オエダラ(オイダラ)箕の行商

2019年4月 3日

オエダラ箕行商


オエダラ箕の事をもっと知りたくて秋田は太平黒沢の箕作り名人として有名な田口召平さんを訪ねました。谷間に開けた集落が点在する静かな地域ですが、この黒沢地区の三つの集落で昭和30~43年頃には120軒のお家が箕作り、5軒が行商、4軒が仲買だったと、かなり詳しい内訳までご存じで本当に興味深いお話しを沢山伺う事ができます。


中でも感激したのは、オエダラ箕を行商されている方の白黒写真でした。当時の様子を知る資料として良くぞ残っていたと思います、写真を撮ってくださった方に感謝です。


竹虎四代目


行商は今では知る人も少なくなりつつあるかも知れませんけれど別に箕だけのお話しではありませんでした。印象に残っているのはNHK大河ドラマ「龍馬伝」に登場する岩崎弥太郎です、背中に鳥籠など竹細工をいっぱい担いで畦道を行く姿を覚えておられる方も多いのではないでしょうか。バイクや自動車のない時代、行商は持てるだけの荷物をいっぱい持って出かけていったのです。


自分の小さい頃には虎竹の里にも様々な方が御用籠のような丈夫な竹籠や、背負い籠を持って歩かれていた事を思い出します。当時の交通機関は何といっても汽車でした、朝到着する車両からは肩に大きな風呂敷を背負ったおばちゃん達が一斉に何人も降りて来ました。


一番強烈に覚えているのは隣の漁師町から海産物や干物を売りに来られる行商の方。母が玄関先に出迎えると荷物をほどいて竹籠の蓋を開けるのですが、その瞬間に魚の何ともいい香りが辺り一面に充満して思わず籠を覗き込みました。香りの記憶は鮮明です、母の足にしがみついて行商のおばちゃんの笑顔を見ていたあの日の事をハッキリ覚えているのです。


オエダラ箕行商


さて、田口さんによれば、この白黒の写真は由利本荘岩谷という所で撮られたものだと言います。そして白黒画像なので正確な確認は難しいけれど、当時売り歩いていた箕はイタヤカエデが使われたものでは無かったそうです。実は昭和40年当時、オエダラ箕が大量に販売されたお陰で材料のイタヤが枯渇し、代替え品としてヤマウルシで箕を製作していたのです。


オエダラ箕


商店の少ない田舎では行商の方々が持って来られる新しい品々を、そして聞いた事もないような楽しく面白いお話しを幼い自分などは心待ちにしていました。箕を肩に担がれた方の向かう農家さんでもそうだったのでしょうか?


オエダラ箕一枚であの時のワクワクするような気持ちが蘇ってきました、ほんの50年前の日本のお話しです。














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藤箕の箕太刀(ミタチ)と日置の箕の箕刀(ミガタナ)

2019年4月 2日

箕太刀(みたち)


またまた箕の話が続きます。藤箕作りでは柿の木で作られた箕太刀(みたち)と呼ばれる道具を編み込みを引き締めるのに使います。左側が新しい道具で右側が使い込またれもの、刃先の部分が削られて薄くなっています。


太刀と名前が付いているだけあって武士が腰に差していた刀のように長尺です、少し長すぎて扱いづらいのでは?と思いましたが、まったくそんな心配はいりませんでした(笑)


藤箕素材


長さがあるのでトントンッと短時間で一気に編み込みを引き締められます、大量に生産されてきた歴史のある藤箕だけあって道具でも何でも効率的になっているのでした。


箕刀(みがたな)


箕太刀を見た時にすぐに思い出したのが日置の箕作りに使われていた箕刀(みがたな)という道具です。大小のサイズの違いがあるものの使用方法はもちろん同じですし良く似ています。山の素材を数種類使って製作される事にも共通点のある二つの箕、北陸と鹿児島の遠く離れた両地域でこのような道具が使われてきた事に関連性と面白さを感じます。


藤箕職人


箕作りの職人さんは、ご存じなのか?どうなのか?
トントンッ...トントンッ...
ただ黙々と藤を編み込み箕太刀を使っています。


藤箕職人の道具


脇を見ると藤蔓を採りに行く時などに使うナタでしょうか?刃物の鞘と言えば木製や革製、樹木では桜皮、竹で作られたものもありますけれど何と藤鞘に入れられていました。論田、熊無の藤箕製作技術として国の重要無形民俗文化財の指定を受けた伝統の藤箕作りは続きます。













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600年の歴史、藤箕(ふじみ)について

2019年4月 1日

竹虎四代目、藤箕


オエダラ箕に続いて今日は藤箕(フジミ)のお話しです。伝統的な農具である箕は昔から全国各地で作られてきました。とりわけ富山県氷見市論田、熊無地区の藤箕は600年の歴史があって、明治末期で5万枚、大正期から昭和初期には何と年間10万枚を超える製造がされていたと言いますから驚きます。


竹と雪


雪の降り積もる時期に屋内で出来る仕事として農閑期の貴重な収入源でもあったと思いますが、それでも今では想像もできないような物凄い量です。おそらく材料も大量に必要だったでしょう、使われる材料は藤、矢竹、ヤマザクラ、ニセアカシアなどです。


矢竹


矢竹は成長が早いので問題ないとしても、山々から採取してくる他の素材は大変です。藤箕はニセアカシアをUの字型に曲げた骨に藤蔓と矢竹で編み込んで作られますがニセアカシアの代わりにヤマウルシが使われたりするのは不足した部材を補うためだったと考えています。


昨日お話しさせてもらったオエダラ箕も昭和40年頃の最盛期には材料のイタヤカエデを伐り尽くしてしまい、代替品としてやはりヤマウルシが使われていた事もあったそうです。


藤箕製造作業場


それにしても近年生産量が激減しているとは言え、ほんの2~3年前まで2000枚もの製造がされていたのは驚異的です。現在でも400枚もの製造がされると言う産地は国内では皆無、つまり日本では希少な箕の一大産地なのです。


藤箕繊維


箕作りは10月から3月の間にされています、雪の降り出す前に採取した藤の蔓を水にさらして叩いて柔らかな繊維質にして、縦にズラリと並べた矢竹にゴザ目編みしていきます。


藤箕職人


藤と矢竹で編まれた藤箕は、堅牢で当たりが優しくプラスチックの容器ではキズ付きやすい芋類などの運搬にも多用されています。竹を網代編みした土佐箕なども柔軟性に富んでいるものの藤はさらに柔らかく収穫物を丁寧に扱える事が素材や編み方から伝わってきます。


藤蔓、トイソ材料


藤皮を煮沸して乾燥させた「トイソ」と呼ばれる紐状のもので持ち手はしっかり巻かれ強さと同時に持ちやすい作りです。そして、傷むことの多い口先端部分はヤマザクラの樹皮で補強されていて農作業用の実用的箕として軽くて丈夫な逸品に仕上がります。














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続・オエダラ(オイダラ)箕

2019年3月30日

オエダラ(オイダラ)箕


イタヤカエデ、藤、桜、根曲竹を使う箕と聞いくとカンの良い方は寒い地方だとすぐにお分かり頂けます。根曲竹は寒い地方にしかありませんし、カエデも温かい地方の樹木は素材が柔らかくて使えません。このオエダラ箕は秋田太平山麓の一部の集落でだけ作られきたものです、太平山源正寺というお寺が近くにありますけれど「大江源正」→「大江平」→「大平」→「太平」→オエダラ(オイダラ)と呼ばれるようになったようです。


オエダラ(オイダラ)箕


さて、純白のイタヤカエデを使うオエダラ箕に対して、この飴色に変色した箕は又どこか別の地域で作られる箕かと思われる方もいるかも知れません。しかし、実は全く同じ箕で経年変色してこのような成熟した色合いになっているのです。この30年ブログでも、よく青竹細工が渋く変色していくお話しをさせて頂きます、それと同じようにイタヤや藤など自然素材の素晴らしい一面です。


オエダラ(オイダラ)箕


西日本から遠く離れていますが、これだけ数種類の素材を使う箕作りは桜皮と蓬莱竹など複数の山の素材を使う箕にイメージが重なります。また、オエダラ箕には桜皮で縁起の良い矢羽の形が飾りにされていました。


オエダラ(オイダラ)箕製造


そう言えば、箕は十日えびす等で福をすくう「福箕」が縁起物としても扱われています。この矢羽根模様が何故されているのか訊ねるのを忘れましたけれど、箕が単なる農具として使われていただけでは無かった事がうかがい知れます。


イタヤカエデ細工


箕は風の力を利用して米から籾殻を吹き飛ばすなど選別に使う道具です。その用途から来たものだと言われますが病人を箕であおいで身体についた悪いモノを消し去る習慣や、箕を立てた内側で食事をして不幸から自分達を守るという言い伝えがある等、箕にはある種の民間信仰のようなものがありました。箕を自宅入り口に立てておくと来客を拒む意味があるとも聞きます、つまり箕がある種の結界のような役割をしてきたのです。


土佐箕


オエダラ箕に入れられた桜皮を見た時、竹とは全く違う遠い山の素材で編まれたものなのにどこか同じものを見た気持ちになりました。














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オエダラ(オイダラ)箕

2019年3月29日

オイダラ箕


土佐箕をはじめ箕には不思議な魅力があります。古老の職人さんから譲れた小冊子には、西日本の竹箕と籐箕の事が詳しく調べられており35種類もの分類に分けられて掲載されています。今では全く見る事のできない箕や、激減している産地がその昔には津々浦々にあって珍しくも何ともなかったことを物語っていますが、それもそのはずで箕は農家の毎日の生活に欠かせない必需品のひとつだったのです。


オエダラ(オイダラ)箕


前にもお話しした事がある話で、箕はあの有名なミレーの絵画「箕をふるう人」にも登場します。つまり日本やアジア地域だけでなく穀物の選別の為に世界的に使われていた道具でもあった事が分かります。そんな普遍的とも言える道具です、昔の農村でその地域で手に入りやすい素材が使われ様々な箕が作られていたのは当然の事だったと思います。


サキアリ箕


因みに田舎生まれの自分などは小さい頃から馴染みのある「唐箕」という木で作られた道具があります。さすがに今は実際に使っている農家さんは見た事がなくて資料館のような所で拝見するしかありません。唐箕の「唐」は中国の事で竹細工が中国からやって来たのと同じように当時の最新式の農具も中国から入って来たのです。


唐箕は風の力を利用して効率的に穀物を選り分ける事ができましたので、今まで両手を使い箕を振って作業していた農家の人達は目を丸くして驚いたのではないかと推察します。自分達が流行りのAI技術で無人コンビニや自動運転の車に驚くのと同じ事が起こっていた訳です。


オエダラ(オイダラ)箕


ただ木製とは言え唐箕は結構大がかりな装置であり、小回りの利く箕はやはり個々の家では使われ続けてきました。そして、農作業に使うだけに止まらず箕には他の竹細工とは違う呪力のようなものがあるとされ祈祷や儀式と結び着いています。


イタヤカエデ、藤、桜、根曲竹を使った美しいオイダラ箕の話をしようと思っていたら、少し遠回りしてしまいました。続きはまた。













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春の行楽にカジュアルな籐かごバッグ

2019年3月28日

籐手提げ籠バッグ


籐(とう)は日本にはない植物ですので籐細工の材料として主にインドネシアなどから輸入されています。しなりがあり、軽くて強いという特性を持つていますので、家具などにも多用される素晴らしい素材です。


数年前までは、このナチュラルな籐を使った昔のお母さん方が買い物に愛用していたような手提げ籠バッグがありました。非常に腕のよい職人さんでしたが、お仕事ができなくなってからは竹虎ではずっと欠品だったのです。しかし、あれから何年も経ってようやく綺麗な籠を編む職人さんが現れ籐買い物籠が復活しました。


籐手提げ籠バッグ


以前の籐手提げ籠バッグとの一番の大きな違いは二本になった持ち手部分です。デザイン的にも格好が良く、耐久性もアップして言うことなし、これからの春の行楽シーズンに外にお出かけする機会も増えるのではないでしょうか?物の出し入れがしやすく、丈夫で自然な色合いの籐手提げ籠バッグなら、もっと気軽にお花見も楽しめそうです。


籐手提げ籠バッグ


ナチュラルな細工に対して、籐素材を染めてから編み込む染籐のバッグは落ち着いた感じでお洒落にお持ちいただく事ができます。一見どこにでもありそうな籐の籠ですけれど、サイズ感が絶妙で、奧行きがキリッと引き締まっていてシャープにお使いいただけます。


籐手提げ籠バッグ


熟練の籐職人が編み上げているので実用性や堅牢性は当然の事、この手提げ籠バッグの使いやすい優れた一番の特徴は持ち手部分に隠されています。


バッグは手に提げるばかりでなく、室内、あるいは車内で置いておく場合も多いものです。そのような時にも、持ち手と本体取り付けジョイント部分に大き目の籐製の輪が付いていますので両方の持ち手がパタンとコンパクトな形で本体に添って折れますので邪魔になりません。実際にご愛用いただく女性の方々の声を聞きながら少しづつ改良して完成された籐籠バッグなのです。














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静かなる竹工房

2019年3月27日

六ツ目編み籠


この竹工房の近くには大きな川が流れていた、かって鵜飼が盛んだったのだろうか?丸みを帯びた大きな籠が天井から吊り提げられている。鵜籠かと思ったけれど、このような籠は地鶏を入れるのにも良く使われていたので全くの見当違いかも知れない。


そんな事を考えながら薄暗い通路を奥に進んでいくと、これも大きな六ツ目編み籠みの平籠が壁にかかってあって明かり取りから差し込む光が面白い模様を作っている。


竹工房


この竹工房は素晴らしい、居間から一段低くなった作業場からは長い竹材を床下に入れて自由に操る事が出来るようになっている。一面に張られている板も見惚れるほど年期が入っていて懐かしさと心地よさで時間を忘れてしまうほどだ。


菊割


最近ではあまり使われていない竹材置き場の下に菊割が置かれていた。


今度の出番はいつだろうか?


編み台


竹職人たちの息づかいが聞こえてくるような静かな工房、ポツリと残った竹編み台が物寂しげに語りかけてくる。このような竹の仕事場を誰よりも多く見てきた。


そのせいだろうか?


竹の行き先を聞かれることが多いが自分ような田舎者に明日をたずねられても分かろうはずがない。しかし、ひとつ言えることがある。変わる事をためらっていては、あの日の活気は蘇りはしないに違いない。













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思い出す、廣島一夫作の魚籠(シタミ)

2019年3月26日

廣島一夫作シタミカゴ


もう5年程前の事になりますが竹細工の名人だった故・廣島一夫さんの竹籠や竹ざるを拝見する機会がありました。色々な籠の中で特に気になったのが、シタミと呼ばれる鮎を入れるための魚籠だったのです。ご本人は「竹細工は道具」だと常々お話しされていたようです、一度お会いさせてもらった時の静かなまなざしを思い出します。


あの自然体、気負いの無さから生み出された竹は、言葉通り作り手と使い手の長い共同作業で進化するものでもありました。しかし、それにしても飾っておきたくなるような惚れ惚れするフォルムにただ魅入るだけでした。


魚籠腰テゴ


いつもお話しさせていただくように竹はイネ科であり、世界一美味しいお米の育つ日本の竹は最高の素材です。そして大陸より渡ってきた竹の技は、その秀逸な素材と日本人の美意識によって昇華されて来たのだと思います。


ネパール魚籠


大阪にある国立民族学博物館にはネパールで使われていた魚籠が展示されています。驚くのは鹿児島の職人さんが父親から作り方を習ったという細くなった口、特徴的な碇肩の魚籠(腰テゴ)と瓜二つだった事です。


竹虎四代目、シタミ


廣島さんの鮎籠は、遠く海を渡って伝わって来たであろう魚籠の形を取り入れながら毎日の仕事で磨かれ、洗練されてアートの領域にまで高められているかのようです。


鮎籠、シタミ、魚籠


あの魚籠が欲しくて、ずっと近くで廣島さんに師事されていた職人さんに製作をお願いしたのは2014年の事だったのか...。数年を経て手元に届いたシタミは、まだ若く青々としていますがそのうち落ち着いた色合いに変わっていくのです。













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改めて思う、虎竹の魅力

2019年3月25日

牧野植物園の虎竹


どうしても気になって牧野植物園に足が向くのです。高知市五台山の山頂にある牧野植物園は、最近ではパワースボットと言われているようですが自分の場合には前々から県外のお客様から土佐観光のオススメを聞かれたら桂浜でも高知城ではも無く、まず一番にココをお教えしていました。


やはり普段は自然から離れて暮らしている都会の方ほどリラックスされるようです、一度行ったらつい長居をしてしまって飛行機が最終便になった等はよくある話です。因みに「五台山」などと言うと凄く山の中のように思われる方もおられますけれどご安心ください、高知龍馬空港は意外とすぐ近くなのです。


さて、この牧野植物園に何故通ってしまうのかと言うと日本唯一の虎竹が移植されているからなのです。この牧野植物園の牧野富太郎博士は自らを「植物の精」と言うほどの世界的な植物学者でした、そしてこの偉大な植物学者は何を隠そう虎竹の命名の父でもあります。


日本唯一の虎竹


そんな縁があり虎竹の里から色付きの良い虎竹を移植させて頂いていますので気になってしまうのです。しかし、あれから既に20年近く。毎月のように立ち寄るらせてもらう事もあるほど見続けてきました。


虎竹に関して言えば職員の方より長く見ているかも知れません。子が生え、孫が生え、月日が経ち世代交代をした虎竹は今ではすっかり普通の淡竹(はちく)になってしまっています。虎竹の里の虎竹と比べると違いは良くお分かりいただけます。


竹虎四代目(YOSHIHIRO YAMAGISHI、山岸義浩)


牧野植物園に移植した虎竹を見るたびに改めて不思議な気持ちになります。なぜ虎竹の里でしか成育しないのか?大学の研究者の方は土中の細菌だと言い、山の職人は寒さや潮風を言います。


どうしてか理由が分からないものの時期が来れば色付く竹の恵み。ますます魅力的に感じずにはいられません。













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竹文化振興協会発刊「竹」掲載、第11回世界竹会議メキシコ 基調講演「日本唯一の虎竹と共に100年、持続可能な地域資源活用」

2019年3月23日

竹文化振興協会発行「竹」


今回で139号という長い歴史と格式を誇る竹文化振興協会発行の「竹」に掲載いただきました。一般の方にはあまり馴染の少ない冊子でもあるかと思いますので全文を掲載しておきたいと思います。


世界竹会議(World Bamboo Congress )
昨年の8月にメキシコ・ハラパで開催されました第11回世界竹会議(11th World Bamboo Congress )で「日本唯一の虎竹と共に100年、持続可能な地域資源活用」と題して基調講演をさせていただく機会をいただきました。お力添え頂きました皆様のお陰です、ありがとうございます。


竹虎四代目(山岸義浩)、世界竹会議


今回、光栄にも世界50カ国から500名もの参加のある世界竹会議での登壇の招待を頂きましたのは、当社の100年を超える日本唯一の虎斑竹(とらふだけ)への取り組みを評価いただいての事だったと思います。虎竹の里は高知県須崎市安和にあり、前方には須崎湾、三方は山に囲まれている本当に狭い地域です。そして虎竹は、この里の間口たった1.5kmの範囲でしか成育しない不思議ななのです。


竹の正式名称は「土佐虎斑竹」と言います。竹の表面に虎のような模様が浮かび上がることから、大正五年(1916年)に世界的な植物学者の牧野富太郎博士により命名されました。虎竹模様が出るのは、土中の細菌の作用とも言われていますが潮風や気温の微妙な変化など様々な要素があると考えられ今だにその要因は謎のままです。江戸時代には年貢として土佐藩山内家に献上された記録の残る銘竹でもあり、険しい山道で交通の難所だったという土地柄と藩令によって禁制品とされていたために広く知られることのなかった「幻の竹」であったと言う歴史もあります。


竹虎四代目(YOSHIHIRO YAMAGISHI)、世界竹会議メキシコ(11th World Bamboo Congress Mexico)


さて、しかし世界竹会議といいましても日本では竹に携わる方でもご存じない方がおられます。当社の社員なども含めて馴染のない方々に説明するにはどうすれば良いか?思案した末に「世界各地で3年に1度開催される竹のオリンピックのような竹の祭典」と話す事にしてますが、前回の韓国・潭陽、そして今回のハラパに参加してみてその感を更に強くいたしました。


世界の竹の生育地域を考えますと日本をはじめ竹海を有する中国、そして東南アジアが思い浮かぶびます。しかし、南方系の竹は赤道直下の国々、オーストラリア、中南米、アフリカなどの温暖で湿潤な地域に広く分布しているのです。世界竹会議(WBC)にはこのような竹生産国はもちろん、アメリカ、ヨーロッパなど世界中の竹産業界、竹研究者が集結し、竹の活用や開発において世界中で何が起きているかを確認し合い、最新の情報交換を行っています。


日本唯一の虎竹電気自動車「竹トラッカー」


日本唯一の虎竹電気自動車「竹トラッカー」
2020年には日本でオリンピックが開催されます、そこで外務省が日本文化発信基地としてロンドン、ロサンジェルス、サンパウロに開設したJAPAN HOUSEと言う施設があり、様々な展示スペースを持って活発に活動されています。ブラジルには世界最大級の竹林がアマゾン流域にあるそうで竹の活用には予想以上に関心を持たれています、そこで 2017年にJAPAN HOUSE Sao Pauloにお招きいただき持続可能な地域資源としての竹について講演させて頂きました。また、サンパウロ州立パウリスタ大学では「サスティナブルな竹利用の可能性」について講義させてもらう機会がありました。竹産業に関わる皆様も、若い学生さん達も非常に熱心でしたが、このような場にお招きいただいたのは恐らく日本唯一の虎竹電気自動車「竹トラッカー」プロジェクトへの組み等が評価されていたのではないかと考えています。


虎竹を使い電気自動車を製作したいと考えたのには理由があります。2000年から毎年開催しているインターンシップに参加いただく大学生の皆さんが青竹踏みを知らないのです。自分達からすれば昔からある手軽な健康法として日本全国の各ご家庭に一つはあるものだとばかり思っていたものが、今の若い世代の「竹離れ」を痛切に感じるようになっていました。このような事では、これからの日本の竹文化自体消え去ってしまうのではないか?何とか竹に興味を持っていただきたい、そう思っていた矢先に東洋竹工(株)さんが京都の地元企業や研究所、大学と共同開発した電気自動車を知り、虎竹で製作する事を思いついたのです。


ところが、田舎の小さな竹屋が単独で製作するには、あまりに時間と費用がかかります。そこで活用したのがクラウドファンディングでした。クラウドファンディングとは今では一般的になりましたが群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語であり主にインターネットを活用して不特定多数の方から資金提供を受ける仕組みです。自分がお客様を横に乗せて竹を体感しながら走りたいと思い二人乗りの電気自動車にこだわったために光岡自動車のLike-T3をベースに製作しましたので若干予算オーバーしましたもののクラウドファンディングを活用して全国135名様から3,511,455円という費用を調達して虎竹電気自動車「竹トラッカー」を完成させました。


日本唯一の虎竹電気自動車「竹トラッカー」


チャレンジラン・横浜
クラウドファンディングには思わぬ副産物がついていました。資金提供いただいたお客様へのリワード(返礼)のひとつで高知から神奈川県横浜市まで走って行かねばならなかったのです。しかし、これもプラスに考えますとその道中では沢山の方にご覧いただくチャンスにもなりますし、メディアへの露出も期待できます、まさに竹トラッカーを製作した甲斐があるのではないかと思い「チャレンジラン横浜」のプラン作りに入ります。


日本唯一の虎竹電気自動車「竹トラッカー」、チャレンジラン横浜


高知県須崎市安和の虎竹の里から神奈川県横浜市までは約1000キロの距離。竹トラッカーは電気自動車のため連続して走れる距離は60キロです。荷物の重量加算や余裕を考えて40~45キロ走った時点で一回充電できるよう、国道沿いにあるコンビニ各店に充電協力のお願いとアポイントを取りました。竹トラッカーで45キロを走るには約2時間かかります。そして充電を満タンにするのには6時間が必要。早朝から走り出したとしても一日に充電できるのは3回が限界です。途中、箱根峠での充電切れなどトラブルもありつつ、1日に3回×6時間の充電を繰り返しながら高知から横浜まで、1000キロの道のりを11日間かけて無事走り切る事ができました。


竹虎四代目(YOSHIHIRO YAMAGISHI)、世界竹会議(11th World Bamboo Congress Mexico)


チャレンジラン・メキシコ
第11回世界竹会議(11th World Bamboo Congress )での基調講演は、サンパウロから帰国してすぐにお話しを頂戴いたしました。ただ、せっかくメキシコまで行くのであれば日本唯一の虎竹自動車「竹トラッカー」も連れていきたいと考えます。しかし、簡単に考えていた輸送が電気自動車という事で結構難しい事を知ります。輸出いただける運輸会社がないのです、慌ててあちこちの会社を当たるうちに、どうにか一社だけ運んでもらえそうな所がありました。


ところが虎竹の里から神戸港までトレーラーで陸送し、船でメキシコはマンザニーロの港へ、上陸したあとは会場のあるハラパの町まで1000キロのトラック移動です。全部の費用を見積もりして頂くと驚くことに302万円もかかってしまいます!この見積書が届いた時には、自分達に到底無理だと諦めの気持ちもありました。しかし諦めきれず、すがる思いで再びクラウドファンディングに挑戦させていただきます「チャレンジラン横浜」に続き「チャレンジラン、メキシコ」の始まりでした。 1ヵ月という短い期間でしたが、全国の皆様の応援のお陰でギリギリで無事達成することが出来てハラパまでの輸送が可能になります。


竹虎四代目(YOSHIHIRO YAMAGISHI)、世界竹会議メキシコ(11th World Bamboo Congress Mexico)


それからは、沢山の応援を頂き、せっかく竹トラッカーをメキシコまで運んで行くのだから、どうしても現地の皆様と一緒にメキシコの町を走りたいとメッセージを送り続けていました。実は、世界竹会議が始まってからも竹トラッカーは会場に展示されているものの公道を走れる見通しは立っていない様子だったのです。しかし、今回こうして無事展示できているのはクラウドファンディングを応援いただいた皆様のお陰です、メキシコの空の下を疾走する姿を夢見て援助を下さった皆様のためにも、このまま帰国はできないと思っていました。


そこで初日から大会関係者の皆様への嘆願活動を開始します。自分の基調講演の出番は最終日の一番最後でした、講演はもちろん大事ですが目的の半分でしかありません。竹トラッカーでメキシコを走りたい、その思いを毎日伝えますが、そこではハラパの会場で自分を助けてくれる通訳の方や現地スタッフが大いに動いてくれました。


世界竹会議メキシコ(11th World Bamboo Congress Mexico)


かくして、沢山の協力者のお陰で竹トラッカーは初めて海外の道路を走りだす事になります。大会関係者の自動車4台に前後を守られながら、世界竹会議の会場であるGAMMA FIESTA AMERICANA XALAPA NUBARAから公道に滑るように走り出した時には感無量でした。地元ハラパ市民の方にも「Tiger Bamboo car」と親しまれ、道路脇に停車させると写真撮影を求める人だかりが出来て大いにメキシコの方々を熱狂させたのです。この時の様子は動画にまとめてフェイスブックで公開していますが、わすがこの5ヶ月で再生回数72万回を突破する大人気コンテンツとなっています。
※再生回数は2019年3月に100万回突破しました。


竹虎四代目(YOSHIHIRO YAMAGISHI)、世界竹会議メキシコ(11th World Bamboo Congress Mexico)


21世紀は竹の時代(the 21st century is the age of bamboo)
第11回世界竹会議メキシコでの基調講演ではお伝えしたい事が二点ありました。まず一点は、文献に残るだけでも江戸時代から生産と製造を続けている虎竹の里と、竹虎の営みを世界に知ってほしい事。そして「虎竹の模様は霜が降りると綺麗に出る」という昔からの言い伝えどおり近年温暖化の影響から虎竹の色付きが悪くなってきている事です。虎竹の現状をお伝えし、環境問題に対して人が竹から学ぶことがもっとあるのではないかと問題提起をしたいと思いお話しさせていただきました。


環境問題は個人ではとうてい解決できない大きな問題です。でも、そんな課題に立ち向かう時、竹に学ぶことがあるように思っています。竹は天を目指して真っ直ぐに伸びていきます、それは目標に向かい迷う事なく真っ直ぐに進んでいくお手本となります。竹は柔軟性を持ち、しやなかで、強い風にも決して折れることがありません。それは、困難に突き当たった時にも粘り強く立ち向う姿を示唆してくれます。そして竹は地下茎で沢山の竹と繋がって「地震の時には竹林に逃げろ」と教わってきた強い地盤を形成します。これこそ仲間同士が繋がり連携し、助け合う事の大切さを教えてくれているようです。


竹虎では1985年から「21世紀は竹の時代」とずっと言ってきました。竹の成長はとても早く3ヶ月で親竹と同じ大きさになり、3~4年で製品に加工できる事から持続して活用することのできる唯一の天然資源であるからです。そして、環境問題が大きな課題の中で昔ながらの伝統的な竹細工にとどまらず、竹の持つ抗菌性や消臭性、竹繊維等の高度利用まで含めると無限の可能性を秘めていると考えています。世界の人々が人種や国籍を越えて、竹に学ぶ時代が来たのだと思います。


竹虎四代目(YOSHIHIRO YAMAGISHI)、世界竹会議メキシコ(11th World Bamboo Congress Mexico)


「笑」=「竹」+「二人」
竹が日本人の暮らしに深く関わってきたと言うことは漢字を見てだけでも分かります。「籠」「笊」はもちろんですが、「箸」「竿」「箱」「筆」「筒」など実に多くの漢字に「竹」が付いているのです。そして、そんな漢字の中に「笑」という文字があります。この「笑」という文字は、「竹」に「二人」という漢字で構成されます、つまり、竹とあなたと私で笑顔になると言う事です。竹は古の昔から人々の生活に役立ち、笑顔を創って来られたからこそ「笑」という感じが生まれたのだと思います。これからの未来に向けても、竹が人を笑顔にする存在であり続けられるようにするのが自分達の使命です。


再生回数100万回を越え!遠い異国のメキシコを大疾走する日本唯一の虎竹電気自動車「竹トラッカー」の雄姿をご覧ください。















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