
竹皮草履ご愛用当時の平田暁夫さん
もうお亡くなりになられて十数年になる、日本を代表する帽子デザイナーであられた平田暁夫さん。実は平田さんには、竹虎の竹皮草履をずっとご愛用いただいていました。もう20年も前のことになりますが、そんなご縁があって、東京は西麻布にある帽子工房「ブティックサロン・ココ」へお伺いさせていただいたことがあります。大都会である東京の、それも洗練されたお洒落な街にあるお店に、すっかり緊張しきった田舎者のボクを、平田さんは本当に温かく、優しく迎え入れてくださいました。竹皮草履の素晴らしい履き心地について嬉しそうに語ってくださり、さらに「もっとこうしたら良くなる、履きやすくなる」と、ものづくりに対する貴重なアドバイスまで色々と授けてくださったことを今でも鮮明に覚えています。

20年の時を経て
そんな思い出から長い月日が流れた、先日のことです。東京での用事終えた後、遅い時間となってホテルに向かう帰り道のことでした。たまたま何気なく、ふと左手に伸びた小さな通路の先に目をやると、見覚えのあるビルが...「ええっ!?もしや?」ボクの目に飛び込んできた景色に、思わず息を呑み、その場に立ちすくんでしまいました。そうなのです、通路の向こうにあったのは、紛れもない、あの懐かしいブティックサロン・ココの建物だったのです。
「お店があるのは、広尾では!?」
地下鉄の駅が広尾駅だったので、平田さんの工房は広尾にあるのだとずっと思ってきました。ボクは、最近はワケあって宿泊には出来るだけアパホテルを選ぶようにしています。今回も初めて泊まるアパホテルなのですが、名前が西麻布とついているので、広尾とは結びついていませんでした。

建物前に来てみると、長い歳月が一瞬ではじけ飛び、平田さんにお会いさせていただいた時の記憶が、まるでつい先日のことのように鮮明に蘇ってきました。あの日、この場所でいただいた優しい言葉。ふと目を止めなければ、また、ビルの外灯が灯っていなければ、もしかしたら見過ごしていたかも知れません。かつてお世話になった大切な場所に導かれるように巡り合えたのは、きっと偶然ではないような気がしてなりませんでした。ここに連れてきてもらえたこと、そして今もなお、色褪せないご縁を感じさせていただけたことを、幸せに思った特別な夜でした。

様変わりする手仕事の世界
しかし同時に、今のボクたちの足元にある厳しい現実が頭をよぎります。現在の竹皮草履づくりは、当時とは随分と様変わりしました。編み手である職人の高齢化はもちろんですが、それ以前に、原材料の竹皮を地元の竹林で採取すること自体が年々難しくなっています。さらに、草履の芯となる藁を手配するのも一苦労です。昔ながらの良質な藁を分けてもらうために、季節になれば稲刈りを手伝いに行くのが常でしたが、それも、段々と難しくなってきています。素材ひとつ集めるのにも、並々ならぬ苦労が伴う時代に伝統を守る、続けていくということは、綺麗事だけでは決して立ち行かないことを感じます。

空からのエールを勇気に変えて
けれど、あの懐かしい建物の前に立ったとき、不思議と胸の奥から熱いものが込み上げてきました。色々と苦労はあるけれど、あれだけ竹皮草履を愛してくださった平田さんのためにも、簡単に投げ出すワケにはいかない。やれるだけ頑張り続けてみよう。翌朝早くの広尾駅で、あの日と同じように空を見上げてみます。不思議と、雲の向こうから優しい笑顔でボクたちを応援してくれているような、そんな気がして仕方がなかったのです。「原点を忘れるなよ、応援しているよ」と、時を超えてそっと背中を押してくれた、なんだかそんな風に感じられます。空から届いた温かいエールを、大きな勇気に変えて、まだまだ、やれる事はあるはずです。
