寒波がやってきました。

2014年12月11日

虎竹の山


先日、日本唯一虎竹の里に突然の寒波がやってきて、山にうっすらと雪が積もっていました。もう12月ですし、南国高知といえども寒波が来て雪が降ることなど年に数回あって、そんなに珍しいことでもないのですが、こうして寒くなることは、ある意味自分の中では嬉しいことでもあるのです。


虎竹の山は、そこに生えている竹すべてに色がついているわけではなく、色のつく竹とつかない竹とがあります。どうして表面に虎皮状の模様が入るのかは幹に付着した寄生菌の作用との説もありますが、はっきりとしていません。どうして色のつく竹とつかない竹ができるのかも、はっきりとしていないのが現状です。


ただ、色のつく竹はその周辺の色のつく竹と地中の根で繋がっているようなので、色のつく竹は色のつく根から生えるようなのです。ですから、虎竹を伐採する際には色のある虎竹を全部伐採するのではなく、その根や繋がっている竹を弱らせないように、親竹を少しづつ残しながら伐採をすることが大事なことなのです。


そんな虎竹の色つきに大きな影響があるとされているのが、気温です。これも確証があるわけではないのですが、山の切り子さんたちの間では昔から気温が下がると虎竹の色がつき始めると言われています。


実際初霜が降りた後に山に行くと、確かに降りる前より色がぐっと色がついてきたと感じることが何度もあり、自分でもそう実感しています。伐採シーズンになってもまだ寒さが来ないので山に入らないという声もよく聞かれることで、寒さが来て色がつくのを待っている切り子さんもおられます。


寒いのは苦手ですし、四国の高速道路は雪ですぐ止まります。あまり冷え込むのも困りものですが、この寒さで虎竹の色がついてくれると思えば、それはそれで嬉しい寒さになるのです。












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焼坂の草刈り

2014年11月27日

焼坂の草刈り


焼坂というのは虎竹の里と隣町の中土佐町の境にある大きな山の総称で、その峠は焼坂峠などとも呼ばれており、今でも遍路道として須崎市から四万十方面に向かうお遍路さんが越えていく道がある山です。昭和初期に中土佐町に繋がる海岸線の道が出来るまでは、この山道が須崎と四万十方面を繋ぐ主要道路であったようです。


この山には昔から日本で唯一の虎斑竹が自生しており、人によっては、桧や杉を植えるのをやめて虎斑竹を植えたなどとも言われています。それは竹の成長速度が速く、3年もすれば伐採が出来て、またどんどん生えてくるため、伐採まで何十年もかかる木材よりも竹に切り替えたほうが良いと判断されたからと言われています。


また昔から米作りを主とした農業を営む人が多く、竹が農閑期の冬に伐採できるということで、農閑期における貴重な収入源になっていたということも、虎斑竹を守り、生産できてきた大きな要因でもあったように思います。


焼坂と一口に言っても、細かく所有者が分かれており、この山の地主さんは10人ほどいます。もう40年以上も前からこの山の地主さんたちは自分たちでこの山の道を整備することで、この山を守り、大切にしてきたようです。


少なくとも年に一回は山主が集まり、また遠くにいたり、参加できない人はお金を出し合い、時には人を雇ったり、重機を入れたりしながら、荒れていきがちな山の道を整備してきたのです。


竹虎もこの山主の一人ですが、本当に恥ずかしいことながら自分が参加し始めたのは、ほんの十数年前のことです。焼坂地主会と称して会計や世話をさせていただきはじめたのが平成14年でした。それから12年経った今年の草刈りで、焼坂地主会として山主さん自身が集まって整備する大切な行事を終わりにしました。


当初は何人も来ていた山主さんも歳を取り、息子さんなどもよそにいる方も多く、焼坂地主会として活動していくのには無理が出てきたからです。今までもそうでしたが、今まで以上に竹虎が責任をもってこの道を管理、整備していくことで了承していただきました。山主さんたちに認めてもらえたと、そう感じた嬉しい草刈りとなりました。












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新竹が出始めました

2014年11月13日

新竹


竹には伐採に適した時期があります。一般的には秋から冬にかけてが伐採時期なのですが、竹の種類によって多少の違いがあります。竹は生える時は筍の状態で生えてきますが、その筍の生える時期が地方によって違ってはくるのですが、このあたりでは孟宗竹で3~4月、ハチクが4~5月、真竹では5~6月くらいとなっています。


それに合わせて、その数か月前から竹が水を上げ始め、筍を出すために養分を貯めはじめると言われています。そのためその時期に伐採すると竹が水を多く含んでいるため、竹が柔らかく、腐りやすく、また虫が入りやすいとされています。


しかし、最近の温暖化の影響でこの時期になっても暖かく、竹が水を上げており、あまりいい状態とは言えないのが現状です。また虎竹は原因はわかりませんが、霜が降りるくらいの寒さが来ると色がついてくるようで、寒くならなければ良い色が出ないなどとも、言われていますが、暖かいためにまだまだ色がついている竹が少ないようです。


誤解されている方も多いのですが、虎竹の山はすべてが虎模様の斑のついた竹ではなく、色付きのよい竹は全体の2~3割ほどしかありません。その少ない色つきの竹を年数を見て、また親竹を残しながら伐採するのには竹を見る目と経験が必要になってきます。


またその色つき具合などもその山の場所や地形や向き、日当たりなどによっても違ってきます。その山によって色が後でついてくるものや、早く切ってやらないと竹が日焼けやしらくもといった病気のようなものになりやすい場所など様々で、その山によっても切り方が違ってくる場合もあるのです。


この場所のように山の頂上で日当たりがよく、またすぐ下に道があるようないい場所はごく稀です。人が一人通れるような山道を30分もかけて上がっていかないといけないような場所もあります。いろんな山から、場所から、竹を伐採する切り子さん達の手によって、今年も虎竹が出てくるのです。












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山道の整備

2014年9月18日

山道の整備


各地で局地的豪雨が起き、川が氾濫したり、土石流が発生したりと、今年は雨による被害が多く発生しています。8月の台風による大雨で、この虎竹の里の川も氾濫し、床下浸水した家があったり、川の氾濫で一時は国道にかかる橋が通行止めになるなど、大雨による被害の多い年となっています。


消防団である私も平成23年の東北大震災の津波警戒以来の泊まりがけでの警戒に出動したことでした。消防屯所のまわりには今もたくさんの土嚢が干されてあり、多くの土嚢が必要であったことが、この局地的大雨のひどさを物語っています。


川の水の多さは、川の近くの雨量の多さでは計れません。どれくらい上流で雨が降ったかで川の水の多さは変わってくるので、ここで降っていなくても、川の水量が多くなることはよくあることなので注意が必要です。


雨は当然山にも降ります。山に降った雨水は谷に下り、谷を流れ川に流れ込むのが多いと思います。しかし山道は本来の山の形ではありません。斜面ばかりの山につけられた傷でもあり、唯一の平地であり、上から下りてきた水を受け止める障害物でもあります。


道に下りてきた水や、谷が土砂で埋まってあふれて道を流れる水で舗装の無い山道は掘られ、削られてしまいます。それが山道を荒らしてしまう一番の原因です。


この大雨で虎竹の里の焼坂の山道もあちこちで小さな土砂崩れや、大きな杉の木の倒木、そして雨水による道の削れなどで、車の通れない状況になっていましたが、災害復旧による重機の整備でこんなに綺麗になりました。来月にはこの山の地主たちと一緒に道の草刈りや整備も予定しています。


しかしそれはあくまでも車の通れる道だけです。その道からあちこちに点在する虎竹の山に上がる山道は、その場所の切り子さん自身が整備し、直していく必要があります。歩くだけなら少々荒れていても通れるのですが、虎竹を積んで下りてくる運搬機の通れる道を維持していく必要があるのです。


個人で運搬機の通れるくらいの山道を整備し、道を作り、維持していくことの大変さは計り知れません。重機もなく、誰も手伝ってはくれませんが、ここからもう虎竹の伐採作業は始まっているのです。これからは竹虎も、もっと山を知り、山に入り、山に関わり、虎竹の里の人に寄り添う必要があると思うのです。












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池川祭(いけごうさい)

2014年9月 4日

池川祭(いけごうさい)


旧暦の7月28日、今年は8月23日(土)となりましたが、安和天満宮の外神事の一つ、池川祭(いけごうさい)が行われました。池川祭は安和川が海に注ぎ込むところにある池川という淵の神様をお祀りする祭事です。いけごうという地名を池川と書くことをこの地域の何人が知ってるのかな?というくらいの小さな淵です。


天満宮外神事とは天満宮の外で行われる祭事で、このほかに龍王祭という、虎竹の里の一番奥にある水神様をお祀りする祭りがあります。外神事は天満宮宮司と世話役3人、宮総代が代わり合って参加するようなっている小さなお祭りで、あまり知られることはないのです。


しかしこの池川は竹虎工場のすぐ隣にある淵で、小さい時には竹の筏を浮かべて遊んだり、泳いだりし、今でも毎日この景色を見ながら仕事をしている大変馴染み深い場所なのです。またこの池川祭は竹虎工場に向いて行われるので、工場自体がこの池川の景色の一部になっているようにも感じます。


工場で仕事していると、トントンと太鼓の音が聞こえてきたので、すぐに池川祭に参列させていただきました。小さいお祭りですが、いつもながらの濱口宮司の丁寧な祭事に、知らないうちにたくさんのものに守られていることを再確認し、感謝する、私には大切な祭事となっているのです。












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大雨に思うこと

2014年8月 7日

虎竹の里


先日の台風12号の影響による大雨で、虎竹の里の安和川やあちこちの水路から水があふれだし、床下浸水した家も数軒ありました。農地改良による田んぼや水路の整理で、以前ほど水があふれるということはなかったのですが、今回の大雨での安和川の水量は今まで見てきた中で一番だと感じました。


警戒水域を超えたということで消防団の招集があったのが朝の5時。安和天満宮前の道路に川から水があふれ出し、道路が川になりました。あふれる以前に積んでおいた土嚢は次に見た時には、流れてしまい、道路を通行止めにして別の場所に土嚢を積みましたが、こんなことは初めてのことでした。


あちこちに並べた土嚢を撤収して消防屯所の中に積み上げ、入らないものは裏に並べて干していますが、ずっと天気が悪く乾きそうにもありません。その上、この週末にはまた台風の接近が予想されています。記録的な降水量で地盤も緩んでいますが、この土嚢をまた使うことのないように願うばかりです。


須崎湾の入り口に津波防波堤ができた後、そのななめ対岸にある安和の浜への台風時の波が高くなったと言われました。今回の川の水量も上流側にできた高速道路のトンネルの水が、低いこちら側に流れてきて、その分水量が多くなっているとの声も聞きます。


その真偽ははっきりとはわかりませんが、自然に人工的に手をいれたことにより、今までの状況とは明らかに変わっていることがあるようには思います。東北の地震を受け、須崎の津波防波堤が2.9mかさ上げされる予定です。その分、この安和にも何らかの影響があるかもしれません。


地球温暖化や人為的に変わっている自然環境をはじめ、保育園統合やその先の小学校統合問題があり、人口減による地域の荒廃や存続さえも懸念され始めているこの虎竹の里。地域の人たちと共にこの地域を守るということを本気で考えていかなければなりませんし、自分は何ができるかを考えていこうと思います。












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梅雨入りしました。

2014年6月 5日

梅雨入り


虎竹の里のある高知県須崎市も梅雨入りしました。例年、梅雨に入る前に外に置いてある竹を取り込んだり、外の仕事をあらかた終わらせようとしていますが、今年も何とか落ち着きました。長い竹を扱う竹屋にとっては、長いままの竹を工場内に取り込むには、それぞれの用途や規格に合わせて切断していく必要があるので、まとめてではなく、少しずつ切断しながら取り込んでいます。


それでもこれからの季節に気持ちよく使っていただける虎竹縁台や黒竹すのこなどでは四万十桧を使用していますし、土用干し用のえびらには杉を一部使用していることもあり、材料として入荷した桧や杉を干したい季節でもあるため、梅雨は困りものの季節でもあるのです。


しかし、それよりもこの季節で一番気をつけていることはカビです。竹は吸湿性が高く、湿気をよく吸います。工場内に乾燥させて立てかけてある竹でさえ、時折カビがくる場合があるので、天気のいい日には倉庫の窓を全開にして、湿気のある空気の入れ替えをしなければなりません。


また青竹踏みや青物の籠などの無塗装の製品には管理に、より一層の注意が必要になってくる時期でもあります。出来上がったばかりの青々とした製品はとても綺麗で気持ちのいいものですが、青々とした色は水分が残っているという証でもあるので、じめじめした季節にはカビの注意も必要になってきます。


しかし、部屋の湿度を調湿してくれる竹炭をはじめ、さらっとした肌触りの竹皮健康草履など、じめじめした季節を少しでも快適に過ごしていただける商品はたくさんあります。青竹踏みや国産天然竹の快眠マットなど、無塗装の、自然素材の竹がゆえの肌触りのよさがあります。


お弁当が蒸れないランチボックスをはじめ、見た目や肌触りの涼しさでも、これからの季節に大活躍の竹製品はまだまだたくさんあります。竹の素材を理解して頂いて、ほんの少しだけ管理に気を付けていただいて、この梅雨からどんどん暑くなる夏に向けて、竹という素材で少しでも快適に過ごしていただけたらと思うのです。












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虎竹の里の結界

2014年5月22日

虎竹の里の結界


結界と言えば仏教や神道などにおいては、いろいろなものの境界として考えられて、段差やしめ縄などでその区域を表したり、またその境界を表す物をそう呼ぶこともあるようです。また茶道においてはお客さんと、もてなす側の境界を結界と呼ばれる物で仕切るのですが、これには竹を使った物が多く、竹材業の人間としては結界と言えばお茶の席で使う竹の間仕切りとしてなじみのある物でした。


この虎竹の里にも結界というものが張られています。これは春祭りの際に安和天満宮から出されるお札を、毎年地区の総代が竹の先にそのお札をつけて、東西南北の四方に立てています。それと併せて、あまり知られていないようですが、虎竹の里の中心とされる燈明台と呼ばれる石灯籠にも、このお札を立てて、この里を禍や魔物から守ろうとしています。


東は須崎寄りの領久のてっぺん、角谷との境。西は焼坂峠頂上。南は大神の尾根。北は本谷林道の突き当りの尾根。以前はこの四か所に立てられていましたが、今はそこまで行くのも大変ということで、それぞれの麓付近や車で行ける、できるだけ近いところに立てて、結界としているようです。


虎竹の山に向かう時に頻繁に行き来する焼坂峠の上がり口にも、このように地区総代によって、お札が立てられています。麓に立てられた分、目にすることが多くなりましたが、その反面、このお札の意味さえ知らない人も多くいるようで、残念でなりません。


このように目に見えるもの、目に見えない多くの物に虎竹の里をはじめ、竹虎も守られてきました。これを見るたびに、こういうことをずっと伝えてきた先人に対する尊敬の念と感謝の気持ちと共に、伝えることや守ることの大切さをひしひしと感じ、この気持ちをずっと大事にしていきたいと思うのです。












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津波避難道

2014年4月24日

津波避難道


虎竹の里の、集落のすぐ上の山の木がまるごと伐採されました。その小山に上に向かって重機で道が作られだしました。伐採した木材を運び出す道なのかなと思いましたが、これは津波避難道になるようです。


紀伊半島の紀伊水道沖から四国南方沖を震源とする周期的な巨大地震、南海地震がいつ起こってもおかしくない状況とされ、30年以内にはかなり高い確率で地震が起こると予想されています。


竹虎本社工場のすぐ裏には堤防があり、その向こうには太平洋が広がっています。東日本大震災以降、私たちは地震そのものの恐怖はもとより、津波への恐怖が日に日に大きくなっています。東北に津波が押し寄せた際、この須崎市にも2.6mの津波が観測され、1000名を超える人が避難をしました。


前は海に面し、後ろは山が控えているこの虎竹の里では、地震が起きた際には近くの山に逃げるというのが基本的な考え方ですが、山道も狭く、またそこに行くまでの道や橋や家がどうなっているかわかりません。


竹虎に勤めてくれている社員さんたちも、地震の際の行動や、避難経路には不安を持っている人が多いようです。この避難道は一つの選択肢として頭の中に入れておいてほしいと思います。


この山の山主さんは、この山を避難道に提供してくれたそうですが、このように集落の近くに避難道ができるのは大変ありがたく、心強いことです。このような避難道が一本でも多くできることを願うとともに、何かお役に立てることはないか、できることはないかと考えずにはいられません。


毎朝、会社に向かう道で目にするこの光景は、地震が迫ってきていることへの現実的な危機感とともに、地震や津波への備えを促しているかのようにも見えるのです。












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菜の花畑と桜と安和駅

2014年4月10日

安和駅


あたたかい日が増えてきて、もう春真っ盛りの虎竹の里は桜が散り始め、菜の花が満開となっています。この菜の花畑は安和駅のすぐ下にある虎竹の切り子さんの畑です。山で伐採した虎竹を出してくる時期と、菜の花を収穫する時期が多少重なっているために、山に上がっていないときは、いつもこの畑で作業をしていました。


向こうに見える青い屋根の小屋がJR安和駅の待合所です。以前は大きな駅舎が立っていましたが、ずいぶん前から無人駅となり、老朽化が進んで、今のこの形になっています。


この駅の最大の魅力はその景色です。駅のホームの向こうには安和海岸が広がり、すぐ下に砂浜が見える、大変景色の美しい駅として、知られています。私が高校生のころには一つ上の学年の女生徒達が、この安和駅と美しい景色と一緒に、JRのポスターにもなったほどです。


小学生のころは遊び場の一つとして、学生時代には通学の駅として、また大人になってからは子どもの通学の送り迎えに通った駅です。また年に2回の駅や斜面の草刈りをしたり、地元安和小学校の愛校作業時にはグラウンドに入れる土をこの駅構内の段差を利用して、11トンダンプから2トンダンプに積み替えをしたり、夜間パトロールの集合場所であったりと、JRを利用しなくても、この駅に集まる機会は本当に多いです。


他にも婦人会の方々が花を植えたり、整備したりしながら美化運動をしています。この駅を虎竹の里の、この安和の玄関として、またJRを利用する人や子どもたちに気持ち良く使ってもらおうという気持ちで綺麗にしています。この虎竹の里の住民の中では、いろんな意味でこの安和駅は本当に大きい存在としてあるように思います。


須崎方面から安和に帰ってくる国道からもよく見えるこの駅をいつも見ています。安和に帰ってきたと思いますし、草が伸びていると、そろそろ草刈り時期だなと思います。


考えてみると子どもの頃の遊びや通学に始まり、何度ここの草刈りをしたり、集まって何かをしたりしたか数えきれません。ポスターになるような海を見下ろす綺麗な景色の駅としてよりも、こちら側から見るこの駅の姿が、私の中では思い出のいっぱい詰まった安和駅なのです。












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