
人気の続く蒸籠料理
蒸籠料理の人気が続いている。そう言うボクも、ダイエットしたいと思って、まず食事から見直すべきだと考えて、油を使わず肉も野菜も一緒に調理できる蒸籠を食する日が多い。とにかく蒸籠の良さは、調理が簡単で美味しい事、さらに、食卓に蒸し上げたまま出せるので手間がかからない。蓋を開けると、フワ~ッと湯気と共に食材の良い香りが広がり食欲をそそる。ポン酢しょうゆや、ゴマドレッシング、焼肉のタレなど調味料で味変できるのも飽きが来ない秘密かも知れない。蒸籠を手にしてから、もうかれこれ20数年になるけれど、その都度改めて沢山の方に喜んでもらえる理由がよく分かる。
さて、そんな蒸籠だけれど、現在日本で流通しているほとんどか海外からの輸入製品だ。ごく一部は日本製の蒸籠もあるが、蓋部分の網代編みや底のスノコ状になった竹材については国内で調達は難しいから、海外での製造に頼らざるを得ない状態になっていると思う。生産国の中でもやはり、本場の中国製が一番ではないだろうか。中国国内の需要も相当数あるようだが、欧米はじめ世界中に圧倒的な数量が運ばれている。見学させてもらった十数社の中で、竹の椅子に座って黙々と蒸籠に向き合う職人がいた。竹の椅子というのがいい、中国製と聞いただけでアレルギーを持たれる方もいるけれど、こうした熱心な職人一人一人を見て回ると竹に国境はないと感じる。

蒸籠用の大量の竹材
地域には、竹材を満載に積み込んだトラックが何台も走っている、こうして運ばれる竹が全て蒸籠になるのだから製造量は想像もつかない。そう言えば、前に来た時には、大きな河に大量の竹を筏にして下っていたことを思い出した。実は日本でも、昭和の時代までは特定の産地で竹筏にして運ぶ光景が見られていたものだ。竹は、節の中が空洞なので浮力が強い、子供の頃は海で竹一本を股に挟んで仲間と遊んでいたけど、腰から上は海に出ていて見晴らしは良いし、どこまでも泳いでいける気がしていた事を思い出す(笑)。

こちらの工場には、所狭しと竹材が集められている。どうやら孟宗竹のようだ、実は日本全国津々浦々にある孟宗竹は、元々原産は中国なので当たり前だけれどよく似ている。

整理整頓された竹工場
竹の工場と言えば乱雑になりがちで、竹虎の工場も整理整頓が課題なのだが、こちらの竹材工場は本当に整然としていて驚いた。工場長の方がしっかり管理されていて一定のサイズに切断した竹が綺麗に積み込まれている。このような工場から作られるものは、やはり品質が高い、自分たちの作り出す竹へのプライドも感じる。ボクたち初めに日本の竹人が学ぶことも少なくないように思う。

長い歴史を感じさせる様々な蒸籠
蒸籠と一言にいっても、ご家庭で使われる小さなサイズから料理店やホテルで使われる業務用の大きなサイズまで様々。本場中国の食の歴史を垣間見るような気持ちになる。中国の蒸籠づくりを見ていると、それぞれの工場がひとつの部材に特化していて量産体制が整っているようだ。この会社に届いた、蒸籠の大きな底編みは次の工程(工場)に運ばれ一つの製品に完成するのだ。かつての日本でも、ここまで大規模ではなくとも、それぞれの職人が部署を担当して流れ作業でひとつの竹製品を作っていたから、各部署の習熟度は上がり、結果として品質も高く仕事が早かった。

蒸籠を大量生産する仕組み
薄くした竹材で丸い蒸籠本体を作っている職人がいた。圧巻のスピードで仕上げられる部材は、別の部署や工場に運ばれて最終製品に組みあげられる。まさに30~40年前の竹虎での袖垣製造なんかと同じだと思いながら見ていた。それぞれの工程で作られた部材が、最後に本社で組み立てられ一つの虎竹袖垣が完成していた。作っても作っても間に合わなかった、竹の古き良き時代の名残りがあった頃だった。

蒸籠が作られる現場
こちらでは蒸籠の蓋を仕上げている。蒸籠は家庭でも、業務用としても広く使われる調理道具だけに、それぞれのメーカーによって細かい規格が沢山あるのだ。広い工場を見て行けば、行くほどにサイズはもちろんの事、微妙に作りの違う蒸籠がある。

昔の日本のような光景
竹籠に入れられた蒸籠があった。ひと昔前には、日本でもこんな大きな竹籠は沢山編まれていて、このような製品を持ち運ぶのに使われていた。よく見て頂くと、中に入っている竹蒸籠本体に横線のような模様が入ってるのがお分かりになると思う。これは、同じ竹蒸籠でも材料にする竹材が異なっているためだ。

蒸籠の一部を金属で補強したものは、中国や台湾の料理屋さんで見かけた事がある。この時に大量に用意されていたものは欧州に輸出されるとの事だった。

蒸籠職人
海外で製造された竹製品が何でも敬遠されるというのは考えものだと思う。確かにブラックボックスがあって、不透明感を感じてしまうものが無いわけではない。けれど、蒸籠の工場を原材料から、加工工場、それぞれの部材工場や更に内職を請け負う村々、そして仕上げ工場と見て行くと竹と向き合う竹人がいて、それは日本と何ら変わらない。竹の技術は大陸から渡ってきて日本の感性と風土で洗練させてきたと思うが、日本だけが竹の国ではないと思い知らされるような美しい竹細工が海外にもある。日本で作れなくなった竹製品なら、皆様の期待に応えるように正しく伝えていくしかない。
