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春重のおんちゃんの竹帽子

竹帽子


魂の宿る竹細工

職人がこだわり、命を吹き込んだ道具には、どれも魂が宿るものです。夏になれば、ボクがいつも大切に被り続けているこのの帽子もそんなひとつ。地元の大好きな職人さんの記憶と、師匠であったお父さんとの絆、そしてボクのわがままにトコトン付き合ってくれた、モノくりの執念が編み込まれた世界にたった一つの特別な逸品なのです。高知県は、昔から素晴らしい竹細工の文化があり、近年までその伝統が残っていた数少ない地域です。毎年、地元では県や市などが主催する竹細工や竹製品の発表会、品評会が開催されていました。そして、ボクの父親(竹虎三代目)は、その品評会に審査員として参加させてもらうのが恒例となっていました。


審査員の父が、いつも絶賛していた春重のおんちゃん

「あの春重のおんちゃんの籠は、やっぱりキレイや。他とは品格が違うきね」。父は、品評会から帰ってくると、いつも家で嬉しそうに、こう話していたのです。最高賞を総なめにしていく春重のおんちゃん(※高知の言葉で「おじさん」の意味)。父は審査員という立場でありながら、一人の竹人として、おんちゃんの生み出す洗練された美しい編み目に、心から惚れ込んでいたのが良く伝わってきていました。そんな、誰もが認める一級の腕前を持った春重のおんちゃんに竹細工のイロハを教え込んだ師匠というのは、他でもない、おんちゃんの実の父親でした。その昔、父親やおじさん、あるいは親戚や近くのお兄さんが竹の師匠というのは珍しくなく、交通不便で遠くまで行き来が出来ない時代は、むしろ普通の事でした。


竹帽子


遊び心で編んだ親父の帽子

おんちゃんの父親もまた、昔気質の骨っぽい竹職人だったそうです。土佐の職人だから何となく分かります(笑)。寝ても覚めても竹仕事、毎日毎日、泥臭く竹と向き合うお父さんでしたが、たまの休日には、ちょっとした楽しみがあったそうです。それは、当時近くにあった映画館に好きな映画を観に行くこと。仕事ばかりの頑固一徹な父親が、映画に行く時ばかりは、少しばかりのお洒落をして出かけたいと言い、自分のためにツバの付いた竹帽子を編み上げ、それを誇らしげに被って映画館へと足を運んでいたのです。そういえば、その頃の写真を見たら洋服でも和服でも、誰でもツバのついたカンカン帽と呼ばれた帽子を被っています。竹職人が自分のプライベートのために、遊び心で作った竹帽子は、まさにそれでした。


時が流れ、そのお父さんが亡くなられた後、春重のおんちゃんは大好きだった、そして尊敬していた師匠であり父親である人のことを、しみじみと思い出していたそうです。「そう言えば、オヤジはあの帽子を被って、嬉しそうに映画に行きよったにゃあ...」懐かしくなって、誰に見せるでもなく、ただ父親を偲び、父親の面影を感じたいと思い、記憶を頼りにその竹帽子を編み上げました。そして、編み上がった帽子を自分で被り、毎日の仕事に精を出していました。


竹職人


なぜ、竹細工職人が竹帽子を被るのか?

竹細工をするのに、なんでわざわざ帽子を被るの?と不思議に思う方がいるかもしれません。実は、昔の職人さんの仕事場というのは、今のような立派な室内の工房があるわけではなく、自宅の庭先が当たり前だったのです。竹ヒゴを取った横を、ニワトリが地面をつつきながら歩いていく、そんな長閑な感じです(笑)。庭先にコモ(藁むしろ)をサッと敷いて、そこにどっかりと腰を据える。高知のジリジリと照りつける強い日差しを受けながら、竹を割り、竹を編む。もちろん、屋根のひさしの下や、簾を張った下でお仕事されるので、多くの職人さんは竹帽子など必要ありません。けれど、春重のおんちゃんは、日よけのためだと話してツバの広い竹帽子を被り続けました。


春重作竹魚籠


夫婦で行く渓流釣りの魚籠

また、春重のおんちゃんは、家族を大切にする人でした。おんちゃんの家を訪ねると、一番奥の鴨居に繊細で美しい魚籠が大切に飾られていました。聞けば、それは昔、奥さんと一緒に渓流釣りに行くために、おんちゃんが愛情を込めて作ったものだと言います。そんな、家族想いで温かい春重のおんちゃんが、亡き父親を想って作った竹帽子を被り、今日も庭先でパン、パンと心地よい音を立てて竹を割って、ヒゴを作っている。その姿を見た時、そして帽子に秘められた親子の話を聞いて、どうしようもなく竹帽子が欲しくなり作ってもらうことになったのです。


竹帽子


柔らかいようで、硬い竹編み

帽子のデザインは、ボクが当時被っていた、YIN&YANGという、お気に入りブランドの帽子をモデルにすることにしました。これで田舎者のボクも萩原健一のようにお洒落になれる?と、ウキウキしたのを覚えています。ところが、ここからが本当の試練の始まりでした。竹の帽子というのは、案外というか、想像を絶するほど難しいのです。まず、元の帽子のサイズ感で仕上げてもらいますので、同じように出来あがるのですが被った感じがしっくりきません。最初は大きさが問題なのかと思って、修正して作り直してもらっていました、けれど途中で気づきます。そもそも、伸縮性のある布製の帽子と、カッチリ編み上がる竹編では同じ形にすると全く使い心地が違うのでした。それが分かるまで数個製作してもらっていました(笑)。竹ヒゴというのは、細く柔らかく、しなやかなものですけれど、それがガッチリと編み込まれると強度と共に硬さができます。それを頭に被り何時間も過ごしていると、最初は何ともなくても竹の微妙な硬さや、ほんのわずかな歪みが、頭に当たってジワジワと痛くなってくるのです。


「これやったらイカン、被り心地がしっくりこない」
「ここが当って、痛いちや」


春重のおんちゃんは、ボクが快適に被れるようにと、竹ヒゴの厚み、幅、編み込みの加減を、何度も、何度も調整し、最初から編み直してくれました。気が付けば、ボクの頭にぴったり馴染む極上の1個が完成するまでに、なんと9個もの試作品が出来上がっていたのです。こうして、ようやくボクの頭に馴染む、たった一つの特別な逸品であり、最高の竹帽子が誕生しました。


インドNID、竹虎四代目(山岸義浩)


誰にも真似できないストーリー

今では、夏の定番として、東京などの大都会への出張でも、海外に行く時でさえ一緒です。帽子を被るたびに、高知の強い日差しが目にまぶしいくらい照りつける庭先と、そこで竹編みする春重のおんちゃん、語ってくれたお父さんの映画の話、そして奥さんへの愛情を思い出します。見た目だけ同じような竹の帽子を作る事は、他の誰かにもできるかもしれません。だけど、この帽子に流れるストーリーだけは、誰にも真似はできません。映画好きだった師匠でもあったお父さんへの、春重のおんちゃんの思い。そして、辛抱強く編み直してくれた竹職人としての心意気、すべてがこの編み目の一つひとつに、ぎっしりと、美しく、優しく編み込まれています。だからこそ、この竹帽子はただの帽子ではありません、これ以上ない、本当に特別な最高峰の逸品なのです。





竹虎四代目

竹虎四代目
YOSHIHIRO YAMAGISHI

創業明治27年の老舗竹虎の四代目。100年守り続けた日本唯一の竹林を次の100年に繋ぐ。日本で二人だけの世界竹大使。

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