思議なご縁に感謝ぜよ。虎竹の里でここにしかない竹を見過ごそうとしていたように、実は四国には凄い地域資源がある事を知らずに来たように感じています。