
竹根ステッキの歴史的な価値と魅力
竹根ステッキといえば、多くの竹好き、杖好きの方でしたら一度は手にしたいと思ったことのある憧れの的ではないでしょうか。あの世界の喜劇王チャールズ・チャップリンは、ステッキがトレードマークのひとつになっていましたが、実はそのステッキこそ、日本の竹根を使って作られたものでした。竹の地下茎は、縦横無尽に伸びて非常に強く、自然な曲がりと詰まった節が独特の造形美を創り出しています。一本として同じものがなく、持つ人の個性を際立たせるオンリーワンの工芸品だと感じています。ボクも数本所有していますが、竹林が作り出した力強い姿に惚れ惚れとするだけでなく、しっかりとした機能性にも大満足しています。

良質な竹根の入手が難しくなった現状
チャップリンが愛用した竹根ステッキを、製造されていた職人さんにお会いした事があります。かなり細身のタイプだったようですが、実際に杖として使用される太く良質な竹根か現在では大変手に入りにくくなりました。昔は大きな竹根が掘り出されることもあったのですが、竹林の荒廃や竹材需要の変化に伴い、適切な太さ、形、そして十分な堅さを持った竹根を見つけるのは至難の業となっています。竹根ステッキを求める声は今でもありますが、材料がなければ製作しようがありません。こんな現状を目の当たりにしている事も、竹屋として何とかしたいという思いがずっとあったのです。

大好きな根曲竹に注目
そんな中、ボクが着目したのが根曲竹でした。この竹は、東北をはじめとして寒い地方や山間部に自生し、雪の重みで根元が曲がった状態で育つことからその名が付いています。実は、前々から古い根曲竹の杖を一本だけ持っているのですが、これが細いのに驚くほど丈夫なのです。試しに何度となく体重をかけてみても全く折れる気配がなく、その堅牢性には改めて感嘆させられました。竹根のような独特の造形美はありませんが、この根曲竹の持つ強さと、粘り、しなやかさ、そして雪国ならではの力強い竹質が大好きで、竹ステッキとしても新しい可能性を秘めていると確信しています。

根曲竹の曲げ加工の難しさと挑戦
根曲竹の持つ可能性に気づき、「これだ!」と意気込んだものの、すぐに大きな壁にぶつかりました。それは、ステッキの持ち手部分を作るための曲げ加工です。竹虎はじめ竹材店は、本来曲がった竹を真っ直ぐに矯め直す技術を磨いてきたため、逆に竹を曲げることは苦手です。自社で数回試みましたが、繊維が強く密な根曲竹は、熱を加えてもなかなか思い通りのカーブになりません。
曲げ職人への依頼と計画の頓挫
そこで、竹の曲げ加工を得意とする他の会社様にもお願いしてみたのですが、結果は同じでした。根曲竹は、一般的な真竹や淡竹と違って熱による曲げ加工がとても難しかったのです。何本もの試作品が折れてしまうのを見て、根曲竹ステッキ計画はあえなく頓挫してしまいました。

竹芸家・本間秀昭氏の技
もう諦めかけていた、その時、ふと頭をよぎったのが竹芸家の本間秀昭さんの作品でした。本間さんは、根曲竹を主な素材として、美しい曲線を描くアート作品を創作されています。あれだけの曲げ加工の技を自在に操られているのであればステッキの持ち手部分の製作も、もしかしたら可能なのではないか?藁にもすがる思いでお願いしたところ、さすが本間さんでした、期待を超える今までになかった最高の曲り加工をしていただくことができました。
根曲竹を伐採する職人の苦労と危険
根曲竹は、その名の通り雪深い山奥に自生しています。YouTube動画でもご覧いただけますように、伐採の現場は本当大変です。雪の重みで地を這うように密集して生える根曲竹の竹林は、熊が出没する危険のある場所でもあります。常にクマ除けの笛や爆竹を鳴らし警戒しながら作業を進めています。この苦労を乗り越えてこそ、あの細くても丈夫な根曲竹が手に入るのです。
竹ステッキの完成へ向けての挑戦
本間さんの手による曲げ加工は、根曲竹ステッキ実現への大きな一歩となりました。しかし、これからが本番です。曲がった部分を真っ直ぐに矯め直し、手元部分や石突といった細部のあしらいをどうするか。そして何よりも、ステッキとして最も重要な強さ、耐久性をしっかり検証しなければなりません。

ボクが持っているステッキには、根曲竹だとハッキリ分かってもらいたいと思ったのか、前の持ち主の方が「根曲竹」と文字を刻んでいます。きっと、過酷な自然の中で鍛えられた根曲竹の強さに感銘を受け、多くの方に知ってもらいたい思いだったに違いないと思うのです。根曲竹ステッキ計画は、まさにそんなボクの思いで進んでいます。顔も知らない、志を同じくする竹人の情熱を形にする一本となるのでしょうか?まだ先は少し長そうです。
