
神秘の竹の花
竹の開花という現象は、知れば知るほど大自然の測り知れない神秘を感じさせられます。昨年、虎竹の里でも淡竹の仲間である虎竹に花が咲き、立ち枯れていく姿を目の当たりにしました。その時、この大きな出来事を皆様に30年ブログでお伝えしたのが虎竹の花、120年に一度の試練か、未来への希望か?というブログでした。
吉兆竹
竹の花が咲くのは、淡竹や真竹で約120年に一度。人の一生を超える周期のため、生きている間に目にすることすら稀な現象です。竹林は地下茎で繋がった一つの家族のようなもの、花を咲かせた竹林はすべてのエネルギーを使い果たしたかのように一斉に茶色く枯れてしまうため、古くから不吉の前兆などと恐れられてきた歴史もあります。けれど、昭和の真竹開花が竹産業に大きな転換をもたらした歴史を振り返りながら、ボクはこの命のクライマックスを、次の120年に向けた大転換期である吉兆竹として受け止めたいとお話しさせていただきました。

黒竹の開花
そんな中、虎竹の里から車で数分の黒竹の産地でも、まるでリレーのようにゆっくりと開花が広がっていく様子に驚かされたのが昨年の事です。竹の開花?黒竹に竹の花、数年前から断続的に続く大自然の珍現象でも触れましたが、黒竹は虎竹縁台や黒竹玄関すのこなど、竹虎のものづくりに欠かせない素材だけに、竹林が草に覆われていく姿には一抹の不安と危機感を抱かずにはいられませんでした。

大都会で出会う黒竹の花
そして今回、ボクはさらに鳥肌が立つような光景に出会うことになります。出張で訪れた東京で、ふと目にした黒竹に花が咲いていたのです。高知の虎竹の里からは直線距離にしておよそ600キロ。気候も土壌もまるで違う大都会の片隅で、高知と同じ黒竹が、静かに花をつけていました。

黒竹の花、800キロメートル
驚きはそれだけでは終わりません。今度は東京から西へ約800キロ、九州の地を訪れた際にも、やはり同じ黒竹の花を見かけたのです。高知、東京、そして九州。何百キロも遠く離れた土地で、まるで示し合わせたかのように、同じ種類の竹が同じタイミングで花を咲かせている。誰かが合図を出したわけでも、風が種を運んだわけでもありません。竹は地下茎で命をつなぐ植物です。かつて一本の竹から株分けされ、人々の手によって日本各地へと運ばれ、庭先や里山に根付いた黒竹たちだからでしょうか?どんなに遠く離れた場所に植え替えられようと、竹の体内に宿る120年の体内時計は決して狂うことなく、時を告げた瞬間に一斉に花をつけたのです。
命のバトン
何十年、何百キロという距離と時間を超えて、目に見えない深い命の根底でひとつにつながっている...実は前々から見聞きして知っていたことではありますが、こうして目の前で揺れる竹の花を見上げながら、大自然の壮大なプログラムに改めて圧倒される思いでした。花を咲かせた竹林が枯れていく姿を見るのは切ないものですが、これは決して終わりではありません。120年かけた命のバトンを渡し、次の世代が芽吹くための交代劇なのです。

孟宗竹の部分開花
何年前だったでしょうか、孟宗竹の日本最大級といわれた部分開花を発見した時のことを思い出します。山主さんは首をかしげ、いつも頼もしい古老の職人が不安気にして落ち着きません、大陸から渡ってきた大きな竹だけに開花もダイナミックでした。二人して無言で竹を見上げた時、初めて見る孟宗の姿に何とも言えない気持ちでした。
奇跡のような瞬間に感謝
実は、日本列島をまたいで咲き誇る竹の花は、虎竹や黒竹など淡竹(はちく)の仲間に限っていません。スズ竹という笹の仲間も開花があって一面が枯れすすきのような竹林になるという大きな節目の時代です。北から南まで、竹林や竹の職人はじめ竹人と出会う機会の多いボクは、その都度、竹という植物の底知れない生命力とロマンを感じさせてくれます。120年に一度なんて、なかなか巡りあうことのない、奇跡のような瞬間に立ち会えていることに感謝しながら、次の120年へとしっかりと竹文化を繋いでいかねばならないと心を新たにしています。
